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#9話 真の標的?

 開発室の壁の前に立てられた魔導金属の板に二つの穴が開いていた。


「小型簡略化したエンジン自体を打ち出すとは、一体どうしたらこんな発想に至るのか。いや待て、魔導艇に並べて一斉に打てば……」

「この大きさと重さならグライダーでも扱えるな。飛行中はともかく、木の上からなら……」

 新型狩猟器の試射を終えたレイアードとヴォルディマール、二人は驚愕が収まるとすぐに物騒なことを考え始めている。新型狩猟器はあくまで森の中で戦車を打ち破るためだ。揺れる魔導艇や空中のグライダーからでは命中率的に厳しい。だが、それも数がそろえば違ってくる。何よりも高速移動する遺産から長距離攻撃となると、これはもう一方的に相手を打ち倒せることになる。


「ふむ。弾丸の機構がエンジンということは、これの開発にラウリスが貢献したのは間違いないな」

「さて、この銃身の精妙な加工はグンバルドの魔導鍛冶のものだが」


 問題は、その相手は魔獣ではないし、戦車だけとも限らない点だな……。


 とはいえ、現時点では連合軍の両指揮官が新型狩猟器に満足していることに満足するしかない。ちなみにヴィヴィーはヴォルディマールに褒められてほっとした顔だ。


 ただ、俺としてはどうしても聞かなければならないことがある。


「それで、お二人そろってリューゼリオンに来た理由は?」

「ああ、それはだな」


 俺の質問に両指揮官はそろって厳しい表情になった。


 …………


「ラウリスとグンバルドが遺産の大半を本国に戻す、ですか」


 レイアードとヴォルディマールの言葉に今度は俺が唖然とする番だった。新型狩猟器の開発が終わり、いよいよ戦車を相手にという時にどうして。


「ランデムスが反乱を引き起こしたのだ。早急に鎮圧せねば太湖東岸がマヒする」

「それは……。じゃあ、もしかしてグンバルドでも」

「ドルトン周囲に大量の黒い魔獣が出現した。ドルトンは旧ダルムオンに最も近いグンバルドの都市だ、このままでは本国と切り離される」


 どちらも大事件だ。だが、最大の問題は……。


「その二つが同時に起こったということは、つまり」

「間違いなく敵の策動だ。本国の不満にラオメドンが乗ずる可能性は警戒していたが、まさかここまで大それたことをするとは……」

「当然、包囲されていた傭兵どもの仕業ではない。お前の言っていた黒幕本体の動きだろう」

「旧ダルムオンの本営はどうなってるんです?」

「そちらの騎士団長を中心に最低限の騎士で守らせている。包囲の為の簡易拠点は放棄したが、幸い本営は戦車の活動範囲からは離れている。無論、最低限の遺産は残し、敵の動きには警戒している。ただ、当面は専守に徹することになる」


 カインたちは無事であることに少しだけほっとする。だが、黒幕はこちらの急所を見事に突き、包囲戦略は根本的に覆されたことになる。


「とにかく我々は早急に本国を鎮める。この狩猟器だがどれくらいあればそろう。反乱が広がらぬためには最初の一撃が重要だ。この狩猟器でランデムスの肝を冷やしてやりたい」

「黒い魔獣には白の魔力が有効だったな。ドルトン開放の為には必要だ」

「そうですね。十日あれば三軍それぞれに十づつくらいは……」

 元々は最初はカインたちにと考えていた。だが、連合軍の主力が長期間抜ければ大問題だ。早急に対処してもらわなければならない。


「なるべく急いでほしい。では我々は本国へ向かう」


 レイアードとヴォルディマールが立ち上がった。俺は最後に一つ質問をした。


「本営で敵の動きは追っているといっていましたよね。戦車の動きはどうなっていますか?」

「今のところ大人しいな。こちらから近づかなければだろうが」

「……そうですよね。分かりました」


 やはり何かが引っかかる。確かに今回の敵の反撃は想像以上だ。こちらの包囲戦略は瓦解している。だが……。


 ◇  ◇


「これだけの距離で正確に相手を打ち抜くか。恐るべき狩猟器だな。しかも片手で撃てる」


 健在な左手を器用に使って王が的を打ち抜いた。彼が狩猟器を持っているのを見たのは幼いころ以来か。最近は腸詰を挟んだパンを持ってる姿しか記憶にない。


「ラウリスもグンバルドも急かすであろうな。生産は順調なのか」

「魔導金属加工の効率が上がりましたが、いまのところグンバルドの魔導鍛冶以外に満足できる精度を出せる者がおりません。作業の大部分は一人が担っている状態です。一日二、良くても三が限界ですが、少しづつ効率は上がっています」

「十分早いが。他に問題がありそうな顔だな」

「ええ…………。この狩猟器をラウリスとグンバルドにそのまま渡していいものかと……」

「なんだ、両連合をなるべく疲弊させた方が戦後リューゼリオンが有利になるという話か」

「そんなこと考えてません。敵の狙いが分からないんです」


 慌てて否定した。そんな悪辣なこと考える人間に見られているのか?


「黒幕は何のためにここまでしたんでしょうか?」

「なんの為も何も、こちらの包囲を解くためではないのか? 実際にそうなった」

「それはそうなのですが……」


 これで傭兵団は旧ダルムオン内を自由に動けるだろう。情報や物資も補給できるかもしれない。


「ただ、ここまでのことをしてそれが見合う成果でしょうか?」

「…………」


 東西の主力が旧ダルムオンからいなくなる。傭兵団にとって間違いなくいいことだ。遺産の消耗という意味でも意味はある。だが、黒幕にとってもこれは切り札を切ったことを意味するのではないか。ラオメドン王子ほどの駒は流石にいくつも無いと思いたい。ドルトンの周囲に大量の黒い魔獣を発生させたのだって簡単じゃない。


 何より、情報戦という意味ではこちらに大量の情報を与えることになる。クリスティーヌ達が今は大忙しだ。そして、それだけのことをしておいて。


「敵の主戦力である戦車が何もしていないのです。カイン団長からの報告では傭兵団は依然大人しいままということですから」

「なるほど、普通ならば最低でも連合軍の本営は攻略したいだろうな」

「仮に敵の主目的が東西の両連合を内部から崩すことだとしました場合、主力が戻ってきては困るはずですな。しかも、ここまでかたくなに隠していた自分たちの正体を危険にさらしかねない」

 王と文官長が言った。そこなんだよ。敵の今回の行動は確かに大きな脅威だが、それでこちらに決定的な打撃が生じない。


「とはいえ戦車の行動範囲は限られているのだろう。本営はもともと届かない」

「ええ、ですから敵の主目的が分からないんです。両連合の遺産の消耗を加速するだけでしょうか……」


 残ったものと言えばここ、リューゼリオンくらいだ。もちろんあり得ない。東西の盟主都市よりはずっと近いといっても、戦車の活動範囲外なのは同じ。本営よりも遠いのだ。リューゼリオン猟地に関してはデュースターがいる限り明るいだろうが、肝心の戦車が使えなければ最大でも百人程度の騎士でどうする?


「不気味ではあるな。ラウリスの状況を考えれば、デュースターの残党が都市内で策動せぬとは限らぬ。文官長、猟地内の情報収集は怠ってはならん」

「わかりました。アメリアにこれまで以上の警戒を命じます。デュースターの脱出に同行しなかった家についてもより警戒いたします」


 王の指示に文官長が答えた。


 …………


 ヴィヴィーが筒と弾丸の外殻の制作、シフィーが術式を刻んでいく。出来上がった狩猟器はリーディアが森で試し撃ちして品質を確かめる。そんな中、俺は弾丸に透明な魔力結晶をつめる作業をしている。

 生産は順調だ。螺旋という形の複雑さから性能が悪いものが出るが、それはリーディア達のテストではじいて再調整。その不良品も少しづつ減っている。あと一週間もあればまとまった数になるだろう。


 カインからは追加で戦車の投擲兵器が送られてきたが、これが最後らしい。本営はいまだ安全。戦車は全く活動していない。やはり俺の心配は杞憂だったのだろうか。


 後はこの新型狩猟器をラウリスとグンバルドに届ければいい。特にグンバルドを襲っている黒い魔獣には、白の弾丸は効果が期待できる。本国の問題を片付けた両軍が、この新型狩猟器と一緒にもどってくる。それまでにさらに生産を進める。カインたちにもしっかりと練習してもらえばいい。


 つまり、新型狩猟器とその数で、戦車を数で打ち破るというこちらの戦略は崩れていないのだ。だが、本当にこのまま上手く行くのかという思いが消えない。


「まあ、今は弾丸の数を揃えないとな。弾がないと新型狩猟器もただの筒だ」


 作業台に並べた弾丸に意識を戻す。外殻に一つ一つ整形した透明な魔力結晶を詰めていく。試し撃ちに使ったらしい、傷のある外殻を手に取った。中に完全に曇った魔力結晶が残っている。それを取り除いて、新しい魔力結晶を手に取る。


 ふいに押し寄せてきた寒気、思わず手が止まる。何か恐ろしいことを見逃している気がしたのだ。


 新型狩猟器は弾丸がなければただの筒だ。逆に言えば弾丸さえあれば繰り返し使い続けることが出来る。そして、この弾丸は魔導艇、つまり遺産のエンジンを元にしたものだ。そして、エンジンは戦車にもある。


 もしも、もしもだ、この弾丸のようにエンジンの中の魔力結晶を入れ替えることが出来ればどうなる?  そうだ、どれだけでも活動距離を伸ばせることになる。


 だが、透明な魔力結晶は貴重だ。遺産に使えるような巨大なものは俺達でも手が届いていない。


「……待てよ。敵はグランドギルドの鉱山を持っているんだよな」


 鉱山には透明な魔力結晶に関わる何かがある。三者会談でラウリスを動揺させた情報だ。あれがラウリスを動揺させるための偽情報じゃなかったとしたら?


 もしも鉱山に透明な魔力結晶を生産する施設があるなら、この弾丸のように戦車の活動範囲を伸ばす手段はあり得ることになる。


 仮にそれを想定したら、敵の戦車軍団はどう動く。普通に考えたら強敵である東西のいずれかの連合の背後を突く。一番よさそうなのはドルトンの黒い魔獣と戦っているグンバルドだ。


 だが、そうであるならとっくに動いていなければおかしい。挟み撃ちはタイミングを揃えなければ意味がない。戦力が激減した本営もいまだ無事。じゃあ、敵の標的は……。


 背筋に冷たい汗が流れた。気が付くとシフィーとヴィヴィーが俺を心配そうに見ている。


「万が一がある。一刻も早く新型狩猟器の数を揃えよう。そして、今ある分を両連合に送るのは少し待つ」


 俺は二人に言った。


 ◇  ◇


 同時刻、リューゼリオン猟地北方。


 魔獣の胃を使った浮袋を左右に付けた白銀の物体が河から上陸した。陸地を噛んだ球形の車が回転して暗い森の中に吸い込まれていった。前後二部隊に分かれたその数は合計二十両。その先頭には青い狩猟衣の騎士がいた。

2021年7月11日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 航続距離が短い、欠点を理解して 対応策が用意して合ったのか グランドギルドは出来る子だったのね。
[一言] 真の標的だと? それは一体、なにウスなんだ……
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