#5話 試作Ⅱ
新型狩猟器、それもグランドギルド最新型遺産である戦車に対抗しうる、の開発。俺たちに課せられた無謀な目標だ。自分から言い出した? 他に手がなかったんだから仕方ない。
とにかく、俺とシフィーは何とか試作0号器を作り上げた。
現段階ではアイデアを形にしただけ。エンジンを簡略化した弾丸に三本の棒を束ねた簡易発射装置の組み合わせは不格好なものだ。魔力の回転で弾を打ち出すことに成功したが距離はたったの一メートル。当然ながら、狩猟器として役に立つものではない。
つい先日まで部外者だったヴィヴィーは失敗と決めつけた。0号器が成功だといっている俺とシフィーが理解できないだろう。
だが、俺達は別に強がっているわけじゃない。最低限動くものが出来たことで次のステップに進むことが出来るのだ。俺とシフィーは作業スペースのアイデア図の前で分析を開始した。手元にあるのは0号器で試射した複数回の魔力データだ。
ちなみにヴィヴィーは作業台には戻らず、エンジンの観察を始めている。わずかに残ったらせん状魔導金属や、合成透明魔力結晶にも興味があるようだ。完全にこちらのことは無視だな。
ただ、時折こちらに視線を感じる。さっきは床の二本のチョークにどこか不安そうな目を向けていた。
「発射から着弾までの過程の中で魔力的に見て問題があるか場所を整理したい。シフィーはどう感じた?」
測定した数字を見ながら聞く。俺には数値の羅列だが、彼女は魔力を感覚的につかめるから全体が繋がっているはずだ。もどってこないヴィヴィーに咎めるような視線を送っていたシフィーが少し考える。
「そうですね。まず、魔力の大半が最後まで使われていません。具体的には弾丸が筒から出た後、急速に魔力の消費量が減っています」
「なるほど、確かにそう読むべきか……」
発射後の弾丸に残った透明魔力結晶を測定した数値を見る。弾丸に込めた魔力が【100】としたら。発射後に地面に落ち弾丸は魔力が【70~50】だ。数値のばらつきが魔力結晶の品質のブレと認識していたが、良品でも半分以上が残っている方が問題だ。
「他には?」
「筒からの魔力の漏れがあります」
「なるほど。透明な魔力が筒で受け止めきれていないということかな。まあ、筒じゃなくて棒だしな」
「後は……」
俺はシフィーの意見を聞きながらアイデア図に問題を要素ごとに書き込んでいく。次から次へと問題が出てくる。ただ、パターンが見えてきた。
「弾丸の魔力結晶に対する【着火】、筒の中で六色の魔力回転の反発による【加速】、筒から出た後の三色の魔力による【飛翔】。この三段階に分けて考えた方がよさそうだな」
三分割した図をアイデア図に書き加えた。そして、それぞれの過程の問題を矢印でつなぐ。
「次は、この中で一番影響の大きそうな問題はどれかだけど。透明な魔力結晶の容量が残っていることだと思う」
「そうですね。魔力の半分以上ですから」
これで、最初に取り組むべき要素は決まった。俺は図のその部分を赤く丸で囲む。それを見てヴィヴィーが眉をひそめた。
「ええっと、ヴィヴィーさんも何か意見があるなら」
「……別にないっす。ただ、狩猟器っていうのはすべての要素がかみ合って初めてうまく動くもの。一つだけどうこうしても無駄だとは思うっすけどね。ああこれは独り言っす」
「独り言なら聞こえないところで――」
「まあまあ、シフィー。意見としてはありだから、な」
完成した狩猟器ならそういう面は大きいのだろう。現段階には当てはまらないけど覚えておこう。俺はむっとした顔のシフィーに次の質問をする。
「原理的には弾丸の魔力は使い切ってもおかしくないよな? となると【飛翔】部分の問題なのかな……」
筒を出た後の弾丸はエンジンと同じくらせん状に白い魔力を発して進む。ならば、地面に落ちた後でも魔力が切れるまで転がり続けてもおかしくないはずだ。
「そうですね。……術式の簡略化が原因だと思います。魔力のループが切れてしまってるんだと思います」
「……つまり、弾丸の動きが止まれば術式が機能しないということか」
エンジンに関する助手の理解に舌を巻く。
「はい、でもループを組み込んだら術式がずっと大きくなります」
「それはまずいな……。いや待てよ。そうなるとこの問題の本質は【飛翔】ではなくてその前の筒の中での【加速】に依存していると考えられないかな。つまり、飛翔までに十分な勢いを与えれば」
「はい。魔力の引き出せる量は大分変わると思います」
「となると一番簡単な方法は筒を伸ばしてやることかな」
筒の中の弾丸は正負の魔力回転により加速される。筒の長さを伸ばせば加速が大きくなるはずだ。それで弾丸内の魔力がより引き出されるはずだ。
「よし、棒を二本繋げて長さを倍にしよう」
俺は木枠と棒を二つ用意した。取り回しの問題もあるが、まずはこの問題にアプローチして、仮説の正しさを確かめよう。
…………
部屋の中で金切音が何度も響いた。最後の弾丸が銀色の光とともに床で跳ねた後、俺が距離を、シフィーが弾丸の残存魔力の測定をする。
「三メートルといったところか。予想通り結構伸びたな」
「はい。弾の中に残った魔力も20を切っています」
魔力残存の原因も解決策も正しかったということだ。これで試作0号器の改良は一段階進んだ。さて、試射の間、後ろで耳をふさいでいたヴィヴィーの反応は……。
「新型狩猟器の開発の一段階目が終わったんだけど、ヴィヴィーさんの感想はどうかな」
「……………………っ。せ、戦車のスピードを考えたら到底役に立たないっすよ。飛んでいく方向もバラバラだし、なおさら当たりっこないっす」
最初のチョークの前で無言で立っていたヴィヴィーが早口で答えた。彼女の言う通り戦車に対抗できるものではない。いや、下級魔獣すらダメージを受けないだろう。否定的な意見は変わらず。ただし、彼女は怯えたような目で床に記された三カ所のチョークの印を見ている。そう、たった一日で伸びた距離だ。
「ただ、この一日でだいぶましになったんじゃないかな」
「か、仮に向こうの壁まで届いてもダメっすよ、こんなもの……」
慌てて頭を振るヴィヴィー。
「ほう。向こうの壁まではまだ三倍以上距離があるのに、ヴィヴィーさんは今後届く可能性があると思っているんだ」
「もしも、もしもの話っすからね。そんな粗末な加工じゃもう限界だと思うっすけど」
「ふむふむ。もしかしてヴィヴィーさんにはそのもしもを阻害する原因が分かっているのかな?」
「そりゃ、あんな音立ててたら誰でもわかるっす」
不愉快な音の正体は弾丸と棒の摩擦だ。当たり前だが伸ばせば伸ばすほど精度が問題になる。
「ほう。つまり、あの音を何とかできると。それをお願いすることは?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………あんな音を何度も聞かされたらたまらないっすから」
ヴィヴィーはとても長い間考えてから、俺に向かって手を突き出した。女の子にしては筋肉質の腕とタコで厚い指先に0号器改を渡した。
ヴィヴィーは梱包されたままだった魔力鞴を開き、エンジンの魔力につなぐ準備を始めた。
クリスティーヌから聞いて知っていたことだが、エンジンの充填台は魔導鍛冶の魔力鞴と似ているらしい。白い魔力を魔導金属に当てることで部分的に柔らかくして、そこを加工する。
「ああもう。かみ合わせも何もかも全然話にならないっす」
腰のベルトから小ぶりなハンマーを抜き、作業に取り掛かる。さっきまでのふざけた態度は消え失せている。やがて、ハンマーの音がまるで音楽のように響き始めた。
時折手を離しては目を近づけ、すぐに次の作業にかかる。その往復はとても早く、それでいて流れるように滑らかだ。なるほど、素人がマネできることじゃないな。
ものの十分でさっきまでよりも明らかに形が綺麗な筒が出来上がった。
「これでだいぶましになったはずっす」
「助かったよ。じゃあ、試作“1”号器の試射だ」
ひゅーっ、という音が部屋に響く。さっきまでの金切り音が消えただけじゃない。
「すごいな、射程が倍になったぞ」
チョークで印しを付けながら俺は驚きの声を上げた。さすが一流の魔導鍛冶は違う。
「こんなに変わるっすか……」
だが、振り返った俺が見たのは俺以上に唖然としたヴィヴィーの表情だった。後、なぜかシフィーが勝ち誇ったような顔をしている。ヴィヴィーといるとシフィーが珍しい表情をよく浮かべる。
「じゃあ、試作2号器を目指して考えていこうか」
俺の言葉にシフィーとヴィヴィーが同時に頷いた。
◇ ◇
サンドイッチを口にした褐色の少女がハンマーを振るっている。その横ではシフィーが術式の図を前にペンを動かしている。やがて二人は互いの作業を組み合わせる。
「ああもう。これじゃダメっすよおチビちゃん」
「そっちこそ先生の設計図通りにしてください。あと、背なら私の方が高いです」
「そのふわふわの髪の毛の分っすよ。差し引いたら私の方がきっと高いっす。あと、先生とやらの設計に問題があるっす」
二人はアイデア図から設計図に進化した壁の図、三枚目だ、の前で議論を繰り返す。実に感慨深い光景だ。
「だいぶ息があって来たなあ」
「えっ、あれでですか?」
「いや、最初なんてほんとひどかったんだよ」
俺の言葉にバスケットをもって隣にいたマリーが驚きの表情になった。
新型狩猟器の改良は順調に進んでいた。弾丸と筒の術式の改良をシフィーが。それを実際のものとして組み込むのがヴィヴィーという役割分担が出来ている。
「昨日は遅くまで先生を質問攻めにしてたのに」
「質問じゃないっす。あいつの設計図が分かりにくいから確認してただけっす。まあ、これくらいの加工ならグンバルドの魔導鍛冶ならだれでもできるっすけど」
「じゃあ、あなたじゃなくてもいいんですね。帰りたかったみたいですから交代しますか?」
「……さっき差し入れられたこれが旨いからまだいてやるっす。食い物だけはいいものがでるっすから。騎士用の高級食っすね、きっと」
「これの材料は麦です」
「はあ。麦がこんな旨いわけないっす」
もっとも、二人は協力というよりも競い合っている感じだが。まあ、それもいい方向に行くなら。
「本当に息があってるんですか?」
「……甘いものは普通に好きみたいだし、次の差し入れはクッキーにしてもらえるかな。どうもラウリスに対して印象が悪くて、そこら辺を改善したい」
「レキウス様は相変わらずですね。分かりました」
「何の話だ?」
バスケットを手にもどっていくマリーに俺は首を傾げた。
「まあいいか。いい感じに射程は伸びたけど。まだまだ問題は山積みだからな」
壁に届くようになったことで設置した的を見る。四角い的の周囲には金属のぶつかった跡が散らばっている。
着弾点が大きくぶれているのだ。これは腕とは関係ない。筒を固定して発射していてもこれなのだ。建物の中だから風の影響もない。戦車相手に森の中で使うことを考えると、狙いの正確さは射程と同じくらい重要だ。弾一発の貴重さを考えるとなおさらである。
「森の中でテストする前に弾道の安定性を何とかしないとな。そろそろ当たったらまずい威力になってるからな」
俺が次の改善点を考えているとき、文書保管庫の入り口に二人の女性の姿が見えた。
「旧ダルムオンから戦況の知らせが来ました」
そう言ったのはクリスティーヌだ。彼女の後ろにはアメリアが書類をもって立っている。この二人がそろってと言うことは、かなり大きな状況の変化か?
まずいぞ、改良が進んだとはいえ、戦車をどうこうできるレベルには遠い。
そう思って、こちらの状況を説明しようとした俺だが、そこで二人の表情が明るいことに気が付いた。
2021年6月6日:
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