#エピローグ 条約
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一つ、旧ダルムオンのグランドギルドの遺産はグンバルド連盟、ラウリス連盟、リューゼリオンで共同管理する。
一つ、三都市は遺産の獲得と活用のため全面的に協力し、その成果を共有する。
一つ、以上の為に各都市の代表者を集めた遺産管理委員会を設置する。遺産に関して生じた問題はこの委員会で協議する。
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金縁の獣皮紙に記された文章の下には三人の王の真新しい署名がある。先ほどサインが終わったばかりの三王会談の結論であり、今回の困難な交渉の成果だ。
「遺産の扱いに集中した内容になりましたが、ラウリス側としてはどうお考えでしょうか?」
俺は同じく条約文を見ていた金髪の王子と姫君に尋ねた。
「一度は決裂寸前までいったのだ。最重要の遺産問題だけでもまとまったことで良しとするしかないだろう。この委員会を今後の衝突を防ぐための協議の場として用いていく形だな」
「東西の対立がコントロールできれば、交易も盛んになっていくでしょう」
レイアードもクリスティーヌもシビアながら的確な理解だ。この遺産管理委員会をどう運用していくかが今後の大陸の形を決めかねないということでもある。
「今回もすべてお前の思惑のままかな」
「とんでもない。いつも通りギリギリでした」
「ふふっ、それはどうでしょうか。それにしてもあのクロケットという料理は見事でしたわ。まさかパンを衣に小麦粉をソースにするなんて。三人の王がそろって麦の料理に舌鼓を打ったというのはそれだけで快挙です。お父様もあの後、あの料理はラウリスでも作れるのか、などと。これまで麦のことは関心を持っていただけなかったのに」
「それに関しては料理人をほめてください」
「もしかして先日レキウス殿が大使館に連れてきたあの小さなお嬢さんですか。麦料理のことでいろいろお話してみたいですね」
「ぜひそうしてください。マリーも喜びます。彼女もあのパンを焼いた石窯について知りたがっていました」
マリーの兄の心配そうな顔が思い浮かんだが俺はそれを無視して答える。
彼女は今回の話し合いの影の功労者だ。あの料理がなければただ錬金術の知識と技術でグンバルドをねじ伏せる形になった可能性もある。今後の協力関係を円滑に進めるためにはそれではまずかっただろう。
晩餐会の褒美に何でも望みのものをという王の言葉に、マリーは家に石窯が欲しいと言ったらしい。家を一つくらい言ってもばちは当たらないと思う。仕事の褒美が仕事道具とかどれだけ真面目なのか。
まあ、遺産管理委員会のリューゼリオン代表はカインだし、窯ではなく護民騎士団長家を建て替えることになるだろう。厨房は彼女の意のままにデザインすればいい。
「料理もだが、魔導金属の精錬を見た時のグンバルドの顔は見ものだったな。もっとも我々も驚いたがな。まさかあのような技術まで隠し持っていたとは」
「はは、何しろどこに本当の敵がいるか分からない状態でしたので」
「まあ、グンバルドもレキウス……リューゼリオン無くして問題が解決できぬことを思い知ったからこそ話はまとまったわけだがな」
「あの実験に関してもご提供いただいた充填台がとても有用でした」
「ほうそうか。そういえばラウリスとリューゼリオンは同盟関係だったな」
「え、ええそうですが……」
「ふむ。それにしては同盟関係ではないグンバルドの“問題”に優先して取り組んでいたような気がするな」
「兄上、レキウス殿はきちんとそちら側でも成果を上げているのですから」
「それはそうだが、せっかく鉱山が見つかってもグンバルドの問題だけが解決したとなればラウリスとしては面白くないではないか」
「だからといって、いくらレキウス殿でも立て続けにというわけにはいきませんわ」
「今すぐとは言っておらん。ただ、エンジンのこともきちんと考えてもらわねば困るという話だ」
なるほど、持って回った言い方だが、透明な魔力結晶の方はどうなっているんだという話か。
艦隊を預かる提督の立場ならそうなるだろう。もちろん、東西のバランスが崩れたら困るのは中間のリューゼリオンも一緒だ。だから、俺はあるものを取り出す。
「それに関して一つ報告がありまして。これをご覧ください」
用意してきたシャーレを取り出した。そこには歪でところどころ白く曇った無色の結晶が入っていた。魔力塩に充填台の魔力を作用させたものだ。つまり、透明な魔力結晶の試作品だ。
以前の物が泡の塊だとしたら、こちらは出来損ないだが結晶と言えるものになっている。実際、少しだが魔力を蓄えている。
「これでご確認ください」
俺はエンジンを模した三色の回路の上に出来損ないの魔力結晶を乗せてレイアードに差し出した。レイアードの指が回路に刺激を与えると、らせん状の魔力が一瞬だけ吹き上がった。
「……この上まだ功績を上げていたということか。さっきのぎりぎりという言葉は一体何だったのか?」
ヒビだらけになった結晶に唖然としたレイアードが、俺をにらんだ。リクエストにこたえたのに理不尽じゃないかな。というか、これは半ば偶然なのだ。
「これに関しては助手のシフィーが気が付いたことです。実は晩餐でお見せした魔導金属の精錬の過程で彼女が面白い……興味深いことに気が付いたのです」
「……聞こうか」
「はい。このように白と黒の魔導金属を平行に並べると透明な魔力を保持できるのです……」
俺は例のコルクに刺さった白と黒の棒を出した。
「魔力結晶の成長には魔力と材料の規則的な関係が欠かせません。ですが、触媒で特有の回転を与えた色付きの魔力と違って透明な魔力は静止した状態です。透明な魔力結晶を作ろうとして泡のように弾けてしまう理由は、魔力の流れの方向が制御できないことが原因だったようです」
「……なるほど、それで」
「逆に言えば回転のない魔力を一定の場所に保持できれば、結晶に取り込むことが可能ということになります。ですが、その方法が全く見当がつかなかったのです」
「…………それで」
「魔導金属の精錬の過程でシフィーが魔力の動きを観察していた時、正反対の性質を持つ白と黒の魔導金属の中間で魔力が高濃度で圧縮されることに気が付いてくれたのです」
「つまり、そこに結晶の素を置いたのがこれだということですね」
「はい。まだまだ不完全で小さく、魔導艇のエンジンの芯にある結晶とは質も大きさも比べ物にはなりません。ですが、この知識があれば鉱山に透明な魔力結晶に関わる何かがあれば、分析するとっかかりになると考えています」
「なるほど。透明な魔力結晶も鉱山のグランドギルドの失われた技術とつながっていると考えれば自然な流れだと言いたいわけだ」
「ええ、魔導金属の精錬にしても透明な魔力結晶にしても、グランドギルドの技術の底知れない恐ろしさを感じます」
「…………そうだな。いや、それよりも恐ろしい存在がいるが」
首を傾げた俺をレイアードがじっと見る。隣の妹君もだ。
「首尾よく遺産の問題を解決するころには、ラウリスとグンバルドがそろってリューゼリオンの傘下になっている、そんな未来があり得るかもしれんな」
「いや、何を言っているのでしょうか……」
「まあ、それならばレキウス殿とは今後もより親交を深めなければ」
「そうだな。例えばラウリスの王族がリューゼリオンの鍵となる人間に嫁ぐとかだな」
「やはりシフィーさんと言いマリーさんといい。一緒にいる方が強いです。私も早急にリューゼリオンに赴任するようにしなければ」
「そうだな。今のことも報告すれば父上も反対しないだろう」
兄妹がおかしな方向に走り始める。
「こ、これからの話をしましょう。そもそもすべては鉱山を手に入れて見なければ。そして、それは簡単ではないと思います。実は今お見せした透明な魔力結晶と鉱山の関係に疑問があるのです」
「…………どういうことだ」
「どうして魔導金属の鉱山に透明な魔力結晶にまつわる何かがあるのかということです」
ラウリスに伝えられた情報が本当なら、それは鉱山が単なる魔導金属の生産設備ではないことを意味する。
「なるほど。単に鉱山であるだけではなく自立した基地である可能性か。ラウリスやグンバルドのようにグランドギルドに遺産を握られ支配されていたのとは違い、グランドギルドそのものと直結する」
「確かに、黒の禁忌の乱の記録と一致します。貴重な鉱山を決して失わないように直轄とした記録がありますね」
「はい。旧ダルムオンで行われたグンバルドとの狩猟大会で謎の遺産らしき反応が確認されています。これらを考えればすでに敵に鉱山を抑えられている可能性を考えた方がいいと考えます」
「敵というのはつまり、レキウス殿の言われる『黒幕』ですね」
「その通りです。今回のことでわかったようにとんでもない情報収集能力と組織を有しています」
「そうですね。まさかあの商人が手先だったとは……」
急転直下の会談の情報を黒幕に伝えようとしてリーディアの警戒網に捕まったのは、以前クリスティーヌと一緒にリューゼリオンに来ていた商人だったのだ。
「計画では三都市の合同チームにより旧ダルムオンの白金鉱山遺跡の発見および接収をする、だったな。普通に考えれば恐れるものなどない戦力だが……」
東西両連合の遺産、空と河を高速で移動しながらの探索だ。鉱山の位置の目星も実はついている。鉱山が黒い魔導金属を白金精錬の“廃棄物”として出すのだから、クリスティーヌの魔導艇が虫に襲われた場所がポイントになる。あれは大量の黒い魔導金属が鉱山の廃液だったと考えれば説明が付く。
「情報網は恐ろしいが、敵の戦力はそこまで多くないのだろう。東西を相争わせようとしていたのがその証拠ではないか」
「確かにそうですが……」
今回の会議で黒幕については大分見えてきた。その巨大な計画を阻止し、彼らに繋がる糸も見えた。だが、にもかかわらずいまだ正体が全くつかめない。これだけのことを成せるだけの組織が、一体どこに隠れているのかというのが最大の疑問だ。
一番考えられることは多くの都市を跨いだ騎士の秘密組織だ。
だが、これまでの彼らの活動に違和感を感じている。俺達よりも多くの情報を持ち、鉱山をすでに手に入れているのなら、なぜリューゼリオンにちょっかいを掛けたり、狩猟大会に介入するようなことをしたのか。
「なんにせよ。敵の長所である情報という面で出し抜いた今がチャンスです」
「そうだな。グンバルドにも促して、合同チームの派遣を急ごう」
俺の言葉にレイアードとクリスティーヌが頷いた。とにかくスピードが勝負だ。こちらが鉱山さえ押さえてしまえば敵がいかに正体不明でもどうしようもないはずだ。
2021年4月11日:
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ブックマークや評価、多くの感想や誤字脱字の報告など感謝です。
おかげさまで第七章も最後まで書き上げることができました。
八章は『要塞(仮)』というタイトルで投稿開始は五月初め(5月2日(日))を予定しています。
三週間ほど空きますがお待ちください。
『狩猟騎士の右筆』を今後ともよろしくお願いします。
別サイトのことになりますが、
カクヨムのコンテストに出していた『狩猟騎士レキウスの錬金術』ですが、
おかげさまで読者選考を突破して本選考に進むことが出来ております。
応援本当にありがとうございました。