#4話 試作0号機
円形の古い石の建物、空になった文書保管庫の奥を開発スペースと決めた。壁に新型狩猟器のアイデア図を張り、その前に二つの作業机を置いた。作業台の前にはエンジンを立てたものを設置している。
アイデア図の前に立った俺は作業台の二人と向かい合う。右のシフィーは真剣な表情で、俺の言葉を聞き逃すまいとメモとペンを手にしている。
対照的に、左のグンバルドの魔導鍛冶ヴィヴィーは腕組みの姿勢だ。納得するまで手を動かす気はないという意思表示が分かりやすい。
本人は頑固職人的なつもりかもしれないが、小柄なヴィヴィーがそういう大仰な姿勢をすると、逆に子供っぽく見える……なんて言ったら大変なことになるな。ただでさえ、机を並べる二人の間に寒々しい空気が流れている。
アイデア図をちらっと見て小ばかにしたような表情を浮かべたヴィヴィーにシフィーがむっとした顔になった。
ヴィヴィーにしてみれば何も知らない文官の空想上の産物といったところだろう。まずはこのアイデアを形にして見せることから始めなければならない。
「まずは弾の方から作っていこう」
俺は用意した弾丸の材料を並べていく。地下の充填台から回収した【透明な魔力結晶】。マガジンに使った【膠】。外殻の材料である【螺旋状の魔導金属】。そして弾を成型するための型。最高等級の魔力触媒だ。
透明魔力結晶は最近ようやく質が安定し始めた。拡散してしまう透明な魔力を白と黒の魔導金属で濃縮することが結晶化の鍵だと分かったので、魔導金属の間隔や形状を工夫した成果だ。もちろん、エンジンの中にあるような巨大なものには程遠いが、小さな粒の結晶が砕けたガラス程度にはなった。マガジン同様に膠で固めて弾丸の中身とする。
弾丸の外殻は螺旋状の魔導金属で作る。例の鉱石を熱と魔力で昇華して精錬したものだ。鉱石はもうほとんど残っていないので、これが一番貴重な材料だ。
考えてみれば、透明な魔力結晶の合成も魔導金属の精錬も、敵の本拠地に存在すると考えると焦りを感じる。
螺旋状の魔導金属にエーテルを注ぐ。それをエンジンの魔力を当てながら型に押し付けて形を作る。硝子を加工する程度の容易さで形ができる。魔力が抜けるとそのままの形で硬くなった。
指先ほどの大きさの先端が丸い円筒形だ。中は空洞で後ろは穴が開いたまま。穴に合うように円盤を作る。この円盤を押し込むことで、マガジンのように魔力を発生させるつもりだ。
ちなみに通常の魔導金属の加工は魔力鞴を使う。ヴィヴィーの後ろに梱包されたまま置いてあるのが彼女の鞴だ。エンジンで代用できるのは螺旋状の原料があるからだ。
「微妙に合わないですね……」
「まあ、試すだけならこれでいいだろう」
「貴重な新金を……」
たまりかねたようなヴィヴィーの声が聞こえた。
新金というのは、らせん状の魔導金属のことだ。精錬だけで得られるといわれる加工が容易な形態だ。ただし、一度加工すると、正確に言えば加えた魔力が抜けると、再加工は極めて困難になる。
例えば、今整形した弾丸の外殻はもう俺達では再加工できない。
この魔導金属の性質は魔導鍛冶にとって決定的なのだ。何しろ魔導金属の精錬技術はグランドギルド時代に失われている。現在使われている狩猟器は基本的にグランドギルド時代に作られたものを再利用しているわけだ。
一度形が決まった魔導金属は丈夫な代りに、再加工に莫大な魔力を要する。しかも、等級の高い魔導金属ほど魔力をより多く必要とする。魔力が魔導金属に高濃度で宿っている間しか加工を受け付けないからだ。
魔獣との戦いで曲がった狩猟器を元の形に戻すだけで大仕事らしい。戦車の投擲兵器で穴の開いた飛行遺産の羽ともなると完全に修理も難しいことになる。
グンバルドが鉱山を求めた理由であり、俺達が見せた精錬が彼らの度肝を抜いたのはそういうことだ。
逆に言えば、最高等級の魔導金属でできた飛行遺産の整備を担当しているヴィヴィーは魔導金属加工に関して極めて高い技術を持っていることになる。
「次は術式だな」
「私にできる範囲であたりを付けてあります」
シフィーは一枚の紙を出した。エンジンの表面を平たく押しつぶしたような円に三色の術式が記されている。術式の中で丸が付いている部分は方向転換や、逆回転のような制御の為の部分だ。
これらの制御的な部分はごっそりと削る必要がある。芯の透明な魔力結晶の魔力に三色それぞれの回転を与える部分だけに単純化するということだ。新型狩猟器の弾丸は高速で前に飛べばいい。小さな弾丸表面に納めるためにも、魔力効率的にも。
もっと言えばこの原型の段階では前に進んでくれればそれでいいと思っている。
結果、脈打つような三本のラインに近いものになった。
ちなみにエンジンと比べると方向も正反対にする。エンジンの場合は先端が丸くなった方が進行方向的には後ろだが、弾丸の場合は先端が丸い方に進まなくてはならない。
シフィーが外殻に簡略化した術式を描く間に、俺は弾丸の中身を用意する。合成透明魔力結晶の粒を膠で固める。蓋である円形の魔導金属で弾丸に押し込む。これで弾丸の完成だ。
「まずは弾丸だけで飛ばしてみよう」
俺は紙を丸めたものを作る。作業スペースから離れ、試射の為の場所に移動する。入り口と奥のちょうど中間だ。入り口から誰かが入ってきても、作業スペースに人がいても事故が起こらないようにだ。
床に持ってきたチョークで線を引く。
「ここに筒の口を合わせ撃ってみて」
「わかりました」
シフィーは紙の筒を持つと、後ろから弾丸を入れた。真剣な顔で反対側の壁に向かってそれを構える彼女を俺も緊張しながら見守る。ヴィヴィーは腕組みしたまま俺たちの背後に陣取る。
シフィーがお尻の円盤を押し込むと、白い光が発生した。紙の筒の中でシュルシュルという回転音がした。固唾をのんで見守る俺の前でやがて弾丸が筒から飛び出し、カキンっという音を立てて前の石の床に落ちた。
「よし、とりあえず前には進んだな」
「はい。成功です」
俺とシフィーは頷き合った。腰をかがめて到達距離にチョークで線を引き、番号と日付を書く。十センチ程度といったところか。最初にしては上出来だ。
「せ、成功って。えっ、本気で言ってるんっすか?」
「もちろんです。先生の計画通りですから」
「ええっと、騎士見習なんっすよね。魔獣を狩ったことあるんっすよね」
胸を張って成功というシフィー。それを見て唖然とするヴィヴィー。
「まあまあ、これは弾と筒でセットだから。次はもっと飛ばして見せるよ」
最初に弾丸を作ったのは原型としてのエンジンが存在するからだ。まず弾で術式を簡略化し、最低限働くことが分かればそれを反転させる。エンジンを六色化して強化した経験を活かした順番だ。だから、前に進んだだけで俺とシフィーは満足した。
シフィーの言った通り、計画通り。いや、順調なくらいだ。
というわけで次は筒だ。内側に術式を刻まなければいけないこちらの方が難易度は高い。だから、これも最初はとにかく簡略化する。三本の魔導金属の棒を用意して、それぞれに橙、紫、黄で弾丸の表面と対応する魔力回転を生むように術式を刻む。三本を木枠で固定して試験用の筒の完成だ。
弾丸の中身を新しいものに入れ替えてシフィーに渡す。
さっきと同じ位置で試射の二回目。さっきよりも弱い白い光と共に、ヒュンという音がした。弾丸は一メートルほど飛んで、カラーンという音と共に地面に落ちた。
俺はチョークで印と記録をつける。そして、褐色の少女を見た。
「……やっぱり全然だめじゃないっすか。石を投げた方がまだましっす。これで終わりっすね」
俺の視線を受けて、ヴィヴィーは肩を竦めて言った。彼女にとっては狩猟器として役に立たないとスタートですらないか。これでコンセプトは証明できたと思っている俺達と全く認識が違う。
ここら辺の意識の違いをどうやってすり合わせたものか……。
「違います。これからが始まりです」
「な、何言ってるんっすかおチビちゃんは!?」
「これを見て何も思わないんですか?」
シフィーは床の二本のチョークの線を指さした。
「だからこれがその玩具の限界っすよね」
「違います。ここからが始まりだと言ったはずです」
自分をまっすぐ見る疑いのないシフィーの瞳に、ヴィヴィーは目を泳がせた。混乱しているな。ならば、一サイクル回して見せる。
「よし、今の結果をもとに改良点を話し合おう。ヴィヴィーさんも何か意見があったら言ってほしい」
「…………意見もなにも、だから失敗っすよ」
ヴィヴィーはふてくされたように言った。ただ、彼女の視線は二本のチョークの間を行き来している。
「まず魔力的にまだまだ無駄があります……」
「なるほど。といってもそれってすべての要素が絡むよな。ええっと、具体的に発射から地面に落ちるまでの過程のどこに無駄があるかだな。魔力測定器で客観的に数字にするか……」
「そうですね。それが一番最初だと思います。後は、そもそも透明な魔力結晶自身の出力も……」
「そうだな、弾丸の大きさや筒の長さも……」
俺とシフィーは壁に張ったアイデア図を前に話し合う。そして、それぞれの要素ごとに問題点を書き込んでいく。
「こんなものをどうしようと役には立たないっすよ」
少し不貞腐れたようなヴィヴィーのつぶやきが聞こえた。さっきまでよりも迷いがある声音だ。彼女の中の魔導鍛冶としての常識は、この原型が狩猟器として失敗だと言っているだろう。だけど……。
説得できるかどうかは次の試作一号機にかかっているな。
2021年5月30日:
次の投稿は来週日曜日です。