#3話 魔導鍛冶
「古い建物っすね」
肩の高さからそんな言葉。目の前の“仕事場”を見た褐色の肌の女の子のものだ。グンバルドに頼んで派遣してもらった彼女のご機嫌は斜めのようだ。なんで自分がこんな所にいないといけないのかという態度がありあり見える。
まあ、普通といえば普通だ。狩りに欠かせない狩猟器の整備を担う魔導鍛冶は低いながら魔力を感じ取る資質を持ち、下級文官よりも格上だ。特に彼女は遺産整備担当だからその魔導鍛冶の中でも一流だ。
実際、遺産を扱える魔導鍛冶を派遣してもらうことをヴォルディマールは最初渋った。まあ、今まさに戦車に苦戦している戦場なのだから当然だが。レイアードとカインが時間をかけて説得して何とかなったのだ。
もちろん、彼女の方はそんな事情は知らない。決定事項としてヴォルディマールに命じられている。そこら辺は流石人の上に立つことになれた将軍様だ。
だが、命じられた方は碌な説明もなしに辺境、彼女にとって、の文官の下に飛ばされたことになる。彼女が不満を持つのはある意味納得だ。
…………もしかしたら紹介されたときに子供と間違えたのも一因かもしれないが。いや、童顔で身長も低いから勘違いしたんだよな。
それでもこれから始めるプロジェクトにとって、彼女が必須の人材であることは間違いない。繊細な飛行遺産の魔導金属を整備する技術は新狩猟器の開発にとって欠かせないのだ。
というわけで、俺はともかくこれから紹介する彼女たちとは仲良くやって欲しいところだ。特にシフィーとは。まあ、シフィーの性格上大丈夫だと思うけど。
俺はわきに抱えた丸めた紙を持って、褐色の女の子と一緒に建物に入る。
…………
リューゼリオン王宮、文官棟背後にひっそりと建つ古い円形の建物は文書保管庫だ。本来なら狩猟記録や街の税金の記録が納められる場所だ。
中に入ると所狭しと並んでいた本棚はすべて撤去され、円形の広い一室になっている。大量の文書は文官棟に詰め込まれているはずだ。旧ダルムオンに行く前に使いたいと頼んでおいた。帰ってきたらこの通り、紙一枚残っていない状態になっていた。
どうやら、アメリアが直々に指揮を執ってやったらしい。先の三ヵ国会談の実務責任者として名を上げ、将来の文官長とうわさされるエース様の手を煩わせたとは恐縮である。
これから始めるプロジェクトでは、地下の魔脈や魔導鍛冶関係の設備をフル活用する必要がある。そして、人目につかず直線距離が確保でき、傷がついてもいい部屋が必要だった。
中にはすでにメンバーがそろっていた。リーディア、シフィー、サリア、レイラだ。
俺がみんなの前に立つと、全員が俺の隣に目を向けた。まずは新メンバーの紹介をしないとな。
「ええっと、彼女の名前はヴィヴィーさんです。今回のプロジェクトの為にグンバルドに派遣してもらった魔導鍛冶です」
健康的な褐色の肌、赤銅色の髪の毛を短く後ろで束ねている。胸元に羽根とハンマーを組み合わせた特徴的な意匠のバッジを付けている。身長はこの中で一番小さいだろうか。シフィーといい勝負だ。
「わざわざグンバルドの人間を? 魔導鍛冶ならリューゼリオンにもいるわよ」
「ええっとそれ――」
「ただの魔導鍛冶と一緒にしないでほしいっす。私は将軍ヴォルディマール様の専属っすから」
ヴィヴィーは胸のバッジを誇示するように言った。
「そもそも、こんな小さな都市――」
「リーディア様。グンバルドは飛行遺産の羽を見ればわかるように魔導金属の加工において優れた技術を持っています。今回のプロジェクトは遺産クラスの魔導金属を扱う技術が必須なんです」
ヴィヴィーの言葉を遮り早口でリーディアに説明した。嘘ではない。連合軍の本営で飛行遺産の整備をしている彼女たちを見た時に確信した。
「……そういうことなら。旧ダルムオンの状況を考えると力を合わせる必要はあるでしょうし」
リーディアはしぶしぶという感じで矛を収めた。
「先生。私たちは何をすればいいんでしょうか」
「ああ、俺達の敵である傭兵団の戦車に対抗するための新しい狩猟器の開発だ。シフィーには――」
「ヴォルディマール様すら苦戦する戦車に匹敵する狩猟器を作る? それも文官が指揮を執って?」
俺の説明はこれ見よがしな独り言に遮られた。まあ、確かに無謀な試みではあるからこういう風に言われることは想定内……。
「……先生。先生の言うことをちゃんと聞けない人で大丈夫なんでしょうか」
「私はグンバルドのヴォルデマール様の専属。リューゼリオンの流儀は知らないけど、文官に指揮されている騎士見習にどうこう言われる筋合い――」
「待った待った。二人とも落ち着いてほしい」
しょっぱなから衝突されてはこまるのだ。シフィーとヴィヴィーの円滑な協力は絶対に必要なんだ。
ええっと、この場で何とかしてくれそうな人間は……。そうだ、魔導金属ならサリアが詳しい。あるいは商人のレイラなら……。俺は救いを求めるように二人を見た。サリアは小さく首を振りため息をついた。その横でレイラも肩をすくめて窓の外に視線を逃がした。
こういう時はアレだ。仕事ということで押し切るのだ。それが文官の流儀だ。
「と、とにかくまずはコンセプトを聞いてほしい。これがこれから作る新型狩猟器のアイデアだ」
俺は慌てて持ってきた紙を壁に貼り付けた。描かれているのは一見単純な図だ。長さとしては長剣程度の円筒があり、筒の中には円柱の先端を丸くしたような形状の弾が入っている。狩猟器としてはなじみのない形だ。強いて似たものを探せば、旧時代に【吹き矢】と言われていたものが近い。
もちろん、魔力を使う狩猟器だから原理は全く違う。ただし、ちゃんと元となった魔術はある。
「まずこの中に入っている弾を見てください。これは魔導艇のエンジンを小さくしたものです」
弾の先の矢印に拡大図を描いてある。先が丸い円柱の中心には透明な魔力結晶、その周囲を魔導金属の殻で囲って形にしている。魔導金属の表面には赤、青、緑の魔力触媒で描いた術式を示す三本のライン。これが弾丸部分の構造だ。
「魔導艇のエンジンは透明な魔力を中に蓄え、それを三色の術式で白い魔力の推進力に変えます。エンジンはその力で船を進行させます。これが魔導艇です。けど、もしもエンジンだけなら?」
「エンジンだけがすごい勢いで前に進む、かしら」
まだ不満そうなリーディアが答える。
「そういうことです。これから作る新しい狩猟器は原理的には小型のエンジンを空中に発射するものというわけです。遺産である戦車に遺産であるエンジンを小型化してぶつける、そういうコンセプトです」
ちなみに本営に行ったときに、魔導艇から外れたエンジンが暴走した例がないかをレイアードに聞いてみた。港の石壁を崩した事故があったらしい。思わず「それは凄い」と言って怒られた。
「いかにエンジンの力が強力とはいえ、高速で移動する戦車に対抗できるだけの勢いがでるのだろうか?」
「この小さな弾だけでは力が足りないと思っています。弾を高速で遠距離まで飛ばすためには筒にも工夫を加えます」
俺は次に筒を開いたような拡大図を指さす。筒は単に軌道を整え狙いをつけるためではない。内側には紫、黄、橙の負の三色で弾丸表面に対応する術式を描くつもりだ。
「弾丸には正の三色で術式を描き、筒には負の三色で術式を刻みます。対応する正負の回転を嚙合わせることで弾丸をはじき出します」
イメージとしては弾の表面と筒の表面に魔力の回転をそれぞれ発生させ、両者をかみ合わせてはじき出すという感じだ。加えて空中に発射された弾は自前の魔力が尽きるまで推進し続ける。
エンジンに加え、これまで研究してきた魔力の回転を活用するという発想なのだ。
「つまり、白い魔力をまとった魔導金属を遠くまで飛ばして、戦車にぶつけるということですね」
シフィーが理解を示す。リーディア達も頷いた。目新しく見えてもエンジンと魔力の性質の組み合わせだ。俺たちにとっては既知の技術の組み合わせだ。
一方、ヴィヴィーは無言で模式図をじっと見ている。彼女の反応が気になるが、まずは説明を終わらせよう。
「では次に、この新しい狩猟器の戦車に対する利点ですが」
俺は模式図の横にペンを走らせる。
「まず一つ目はこれが狩猟器、つまり個人で扱えることです。この新型狩猟器の数を揃えれば傭兵団よりも格段に多い騎士の数を活かせます」
傭兵団は三人で戦車を一台用い、総勢百人たらず。森の中を隠れながら高速で自由に移動することで数の劣勢を補い三都市連合軍を圧倒している。だが、森の中で自由に動くという点では騎士だって専門家だ。もちろんスピードでは勝てないが、そこは人数でカバーできる。
「もう一つは正確な狙いと射程です」
敵の投槍は確かに強力だが山なりの軌道で襲ってくる。そうそう当たる物ではない。これまでの連合軍の被害はそこまで大きくないのだ。ちなみに、魔導艇のバリスタや飛行遺産の投下用の狩猟器も同じように狙いが難しく、さらに相手が森の中を隠れて進むのでまず当たらない。これまで敵戦車を一台も撃破できていない。
「これが実現すれば敵に対して森の中で水平に近い狙いを付けられます」
同じ距離でも山なりの軌道と直進では到達距離が違う。森の中で魔力で相手を認識しつつ、水平に近い軌道で狙いをつけて撃つ。敵の投擲兵器に対して、射程で競い、正確性で勝ることが可能なはずだ。
「護民騎士団の十人編成をイメージしてください。この狩猟器を装備した十人編成の騎士部隊を魔導艇で森の中に送り込み、戦車一両に当てる。そんな形の運用を想定しています。」
ちなみに、敵が黒い魔獣を使った時にも対抗可能だ。
最初に思いついたのは黒い魔獣対策を考えていた時だ。カインがエンジンの白い魔力で黒い亜竜を倒したという話から発想した。
多くの騎士が森の中で戦車に魔力の弾で攻撃を繰り返す。敵の戦車を破壊する必要はない。騎士を行動不能にまでできれば、敵はじり貧になるはずだ。
「森の中に隠れながらこちらを待ち構えていた戦車が逆に森の中で待ち構えられるわけね。つまり、戦車を魔獣に見立てて私たち騎士が狩猟器で狩りたてる」
「まさにそういうことです」
「なるほど。話は分かった。これはいわば遺産を使い捨てるようなものではないのか?」
サリアが疑問を呈する。
「はい。弾は使い捨てです。ですからなるべく小さく。それでいて威力がないといけません。そのためには、透明な魔力結晶の質と量。六色の触媒を用いた術式の最適化。つまり、これまで錬金術で研究してきた成果の全てを投入した仕組みの構築が必要です。その上で、実際に形にするためには弾と筒の正確な形状が重要になります」
俺はそう言うと、こちらを無視して模式図に目を注いでいるヴィヴィーに目を向けた。
「つまり、精巧な魔導金属の加工技術が必要なわけです。というわけで、魔導鍛冶としての君の意見を聞きたいんだ」
「………………説明は一応理解できたっす。確かによくできた仕組みっすね」
褐色の少女は模式図から目を離すことなくぶっきらぼうに言った。
俺はほっとする。彼女の反応が一番気になっていた。他の技術は基本的には原理は分かっている。エンジンという実物もある。だが、それらを全く新しい狩猟器として統合するためには、魔導金属の加工技術が必要だ。しかも、扱うのが白い魔力であり、最高等級の魔導金属を加工する必要がある。
遺産であるグライダーの整備をしていたヴィヴィーの技術は本当に重要なのだ。
「それで、この実物はどこにあるんっすか?」
「んっ、実物?」
「そう、物。実際に残っているこの“遺産”を見せてくれって言ってるんっす。そうじゃないと作れるかどうか分からないっすから」
ヴィヴィーは何か誤解している。
「ええっと、説明が上手くなかったかな。この新型狩猟器は今はまだどこにも存在しない。今から作り出すんだ。ここにいる俺達で」
「はあ? 何言ってるんすか? …………ああ、文官だけあって狩猟器のことを何も理解していないんっすね。いいですか、狩猟器っていうのは先人が作ったものを正確に再現することが一番大事なんっすよ。ちょっとでも形が変われば魔術自体が台無しになるんっすから」
一瞬唖然としたヴィヴィーが、呆れたように言った。
まあ、彼女の疑問は常識的なものだ。もし彼女が飛行遺産の形を勝手に変えたらどうなるか、考えただけでぞっとする。いわば彼女は騎士たちの命を預かっているということになるのだし。
「この忙しいときにヴォルディマール様のおそばを離れて、なんでこんなことに」
ただ、もう少しだけ言い方に気を付けてもらえるとありがたいかな。
「ちょっとあなた。レキウスは最初からそういう話をしているでしょう」
「先生の言うことをちゃんと聞いてください」
「二人とも落ち着いて。まずは俺とシフィーで最低限形にするから、ヴィヴィーさんにはそれを見てから意見を聞くということでどうかな」
「……わかったっす。ヴォルディマール様に命令された以上は仕方ないっすから」
不承不承といった感じでヴィヴィーが頷いた。
「まずは、ちんちくりんの見習さんの腕前を拝見っすか」
「私は見習じゃなくて先生の助手です」
シフィーとヴィヴィーの視線が激突した。これは前途多難だ。このプロジェクトでは二人の協力が一番大事なんだけど……。
2021年5月23日:
次の投稿は来週日曜日です。