#7話 実地テスト
木々の向こうで一匹の魔獣がのんびりと果実を食んでいる。分厚い表皮の鎧で体を覆う巨大な犀だ。高速で迫る小さな脅威に魔獣が気が付いたのは、弾丸が眼前まで迫った時だった。
◇ ◇
昼、俺達はリューゼリオン近郊の森を歩いていた。
「弾丸はこの位置まで装填してください。これよりも前でも後ろでも駄目です」
「ああなるほど、ここから先には負側の三色のラインが通るのね」
「はい引き金を押すことで弾丸が前に押し出され、弾丸と筒の術式が初めてかみ合うことになります。後は引き金を引いてから弾が出るまでに時間差がありますから……」
前方ではシフィーがリーディアに新型狩猟器の使い方を説明している。彼女の手にある銀色の筒はやっとちゃんとした筒になった試作六号器だ。
「あっ、筒を前から覗き込むのはやめてください」
「でも弾が入ってないわよ」
「弾が入っているときに同じことをしないようにです」
「わかったわ。気を付けましょう」
シフィーの注意にリーディアは素直に頷いた。開発中は何度か顔を見せたものの何もやることがなく、やっと出番ということで張り切ってくれているようだ。
「私まで連れてこられるんっすね」
前で行われれている二人のやり取りを無言で聞いていた褐色の魔導鍛冶がぼそっと言った。
「実際に使ってるところを見ないと次の改良に生かせないだろ」
「わかってるっす。けど……」
「けど?」
「騎士に守られているって状況になれないっす」
「なるほど、気持ちはわかるよ」
俺たちの周囲は少し距離を開けて護民騎士団の残留組が警戒している。
「ほんとに分かるっすか?」
「えっ、なんでそこを疑うんだ」
「何かあったらここの騎士達がこぞって守るのはあんたでしょうに」
「都市近郊の浅い森で、このメンバーで何かあるってことはまずないよ」
俺はヴィヴィーから顔を逸らした。とはいえ別に嘘ではない。黒い魔獣の大群でも襲ってこない限りは大丈夫だろう。
「まあいいっすけど……。とにかく、試し打ちというにもまだまだ問題は多いっすからね」
「そうなんだよな」
六号器まで順調に性能はアップしたが、それはあくまで理想的な条件でのものだ。
「ねえシフィー。あの子ずいぶんと大人しくなってない。というか、なれなれしいんだけど。私の右筆に……」
「……私の先生にもですね。昨日もこのテストの計画を立てる時にずっと話してました……」
気が付くと前の二人がもの言いたげに俺達を見ていた。昨日? まだ実地テストは早いというヴィヴィーを説得していた時かな。あれは議論だと言おうとした時、がさりという音がした。
ヴィヴィーがびくっとして俺の袖をつかんだ。
「先方に手ごろな獲物が見つかりました」
先行して獲物を探していた黒髪の少女サリアだ。彼女は俺達の様子を見て微妙な顔をした後で、ターゲットの発見を報告した。
…………
大きな樹から果実が垂れ下がっている。首を上げて果実を食んでいる魔獣の姿が見える。鎧犀だ。魔獣としては決して強くないが緑の魔力に守られた分厚い表皮は極めて頑丈だ。なるほど、標的としてはもってこいの相手と言える。
赤毛を後ろで束ねたリーディアが筒を構えた。百メートルほど離れた魔獣に向けて弾丸の込められた筒が向いている。その鋭い目は怖いほどだ。
鎧犀は変わらず食事を続けている。自分が狙われているなど夢にも思っていない様子だ。普通に考えたらこの距離を届く狩猟器などない。もしあったとしても、それにふさわしい魔力の反応がある。
リーディアが引き金を引くと筒の後ろに差し込まれた棒が弾丸を内部に押し込む。筒が僅かに白く光った。犀が何か違和感を感じたように口を止め、左右を見た。
次の瞬間、白い光が筒の先から噴き出した。弾丸は僅かな回転音とともに飛び出す。白い軌跡が森の木々の間を進み。そして、やっとこちらを向いた魔獣に向かう。
ガンッという音とともに木が揺れ、果実がぼとぼと落ちた。一瞬棒立ちになった鎧犀だが、次の瞬間後ろも見ずに走り去った。
◇ ◇
弾丸が切れるまでテストをした後、俺たちは河原に集まっていた。
「あれだけの距離を超えて魔力を投影できるのは確かにすごいわよね。飛んでいく弾丸は小さいのだからほんの少しの隙間でもあればいい。木の隙間からでも狙えるわ」
リーディアがまず口を開いた。
「発砲するまで魔力の反応はほぼなく、音もごく小さい。森の中ならほぼ感知されないでしょう。実際に撃つ前に警戒された例はありません」
サリアの言葉に、周囲から見ていた護民騎士団の団員達が頷く。
「威力も問題なさそうよね。白い魔力は他の色の魔力を突き抜ける力も強いのだし。期待できるわ。どうかしら」
「旧ダルムオンで戦車と対した我らの経験で言わせてもらえば、当たれば何らかの打撃を与えられると思います」
騎士サイドから肯定的な意見が並ぶ。だが、それを黙って聞いている開発サイド、つまり俺、シフィー、ヴィヴィーの表情はさえない。というか、全員の雰囲気が微妙なのだ。
「ただし、当たればの話よね。一匹も倒せないなんて悔しいわね」
「無警戒で動かない魔獣を一方的に狙って当たったのは五発中、一発。それも弾かれましたからね」
「肝心の威力も正面から当たらないと逃げてしまうわ」
「はは、外れた時の木の幹には大打撃でしたがね……」
だんだん雰囲気が暗くなる。成果ゼロ。魔獣の体にまともに当たった弾丸は一発だけ。それも、湾曲した場所に当たったため、斜めに弾かれて有効打にはならなかった。いうまでもないことだが今日標的にした魔獣はリーディアが普通の狩猟器を使えば難なく狩れるレベルである。
要するに試作六号器は狩猟器として役に立っていないのだ。
「で、でも、少し扱いに慣れてきたし、もう少しやってみれば一匹くらいは。もう弾丸はないの?」
「はい。今のところ弾丸はこれだけです」
リーディアの言葉にシフィーが答える。発射の度に総出で回収してもらっているが、現時点で三発しかなく、岩に当たった衝撃で歪んで使えなくなってしまった。
「あの大きさなら通常の魔導金属でも何とか加工できそうだが。一時間あれば一発は作れないか?」
「魔導金属の質が落ちると射程距離も正確性も格段に落ちるっす。止まってる的にも当たらなくなります」
サリアの疑問にヴィヴィーが答えた。開発室の試射でも着弾跡が二倍以上の範囲に散らばった。命中率は数分の一になる計算だ。一度撃てば再装填に時間がかかることを考えれば使えない。
「でも、開発室で見た時はもっとましだったと思ったけど?」
「条件が全く違うんです。そして、残念ながらこちらの方が実戦に近い」
「厳しいな。本来のコレの相手は森の中を高速で移動する戦車だ。そうそう止まってくれないだろう。防備もあのクラスの魔獣よりも厚いはずだ」
実は六号器までの改良により、正確さもかなり改善したのだ。開発室で固定した狩猟器から固定した的に、毎回同じ条件で撃っている限りだが。
ちなみにヴィヴィーがこの段階の実地テストに反対した理由がそれだ。そしてそのヴィヴィーが暗い顔ということは開発室と現地の落差が彼女の予想以上だったということだ。
まず、実際に使う時は騎士が手に持つ。台に固定した状況とは全く違う。標的までの距離はいつもと同じではないし、大きさももちろん違う。森の中は風も吹く。周囲や地面からの魔力の影響もうけている。
しかも、この狩猟器は騎士が調整する要素が少ない。
例えば飛行遺産も魔導艇もその操作は騎士が行う。微妙な制御は騎士が瞬間瞬間に感覚で補正する。だが、弾丸は一度発射されたら前に進むだけだ。騎士のセンスに左右されないと言えるが、狩猟器の性能にすべてがかかるということだ。
「つまり、問題の中心は正確性ということですね」
俺は結論をまとめた。それでも実地テストを急いだのは今後の改良に向けて明確な指針が必要だったからだ。
弾丸は貴重、一度撃てば次の弾丸を込める時間がかかる。威力だって正面から当たることで初めて発揮される。また、せっかくの射程を最大限に生かすためにも必須だ。相手は戦車、外してこちらに向かってこられても簡単に倒せる魔獣とは違う。
要するに、正確性が改善されればすべてが解決するが、それがだめなら他が多少ましになってもダメということだ。
「どうやって改善するの?」
「一つは運用です。例えばこの狩猟器が五つあったとして、こういった弧の配置から一斉に弾を撃てばどうでしょう」
俺は地面に木の棒でターゲットである魔獣を現す大きな丸と、前方に弧の形で配置についた騎士を現す五つの丸を描いた。
「なるほど一発くらいは当たりそうね」
「連合軍の優位性の一つが人数です。実際の運用は多人数で一台を狙う形になるでしょう。ですが、それを考えても現在の命中率ではダメでしょうね」
静止した魔獣に対する命中率がこれだ。実際の戦車は森の中を高速で動き回る。騎士よりも早いのだ。もちろん待ち構える形になるだろうが、それでもこんな理想的な配置は期待できない。
「それでも今回のテストは成功です。正確性の改善が全ての問題の解決につながることが分かったので次の改良はそこに集中することにします」
もちろん簡単ではない。正確性はこの狩猟器の全ての要素がかみ合って実現するものだ。つまり開発の初めにヴィヴィーが言っていたように、極めて微妙な調整の産物ということになる。
これまでのようにどんどん射程距離が伸びていく、みたいな劇的な進歩は期待できないのだ。
それでも急がなければならない。旧ダルムオンの戦況が落ち着いている間に完成させなければ何が起こるか分からない。相手は鉱山を擁しているのだ。
俺は開発室から持ち出した設計図をじっと見るヴィヴィーに目を向けた。ここから先は彼女の力がこれまで以上に重要になるだろう。
2021年6月27日:
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