プロローグ 第三の遺産
2021年5月2日:
第八章開始です、よろしくお願いします。
かつてダルムオンと呼ばれた猟地の上を白い魔力の軌跡が飛ぶ。
グンバルドの誇る大鷹騎士団の飛行遺産編隊だ。五隊計三十機という数は一度に投入される数としては異例の規模だ。しかも、全機が翼に投下用の魔槍型の狩猟器を装着している。通常の狩りではなく、巨大な魔獣を“討伐”するとき用の装備だ。
中央隊の先頭を飛ぶ騎士、グンバルド将軍ヴォルディマールは眼下に広がる地形を確認する。
旧ダルムオンは南に尖った逆三角形型の領域だ。北端はグランドギルド跡の山脈麓を東西に流れる大河。大河を西に行けばグンバルドの都市ドルトン、東に行けばラウリスの都市トラン。東西の境は大河の大支流だ。二つの大支流が南で交差した向こうにはリューゼリオンがある。
単独都市として最大級の広さとグランドギルドに近いゆえの濃い魔力を持っていたダルムオン猟地だが、三十年前に火竜の群れに都市ダルムオンが滅ぼされた後は無主の土地だ。
猟地の北部中央には魔蜂の巣と化した都市ダルムオン跡があり、中央に逆三角形を二分するように東西の支流を繋ぐ河が流れる。ヴォルディマールは水上に銀色に光る船団の姿を認めた。
◇ ◇
ラウリスの誇る魔導艇艦隊を率いるのは提督レイアードだ。八隻の制式魔導艇とその周囲に倍する小型魔導艇を配した布陣は、本来の活動場所である太湖でも見られない規模だ。制式艦甲板には大型のバリスタが三又の穂先を光らせている。太湖の巨大な海獣をも倒す狩猟器だ。
艦隊旗艦のレイアードは険しい目で河を見る。この河はかつて最大の魔導艇、彼の妹のリューゼリオン訪問に用いたもの、が黒い水により遭難させられた場所なのだ。そして、その黒い水こそが彼らの目的である最高等級の魔導金属鉱山の存在の印だ。
「周囲を警戒せよ。水の色の変化には特に注意するのだ」
彼の合図とともに小型船が周囲の水路に向かった。
◇ ◇
東西両連合の堂々たる進行に隠れるように、森の中を流れる細い河を小型魔導艇で進む一隊があった。リューゼリオンの護民騎士団団長カインの指揮する十人だ。先の二軍とは比べ物にならない小部隊だが、二都市の軍よりも内部に踏み込んでいる。
目的地を絞るための先行偵察を任務としているのだ。空と河の友軍の白い魔力反応を手掛かりに、かつて黒い魔導金属が放出された地点に向かって逆側から近づいていく進路を取っている。
「おおむね予想通りの位置に魔力の乱れがありますね。これ以上は森に入る必要がありそうです」
通常の三色だけでなく白い魔力や黒い魔力まで感知できる魔力測定儀の反応を見たカインが言った。リューゼリオンの部隊はボートの留守番を残し深い森に上陸した。
「団長。先方に山が見えます」
木から降りてきた副官がカインに報告した。
木々に覆われた何の変哲もない山だ。だが、改めて見ると不自然なほど形が整っていることに気が付く。周囲には山を取り囲むように不自然に開けた草原があるようだ。
何よりも魔力反応の乱れがあまりに激しい。測定器の窓を山に向かって絞れば、回転が順逆に著しく入れ替わるのだ。
すなわち、その周囲に正常ではありえない魔力の回転を生み出すもの、つまり黒魔導金属の痕跡があるということを意味する。
「間違いなさそうですね」
カインは上空に接近してきたグライダーに合図を送った。
◇ ◇
両連合が目的地である山に向かって一斉に舵を切った。数十の白い魔力の軍団が空と河から目的地に迫る。この大陸に敵すべきものなどないはずの進軍だ。
突然、深い森のあちこちで第三の白い魔力反応が出現した。次の瞬間、銀色の穂先が暗い森から木の葉を引きちぎりながら飛び出した。青い光を纏った銀の槍が約十本ほど、迫りくる空と水の軍団にそれぞれ弧を描いて襲い掛かる。
グライダーの一機が片翼を貫かれ、きりもみして落下する。魔導艇の一隻が喫水近くを槍先に貫かれ、侵入する水によって傾いた。
「限界高度まで上昇。直上から反撃する」
ヴォルデマールの指示。急上昇したグライダーが森の中の魔力反応の直上から急降下する。翼から槍が投下される。
「左舷回頭。魔力反応に対して腹を見せるな。前方に捉え攻撃を集中させる」
レイアードの指揮で、魔導艇甲板に設置された三又の鉾が攻撃のあった方に射出された。
巨大な魔獣相手に用いられる攻撃が森に向かって降り注ぐ。だが、攻撃はむなしく木々をなぎ倒しただけだった。
「森の中にもかかわらずなんという動きだ」
「高度を下げるな。第二射がくるぞ」
白い魔力反応は森の中を縦横に走り回る。今度は森のあちこちから数本づつの攻撃が飛び出してくる。
森の中の白い魔力反応は深い木々の中から攻撃と移動を繰り返す。河と空という隠れるものがない両連合の部隊に対し、位置を変えては襲い掛かる攻撃に数に勝る両連合は翻弄される。
「これではらちが明かん。純粋な移動速度ならば我らの方が上だ。高度を上げてやつらの布陣を通過、目的地に到達することを優先する」
「敵が森から出ない限りは主導権は向こうだ。河を伝って本拠地を叩く」
両指揮官の冷静な指示が飛ぶ。グライダーは北周りで攻撃を迂回する。それを見た魔導艇は南から目的地に回り込む。両軍は敵の攻撃範囲を逸れながらカインが指定した山へと近づく。敵の攻撃は散発的になりやがてやんだ。
グライダーの魔導金属は魔力の薄い高高度にその翼をきしませる。限界を超える速度を出す魔導艇の容量は六色エンジンをもってしても消耗する。座礁と攻撃の両方のリスクがあるためどうしても進路が大回りにならざるを得ない。
だが、数と速度の優位を活かすという両指揮官の思惑が戦況を変える。森の中を縦横に動いていた魔力反応は、ある方向に向かって後退を始めた。それはカインが目星をつけた山だ。
◇ ◇
両軍が敵の周囲を迂回する中、森の中を先行するカインたちは当初の目的地まであと僅かの所まで来ていた。魔力測定器の力で、巧みに敵の白い魔力反応を回避して目的地を視認できる距離まで近づいたのだ。
森の際で様子をうかがう彼らの目に、撤退してくる敵の正体が見え始めた。
まばらになる木々の間を縫うように走る白い魔力反応の正体、それは異様な形状の遺産だった。基本的な形状は荷車に人を乗せた形。だが、車輪ではなく二つの回転する球が足になっている。
両輪ならぬ両球に挟まれるように上に載った座席があり、三人乗りの席は緑色の魔力に守られている。背後には青と赤の投槍を投擲するための筒がある。
白い魔力を発しながら回転する二つの球が複雑な森の地形の上を滑らかに移動していく。戦車と呼ばれたグランドギルド時代の遺産の姿に、団員たちは驚きのあまり固まった。
「我々の役目はあくまで偵察です。見つからないことを優先します」
カインは部下の動揺を鎮める。森の中であれに見つかれば勝ち目はない。幸い、敵はひたすら山を目指しているようで、カインたちに気が付く様子はない。
改めて見ると、まるで立方体を斜めに切り取ったような山だった。よく見ると麓近くの木々が切り倒され、入り口らしきものが開いている。森から飛び出した二十両ほどの戦車は、いくつかの部隊に分かれ山のふもとに集まっていく。
そして入り口らしきものの前に規則正しく布陣した。
「間違いないですね。敵の本拠地、鉱山でしょう」
カインのつぶやきとほぼ同時に、北と南からグライダーと魔導艇が山に迫ってきた。
戦車の動きにカインは違和感を覚える。戦車の性能が最も生かされるのは森の中であることは間違いなさそうだ。なぜこちらの注文通り、姿を現し密集するのか。
グライダーが空から、河に一列に並んだ魔導艇が地上から、それぞれの投擲兵器を射出した。それに対して戦車の方は微動だにしない。それどころか、森の中では展開していた緑のバリアすら切ったままだ。
無防備な戦車に向かい怒涛の攻撃が殺到する。
突然山を中心に白い円柱状の光の柱が立ち上がった。投擲兵器の魔力が消失させられ力を失って落ちる。接近しすぎたグライダーが浮力を失い、辛うじて滑空で逃れた。
鉱山を中心に結界が展開されたのだ。それも、都市を覆う通常のそれよりもはるかに強力だった。そして、結界の中で戦車の白い魔力がうねりを上げ、再び出撃してきた。
戦いが再開された。
数を頼りに鉱山に寄せる連合軍。それに対して、結界を自由に出入りする戦車部隊が攻撃を加える。結界を盾に戦う戦車に対し、逆に行動の制約を受ける両連合の遺産は明らかに劣勢だ。
「このままでは翼が持たん」
「エンジンの容量が限界になります」
攻勢の限界を超えた両連盟の軍が後退を始める。カインもボートに引き返そうとする。
だがその時、結界から一台の戦車がカインの方に来た。急ぎ奥に退こうとしたカインだが、近づいてくる戦車に投擲兵器を乗せていないことに気が付いた。
しかも、戦車は見慣れた青い旗を立てている。
「森の中に鼠がいると思ったら。やはり平民上がりか」
青い旗を背に、戦車の座席からカインを睥睨したのはアントニウス・デュースターだ。旗の家紋はリューゼリオンの騎士院の名門だったデュースターの紋章なのだ。
あの会合の後、脱出しようとした密使が複数人、リーディアにより拘束された。その結果、会議において「リューゼリオンが鉱山の独占を狙っている」という偽りの噂を流したのがほかならぬデュースター家である動かぬ証拠が挙がったのだ。
騎士院での背信の追及の翌朝、デュースター家の主だったものがリューゼリオンから消えていた。幸いにして従ったものは本来の彼らの勢力からすれば三分の一にも満たなかったが、その後行方をくらましていた裏切り者が、敵に合流していたということだ。
「名門デュースター家ともあろうものが敵の走狗ですか」
「ふん。リューゼリオンの者はすぐに我々の決断に感謝することになる。そして、我らを歓呼の声で迎えるのだ」
「何をいっている」
「これを持って行け。新生ダルムオンから侵略者どもへの通告だ」
アントニウスがカインに向けて木の筒を放り投げた。三十年前に滅んだこの猟地の都市ダルムオンの紋章が刻まれている。カインが受け取るのを確認すると、二台の戦車は後も見ずに鉱山へ引き返していった。
ボートに引き返しながら、カインは筒を開けた。丸まった紙を広げ、そこに羅列された文章に目を通す。カインの顔がこわばった。
「急ぎ両連合と合流します」
心配そうに自分を見る団員達に辛うじて平静さを保つと、カインは改めて撤退を指示した。
2021年5月2日:
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