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#10話 電撃侵攻

 二十両の戦車は前後に隊列を組み森を進む。前列の中央を行くのは青い狩猟衣の青年騎士、この猟地のかつての名門デュースター家の御曹司アントニウス・デュースターだ。


「進め進め。一気にリューゼリオンを解放するのだ」


 森の中を進む戦車の速度は速い。車体を守る緑の防壁も厚い。疾駆する遺産軍団は、明らかに旧ダルムオンでのそれを超える性能を示していた。その種は戦車の後ろに積まれた球形の透明な結晶だ。


「いくら透明な魔力結晶があるからって調子に乗りすぎだぞ」


 後列を指揮する傭兵団の副長が言った。旧ダルムオンの騎士であった彼らが猟地を取り戻すために長い間耐えてきたのに比べて、あの男はあまりにも軽率に見える。とはいえ、この作戦で重要なのは速度であることは彼も同意するところだ。


「アントニウス様。魔狼の群れを見つけました」

「よし、予定通りに汚染しろ」

 西から走ってきた一台の戦車がアントニウスに告げた。戦車の荷台には厳重に封をした壺が積まれている。中身は鉱山の黒い廃液だ。ドルトンの周囲に黒い魔獣を発生させたのと同じものである。


「まあ、無策じゃないみたいだし。この猟地に関しては任せるしかないんだが……。ちなみに、お前さんはどう思う」

「…………」


 傭兵は隣に載った白い髪の男に聞いた。だが、聞かれた方は虚空を見つめたままだ、まるでここではない誰かと意思疎通をしているようだ。「だんまりか」と傭兵は肩を竦めて会話をあきらめる。


 透明な魔力結晶の合成器を動かすという決定的な役目を果たした雇い主の秘蔵だが、彼にとってその髪の毛は忌むべきものなのだ。


 ◇  ◇


「シフィー、ヴィヴィーそろそろ昼食にしよう」


 中天に差し掛かった太陽を見て、俺は開発室の二人に声をかけた。


 朝からずっと同じ作業を続けているとさすがに疲れがたまる。弾丸に魔力結晶を詰めるだけの俺ですら作業が怪しくなってきているのだ、はるかに複雑で微妙な作業を担当している二人はなおさらだ。


 量産の方は一応順調だ。


 開発室の壁に並ぶ銀色の筒。同じ形の狩猟器が並ぶ姿は壮観だ。リーディア達のテストの結果、使いやすいように木製の持ち手を取り付け、筒の後ろには皮を捲いて肩当にしてある。作業台に並ぶ弾丸も十発ずつ包装出来る箱が用意されている。


 リューゼリオンは平穏そのものだが東西の騒乱はまだ収まっていない。本来なら早急にこれらを両連盟に届けるべきだ。ただ、さっき表から聞こえてきた複数の足音が気になる。相当急いでいたように聞こえた。


 腸詰を挟んだパンを口にしながら、俺は開発室の入り口に向かった。


「レキウス。王宮に来て」


 顔色を変えたリーディアが俺を呼びに来たのはその時だった。


 …………


 王の執務室には王と文官長、そしてアメリアが厳しい表情で待っていた。机の上にならぶ複数の報告が原因だ。


 一つ目は旧ダルムオンの連合軍本営にいるカインからの報告だ。哨戒中に南に向かう戦車の跡を見つけたという物。二つ目は猟地の北西で黒い魔獣を目撃したという狩猟中の騎士の報告。そして三つ目が都市近くの森を巡回していた魔導艇の護民騎士団からの報告だ。


「最低でも二十両の戦車と複数の黒い魔狼の群れが都市に迫っている。戦車は既にここを捉える位置まで来ている」


 王の言葉に部屋の空気が一気に冷たくなった。いやな予感が当たってしまった。


 いや、予感よりも現状ははるかに悪い。旧ダルムオン、猟地境そして都市近郊と警戒網がきちんと機能したにもかかわらず、報告が到着した時には敵に切迫されているのだ。


 少し前まで敵を包囲していたはずのリューゼリオンが今は包囲されそうになっている。想像を遥かに超える速度で完全に近い奇襲を受けようとしているのだ。幸いなのは、敵が一時停止していることだ。


「一気に攻めてこないのはなぜでしょうか」


 敵にとって一番大事なのは速度のはずだ。まさかのんびり昼食でもあるまいし。


「黒い魔獣の群れが追い付くのを待っているのだろう」

「後は、デュースター家に近い家々に怪しい動きがあります」


 なるほど、どれだけ強力でも都市一つ落とすつもりなら戦車だけでは手が足りないだろうな。


「例の戦車に対抗する新型狩猟器の数はそろったか」

「四十ほどは用意できています。仮にリューゼリオンに籠って戦車の相手をするのならば十分可能だと思いますが……」


 俺は口を濁した。城壁から戦車を打ち下ろすなら、想定していた森での戦いよりもずっと有利になる。だが現状でその方法を選べば……。


「麦の採取に向かった労役者たちの引き上げが間に合いません」


 アメリアが言った。戦車の目的が都市だとしても、黒い魔狼の群れはそんな制御はされない、周囲を含めて荒らしまわるはずだ。敵にとってはこちらを掻きまわすための策にすぎないだろうが、採取労役者が黒い魔獣に襲われたらとんでもない被害になる。


「となると、迎え撃つしかないわけだが。採取労役者だけでなく、多くの騎士も狩りに出たままなのだな」

「リューゼリオンでも狩猟の手は足りなくなっていましたゆえ」


 ただでさえデュースター家が抜けたのだ。その上で、カインたち護民騎士団の半数がダルムオンの本営に常駐し、両連合が抜けた後は追加でダレイオスなどが派遣されている。当然、残った騎士達の狩りへの負担は増している。遠方まで足を延ばしているパーティーも多いだろう。



「四十人の使い手など半分もそろわんか。だが、あの狩猟器ならば……」

「はい。現役の騎士でなくとも用いることは可能です」


 あれは普通の狩猟器と違って、引き金を引くだけでいいのだ。最低限の訓練で使える。相手がこちらのことを知らない第一戦目ならば通用するかもしれない。


 俺は部屋の窓から学院を見た。騎士見習である学院生たちだ。リーディア、シフィー、ベルベットをはじめ優秀な人間を選別しても二十人はそろうだろう。


 リーディアやシフィーがあの狩猟器を人に向けるのを見たくないという感情に気が付く。自分で開発してたくせに虫がよすぎる考えに胃から何かがこみ上げそうになる。


 ただ、それは単なる感傷だけではない。まだ若い学院生たちにそれをさせることは、将来に対して悪影響が大きいと思うのだ。


 だが、麦を採取している労役者たちを全滅させるわけにはいかない。彼らが遠くの麦の場所まで行っているのももとはと言えば俺の方針だ。


「使い方の説明と最低限の訓練の為になるべく急ぐべきかと」

「いや、見習を出すことは出来ん」


 王は俺の言葉を否定した。そして、動く片腕で自分を指さした。


「使える人間ならここにもいる。引退した老人たちを狩りだすとしよう。引き金くらいは引けるだろう」

「お父様、でも……」

「そうせねばならん理由がある。旧ダルムオンでは護民騎士団は基本的に偵察が役割。直接戦車とは戦っていないのだったな。つまり、リューゼリオンにとって今回が初めての騎士同士の殺し合いだ。しかも向こうの先頭にデュースター家があるとなれば、同都市出身者同士となる。騎士殺しの禁忌は王たる私と先の短いものが背負う必要がある。将来のことを考えればな。そうではないか?」

「ご英断だと思います」


 こちらの懸念などお見通しとばかりの言葉に、俺は頭を下げた。


「では、それらを前提に迎撃計画を立てようではないか」


 机に広げられた地図を全員が見下ろす。


 戦車と黒い魔獣の動き、新型狩猟器の性能、採取労役者たちの避難路、作戦を規定する条件は複雑だ。戦車がすでに動き出していると想定すれば、こちらが迎え撃てる範囲はあまり大きくない。


 敵の目論見は、黒い魔獣で撹乱しつつ、都市に一気に侵攻、旧デュースター派の蜂起を引き起こし攻略というところだろう。つまり戦車は最短経路を取ることが予測される。アントニウスをはじめ、デュースター家の人間が先導しているのだから地形は完全に把握しているのだ。


 ある程度進路が予測できるという意味では、旧ダルムオンの森の中で神出鬼没の戦車を捉えるよりは有利とは言える。一方、防御力と速度に優れた戦車に突破されたら負けという状況は不利だ。


 つまり、限られた範囲の中で最適の地形を選ばなければならない。


「ここであろうな」


 王の指が地図の一点を差した。都市に流れ込む河がリューゼリオンの北で大きく曲がる少し前のポイントだ。北からリューゼリオンを突こうと下ってくる戦車軍団にとって絶好の渡河地点だ。

2021年7月18日:

九章はあと二回投稿で完了の予定です。

次の投稿は来週日曜日です。

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