#8話 新型狩猟器の完成
「実地テストで命中率の改善が次の課題だとはっきりしたところで、次の改良だけど」
森から引き揚げた翌朝、俺達は開発室の奥に集まっていた。これまでの改良の軌跡が設計図として並ぶ壁の前で、俺は作業台の二人と向き合う。
「どうするっすか?」
「実を言えばこれという妙案があるわけじゃないんだ。術式、弾丸、透明魔力結晶の品質、そして筒の精度、総合的に命中率を上げていくしかないと考えてる」
俺は一番新しい設計図の各要素を指さしながら答えた。
「そりゃ、そうっすけど」
「そうだな、この中で大きくいじれそうなのは術式くらいだろうか」
「術式の改善は余地があまり残っていないと思います。筒の内側に描くのでこれ以上複雑にすると……」
「そうだよな。ここまでの改良でも、むしろ単純化した方が結果がよくなった」
シフィーの言葉にうなずく。
「となるとやっぱり全体的な加工の微調整で少しづつってことになるけど……」
俺はヴィヴィーを見た。どうも今日のヴィヴィーは少し様子がおかしい。なんというか、落ち着きがないのだ。よく見ると目の下に隈がある。それに、後ろ手に隠すように持ってるものは?
「もしかして何かアイデアがあるのかな」
「…………これ、見てくださいっす」
少し躊躇した後で、彼女は手に持っていた丸めた紙を俺に突き出した。広げてみると新しい図面だった。それを見て俺は最初理解できなかった。初期の試作モデル、三本の棒を簡易の筒代わりにしていたものに見える。だが、よく見ると図面にはその先があった。
最終的な形状は筒になっているのだ。これは何とも大胆な変更だ。俺はそれの示す意味に気が付いた。シフィーも驚いた顔になっている。
「筒を複数の棒をねじって作る。各棒の内側にはそれぞれの色の術式だから…………。そうか、つまり弾丸が筒の中を進む時点で強力な回転を与えるってこと……」
「そ、そういうことっす」
ヴィヴィーは提案の大胆さと正反対に歯切れが悪い。
「これまでの試作で弾丸の回転が速い方が射程だけでなくて正確さも高くなってるっすから」
「なるほど、確かにそうなってる。射程にしか注目してなかったよ」
俺はこれまでのデータをひっくり返す。ヴィヴィーの言った通りだ。
「問題があるとしたら、筒の強度的にどうだろう。魔力の漏れが大きくなったりしたら」
「ちゃんと加工すれば三本の棒を並べるよりは強いっす。それに、この前の試射を見ても騎士の魔力で撃っても筒への負担は小さいみたいだったっす。魔力の漏れは棒の間をちゃんと埋めれば多分……」
「なるほど」
「ただ、これまでと全然違うんで、その、いろいろ問題が出るに決まって――」
「いや、これで行こう」
俺は即答した。聞けば聞くほど説得力がある。魔力の性質ともこれまでのデータとも整合する。
「い、いいっすか」
「良いも何もすごい案だと思う」
「そ、そうっすか。ま、まあ頑張るっすけど……」
それに何よりも、最初はあれだけ新しいことに抵抗していたヴィヴィーの提案だ。乗らない手はない。
◇ ◇
遠方で白い魔力が弾けた。少し遅れて魔獣の体が横倒しになった。硬い鱗を貫いて弾丸が貫通している。
筒の段階で螺旋回転を与えるヴィヴィーの改良案の効果は劇的だった。弾道の安定性は極めて高くなり、地面からの魔力や風にもこれまでよりも影響を受けない。しかも副次的に威力や射程まで向上した。
もちろん、開発は難しかった。だが、元々のヴィヴィーの魔導鍛冶としての能力の高さ。そして、この形をとることで内部に刻む術式の改良が手軽にできることで、シフィーの力もより引き出せたのだ。
ヴィヴィーとシフィーがまるで競い合うように開発を進めた結果、最初の実地テストの五割増しの距離で魔獣を打ち倒す試作十二号器が出来上がった。
もちろん、俺も透明な魔力結晶の合成に関しては頑張ったが、寄与度はあまり高くない気がする。
「ヴィヴィーの案は大成功だったな」
「ま、まあ本気を出せばこんなものっすよ。グンバルドの魔導鍛冶として名誉がかかってるっすから」
「こりゃグンバルドを敵に回さないようにしないといけないな」
俺が冗談を言うと、ヴィヴィーはじっとこちらを見る。
「…………そりゃこっちのセリフっす。ヴォルディマール様も人が悪いっす。私に外交的なことなんてできるわけがないのに、対応しくじったらどうするつもりだったっすか……」
ヴィヴィーのぼやくような言葉。なぜかシフィーもじっとこちらを見た。
「とにかく最高の腕の魔導鍛冶を貸してほしいって頼んだんだけど。そういえば将軍からは、扱いは難しいが大丈夫かみたいなことを聞かれたな」
「やっぱりあんたのせいっすか!!」
「と、とにかくこれで開発のめどは立った。次は」
「数を揃えることっすね。でも、原料がないとどうしようもないっすよ」
「実は原料だけなら当てはあるんだ。予定ではそろそろ到着しているはずだ」
カインに戦場から回収してもらった原料がそろそろ届くころだ。つまり、傭兵団の戦車が使っている投擲兵器だ。白金級魔導金属鉱山と、その精錬施設を押さえているだけあって質は最高級、数もある。
「なるほど。でもあれかなりの大きさっすよね。魔力をいきわたらせるのは大変っすけど」
「ああ、そこに関してはアイデアがあるんだ。都市に帰ってから説明するよ」
「楽しみにしてるっす」
「実際の加工はヴィヴィーの腕に頼りだけどな」
俺とヴィヴィーは拳をぶつけ合った。
「ねえシフィー、あの二人…………」
「…………」
気が付けばテストから戻ってきたリーディアとシフィーが俺達をじっと見ていた。
◇ ◇
開発室に銀色の棒が五本運び込まれた。
旧ダルムオンに派遣されているカインの指揮で護民騎士団が危険を押して回収してくれたものだ。人間の背丈ほどの長さ、腕と同じくらいの太さの魔導金属だ。
「これ一本で新型狩猟器をどれくらい作れそうかな」
「単純に量だけなら五、いや六くらいはいけそうっすけど……」
「ああ、加工の問題だったな。新金じゃないからね」
新金、つまり精製したての螺旋型の魔導金属と異なり、一旦整形した魔導金属はまるで自分の形を知っているように、全体を均一に魔力で温めなければ加工を受け付けない。それも、魔導金属としての等級が高ければ高いほど魔力を高密度で保った状態でなければならない。
つまり、超高温がなければ加工できない金属以上の困難を伴うのだ。
当然、複雑な加工は時間がかかるので難易度が跳ね上がる。逆に言えば必要量だけ切り離すことが出来れば難易度は激減する。問題は、弾丸一つ分の魔導金属を分離するのにも、大量の魔力と時間が消費されることだ。ましてや、新型狩猟器は筒も複数の棒から出来ている。
だから俺が提案するのは、魔導金属の切断を局所的な魔力で行うことだ。
「正反対の魔力の回転を魔導金属内でぶつけるっすか?」
「ああ、つまりこのエンジンから正負の魔力触媒で二つの魔力鞴に白と黒の魔導金属で魔力を流す。その二つを切断したい場所に注入することで、逆回転の魔力が魔導金属内でぶつかり合うようにするんだ」
俺は手に持った紙を両手でひねる。つまり、正反対の魔力の回転で魔導金属を強引にねじ切るというアイデアだ。
「また聞いたこともない。そんな無茶苦茶な…………。でも、ちょっとやってみるっす」
一瞬絶句したヴィヴィーだが、どうやら好奇心が勝ったらしい。早速魔力鞴の調整にかかった。
…………
「出来たっすね……」
断面に捻じれ模様が出来た魔導金属の棒を両手に、ヴィヴィーが俺に報告に来た。いい感じだ。これならば戦車を打ち破るだけの数を揃えることもできる。
これで生産に向けて準備も整った。俺がそう思ってほっとした時、慌しい足音とともに誰かが開発室に飛び込んできた。さすがにうるさくしすぎたかなと、恐る恐る振り返る。
そこには怒りの赤ではなく、青ざめた表情のアメリアがいた。
「ラウリスの魔導艇艦隊とグンバルドのグライダーがリューゼリオンに接近してきます」
あわてて開発室の外に出た。運河に魔導艇艦隊の旗艦が付き、そこからレイアードらしき人物が下りてくるのが見える。王宮の上空にはグライダーが飛んでいる。翼の紋章を見ると、ヴォルディマールの機体だ。
旧ダルムオンで傭兵団を包囲しているはずの両軍のトップがどうして急にリューゼリオンに……。
2021年7月4日:
次の投稿は来週日曜日です。