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#閑話 反攻作戦

 グンバルド西端の都市ドルトン。その商業街に建つ大商館にある地下の一室で、老人が鋭い眼光を書物に注いでいた。


 広げられたページは茶色と白が混じっていた。新しい獣皮紙の上に古いぼろぼろの紙の断片を張り付けて復元したものだ。それはグランドギルド時代の記録、それも古代の超文明が繁栄の頂点で一夜にして滅亡した瞬間の目撃者のものだ。


 執筆者はグランドギルドにいた魔力を持たぬ奴隷、今でいう平民だ。グランドギルドの魔術士たちが死に絶えた後、生き残った奴隷たちは山脈を下る際に殆どが魔獣によって命を落とした。その中で幸運にもドルトンにたどり着いた僅かな人間の一人だったらしい。


 よほど筆まめだったようで、滅亡前のグランドギルドについて多くを書き残していた。ただし、彼自身の立場から魔術に深く踏み込むような内容は皆無といってよい。


 開かれたページにはグランドギルドの中でもさらに高位魔導師が集まる場所、魔法院についてだ。巨大な六角錐の塔は今でいう結界器の直上に立てられていた。中央に空いた円筒形の空洞には星の中心から直接沸き上がってくる魔力が噴き出していたという。魔術師達はそこからそれぞれの研究室に魔力を引き、研究を行っていたらしい。


 研究されていたのは『大いなる課題(グランドリドル)』である。究極の魔力触媒、魔導金属、そして魔力結晶の制作。最盛期のグランドギルドが究極の魔術を生み出さんとして立てた目標である。


 もちろん、老人の興味はそんな夢物語ではない。グランドギルド時代にすら達成できなかった目的が、現在手に届くはずがない。現実的な彼の考えでは、それが本当に可能だったかすら怪しい。


 彼にとって大事なのはグランドギルドに“存在していた”ものだ。日記を頼りにグランドギルドへの道を開くことに成功しつつある彼にとっては残っている遺産ものだ。


 グランドギルドが大陸の全都市を支配するために作り上げた神核と呼ばれる魔術兵器だ。都市一つを破壊しつくすと言われたそれこそが、彼の手に入れようとしている物だ。


 老人が期待を込めて次のページを捲ろうとした時、ドアをノックする音がした。


「総帥。例の客が到着しました」

「……わかった、応接室に通しておけ」


 ポーロ・マドラスはそういうと日記を閉じ、丁寧に机にしまった。部屋を出る彼の顔には招かれざる“客”への不快感が現れていた。


 ◇  ◇


「今回は急な来訪ですな。一体どのような用件で?」

「このまま鉱山の周囲でちまちまやっててもらちが明かねえからな。今後について相談というわけだ」

「はて、戦いが始まった以上は騎士の仕事。こちらとしては必要な物資と情報を届けることしかできませんが」

 口を開いた壮年の騎士に対してポーロは首をかしげて見せた。 内心のいらだちは当然表に出さない。


 この男がダルムオン復活後に自分達を下僕扱いするつもりであるのは承知の上だ。つまり、ポーロにとってはいずれ捨てる予定の駒だ。それが今でない以上おくびにも出さないだけである。


 戦車と鉱山という無知な騎士の基準では強力極まりない兵器を任せているため、傭兵たちは自分たちがポーロにとって極めて価値がある存在だと思っているはずだ。


「鉱山の『合成器』がまだ稼働できない。あれさえ動けば戦車の行動範囲を広げることが出来るんだ。そこであの双子だ。戦車と鉱山結界の起動をさせたように合成器の為に借り受けたい」

「それは難題ですな」


 ポーロはハッキリと難色を示した。彼にとってアーニャとベルナの白髪の双子は目前の猟士の頭どもなどとは比べ物にならない価値がある。その本心を隠すため、彼はもう一人に視線を移動させた。


「ちなみにアントニウス殿も同様の――」

「リューゼリオンを一刻も早くわが手に取り戻させろ」


 言葉が終わらぬうちに若い騎士は言い放った。傲慢な口調だが表情には余裕がない。


 もともとは瀟洒だったであろう服はところどころ解れ、以前は綺麗にそられていた髭が目立つ。流浪の暮らしが堪えているらしい様子を隠せないのだ。


 狩りを生業にする騎士りょうしは野外生活にも比較的強いはずだが、よほど贅沢になれていたのだろう。


「大陸の全ての都市を相手にしている現状でそれは困難でしょう」

「連合軍結成をいち早く伝えたのは私だ。そのために我が一族は都市を離れることになったのだぞ」


 実際には裏切りを追及され追放されたことを完全に無視した発言は虚勢であることなどバレバレだ。


「わかりませんな。このまま鉱山を守っていれば東西はいずれお二方に屈服せざるを得ないでしょう。ダルムオンの復活はもちろん、リューゼリオンの支配権もその後でいかようにもなるはず」


 全く違う目的を並べる二人に内心でため息をついた彼はなだめるように言った。


 所詮捨て石なのだから、自分が目的を達成するまでせいぜい騎士たちを引っ掻き回してくれればいい。要するにとっとと持ち場に帰れと言うのが彼の本音だ。


 使い終わった後もダルムオンで狩りをさせてやってもいい。ましてや辺境のリューゼリオンなどそのついでにくれてやる。騎士らしく己が縄張りで満足するのならだが。


「それまで何年かかる。俺達の猟地でよそ者にでかい顔をさせておいては士気に関わる」

「その通りだ。暗い山の中にこもっているなど騎士に相応しい姿ではない」

「お前だってこれまでの投資は早く回収する必要があるだろう。いくらポーロ商会でもこの規模の金を垂れ流し続けるわけにはいかないはずだ」

「それは無論そうですが……」


 長年商人に使われてきた傭兵が小賢しい知識を身に着けたらしい。ただし、彼の目の前に座るのは投資対象ではなく使い捨ての道具である。


「お前の言う約束された勝利とやらだって怪しいもんだ。本来なら今頃は東西が大戦争しているはずだ。奴らが互いに遺産を消耗させた後で、俺達が戦車で蹴散らすはずだったぞ。だが、実際はどうだ。奴らは争うどころか手を取って攻めてきた。戦車の稼働が少し遅れていたら鉱山は落ちていた」

「その通り、ちなみにそれをいち早く連絡したのは我がデュースター家だ」

「お前の連絡はその時に途絶えたからな」

「確かに予想外でしたな」


 ポーロの計画の本筋はこれまでみじんも揺らいでいない。だが、その為の末端計画がことごとく覆えっているのは確かだ。そして、そのたびに出てくるのがリューゼリオンという取るに足らない都市だ。本来なら東西両連合の戦争中、傭兵団の後背補給地として使うだけのつもりだった小都市が、なにゆえに両連合と一緒に鉱山を攻める立場にあるのか。


 彼とてそれを疑問に思わなかったわけではない。


 最初は傭兵団の不手際であると考えていた。次に両連合のはざまにある位置をうまく利用したのだ思った。だが、ここまで続くと奇妙なのは確かだ。


 本来なら東西の大勢力に挟まれて右往左往しているはずの小都市が、なぜかその両連合のトップを招いて会談を行った。しかもその会談では、東西が互いを仮想敵国としていた状況、それも彼が疑心暗鬼を全力で煽る中、連合軍を作り出したのだ。


 あまりにもあり得ない。それこそ、たまたま歯車が絶妙にかみ合って起こった偶然の生んだ……。


「例えば向こうはこんなものを持っていた。普通の魔力結晶みたいな成長痕がない。どう考えても普通じゃねえ魔力結晶だ」

「……これをどこで」

「連合軍の中で一番小さな、貧相な騎士どもとの交戦の時に相手が使い捨てたものだ」

「…………」


 ポーロは血走った目でその不揃いの結晶をみた。会談が始まって以来、初めて感情が漏れた。


 疑問への答えがリューゼリオンに伝わる古の知識だったとしたら? 自分と同じくグランドギルド時代の知識に通じたものがあの小都市に存在していたとしたら……。旧態依然、現状を守ることしか知らぬはずの騎士の中に、彼にとって最も警戒すべき、いや唯一の相手が隠れていたことになる。


(いや、ありえぬ。だが、これは確かに日記に記されたアレに似ていると言えなくもない…………)


 二人の視線に気が付いてポーロは咳払いとともに冷静さを装ってからゆっくりと口を開いた。


「そうですな、そこまで言われるならお二人の望みに応じることとしましょう」

「ほう、具体的にはどうするってんだ」

「まずは鉱山の合成器を稼働させるためにアーニャを派遣しましょう。これでお望み通り戦車の行動範囲は大きく広がります。そして、その戦力をもってアントニウス様がリューゼリオンを攻略する。これでいいでしょう」


 恩着せがましく聞こえるように言葉を選ぶ。捨て石に本当の目的を悟らせない。


「最初からそういえばいいのだ」

「だが、戦車の強化はいいとして、鉱山は今東西に囲まれているんだぞ、どうやってリューゼリオンを突く」

「ご心配なく。無論、手は打ちますとも」


 ポーロは二人に説明する。全てのコマを使ってでも危険性を消しておく。目標達成を目の前に、それが彼の判断だった。

2021年6月19日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 疑惑が、浮かんだなら潰そう。 どの道、使い潰す予定の都市 あの騎士達も、煩く成って来たし [気になる点] リューゼリオンにも 白髪の騎士候補が居ることを多分知らないだろうな。 王達の前…
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