表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
155/184

#6話 情報戦

「戦車を二両撃破!? それは凄い」

「傭兵団は鉱山付近に活動範囲を縮小したようです」


 北の戦場から届いたのは吉報だった。



 ラウリス大使館の会議室に移動した俺達は旧ダルムオンからもたらされた報告の検討を始めようとしていた。参加者はクリスティーヌ、アメリア、そして騎士団本部から来てもらったレイラだ。


 いつも通りの穏やかな笑みを浮かべるクリスティーヌと普段と変わらず冷静なアメリア。その二人に挟まれたレイラは居心地が悪そうだ。助けを求めるような視線を向かいに一人座る俺に送ってくる。残念ながらこれから始まる話し合いにおいて彼女は必須だ。


「報告によると、今回の作戦は三段階で行われたようです」


 白いドレスのクリスティーヌが報告書を手に説明を始める。


「一段階目は傭兵団の活動範囲を正確に見極めること。それが終わると敵から大きく距離を取り接触を可能な限り避けました。これが二段階目です。傭兵団は戦果を焦ったのか黒い魔獣での挑発を増やしたそうです。そして最後の三段階目です。傭兵団の活動範囲ぎりぎりに魔導艇隊を派遣、敵の攻撃を誘ったのです。つり出された敵戦車部隊の後方を別の魔導艇で遮断、前後から挟むことで敵の行動範囲を限定し、森の中の護民騎士団の索敵により位置を特定、上空からグライダーの攻撃を加えました」

「いやはや、実に見事な作戦ですね」


 俺は感心する。敵を焦らせた後でエサを見せてつり出し、後方を遮断して前後と上空からの集中攻撃。簡単にできることではない。水路が走る複雑な森の中で敵戦車の活動限界を正確に見極めるだけでも大仕事だったはずだ。


 逆に言えばここまでしても二両撃破にとどまったことが敵戦車の強力さを示していると言える。ただし、この作戦の価値は敵の戦車の撃破自体ではないのだ。


「傭兵団はこれで行動を変えましたか?」

「はい。この攻撃の後、戦車は鉱山を中心とした狭い範囲から出ることはなくなったようです。強力な戦車が十全に活動できる範囲で守りを固められては、連合軍と言えども手出しができません。ですが、これでレキウス殿の計画通りですね」


 クリスティーヌが俺を見て言った。


 それはそうなんだが、この作戦まで俺の計画の内みたいに言われては困るな。敵を封鎖するという方針は確かに示したし活動限界のアイデアも出した。だけど、効果的に封鎖するためにあえて一撃を与えるという作戦は完全に本営の三人の手柄だ。


「東西で対立していた両軍がよくもここまで連携できたものだと、感心します」


 俺は改めて素直に賞賛する。撃破は二両だけと言えども、数に限りがある傭兵団にとっては決して少ない損害ではない。これまで無敵を誇っていた戦車を撃破されたこと自体がショックだし、同じことを繰り返されるだけで遠からずすりつぶされる。


 当然、敵は二度と同じ手は食わないために鉱山付近の絶対有利な領域からでなくなる。本来の活動範囲よりもずっと狭い領域だ。つまり、連合軍の戦略としての“封鎖”にとって有利な状況を生み出したのだ。


「確かにそうです。ただ、我々にもそうせざるを得ないという状況があります」


 クリスティーヌは表情を引き締める。


「一つ目は戦いの中で遺産の消耗がかなり進んでいることです。それに加えて本国の不満が高まっています。魔導艇もグライダーも連盟維持に必須のもの、その多くを旧ダルムオンに投入しているのは大きな負担です」


 長期的にはこちらが不利という状況は全く変わっていない。敵は鉱山を保持してこちらの消耗と疲弊を待つだけでいい。最終的に両連合を屈服させられるのだ。着実にその方向に進んでいるのだ。今この瞬間も。


「敵を封じ込めている今のうちに敵の黒幕を突き止めなければいけない、ですね」

「その通りです。情報及び物の封鎖は以前から継続中です。その結果、多くの問題が発覚しました。これまでの封鎖が必ずしもうまくいっていないのです」

「それに関しては私から説明します」


 アメリアが立ち上がった。次は情報封鎖の現状だ。実にスムーズな進行だ。流石は文官姫とエリート文官だ。俺はふむふむと頷きかけて、同じく席に座ったままのレイラの表情に気が付いた。


 ……ラウリス王女殿下と自都市のエリート文官の報告を座ったまま偉そうに聞いているという状況に見えなくもないことに気が付く。


「旧ダルムオン猟地への外部からの物と情報の出入りは私達がラウリス、グンバルドの文官と協力することで実行してきました。注目したのはレイラさんの提案による塩です」


 アメリアがこの場で唯一の平民を見ながら言った。レイラの顔が引きつる。考えてみればレイラを呼んでほしいと言ったのは俺だが、彼女は俺よりも前に到着していた。すでにアメリアが連絡済みだったのではないか。


 つまり、レイラが今感じている所在なさは俺のせいじゃない。抜け目ない優秀な文官に己が有能さを示してしまった自己責任ということではないだろうか。


 塩に目を付けたのは卓見だ。人間にとって塩は生きていくうえで必須。ピンク色の岩塩や塩湖から得られるが、白く精製しないと体に有害な成分が残り、それにはとても手間がかかるのだ。


 旧時代には国家が塩の管理をもって民衆から重税を搾り取ったために反乱が起こったという記録があるくらいだ。


「複数の都市の商人が塩を不自然な方向に流し、それが消失するという状況が生じています。分布からして我々が把握しているのは一部でしょう。流れているのも塩だけではないはずです」

「なるほど。つまり、商人を通じて旧ダルムオンに様々な物資と情報が流れていると」

「はい。商人を管理する文官の中にもあちらに通じている者がいるのは間違いないです」


 アメリアが大陸の都市を記した地図を広げる。そこには怪しい動きをしている商人や文官の名前がある。


 おかしな塩の動きはラウリスからグンバルドまでいくつもの都市で見られている。文官による不自然な許認可もだ。しかも、その二つは必ずしも重なっていない。つまり、実体はもっと大きいということだ。


 当然だ、三王会談であれだけの情報を操った組織だ。ちょっと間違ったら今頃はラウリスとグンバルドで旧ダルムオンを巡る戦争をしていた。その戦場で、現地を知悉して最新の遺産を持つ傭兵団が活動する。


 敵の戦略通りにいったら、こちらは何の手も打てなかったはずだ。


「やはり、敵は傭兵団だけではない。旧ダルムオン外に広く存在している組織ということですね。それも、組織のトップは外にいる可能性が高い」

「はい。どう考えても鉱山の中から指示できるものではありません。つまり、これらの文官や商人に命令している騎士の集団が別にいることになります」

 アメリアの言葉にクリスティーヌが頷く。商人や文官の上にいる敵の本体である騎士の組織。単独都市とは思えない。各地にまたがった騎士の秘密結社のような存在だろうか。


「普通に考えれば、文官や商人と結託している騎士が候補ですよね」

「実際に幾人か確認されています。ちなみにその中での最上位者は誰だと思いますか?」


 クリスティーヌが意味ありげに言った。彼女の視線が大陸地図の一番東、太湖の東岸に向いたのに気が付く。


「もしかしてラオメドン王子ですか」

「ご名答です」


 ラウリス連合の東岸の大都市ランデムスの王弟で、クリスティーヌの元婚約者候補だ。


「しかし彼の御仁はラウリス連合の副提督としての立場を失ったのでは?」

「自分の都市にもどって今回のことへの不満を煽っているようです。ラウリス連合が一番大事な役目である太湖の交易路をないがしろにして、役にも立たない土地に執着していると」

「大都市の王族ならば多くの騎士を組織する立場としてはありですが、ランデムスはあまりに遠いですし。このような目立つことをしている様子を見ると……」


 恐るべき黒幕のトップとは到底思えない。大体、戦車や鉱山の知識を持っていたら、魔導艇大会でのあの言動はあり得ないだろう。


「しかしそうなると、外部の本体はどこに隠れているのかですね」


 百人近い騎士と二十台以上の遺産と鉱山遺跡を擁する傭兵団を御し、文官を通じて商人を組織化して情報と物資を操作する。それでいてその本体が全く見えない騎士の結社。


 集まった商人と文官、そしてそれと癒着している騎士の名前の分布をじっと見る。考えれば考えるほど、そんなものが存在できることが想定できない。


「あの、一つよろしいでしょうか……」


 俺たち三人が地図を前に考え込んでいると。レイラが恐る恐るという感じで手を上げた。さっきまで大陸で最も重大で機密の話し合いの場に、自分はいないとばかりに完全に沈黙を守っていた。


「多分ですが、この商人もお役人も騎士様の指示では動いていないと思います」

「どういうことだ?」

「普通、偉い騎士様は中心にいて、そこから広く末端に向かって命令をしますよね。騎士様、お役人、そして私達商人と命令が伝わります。でも、この資料を見るとどう考えても中心は騎士様じゃなくて……ですね……」


 レイラの歯切れの悪い言葉に改めて地図を見る。さっきまでただの点だったものに、おぼろげに形が見える。その形の中で中心はむしろ……。

「つまりレイラが言いたいのはこの組織は騎士が末端?」

「そ、そんなことは言ってませんけど。でも、これだとむしろ一番下のはずの商人がその、中心にあると考えないと不自然というか。そうしないとこれだけ早くて広い連携は無理というか」


 確かに、情報と物資の管理という意味で言えば、商人が中心である方が早い。逆に、こんなバラバラに分布している騎士が指示を出すのは無理に思える。


「敵の黒幕本体は商人で、商人が文官と騎士を動かしているというのですか。そんなことがあり得ますか?」

「確かに、単純に組織として言えばあり得ますが、その場合騎士を制御する方法が思いつきません」


 アメリアとクリスティーヌが首をかしげる。俺も考える。どう考えても騎士の力は絶対だ。商人が中心にいるとして、どうやって傭兵団を御している?


「商人じゃないですけど。文官が全ての中心にいるケースはありますよね」


 レイラの発言にアメリアとクリスティーヌが同時に顔を上げた。


「そうですね。現在大陸のほとんどの都市がその一人の指示で動いているようなものですから」

「確かにそうなっていますね」

「はい。そうなんです」


 三人がなぜか納得した顔になる。誰だその文官、世界の支配者か? じゃあそいつが黒幕だぞ。って、なんで三人そろってこちらを見る。


「…………遺産に関する情報を独占している人間がいれば、あるいは傭兵団を動かすことも可能かもしれませんね」


 その文官はともかく、そういうことならあり得るのかもしれない。その知識で傭兵団に遺産を与えた。いや探させたとしたらあり得る。傭兵団は旧ダルムオン残党だ。固有の猟地を持たない彼らなら、物資や情報で制御することは可能かもしれない。


 そして何よりも、傭兵団は商人に雇われていたのだ。つながりはもとよりある。なるほど、一つの問題を除けば、明らかにあり得る話だ。少なくともさっきの世界の支配者である文官よりもずっと。


「となると、どうやってそれを突き止めるかですね。仮に敵の指導層が商人だとしたら。商人に関心を持たれるような情報をこちらから出してその経路をたどる、とかかな……」


 俺の目にテーブルに出された皿が見えた。さっき出されたクッキーが乗っていたものだ。


「レイラ。確か最近麦の料理が段々と評判になってきてるんだったよな」

「はい。三人の王様が一緒に麦を食べたって話ですからね。おかげでウチの扱ってる麦の在庫がとんでもない価値になってますけど」


 レイラが困り顔で言った。何でも麦倉庫を騎士団員が警護しているらしい。今や騎士団の財源になったようだ。レイラの手腕込みだと思うけど、草が金に変ったような物か。錬金術以上だな。


「商人にとって麦料理の情報は大きな価値があるということですね。それを流し、その経路を追うことで見えてくるかもしれません」

「最初から商人に標的を絞るのなら無形の情報の流れも監視のやり様はあります」

「そういうことなら、私でもご協力できるかもしれません」


 クリスティーヌとアメリアとレイラがこちらを見た。


「その方針で行きましょう」


 俺は頷いた。最終決定を俺がしているとか、部下に任せて報告を待つ上役っぽいとか、気のせいだ。俺は本来の任務である新型狩猟器の開発にもどらないといけないのだからな。


 それはともかく、商人というのは完全に盲点だった。ただ一つだけ未解決の疑問がある。傭兵団が旧ダルムオンを得るまでは物資と情報で制御可能かもしれない。だが、その後はどうするつもりだ。猟地を得た傭兵団はもはや完全な騎士だ。商人の言うことなど聞く必要がなくなる。


 ◇  ◇  ◇


 夜。川と森に溶け込むような青と緑の模様を施された小舟が大河を東へ進んでいた。


「検問を抜けました、陛下」

「外では団長と呼べと言っているだろう」


 船の中で主従らしき男二人の声がする。


「いいではないか。あなたが未来の、いや、正当なダルムオン王なのは間違いない。大体、今から会う相手は商人にすぎないのでしょう」


 そこに、もう一人の声が加わった。気品があるというよりも、高慢で狡猾そうな声音だ。


「おめえもだ。もし将来リューゼリオンの王座が欲しいなら今の立場を弁えて置け。アレを商人扱いするのは俺達が猟地を取り戻してからで十分だ」


 古い布で顔を隠す二人の男の視線が狭い船の中でぶつかった。

2021年6月13日:

次の投稿は来週日曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 自覚ないし、 動かされてる方の大半も、王族、都市上層部からの 命令で動いてるので、黒幕の存在は見えないよね。 三軍纏めて、遺跡攻略の道筋を決めたのも その後の、戦車に対する戦略を決めたのも…
[良い点] 黒幕は文官……一体何ウスなんだ。 [気になる点] 111部分では ~あからさまに憎悪を向けてくるのが、東岸の有力都市ランデムスのラオメドン王子と、 と書いてありますが、今回は ~「もしかし…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ