#1話 『滅びた都市』
風を切って進む飛行遺産の編隊。彼らの前方に森の中に埋まる都市の残骸が見えてくる。円形の城壁はかろうじて形を残すが、太い蔦が石壁を内外から侵食し、市街地にも樹木が建物を崩す形で生えている。元王宮があったであろう中心部には巨大な巣があり、数知れぬ魔蜂が飛びまわっている。また、周囲の森から戻る魔蜂たちは小型魔獣を複数で抱えては巣へと運んでいる。
一匹一匹は下級魔獣にすぎない力しか持たない魔蜂だが、複数で行動する場合の脅威度の高さは中級、ことによると上級魔獣にも近づく。推定千匹を超える巨大な群れならば一都市を容易に滅ぼすだろう。
幸い、その飛行高度はグライダーに及ばず、その速度も遅い。だが、グンバルドの騎士達はあえて高度を落とす。上空からの侵入者に気が付いた魔蜂が一斉に飛び上がった。
同時刻、森の中の水路をラウリスの大型魔導艇が進んでいた。周囲を守る小型魔導艇には新型狩猟器を構えた騎士が並び、両岸から飛び出してくる魔蜂を打ち落とす。艦隊は旧ダルムオンに流れ込む運河の入り口に達した。崩れた水門の前に止まった大型魔導艇から四台の戦車が下ろされた。
リューゼリオン護民騎士団の旗を上げた戦車は天井を失った城門に向かって球形の車輪の回転を上げた。連合軍の主力を投入した旧ダルムオン攻略作戦が始まる。
◇ ◇
かつてダルムオンと呼ばれた街の大通り、でこぼこの石畳の上を四両の戦車が凸隊形で進む。中心の一両の荷台の中で、俺はヴィヴィーと一緒に振動に耐えていた。車輪が砕く白骨化した魔獣の骨の音を聞きながら、両手で必死に包装された壺を守る。
視線を上げると、操縦席のリーディアとシフィーが見える。隊列の先頭は団長のカインが操縦。左右を守るのは護民騎士団員の戦車だ。周囲には獲物に気が付き群がってくる多数の魔蜂が見える。虫型魔獣は目に言えないほどの速度で羽を動かし、左右に広げた鋭い顎と尻の先の針をこちらに向けている。空中だけではない、崩れた建物の中からも次々と現れては突っ込んでくる。
ほとんどが戦車の緑の守りに跳ね返されるが、何匹かは巧みに車体にしがみつき顎や針を突き立てようとする。中には車輪と車体の間に入り込もうとする個体もいる。護民騎士団員が戦車から筒を突き出し、まとわりつく魔蜂を撃つ。
先頭ではカインが操縦しながらも進路をふさごうとする隊長級の大型魔蜂を撃ち落とした。
上空には巣の魔獣を引き付けるようにするようにグライダーが飛び交う。都市近くの河には戻ってくる魔獣を牽制する魔導艇が巡回しているはずだ。
戦車隊は飛んでくる蜂どもを次々と打ち倒して進む。どれだけ倒しても終わりが見えない。むしろ進めば進むほど魔蜂の密度が上がってくる。
やっと運河の橋を超える。前方にかつてのダルムオン王宮、今は魔蜂の女王の城となった巣が見えてきた。王宮門を超えた戦車は中心の建物の裏側に回り込んだところで停止した。前には裏口がある。壁から出る複数の暖炉口から見て厨房の入り口だろう。
「大丈夫かヴィヴィー」
「頭がぐらぐらするっす」
荷物を抱えて戦車を降りた俺は背中に魔導鍛冶の道具を背負ったヴィヴィーに声をかけた。運ばれるだけの俺達は楽だが、戦車の動きが予想できないのでもろに振動を受けるのだ。この程度で済んでいるのは流石遺産といったところだろう。リューゼリオン侵攻で手に入れたばかりの戦車をここまで乗りこなしたカインやリーディア達の技量だ。二人に言わせれば魔導艇よりは操縦しやすいらしいが。
「中を片付けます」
カインを中心に隊列を組んだ護民騎士団員が朽ちた木のドアを蹴り倒して建物に突入する。俺はヴィヴィーと一緒にリーディアとシフィーに守られる形で戦車と壁の間に待機する。
弾丸の音が響き、ギギっという悲鳴のような物が聞こえた後、俺達は王宮に入った。騎士たちが周囲の通路からの襲撃を警戒している間、俺達は厨房に転がる足の折れた机を使って入り口をふさいだ。
それが終わって初めて周囲を見る。何匹もの魔蜂の死骸が転がる元厨房。元は森の魔獣だったらしき肉団子が生々しい。マリーがこねる麦の粉の生地とはえらい違いだ。
「目的地までの進路ですが。なるべく大型の個体が入り込めない通路を使いたいですね。あれは中級魔獣並みの力があります」
「そうね。向こうは数が多いのだから、足を止められたら厄介だわ」
三本足の残ったテーブルの上に見取り図を置き、カインとリーディアがこれからの計画を話始める。
建物の中に入ったことで襲撃は一息ついたが、この先も容易ではない。魔蜂の飛行能力が活用できず、四方から襲われることもないとはいえ、こちらも戦車は使えない。新型狩猟器も屋内では使用が限られる。そして、ここは奴らの本拠地だ。
王宮跡もところどころ崩れている。巣によって半分以上侵食されている。三十年以上前の滅びる前のダルムオンとの僅かな記録から作ってきた大まかな地図がどこまで役に立つかわからない。
「三色の魔力の混じり具合から言って、こちらの通路が最短の可能性が高いと思う」
俺は魔力測定儀を手に言った。旧ダルムオンの中心から感じられる魔力、本来ならば結界として消費される地脈の魔力は赤を欠いた状態に偏っている。これは事前のグライダーの偵察によって確認されている。そして、この観測結果こそが今回の作戦の決行を最終的に決断した理由だ。
「では、そのラインで行きましょう。申し訳ありませんがリーディア様は先頭の集団に」
「わかってる。他都市のこととはいえ王家の領域に来たら多少は勝手もわかるでしょう。もっとも、ウチよりも大分大きいけど」
「これからは通常の狩猟器を主力に進む。目的地である巣の中心までなるべく弾丸を節約します」
「それって最後は主とぶつかるってことですね」
カインの言葉に、護民騎士団の副官が突っ込み。周りの団員が笑う。周囲を魔獣の大群に囲まれた状態で実に頼りになる。
厨房跡を出た俺達は人二人が並んで歩ける通路を進む。前方にカインとリーディア、そして俺達を挟んで後方に副官の配置だ。シフィーは俺とヴィヴィーの側で新型狩猟器を手に周囲を警戒してくれている。
通路から散発的に襲ってくる魔蜂。一匹一匹はカインやリーディアの敵ではない。羽や足を切り飛ばしても平気な顔をして迫ってくる魔獣は俺やヴィヴィーにとっては恐怖だが。
「横から来ます」
先行した団員の警告。前方で壁に大穴が開いていて、五匹の魔蜂が並んで襲い掛かってきた。カインとリーディアが一匹ずつ。団員が集団で二匹の前に立つ。天井に張り付いていた一匹がこちらに急降下してくる。不気味に光る針が俺達の真上から落ちてくる。
「先生。ヴィヴィー下がって」
シフィーが前に出た。白い光とともに銀の弾丸が発射され、正確にその頭部を打ち抜いた。地面の上でもがく六本の脚がすぐに動きを止めた。
「この先は開けているみたいね……。うっ!」
崩れた壁の向こうを覗き込んだリーディアが口を押えた。そちらを見ると六角形の巣が並び、白くブヨブヨとした体から黒い二つの顎だけが生えている生き物がうごめいている。魔蜂の幼虫の周りには世話役が肉団子を運んでいる。すぐ近くであった戦いにも反応せず、ただひたすら自分の役割をこなす姿が異様だった。
「どうやらこの奥ですね。ずいぶん手が入っています」
周囲の削り取られたような壁を見てカインが言った。
…………
小さな円形の天窓を持つ半球状の空間。魔蜂の巣の中心、女王の玉座の間は人が作ったものとは違う、それでいて確かな計画によって建設された部屋だった。
周囲には規則的に六角形の産室が並び、幼虫が白く蠕動する体と黒い顎を突き出している。床に散乱しているかつては豪華だったのであろう調度の残骸。削り取られた背もたれにダルムオンの紋章らしきものが残る椅子が一つ転がっている。おそらく二階にあった王座だったものが落ちてきたのだろう。
人間と魔獣、その所有者の交代を示す残骸の中心にはこれまでの魔蜂とは比べ物にならない大きさの巨大な腹部を持つ蜂、女王がいた。
女王は地面から湧き上がる魔力の中心に鎮座している。その周囲には一際巨大な顎と太い足を持った親衛蜂が三匹前に立っている。それだけではない、天井の穴からは兵隊蜂が次々と顔を出す。
「先輩、地下への入り口は分かりますか」
「いま調べている。……おそらくあそこだ」
地面からの大量の魔力でわかりにくいが向かいの壁から別の魔力の漏れがある。巣の影になって見えにくいが、周囲とは違う様式の模様が描かれた壁だ。魔力を求めてか削り取られた部分から、下に続く暗い穴が見えている。ちょうど巨大な女王の背後だ。
「我々が女王を引き付けます。先輩は下に降りて作戦を完了してください。リーディア様とシフィーは女王の注意がこちらに向いたら道を開いてください。そのまま先輩たちを守って下に降りてください」
「私達が二人とも抜けて大丈夫? アレの魔力から見て上級魔獣以上よ」
「以前戦った黒い亜竜よりはましです。これまでの動きを見る限り、巧みに見えても魔蜂の集団行動には明白なパターンがあります。我々ならば対応できます。先輩達が行ったら守りに徹しますから」
カインは周囲の残骸を集めて防壁を築いている部下たちを見て言った。
「ただし、時間に限りはありますけど」
「全速力でやる。俺達がここまで来たのはそのためだからな」
「が、頑張るっす」
俺とヴィヴィーは答えた。ここからが俺たちの仕事だ。修理さえ終われば魔獣がどれだけいても関係なくなるはずだ。
「では騎士は騎士の、錬金術師は錬金術士の仕事をしましょう」
カインがそう言ってハルバードを構えた。女王が飛ぶためというよりは魔力を受けるための羽根を大きく逆立てた。
それを合図にしたように近衛蜂が飛び上がり、弧を描いて俺達に突進してくる。後ろにはそれぞれ兵隊蜂が続く。団員による新型狩猟器の一斉射撃。親衛隊蜂が怯む。ハルバードを手にしたカインが女王に向かう。残りの二匹は慌てたように女王の元に戻ろうとする。
その結果、部屋の右側に空白が出来た。
「今よ、走って」
剣の狩猟器を抜いたリーディアの言葉に、俺とヴィヴィーは壺を抱えて走った。
2021年8月29日:
『狩猟騎士の右筆』最終章開始しました。よろしくお願いします。
次の投稿は来週日曜日です。