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#3話 社会契約

 綺麗な三角の山。旧ダルムオン領地に隠されていた最高級の魔導金属鉱山の遺跡だ。森の中では敵なしといえる戦車と鉄壁の結界に守られていたその要塞は、つい先ごろまで大陸全ての都市すら退ける堂々たる存在だった。


 だがそれも、もはや過去の栄光となっている。戦車は既に残り数両、新型狩猟器を恐れて森に出ることもできない。天を突く白柱のごとく屹立していた結界も今は解けかけの氷のごとく弱々しく点滅している。都市ダルムオンに六色で強化された結界が復活したことで鉱山が依る地脈魔力が減少させられた効果だ。


 新生ダルムオンを名乗る傭兵団は彼ら自身すら視界から外していた故郷により追い詰められたのだ。


 そして今、鉱山はびっしりと囲まれている。空にはグンバルドのグライダーが舞い、河にはラウリスの魔導艇が遊弋する。地上には新型狩猟器を構えた部隊がいくつも展開している。その中には数台の鹵獲戦車もある。


 降伏勧告に対し鉱山を引き渡すという返事が戻ってきて一時間後、連合軍が森際まで引いた状態で待つ中で鉱山から、五両の戦車が一列に並んで出てきた。本来なら後部にあるはずの投擲兵器は取り外され、代りに降伏の印である白い旗がたっている。戦車の後ろには狩猟器を持たぬ傭兵が続く。


 取り決め通りの降伏の形に、周囲を取り囲む連合軍から歓声が上がった。


「やっと終わりましたか」


 鹵獲戦車の横に立って鉱山を見ていた俺に、カインが話しかけてきた。その顔には珍しくホッとした表情が見える。


 文官的に言えば、戦後の旧ダルムオン猟地および都市の扱い、そして何よりも鉱山の施設の接収と管理という、なかなかの難事が待っている。だが、リューゼリオンの家族とも長い間離れているカインにそれを言う時ではない。


 この戦いで一番苦労したのは三都市の中で最も小さな部隊を率いて、両連合にも負けない活躍をした彼だろう。


「ああ、後は黒幕が押さえられれば、全てが終わる」

 今頃ドルトンでは敵首魁であるマドラス商会への突入が行われているはずだ。組織の全貌はいまだつかめていない、そもそもレイラによると明確な組織はないらしい。とにかく捕まえてしまうことが肝心だ。一連の陰謀やそれを実現した遺産の知識など、聞きたいことは山のようにある。


 俺が視線を北に向けたその時だった、鉱山を囲む草原に影が差した。見上げると北の上空に球形の物体が見えた。思わず目をこすった。その球体は雲と同じ高さにあるように見えたのだ。上空を舞うグライダーよりもずっと高い位置にあるということは、その大きさは……。


 反射的に空の物体に魔力測定儀を掲げた。まだずいぶん距離があるのに、魔導金属の球は強く上に引きつけられた。そして、とんでもない勢いで回転し始めた。通常の三色、つまり白い魔力の螺旋回転ではなく、これはまるでダルムオンの結界の六色の……。


 唖然として上空を見上げる連合軍。俺は慌てて戦車に目を向けた。ゆっくり進んでいた戦車が動きを止めた。敵の援軍。降伏は偽装か、そう思ったが戦車の傭兵たちも驚いたように上を見ているのが分かった。


 敵味方の視線を集めた物体は鉱山の真上で停止した。よく見ると、それは円盤のような本体に、いくつもの輪が取り囲んだような形だった。やはりかなり大きい。それがグライダーのように旋回して位置を保つのではなく、空中に静止するという芸当をしているのだ。


 いったいどれほどの魔力があれば……。唖然とする俺の目に、円盤から黒い何かが投下されたのが見えた。


 山頂までもう少しの空中で黒い球体がきゅっと収縮したように見えた。次の瞬間、黒い光が静かに弾けた。そこから地上に黒い光が降り注いだ。


 僅かに残っていた鉱山の結界が一瞬で消失した。距離を保っていたはずのグライダーが失速する。地面の戦車が次々と擱座する。戦車の座席で傭兵たちが頭を押さえている。何が起こっているのか確かめようと、手にあった魔力測定儀を掲げた。


 それは一瞬だけ猛烈に回転した後、表面に網目状の罅を生じたかと思うと粉々に砕けた。俺の周囲では騎士達が一斉に目や耳を抑えた。うずくまったものも多い。


 何が起こったのかわからない。分かるのはあり得ないほど強力な魔力が発生し、その形式が俺がこれまで理解してきたものとは異なること。呆けたように空の巨体を見上げるしかなかった。


 そしてそこに二つ目の落下物が堕ちてきた。


 ◇  ◇


 全ての都市に以下の契約を提示する。


 一つ、全ての都市は独立した存在とし、ラウリスとグンバルドの都市連盟は解体すること。

 一つ、全ての都市は商人による商業ギルド支部の設立を認めること。

 一つ、騎士は都市の商業ギルド支部の要請に従い、都市間の交易路の保護を義務とする事。

 一つ、以上の義務を果たす限りにおいて、各都市の猟地内での騎士の狩猟権はこれを認める。


 本契約を我が商業ギルド本部と結ぶかどうか、全ての都市に半年以内に回答を求む。期限までに回答無き場合、あるいは期限までにこちらに敵対行動を示した都市はその魔術機能の全てを破壊する。


 グランドギルド真の遺産「グランドギアーズ」にて。


              商業ギルド長ポーロ・マドラス


 瓦礫の街の中心、ダルムオン王宮跡の一画に連合軍の本営が移されていた。魔蜂が一掃されたといっても、大量の魔獣の死骸その他の片付けが終わっているのはここだけだ。都市としての機能が復活するまでどれくらい掛かるのか現時点では考えるのも億劫だ。


 ただし、会議室という名の倉庫跡に集まった騎士達の機嫌がよろしくないのは、高貴な騎士に相応しくない場所であるためでもなければ、この都市を復旧するための費用その他の為でもない。


 欠けた足を別の木材で無理やり補強したテーブルの上にある一枚の紙に書かれた文章の為だ。簡潔で味気なくそして解釈の余地がない文章は確かに商人の手による契約書に近い。ただし、それは大陸の全ての都市の騎士に突き付けられた。


 鉱山に落とされた黒い魔球の被害は絶大だった。人的被害としてはグライダーから墜落した数人のグンバルドの騎士の負傷。だが、あの時距離を取っていなければ、空を飛んでいた騎士たちの多くが命を落とした可能性が高い。


 何しろ、あの黒い光を浴びたグライダーはその魔導金属部分、つまりグライダーの大半、に崩壊寸前のダメージを受けているのだ。ちょうど魔力によって上昇しようとしていた機体に至っては、光の方を向いていた翼が粉々になった。離陸直後だったからまだよかったものの、そうでなければ……。


 逆に同じくらいの距離にあっても、水上に浮いていただけの魔導艇には大きな被害はなかった。


 あの黒い光、黒い魔力は魔力を通している状態の魔導金属の構造を破壊する。おそらくだが、魔導金属の回転とかかわっている。つまり、下手をしたら素子レベルに分解されるのではないか。


 鉱山から離れていたグライダーですら影響を受けた。直上でアレを受けた鉱山は結界を完全に破壊されていた。そう、山の深部にあった鉱山の結界器まで届いたのだ。粉々の砂の山になった結界器を見た時の衝撃は忘れられない。鉱山内にあった透明な魔力結晶の合成器や魔導金属の精錬設備も大きなダメージを受けていた。


 そして、それらを成したのがあの空中の円盤である。ヴォルディマールによるとグライダーの限界高度の倍以上の高さを飛んでいたという。魔力測定儀の反応からして、あれは空飛ぶ結界だ。いわば空中要塞だ。


 決して攻撃の届かない上空から魔導金属を崩壊させる攻撃を行う。それは広範囲にしかも深部にあるものにまで達する。つまり、狩猟器はもちろん、都市の結界すら破壊するのだ。それは、騎士を完全に無力化し、都市を滅ぼす力だ。


 その圧倒的な力を背景にして突き付けられたのがこの契約なのだ。全都市に商業ギルドを設立するという要求だが、わざわざギルドという言葉を使っているのがポイントだ。ギルドという言葉は、都市では王宮を指す。


 実際にグランドギルドが存在していた時には各都市はその支配下だったというのが本当の所ではあるのだが、とにかくギルドという言葉は支配者と同義なのだ。 


 要するに、自分たち商業ギルドが新しいグランドギルドとして世界を支配するという宣言に他ならない。


 それをたった一つの商会、いや商人がやったのだ。ポーロ・マドラス。商業ギルドの総帥を名乗ったその人物は、ドルトンに住む隠居した商人だということくらいしかわかっていない。


 レイラ達が傭兵団に物資を届けている組織、つまり俺達がずっと追っていた黒幕を突き止め、ドルトンの商館にグンバルドの騎士が捕縛に向かったのが丁度、あのグランドギアーズが現れた日だった。いうまでもなく、商館はもぬけの殻。その地下には大規模な資料を収集していた跡が残っているだけだった。


「商人ごときがギルドを名乗る。しかもこれは全ての騎士が商人の傭兵となれということだ」

「交易路を独占し、連盟を解体などラウリスの全否定に他ならぬ」

「…………」


 ヴォルディマールが激昂しテーブルを叩いた。レイアードがそうしなかったのは、彼の性格というよりも軋みを上げたテーブルを壊すのを避けただけだ。ちなみに、カインは沈黙したままだ。


 俺は、辛うじて文官っぽい仕事、傾いた机から落ちそうになった文章を拾い上げて中央に戻す、をしながら考える。


 この契約、現在都市を支配する騎士には到底受け入れられない。ましてや、その都市を束ねた盟主都市の次期後継者である二人にとってはなおさらであろう。


 怒りを抑えきれないヴォルディマールとレイアードの様子は、まさにそれを物語っている。彼らは今、どうやってポーロ・マドラスを潰すかを考えているはずだ。契約は“騎士”にとっては受け入れることは不可能、極度に挑発的にしか見えない。


 だが、この契約の意味するところが現在の都市の支配体制そのものをひっくり返すということはその影響を受けるのは騎士だけでなく、全ての人間に及ぶ。


 いや、騎士ですらその影響は均一ではない。例えば連盟の解体という要求。これ一つ取ればリューゼリオンにとっては……。俺は完全に表情を消しているカインを見る。


 あの空中要塞グランドギアーズはもちろん、この契約にも何か極めて危険なものを感じる。

2021年9月19日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 空中要塞の登場と 「黒き雫」言うべきか、魔導金属を崩壊に導く力 攻守揃った状態での、降伏要求 対抗策は、現状有りません。 地脈につながらい空中要塞弱点は 補給は地上で行う事かな? [一言]…
[気になる点] >本人にそこまでの自覚はないのかなあ。 一度騎士に全てを奪われてボロボロにされてる恨みが上回ってんじゃねーかな… 過去の理想を追い求めてた頃には戻れないみたいだし
[一言] この王様ごっこをしている商人崩れは、自身を全否定された時はどうするんじゃろ。 もしも全都市が要求を拒否したら、全てを滅ぼして満足するのだろうか? 実行したら騎士とは比べ物にならない腐れ外道に…
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