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#2話 封鎖作戦

 東西両連合の遺産による侵攻を、苦も無く撃退して見せた傭兵団。あまりに強敵だ。一介の文官の出来ることなどない、などと言える立場じゃないのがつらい。


 三指揮官の強い圧力を受けてじっと地図を見る。遭遇戦を意味するバツ印は鉱山を中心に四方八方に散らばっている。まさに神出鬼没、ダルムオンの各地に好き勝手に出現しているように見える。


 ただし、俺は敵の優位性を現すその活動範囲に違和感を感じた。ここに来るまでに一度だけ観測できた敵の魔力反応と相容れないのだ。


「ここに来るまでに戦車の放出している魔力を測定したのですが、球一つが大型魔導艇のエンジン以上の魔力を放出していました」


 魔力を見る限り、戦車の魔力源は下の二つの球だ。中心に透明な魔力結晶の芯があり、魔力はそこから供給されている。あの二つの球が魔導艇のエンジンに当たるのだろう。仮にエンジンと同じ割合で内部に透明な魔力結晶を持っていたとしたら、体積はずっと小さいはずだ。


「何が言いたい?」

「いかに最新の遺産とはいえ。透明な魔力結晶にそこまでの容量がある物でしょうか。戦車の行動半径があまりに広いと感じるのです」

「しかし、傭兵団はいわば戦場の中心に拠点を置いているのだ。鉱山に結界があるということは地下には魔脈が通っている。それも、あの結界の出力を見る限りかなり強い物のはずだ」

「敵が魔力補給という意味でも我々よりも有利であることは間違いないと思います。ですがそれを差し引いてもいささか広すぎる」


 戦車は水に浮く船と違い地面を進む、それも森の中の起伏だらけの上を。さらに、操縦席を守る緑のバリアに青と赤の投擲型狩猟器まで用いる。つまり、大量の魔力を消費し続けるはずだ。


「……先ほど敵は黒い魔獣も使っていると言いましたよね。例えばこの地点での遭遇戦ですが、攻撃は戦車によるものですか?」


 俺は鉱山から最も離れたバツ印を指さした。この本営とドルトンの連絡を絶つような位置だ。こちらとしては看過できない。だが、いくら何でも離れすぎている。途中には河だってあるのだ。

「それは空から見たな。黒い魔獣による補給物資部隊の襲撃だった」

「では、もしかしてこちらも」

「損傷が大きな魔導艇を本国に回航した時だな。そうだな、こちらも黒い魔獣によるものだ。魔導艇で苦も無く撃退した」


 地図の反対、トランに近いバツを差すとレイアードが答えた。


「では、もう少し内側での遭遇ですが、敵の攻撃の程度はどうだったでしょうか」


 俺は三人と一緒に遭遇戦の記録を調べた。


 結論から言えば、敵の本拠地である鉱山から離れた位置では攻撃は散発的でほとんど被害も出ていない。一撃してすぐに森の奥に引っ込んでいるのだ。魔力を節約していたと考えれば合点がいく行動パターンだ。


「つまり、魔力結晶の容量的に戦車が完全な力を発揮できる範囲は実際にはもっと狭いということですか」

「そうですね。おそらくはこれくらいの範囲ではないでしょうか」


 俺はカインに答えて、地図の上を手で囲った。鉱山を中心として旧ダルムオン猟地の五分の一程度だ。


「森の中で神出鬼没というのは敵の最大の利点だ。我々には少しでもその範囲が広いと思わせたいだろうな」

「傭兵団がトランとドルトンを欲したのも、単に勢力の拡大ではなく旧ダルムオン猟地の全てを確実な行動範囲にするために必要ということもありえるな。往復しなくてもいいなら活動範囲はそれだけで倍になる」


 ヴォルディマールとレイアードが地図を凝視しながら言った。


「仮にこの範囲に限るなら上空から把握できるだろうが……」

「水路の危険個所も絞れるな」

「我々の魔力感知能力もより有効活用できますね」


 三人は口々に頷き地図を凝視しながら運用の変更を模索する。


「確かに敵の行動半径はしっかり確認する必要がある。だが、敵が鉱山を手中に収めている限り最終的な勝利は敵にある。この範囲だけで鉱山を守るには十分すぎるぞ」

「確かにそうだな。一番肝心な範囲では敵に手を出せないということだ」


 ヴォルディマールとレイアードが地図から顔を上げ俺を見た。


 敵の活動範囲で敵が圧倒的に有利だという状況は変わらない。何より、敵の本拠地を落とさない限り旧ダルムオン猟地の大半を支配したとしても意味はない。その通りだ。


 つまり、俺が言ったのは直接的に敵を打ち破る方法ではない。


「私は傭兵団はこの範囲を守るだけでは我慢できないと思っています」


 あの黒い集団はこれまで何かあるたびに仕掛けてきた。学院の合同演習で黒猿を嗾け、狩猟大会での黒い亜竜が代表例だ。傭兵団の目的が大陸の支配なら無駄な行為だ。だが、彼らがかつてのダルムオンの騎士ならば説明が付く。自分たちの猟地に他の都市の騎士が侵入することに強い敵意を持っているのだ。


「なるほど。騎士としての猟地への誇りか」


 ヴォルディマールが頷いた。この中では一番感覚が近いだろう。いや、俺も一応騎士の家の出だから知識としては知っている。ただ、文官としてやってきたから実感がないのだ。ただし、問題はそこではない。


「つり出すことに使えるかもしれない。だが、敵は何よりも自分たちの数も活動範囲も把握しているはずだ。結局この範囲にこもるのではないか。単に封じ込めても勝てないのは先ほど確認したはずだ」

「はい。これは封じ込めです。ですが、それにより敵を分断することが出来る」


 俺は目的を告げた。


「敵の分断?」

「言い換えれば“傭兵団”と外との情報を遮断することです」

「外?」

「リューゼリオンでの会議を思い出してください。我々が相手にしている組織は見えているよりも広いのは間違いないでしょう」


 三人はそろって虚を突かれたという顔になる。戦車と結界を駆使して見事に立ち回る傭兵団への対処に精一杯だったのだろう。


 だが、敵は単なる旧ダルムオン騎士の残党とは考え難い。大陸規模の情報入手が可能な組織であり、旧ダルムオンの鉱山を使って東西両連合を衝突させるという大規模な戦略を練っていたのだ。一方、今目の前に現れている黒い騎士の集団、旧ダルムオン残党はダルムオン猟地に対する強い執着がある。


 つまり、両者は方向性や視野があまりに違うのだ。そして、現在我々の目の前で活動しているのは前者。つまり、旧ダルムオンの残党だ。


「もしかしたら我々が彼らを傭兵団と呼ぶのは実を捉えているのかもしれません」

「我ら相手にこれだけの戦いを繰り広げるあの者たちが単に雇われていると」

「戦車が敵の最大の戦力であることは間違いないと思います。ですが、あの鉱山にトップがいるとは思えません」

「その敵の主とは何者だ。騎士などそうそう涌いてくるものではないぞ。そもそも、最大の戦力と鉱山を雇われ者に預けては制御できないのではないか」

「それは確かにそうなんですが……」


 敵の黒い集団の正体が旧ダルムオンの残党だとわかったときは納得した。同時に、その傭兵団のトップ、旧ダルムオンの王子と名乗っている男が敵のトップだとは思えない。同時に、両者のつながりが見えないのだ。


「敵の最高意思決定者が外にいるとしたら傭兵団との連絡が存在するはずです。それを遮断するだけで意味があります。何しろ全く考え方が違うわけですから。他にも食料以外にも人が生きていくために必要なものはあります」


 敵の頭脳と戦力が喧嘩でもしてくれれば最高だが、そこまでは望むのは欲張りだろう。ただ、これだけ方針が違うなら情報を遮断してやれば連携にほころびが出るはずだ。


「なるほど。敵組織の全貌を暴き出すということですね」

「本国でおかしな動きをされてはたまらんからな」

「傭兵団を封鎖するという話は分かった。だが、それでも最終的な勝利は敵の物だ。これはどうする」


 第1段階目の方針は伝わった。そして、いよいよここからが錬金術士としての本題だ。


「敵を封じ込めている間に敵の戦車に対抗しうる狩猟器を開発します」


 敵の遺産はグランドギルドが作った遺産の中でおそらく最新のもの。いわば最強の遺産だ。それに対抗するためには、こちらはこれまでにない新しい狩猟器を作り出すしかない。


 もちろん、そんなことが出来るわけがないという意見が返ってくることは想定……。


「新兵器だと?」

「それはどこにある」

「用いる側としては早めに知っておかなければいけませんね」


 疑問らしきものを口にしたのはヴォルディマールだけ。残りの二人は待っていたとばかりに詰め寄ってきた。まるで俺が背中にそれを隠し持っていると言わんばかりだ。まず、実現を危ぶんでほしい。


「まだ、構想しかありません。封鎖しているうちに開発するんです」


 俺は強調した。もちろんアイデアはある。だが、それを実現するためにはこれまでの錬金術の研究の集大成が必要だ。そして、東西の遺産の技術の協力が必要だ。特に足りないのは魔導金属の加工技術だ。


 俺は外で飛行遺産グライダーの整備を行っていた光景を思い出す。


「ヴォルディマール殿下には飛行遺産グライダーの整備をしている魔導鍛冶を一人お貸しいただきたい」

2021年5月16日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >飛行遺産の整備をしている魔導鍛冶を一人 また錬金術の被害者()が一人増えますね!!!
[良い点] 勿体ぶらずにさあ、という二人の前のめり感との温度差いいわぁ。 [一言] 新兵器かあ……黒い廃液の水鉄砲くらいしか思いつかない。 でも当時の新型である戦車が、その程度の物に対策をしてないとも…
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