#11話 『迎撃』
俺は河原に立ち、向こう岸の森に魔力測定儀を向けていた。
魔力測定儀の回転が少しずつ勢いを増していく。敵の戦車部隊はこの渡河点を目指してまっすぐに進んできている。戦車の後ろには黒い魔力の集団。黒い魔獣の群れだ。おそらくだが、戦車の白い魔力で誘導しているのだろう。
戦車の魔力反応は旧ダルムオンで観測したよりも強い。休みなく走っているはずなのに、衰える気配もない。きわめて強力な敵だ。
想定していた旧ダルムオンでの戦いは不利ならば近づかなければいいはずだった。群れからはぐれた魔獣を狩るように戦車を一台一台森の中で撃破していく形だ。だが、今回の場合は突破されたら負けになる。戦車部隊はリューゼリオンまで駆け抜け、俺達は決して追い付けない。想定以上に強力な敵に正面からぶつからなければならない。
二十両を超える戦車を実質四十人の騎士で止めるには、地形を利用するしかない。つまり、目の前の河が防壁だ。川幅は広いが流れは穏やかで、河底の石が見えるほど浅い。防壁としてはあまりに頼りない。
河の中では騎士達が一生懸命作業している。ここに来るまでに使った船を沈めて障害にしているのだ。どれだけ効果があるかわからないが、この短時間で出来ることはこれだけだ。移動中の船上すら新型狩猟器の練習に使うほど時間に余裕がなかったのだ。
「そろそろのようだな」
「はい」
「事前の計画通り三隊に分かれて配置につけ」
新型狩猟器を手に側に来た王の問いに、俺は短く答える。腰に差した赤と青の旗を手に持つ。
河から上がった騎士達が陣形を作る。渡河点の正面には王を中心に二十四人の老騎士が河原に並んだ。十五人は右側面に潜む。左側面には都市に残っていた現役騎士が十五人。彼らの分の新型狩猟器は一つだけ、代わりに持っているのはただの魔導金属の棒だ。
ちなみにリーディア達は護民騎士団の留守組と一緒に採取労役者の引き上げの援護に向かっている。最後のあがきで何とか用意した調整すらろくに終わっていない新型狩猟器五つだけが装備だ。
やがて対岸の森の方から枯れ木を踏みつぶす音が聞こえてきた。そして、リューゼリオンの騎士同士が河を挟んで対峙した。
向こう岸に姿を現した二十両の戦車。先頭の一両の座席から青い狩猟衣の若い騎士が立ち上がった。アントニウスは対岸に並ぶ俺達を見て一瞬驚いたが、手を上げて部隊を止めた。
嘲るような表情で前に出た片腕の王を見た。表情には隠し切れない喜色が浮かぶ。彼にとっては願っても無い状況に見えるはずだ。戦車の力を最高に発揮できる森の中に、最大の目標である王がわざわざ出てきてくれたのだ。
ちなみに俺はほっとしている。戦車の機動力からして、そのまま突っ込んでこられたら敗北の可能性がかなり上がってしまう。
もちろん油断はできない。球形の車輪はその自在の機動力で動き出したらあっと言う間に速度を上げる。改めて両手の旗を握り、緊張したまま事態の推移を見守る。
「新しいリューゼリオン王である私を出迎えるとは感心ではないか」
「もとは同じリューゼリオンの騎士。その借り物を引き渡し降伏するというのならば命までは取らぬ」
「たわごとを言う。この最強の遺産こそがリューゼリオンの将来を開くのだ。リューゼリオンと新ダルムオンが連合すれば大陸の中央を押さえることが出来る。衰えた遺産しか持たぬ両連合は分断すれば敵ではない。我らに屈服せざるを得なくなるだろう。この戦車を持つことで、リューゼリオンは辺境の一都市から大陸の中心となるのだ」
なるほど、一応戦いの後のイメージはあるらしい。ちょっと都合よすぎる図だ。東西両連合が屈服したら用済みになって真っ先に滅ぼされる未来しか見えない。いや、旧ダルムオンがちゃんとした都市として再生するまでは時間がかかると考えているとしたら……。
いや、敵の未来構想について考えている状況じゃない。敵の持つ最強の遺産を俺達が用意した新しい狩猟器で打ち破れるか、それが一番の問題だ。
「あくまで敵に与すると。ならば騎士殺しの禁忌を犯そうと、そなたらを討たねばならん」
「我らを討つ? その片手で持つ貧弱な狩猟器で、この戦車をか? やれるものならやってみるがいい。者ども、王を僭称するこの役立たずの首を手にリューゼリオンに凱旋するのだ」
アントニウスの言葉とともに、戦車部隊の前半分、十両が白く光った。遅れて後ろ半分も起動する。前の部隊は知った顔が多いな。後ろ半分はおそらく全員傭兵。そして、それぞれに指揮官がいる。
アントニウスを中心とした五両の戦車を先頭に戦車が河に入った。水しぶきを上げて進む戦車。流石に森のなかほどではないが、水の流れも気にせずにまっすぐ進んでくる。沈めた船の残骸もバリバリという音を立てて砕かれていく。だが、僅かに速度が落ちた。そしてその音がこちらの開始の合図だ。
あらかじめ測っておいた距離は五十メートルくらい。戦車の緑の装甲が想定よりも厚いとしても対応できるはずだ。王が筒を構える。彼の背後の二十人が正面から戦車に弾丸を発射した。
白い弾丸が河を進む先頭の五両に降り注ぐ、緑の光が戦車を覆い、白い弾丸とぶつかる。距離が近いこともあり、ほぼ全弾が命中した。衝撃が戦車を揺らし、乗っている騎士は驚愕の顔で点滅する緑の防壁を見ている。だが、脱落なし。戦車はすぐに前進を再開した。
俺は右手の旗を上げた。右翼の十五人から弾丸が発射された。特に防備が削られた三両に弾丸が集中する。装甲を弾丸が突破した。
座席の騎士に白い魔力により高速で推進する魔導金属が回転しながらぶつかる。騎士たちは戦車から放り出されたり座席に伏したりした。制御を失った戦車はあらぬ方向に走る。一台は後ろに続いていた後列の戦車にぶつかった。
戦車三台撃破、新型狩猟器は戦車に通用した。敵は大混乱だ。特に後列は衝突を恐れて河の中で停止した。
「怯むな、要するに小型の投擲型の狩猟器だ。突破してひき殺せ。飛び道具は一度使ったら終わりだ」
健在だった中央の戦車からアントニウスが叫んだ。その言葉に、戦車が前進を再開しようとする。
俺は左手を上げた。森の中に隠れていた最後の十五人が、筒を構えた。中心の一人が弾丸を放つ構えを見せる。
「まずい、まだ伏兵がいるぞ。避けろ」
後列の指揮官らしい顔を知らない傭兵が指令を出す。左翼はハッタリだ。彼らの持っているのは一つを除いて魔導金属の棒にすぎない。三色の触媒と透明な魔力結晶のバレットで偽装しているので、黒い魔獣を殴ることはできるかもしれないが、戦車にとっては脅威ではない。
だが、さっきまでの二射で、目の前で戦車を撃破された騎士達にそんなことが判断できるはずがない。戦車隊は隊列もバラバラになり、河の中で方向を変えようとして混乱する。
その間に正面の騎士達が弾を込め終わっている。
「右の連中はおとりだ。撃ってはこない。突破だ、河を渡ってしまえばこちらのものだ」
「障壁に魔力を集中しろ、次が来るぞ」
前方で弾込めに入る老騎士達を見て、アントニウスは左右の戦車に指示し、突っ込んでくる。一方、後方からは違う指示が飛んでいる。どちらに従うかわからなくなった戦車隊が混乱の中、前後に隙が生じる。その前半分に弾を込め終わった正面と左側面からの十字砲火が注いだ。
◇ ◇
片手で持てる程度の狩猟器から飛び出す小さな魔導金属の粒。そんなものの為に無敵を誇る戦車が次々と停止していく。リューゼリオン侵攻部隊の後部部隊を率いる傭兵団の副長にとって、目の前で起こっていることは理解を超えた。
「くそ、何だこの狩猟器は。おい、お前何か知っているのか」
彼は隣に座る白い髪に聞いた。聞かれた方は耳に手を当てて、見当違いの方向を向いている、まるでここにはいない誰かと話しているようだ。
「おい。聞いているのか、あれは一体なんだと――」
「これ以上の攻勢は不可能。離脱する」
◇ ◇
戦車が次々と停止する。乗っている騎士たちの白い狩猟衣に赤いものが滲む。血の匂いが俺のところまで漂ってきた。戦車隊の前半分はほぼ全滅。後列は数両が被害を受けた程度だが、進路を撃破された戦車にふさがれては前に進めない。
河という地形と、新型狩猟器を組み合わせた作戦だ。数に限りがある敵にとって、これ以上の被害は耐えられないはずだ。俺が勝利を確信した時だった。
一台の戦車が突撃してきた。同乗する二人の騎士が倒れているなか、中央のアントニウスが血走った目で戦車を前に進めている。
「王を殺せ。王さえ殺せば…………。ぐぁ!!」
王の手から白い光が発射された。進む白銀の弾丸は、もはや弱々しい戦車の障壁を貫くと、アントニウスの片腕を抉った。衝撃に元貴公子は戦車から投げ出された。
「退くぞ。傷ついた仲間を引き上げろ。健在な戦車は防壁に全力で魔力を注ぎ盾になれ。リューゼリオンの奴らはおいていけ、もう間に合わん」
後列の指揮官らしき傭兵の言葉に、残った戦車は半壊した前列を盾にするように退いていく。追い討ちが降り注ぐが、方向を変えることもなく球形の車輪の回転のみで後退していく戦車の速度と前面の障壁に阻まれる。
結局、最後尾の一両を追加で撃破するにとどまった。
「中央と右は弾を込めて待機。次に備える」
王の指示が下る。戦車を追っている暇はない。次があるのだ。俺の手の魔力測定儀にはさっきまでとは正反対の反応が多数近づいてくるのを捉える。
「くそ、な、なぜこんなことに。私はリューゼリオンの新しい王……」
アントニウスが河の中でうめきながら立ち上がった。右腕から血を流し服はずぶぬれ、かつてはリューゼリオン一の名家の御曹司として浮名を流したとは思えないみじめな姿だ。
その時、対岸の森から黒い影がいくつも飛び出してきた。彼らの後ろを追っていた黒い魔狼だ。黒い魔導金属で汚染された狂った目が片手から血を流すアントニウスを捉えた。
断末魔の悲鳴とともに、青い貴公子は黒い毛皮の下に消えた。
…………
河原には多数の躯が横たわっている。河を越えてくる魔獣を打ち倒し終わった。弾丸はぎりぎりだった。
改めて目の前に広がる凄惨な光景を見る。河原は赤黒い血で染まっている。ほとんどが戦車の後から来た黒い魔狼のものだ。だが……。
胸を撃ち抜かれた騎士の遺体が河から引き揚げられてきた。顔は知っている。デュースター家の分家の騎士だ。多分だけど文官落ちする前に一度くらいは話したことがあるだろう。
ちなみにアントニウスの遺体は原型をとどめていない。
「ひどい有様っすね」
「ああ……」
横に来たヴィヴィーに俺は頷いた。
こちらには一人の犠牲も出なかった。敵の主力である戦車は半数以上を撃破した。完全に近い勝利のはずなのに、ここにいる誰の表情にも喜びはない。
俺自身の手は汚れていない。ただ、旗を上げる度に繰り返された光景が今頃になって脳裏で繰り返される。人間が人間を殺すという光景の衝撃が、戦いの緊張が過ぎた後になって襲い掛かってきた。
だが、これで終わりではない。退却した戦車がこもるであろう、旧ダルムオンの鉱山を落とさなければならない。新型狩猟器を構え傭兵団を撃ち殺しながら鉱山に攻め込むカインたちの姿が浮かんだ。
汗まみれの手が掴んでいた旗を思わず投げ捨てた。
2021年7月25日:
次の投稿で八章は完結になります。投稿は来週日曜日です。