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#12話 要塞攻略法

 船から降ろされた新型狩猟器が連合軍本営に運び込まれていく。規則正しく台座に並ぶ狩猟器の白銀の輝きが俺の目にとげとげしく映る。


「これが戦車に完勝した新しい狩猟器ですか。こちらが守りに徹している間に敵の大半を片付けてしまうとは相変わらず先輩は先輩ですね」

「ああ……。そうだな……」

「どうしたんですか、顔色が悪いですよ」

「いや特に問題はない。カインからの報告は助かったよ。おかげで戦車の進路が予想できた」


 俺は口を濁した。敵の戦力の大半はリューゼリオンに向かっていたとはいえ、東西両連合の主力が抜けた本営を守っていたカインの心理的負担は決して小さくなかったはずだ。何よりも、戦いが終わったわけでもない今の段階で呆けたことを言うわけにはいかない。これが戦いである以上は勝利が最重要だ。


 ただ、これが単なる俺の感傷であるならばいいのだが……。


「そうだ、こっちの様子はどうだ」

「静かなものですね。逃げ帰ってきた戦車は鉱山に閉じこもっています。森の中には殆ど姿を見せません。一度一両と接敵しましたが、一目散に逃げたそうです。戦車の後部には大量の荷物が積んであったのが確認されました」

「鉱山に籠城の為の物資か、予想通りだな……」

「両連合の主力が戻ってくるのを待ち鉱山攻略ということになるでしょう。勝利は見えてきた、そう言えるのではないでしょうか。鉱山の結界は強力ですが……」

「戦車という攻撃の手段が使えなければ限界がある、だな」

「そういうことです。ラウリスもグンバルドも少しでも早く鉱山を落としたいでしょう」


 最初の戦略通り、数で押し込めばいい。鉱山の中で戦車が動けるような道は新型狩猟器が有効だし、戦車が使えなければ数の上で勝負にならない。


 本国をかき回された恐怖は攻め込まれたリューゼリオンの人間としてはよくわかる。それに、遺産の消耗もある。


「また犠牲が出るな……」

「リューゼリオンでは一人の犠牲者も出さなかったと聞いていますが?」


 首をかしげるカイン。


「これが我々の偵察の結果考えられる鉱山攻略戦です」

「これは凄いな」


 カインが広げた地図には戦車の行動範囲、黒い魔獣の出現地域など敵側の情報に加え、鉱山に向かう水路と空との連携まで書き込まれている。平面の地図から立体的な戦場が浮かび上がるようだ。


 カインらしく緻密で具体的。それだけではない、残されたわずかな数とはいえ空と水の遺産を束ねていた力量を感じさせる。


 だが、俺の目には傭兵を撃ち殺しながら鉱山を進むカインたちの姿がよぎる。そして、それで終わりだろうか。一度禁忌を犯したことで、もし将来新型狩猟器を持った騎士同士の戦いが起こったら……。


 そう考えると、カインのような能力を持った指揮官が誕生していること自体が……。


「新型狩猟器の開発者として、また実戦を計画した先輩の意見を聞かせてください」

「ああ……」


 未来の不安など勝った後に考えるべきだ。といっても、これは前回とは比べ物にならない規模の作戦だ。現地で戦い続けたカイン以上の考えなんか思いつかない。こちらの全ての力を統合して運用。結果的にそれが最も犠牲が少ない方法になる。俺が口を出すことなどあるはずがない。


 レイアードやヴォルディマールも賛成するのではないだろうか。


「そうだな、これなら鉱山の結界がいくら硬くても……。俺には」


 「何も言うことがない」と告げようとした時だった。この地図に描かれていない情報に気が付いた。空、水路、そして地形。だが、もう一つ情報の層がない。それは地下だ。そしてその地下こそが鉱山の死命を制しているのではないか……。


「先輩?」

「カイン。ダルムオンの地脈の流れはどうなっている。確か、狩猟大会の時に調べてたよな」


 鉱山攻略ならカイン以上のやり方など思い浮かばない。だが、そもそも鉱山自体を標的にしないのならば……。


 ◇  ◇


 数日後、ドルトンの黒い魔獣の群れを駆除したヴォルディマールとランデムスの反乱を鎮圧したレイアードが本営にもどってきた。新型狩猟器により予定よりも早い主力復帰だ。


「では、忌々しい傭兵どもを駆逐する作戦を立てるぞ」


 ヴォルディマールがそういって拳で机をたたいた。いよいよ傭兵団の本拠地である鉱山攻略の為の作戦会議が始まる。


「数が減ったとはいえ戦車の行動範囲は大きく拡大している。本国で再び厄介ごとを起こされてはたまらん。空路と水路から一気に人数を送り込み短期間で制圧、これしかあるまい」

「おおむね賛成だ。今回のことで魔導艇エンジンの劣化がさらに進んでいる。少しでも早く鉱山を手に入れるべきだろう。鉱山に有るという透明な魔力結晶の合成器がどれほどの物か早急に確認せねば」

飛行遺産グライダーも同様だ。鉱山の魔導金属を早く入手せねばならん」


 予想通りの二人の積極的な意見だ。ここで先日のカインの計画を出せば、方向は決まるだろう。だが、俺達は沈黙を守る。


「リューゼリオンの意見は?」

「私達は直接攻撃は反対です」


 レイアードの問いに、カインが答えた。


「何を言う、新型狩猟器が戦車に極めて有効であることは実証されているではないか。我々も実際に用いて使い方は分かっている。数も十分すぎるほどある。一方、敵は三分の一、今攻めずしてどうする」

「包囲で締めあげるならどれだけ時間がかかるかわからないぞ。万が一鉱山に戦車を作り出す施設があったら敵の戦力が回復する可能性もある」


 二人は反対する。


「包囲はむしろ弱めてもいいでしょう。敵の黒幕の情報を集めるためにです。クリスティーヌ殿下たちの話では、かなり絞り込めてきたということです」

「確かにランデムスを焚きつけた者は見つけ出さねばならないが。敵の主力は結局戦車部隊だろう」

「今回のドルトンでの策動も結局はリューゼリオンを戦車で攻撃するためだったではないか。黒幕がどれだけ策謀を巡らそうと戦車が無くなれば肝心の実行力は消える」

「まさか、この期に及んで話し合いとは言うまいな」

「いえ、我々の考えは話し合いではありません。ただ、敵を降伏に追い込むことが、鉱山の安全な接収の為に有効だと考えています」

「自暴自棄になって鉱山の遺産を破壊されては困るが、そんなことが可能なのか?」

「圧倒的な力を見せて戦意を挫く以上の方法があるというのか?」

「無論、考えもなしに言っているわけではありません。具体的な話については……」


 カインが俺を見た。俺は用意していた地図を広げる。既存の情報とともに、地下の魔力の流れが書き込まれている。この一週間でカインたちが調べてくれた追加の情報により、ダルムオンを南北に貫く魔脈の流れが示されているのだ。


「攻略すべきは鉱山ではありません」


 俺はまず指を鉱山に置いた。そこからゆっくりと蛇行しながら北へと遡る。本営を超えてさらに北まで進めて止めた。そこにあるのは旧ダルムオン猟地の本来の中心だ。


「攻略すべきはここです。ここに巣くった魔蜂を新型狩猟器と連合軍の主力で叩きます」

「何を言っている、そこはとうに滅びた都市ではないか」

「傭兵団を敵にしているときに、魔獣の群れを攻撃するなど、意味が分からないぞ」


 ヴォルディマールとレイアードがそろって疑問の声を上げる。


「地形上の位置関係ではなく、地脈の流れを見てください。旧ダルムオン猟地の地脈は北から南に流れています。鉱山要塞の結界は大量の地脈の魔力を必要としている。ならば……」


 作戦の目的を告げた。鉱山の結界は強力だ。それを逆手に取るのだ。


「本当にこんなことが可能なのか?」

「確実とは言えません。ただ、鉱山の結界自身がこれが可能であることを示しています」

「群れを成す魔蜂の巣となれば、かなりの時間を要するだろう」

「巣が都市の廃墟に位置している以上、作戦目的の達成がそのまま魔獣の駆逐に繋がります。また、かかる時間も無駄にはしません。黒幕からの援助物資の流れを根元まで追います」


 都市ダルムオンを攻略する間に包囲に隙を作り、物資を届けさせる。これまでの情報収集を合わせて黒幕とその組織の全貌を暴く。そしてこの大規模な策謀の主導者を捕えなければならない。


 グランドギルドの遺産について俺達よりもはるかに深い知識を有しており、何よりも目的の為には騎士同士の大規模な殺し合いという禁忌を選択した。想像以上に危険だ。ことによれば存在自体が、世界のあり様をゆがめてしまうかもしれない。


 ◇  ◇

 都市ドルトン。周囲を黒い魔獣に取り囲まれたことで恐怖におびえていた市街は、大鷹騎士団の活躍でそれが退けられたことで明るい空気を取り戻していた。

 

 再開された狩りや採取によりにぎわう市場の中心、マドラス商会の商館も多くの人間が出入りして、盛んに商売をしている。だが、その地下に座る商会の真の主はこれまで見たことがない厳しい表情で、貴重な古代の資料をひっくり返していた。


「どこにも記述がない。私の集めた記録にもない遺産をリューゼリオンはどこから手に入れたのだ」

「戦車は残り七台まで減ったようです。これでは早晩……。いかなる手を打ちますか」


 商会の表の主、ポーロの息子が恐る恐る聞いた。


「とにかく一刻も早くアレを手に入れることだ。その為には今少し傭兵どもに耳目を集めねばならん。必要な物資を望むだけ供給してやれ。費用は惜しむな。刻は黄金以上に貴重だと思え」

「わかりました」


 息子が頭を下げて上にもどる。ポーロは自分の机を見た。そこには契約書を思わせる文章が置かれている。それは彼が人生をかけて世界につきつける、彼にとってあるべき未来だ。


「一刻も早く手に入れねばならん。世界の誰も邪魔できぬだけの力を」

2021年8月1日:

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ブックマークや評価、多くの感想や誤字脱字の報告など感謝です。

おかげさまで第八章も最後まで書き上げることができました。


九章は『新しい世界』というタイトルで最終章になると考えています。

投稿開始は8月29(日)にしたいと考えています。

一か月近く空きますが、劇場版のノリで最後を飾りたいとプロットを考えていますので、お待ちいただけるとありがたいです。


それでは狩猟騎士の右筆を最後までよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 今日更新予定の 九章『新しい世界』を待ってます。
[良い点] お疲れ様です。 次章で、終了予告ですか残念ですね。 世界観で、同族殺しの比較的少ない社会 罪人の処分は、有るだろうけど 魔獣の被害が、大きいので目立たないのだろう。 鉱山の攻略は、因果応報…
[一言] 楽しみに待っています!
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