表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/184

#10話:後半 真の問題 & #閑話2 夜会

 都市結界器。それは城の地下にあり、地脈の魔力を引き上げて永久に動く大魔術陣だ。グランドギルドの遺産。その管理は都市の支配権と同義。王家の最重要の使命であり、権威の源だ。


 詳細は秘中の秘、俺がそれを見ることができたのは、グリュンダーグの次期当主と目されていたからだ。あれは確か十二年前だ。俺が九歳になる少し前。リーディアは五歳になったばかりだったか。


 なぜ、そのタイミングだったか。確か、結界のメンテナンスだ。十二年に一度の。逆に言えば十数年に一度メンテナンスが必要だということ。そして、結界も魔術陣である以上、メンテナンスされる部分は触媒の可能性が高い。


 都市結界がグランドギルドの大魔術である以上、触媒は超級が必要だという仮定は無茶ではない。となると前回の火竜狩りはそれを得るためだったとしたら?


 結界を維持するために、王家が主導して当時の総力を挙げて火竜を狩った。ありうる話だ。だが、どうして赤だけだろうか。


 三十年前の隣都市の滅亡は火竜の群れの襲撃により、結界が不可逆的な損傷を受けたせいだ。リューゼリオンには直接の被害はなかったが、地脈を通じてこちらの結界にも影響が及んだとしたら?


 赤の超級魔獣の攻撃の負担による、結界器の赤の魔術陣への負担。それが数年かけて顕在化したとしたら。


 つまり、赤の超級触媒が必要とされている。そのために火竜を狩った。その触媒をもって結界の破綻を防いだ。だが、不調は続き、十二年ごとのメンテナンスが必要になった。


 いや、おかしい。その計算ならメンテナンスは去年行われたはずだ。従来のペースだと後十年以上持つ計算になる。さらに、二十五年前の火竜の触媒がストックされていることも意味する。


 ストックが尽きたら火竜を狩らなければならないが、当然狙うのははぐれだ。だが、はぐれがどの年に出るかなんてわからない。俺なら最低でもあと一回のストックを確保する。


 つまり、次の火竜の狩りは最低でも十一年、下手したら二十年以上の猶予がある。その間に、弱ったはぐれが出るなど、最適の条件を探ればいい。急に火竜狩りが必要になるという無謀な事態が起こらないように管理するのが当然だ。


 そう、厳重に管理されているはずのストックに何かが起こらない限り……。


「触媒の意図的な劣化が引き起こされた?」


 シフィーの触媒に対して行われた嫌がらせを思い出した。去年、結界のメンテナンスで触媒を交換したら、一年で問題がわかるほど劣化したとしたら……。


「馬鹿馬鹿しい。王家が管理している触媒だぞ。やれば反逆だ。第一、その結果は都市の滅亡だ。誰が得をする」


 自らも含めて都市そのものを滅ぼそうとする人間。しかも、可能性で言えば内部の有力者に連なる者を想定しなければならない。


「うーん、第一候補は俺じゃないか。文官落ちした腹いせでとかだな……」


 やはり考えすぎだろう。致命的な危険を仮定すると、脳の注意がそれにすべて引き寄せられる。騎士には疑心が暗魔を生むという戒めがあった。非現実的な仮定を信じ込んでほかのことが見えなくなるのだ。


 冷静に考えれば、これまで参考にした情報はすべて間接的なもの。結界破綻を導く直接の根拠など一つもない。しかも、仮定に仮定を積み重ねている。


 危険は結界よりも、今の俺の脳内にあるんじゃないか。ここは、一度頭を冷やそう。


 地下室から外に出た。夜風がヒートアップした頭に心地いい。天を見上げる。ちょうど結界の天頂と三ツ星が重なっている。


 ……そういえばこの前、リーディアの命令を受けた日も、こうやって夜空を見上げたか。そういえばあの時、なにか違和感を覚えたな……。


 そうだ、俺の目には三連星の中心、赤のベルギウスの光が瞬いているように見えた。あの時は外の魔力が乱れているのかと考えたのだが……。


 もしも逆だったら。揺らいでいるのが外ではなく、結界の発生元だったとしたら。しかも、それが赤い魔力の不調によるものだとしたら……。


 俺は再びベルギウスを見上げる。やはりかすかな揺らぎが見える。確証はないが、前よりも悪化している気がする。


「結界器の赤の魔術陣の不安定化、つまり触媒の劣化の印が出てる?」


 なんか直接的な証拠っぽいのが出てきたぞ。夜風で冷えたはずの頭が、再び熱を持ち始める。


 後の問題は一つだけだ。どれだけ頑張っても火竜の群れには手を出せない。つまり、今年はぐれが出ることがわかっていなければいけない。これはさっきは否定したことだ。


 だが、結界破綻を想定した今なら話は変わる。


 例年よりも群れのサイズが大きいという情報をどこからか入手した。あるいは、それを補足したりそれ以外のはぐれを予想する情報が存在する可能性だ。


 あり得ない仮定とは言えない。将来、再び火竜を狩る時が来るのは想定されている。はぐれが出る可能性を測ることは王家にとって必然だからだ。


 そして、その答えが今年だとしたら?


 リーディアはなぜこの時期に突然自分の婚約者候補を見繕えなんて言い出した。さらにあの時、嫁ぎ先が決まった後では動きようがない、とそういった。


 今年出る可能性の高いはぐれの火竜を狩らなければ結界が持たないとする。


 だが、二十五年前と違って王家には自ら狩りを直接指揮できる王族はいない。準騎士(ギルダー)とは言えまだ学生のリーディア一人。グリュンダーグとデュースターが主力になるだろう。


 王家に代わって都市の滅亡を防いだとなれば、功績を上げた方が圧倒的に優位になる。対立派閥はおろか王家に対してすら。


 まず間違いなくリーディアの婿となり。次の王位につくだろう。ある意味ふさわしいとすら言える。誰も反対できない。


 この都市を成り立たせている現在のバランスは崩れる。結界破綻とは比べられないが、あまりうれしい事態ではないな。


 いや、カインはなんといっていた。この期に及んで両家に協力し合う雰囲気はないんだぞ。将来の都市の主導権をどちらが握るかでいまだいがみ合ってるんじゃないか?


 それは、火竜狩りというただでさえ困難極まりない仕事を、簡単に失敗に追い込む。


 この状況でリーディアならどうするか。だまって狩りがうまくいくことを待つか。彼女に限ってそれは無い。城にこもって王子様の贈り物を、いや贈り物になるのを待つ子じゃない。


 逆だ。かつての父の様に、そして父に代わって自ら狩り場に立とうとする。少しでも自分の、王家の意思を通す余地を残そうとするのではないか。


 もちろん一人では無理だ。サリアだけでも駄目だ。あらかじめどちらかの家に協力することでせめてもの発言権を確保するか、あるいは自分が動かせそうな若手の実力者を引き込み先頭に立つ姿勢を示すか……。


「「現在の状況については最大限考慮する必要があるわ」か……」


 俺はリーディアの命令の動機を考えた時、狩猟騎士(ギルダー)としての動機と王女としての動機を分けて考えた。だがこの場合、その二つはぴったりと重なる。彼女個人の動機も含めてだ。


 俺は再び顔を上に上げた。本宮の広間には煌々とした光が輝いている。そういえば今夜は夜会だったな。彼女は今、あそこにいるのだろうか、来るべき火竜狩りの褒賞品として……。


「この仕事が結界破綻バリア・フェイリュア絡みなんて聞いてないぞ。リーディア」


 そのまま大きく天を仰いだ。天の中心で、ベルギウスがその光をゆがめた。まるで無力な文官を嘲笑するように。





#閑話2 夜会


 両開きの大窓を背に、彼女は一人ベランダに佇んでいた。背後からの光、ホールのシャンデリアで三色の魔晶を用いたもの、が夜の静寂に十六歳のシルエットを浮き上がらせている。


 白地に赤い花の模様を一面に刺繍されたドレスは、少女の赤い髪によくあっている。


「まるで結婚式のドレスね」


 リューゼリオンの王女は唇を尖らせた。背後を振り返ると、黒髪の少女がきらびやかな会場との境界を守っている。サリアの向こうには金髪を撫でつける優男と、筋骨たくましい腕を撫でる男がいる。


「いいえ、どちらかといえば狩猟者にかられる前の獲物かしらね」


 天井のシャンデリアの様に都市くにを支えるはずの三色家の跡継ぎ。つまり、王女である彼女、グリュンダーグ家のダレイオス、デュースターのアントニウス。三者のバランスが危ういことを象徴するような光景だ。


 そうなると、既存の勢力とは別の要素を呼び込むべきなのだが……。


 彼らの間にいるもう一人の男。会場の中でひときわ地味な彼は、二年先輩にあたる男子学生だ。平民出身の中で特筆すべき才能を示すカインという準騎士。


 先日の狩りの時の助力を理由に招いた。


 カインは如才ない笑顔で上位の二人、それも対立関係の、と会話を合わせている。しっかり一歩引き、どちらにも与せず中立を守る。完全に己の分際を意識した態度。


 なるほど、彼が評価しているだけのことはある。でもその賢さに深みと重みが足りないと思うのは贅沢だろうか……。


「人のことを言えた義理ではないわね……」


 名門に気を使う平民出身者に、巻き込んだ身としては罪悪感を覚えてしかるべきだろう。カインを混乱要因とするという打算があったのだから。


 すっかり王女としてふるまうことに慣れた自分に嫌悪感がよぎる。とはいえ、それが彼女の役目、責任である。若者たちの向こう、宴の中央奥に座る隻腕の父。そして、父の最側近である文官長を見る。あれをなしたものを調べるために必死のはずだ。


 質が悪いのはこの事態に協力し合ってしかるべき二家が、その疑惑にかかわっている可能性があることだ。都市の為に結婚相手が決まるのは王女の義務でも、その相手が裏切り者ではあまりにむなしい。


 視線が再び外に向いた。本宮の右側に灰色の文官棟が見える。その背後に隠れるように立つ円形の建物。彼女の指示に従ってここにはいない一人が、あの三人のうちの誰かを選ぼうとしているのだろうか……。


「右筆にしたら、普通は日参するものでしょう。もっと私のことを……」


 瞳は円形の建物をにらむ。


 だが、彼女はすぐにかぶりを振った。夜空を見上げる。赤い魔力の扱いにたけた彼女の瞳には、都市を守る結界の小さな揺らぎがとらえられる。それは日々拡大している。


「そうよね。もう同じ空は見えないのだから」


 彼女はもう一度書庫を見てから、ベランダの手すりに背を向けた。足に力を入れる。空の星よりもまぶしく、不安定にうごめく宴にもどるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ