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#10話 宴の余興

#10話 宴の余興

 王宮の大広間、三人の王に囲まれた中で、俺はシフィーと一緒に“余興”の準備を進める。


 最初の協議でのカインやアメリアによる交渉や情報収集、マリーが作った晩餐の料理と王による東西連携の利益の提案。旧ダルムオンを巡る三つの勢力の衝突を防ぐため、リューゼリオンは全力を尽くしてきたと言える。


 だが、その努力が結実するかどうかはこれから行う錬金術にかかっているのだ。


 かかっているものの大きさが大きさだ。実験の成功は元より、その成功を疑いない形で示さなければならない。だからこそ余興ショーと称して公開実験の形を取った。


 まず使うのは表面を布で巻いたエンジンだ。台の上に縦向きに設置してある。これは実験の為の魔力源となる。何しろこの実験、本当に馬鹿みたいに魔力を食うのだ。本来なら地下の充填台を使いたいところだが、ラウリスの秘密にかかわる以上そういうわけにはいかない。


 次が実際の実験器具。大きなフラスコを立てたエンジンの上に乗せる。その横に、二つの穴が開いたコルクの栓を置いた。栓には二本の白黒の棒を差す。下がフラスコの中に飛び出して並ぶ形だ。


 シフィーがエンジンの起動準備をして、フラスコから飛び出した棒に魔導金属の線を繋ぐ。俺は実験台の上に金属製のまな板とハンマーを置き、横に置いた火桶の炭の温度を確認した。


 観客の様子を確認する。


 グンバルドの三人はこんな小さな騎士が何をするのかという目でシフィーを見ている。俺のことは使用人と思っているようだ。一方、ラウリスの三人はこいつは何をやるつもりだという視線をこちらに向けてくる。黒幕の情報網を考えて最低限の情報しか渡していないからな。


「それでは余興を始めさせていただきます。まずはこれをご確認ください」


 俺は実験サンプルである灰色の石を盆にのせると、グンバルドとラウリスのテーブルに運ぶ。


 ラウリスは石ころにしか見えないそれに怪訝な表情。グンバルドは彼らにとっての謎の遺物に警戒心を明らかに高めた。彼らには白金鉱山に関わる“何か”ということしかわかっていない。


 おそらくだが、鉱山の位置を示す地形の特徴か何かだと思っているのではないだろうか。彼らが一番気にしていたのが鉱山の位置だ。何しろこの石、どうひねろうと全く魔力には反応しないのだ。


 だからこそ最初に直に確認してもらったのだ。


 何しろこれからやるのはまさに錬金術。この何の変哲もない石ころを黄金よりも価値のある金属に変えるという詐欺にしか見えない行為だからだ。


「では、これよりこの石の正体をご覧に入れます」


 俺は実験台の前に立ち、先ほど確認してもらったばかりの灰色の石を金属の板の上に置く。そして、石に向かってハンマーを振り下ろした。


 王宮の広間に似合わないガンガンという音が響く。石が灰色の粉になった事を金属板を傾けて観客に見せた後、フラスコに入れた。白と黒の細い金属棒が刺さったコルクで蓋をする。


 シフィーがエンジンを起動すると、透明な魔力がらせん状にフラスコに向かって吹き上げる。


 平たい三角フラスコの底を魔力が通過し、灰色の砂に届く。だが、この砂は魔力に対して何の反応もしない。高濃度の魔力はただ上に向かって通過するだけ。拍子抜けしたような観客を前に、俺は火桶から湾曲した焼けた鉄を取り出し、フラスコの横から粉末を加熱し始める。


 すると、下の灰色の粉末が光を発し始めた。すぐに灰色の煙が立ち上り、フラスコの三角部分を満たし、上のコルク栓に向かって上がっていく。グンバルドの様子を見ると、明らかに驚いている。石が魔力に反応する何かになったことに気が付いたのだろう。だが、この程度で驚かれては困る。


 灰色の煙がコルクから伸びる白黒の棒に近づく。煙が棒にぶつかると、棒が光り始めた。この棒は正負の魔導金属だ。俺の目には見えないが、これでこの棒は正反対の回転の魔力が流れていることになる。


 そして、ただ立ち上るだけだった灰色の煙に劇的な変化が生じる。煙が左右の棒の周囲で白と黒の煙に分かれて渦を巻き始めたのだ。


 さあ、いよいよ実験ショーの仕上げだ。といっても、ここからはただ待つだけだ。俺たちの目の前で、白と黒に分かれた煙がコルク栓から下に付きだした棒にまとわりついていく。


 棒を中心にらせん状の渦を巻く白と黒の煙。そして、それに従って棒が太くなっていく。


 やがて全ての煙が棒に吸い込まれ、フラスコが澄んだ。底には最初の半分になった石の粉が残るだけだ。


「結果をご確認ください」


 俺はフラスコから栓を取り外すと、まずグンバルドのテーブルに近づき、いまだ驚きが覚めない彼らの目の前で二本の棒を引き抜いた。フラスコの中にあった部分が、まるで細い巻貝のようになっている。


「どうぞ、お手に取ってお確かめください」


 白と黒の螺旋の棒を皿に乗せると恭しくグンバルド王の前に差し出した。ぽかんと開いていた大髭に囲まれた口が慌てて閉じる。


 こわばった顔のまま、西方の都市連合の主の太い手が白い方の巻貝を取った。


 彼の指から魔力が金属に流れた。白い巻貝のような形状の物質がまばゆく光った。息をのむ音がこちらまで聞こえてきた。右隣の将軍王子も、左隣のドルトンの王弟も信じられないという顔になっている。


「さて、この余興はお楽しみいただけましたでしょうか」

「こ、これが余興だと……」

「最初に紹介させていただいた通り、この石の正体をご覧に入れるという余興でございます」


 なんとか手の震えを抑えようと努力している西方の主に、俺は恭しく告げた。


 要するに今やったのは最高級の魔導金属の精錬だ。


 あの灰色の石は魔導金属の鉱石だが、単独の鉱石ではなく、白と黒という正反対の魔導金属が結合した形になっている。だから、それ自体は何ら魔力に反応しないのだ。


 錬金術の素子論で解釈すれば、石の中では白と黒の魔導金属の素子が密接に結びついている。それを加熱と魔力で分離したのが灰色の煙だ。あの煙は白と黒の素子に分かれている。それぞれの素子は魔導金属として魔力に反応する状態になっているため、魔力で光る。


 だが、煙の色が灰色なのでわかるように、素子としては分離しても、白黒の素子は混ざり合っている。つまり、そのまま冷やせば再び白と黒の素子が結合し、魔力的な性質のない灰色の石にもどってしまう。


 最終的に魔導金属として分離するために用いたのがフラスコ上部の棒だ。これはいわば種結晶のような物で、白金級魔導金属と黒い魔導金属を細くしたものなのだ。


 この棒に分離した白と黒の魔導金属素子から魔力が伝わり、棒はそれぞれの方向の魔力の回転を帯びる。すると白金は同じ回転の白い魔導金属素子を取り込むと共に、正反対の回転を持つ黒い魔導金属素子を弾く。一方、黒い魔導金属の棒の表面では逆のことが起きる。


挿絵(By みてみん)


 最初は多少の交じりが出るが、やがて白と黒の渦は勝手に分離し純粋な白と黒の魔導金属の螺旋として成長するというわけだ。


 なんとも複雑な工程が必要な精錬である。グランドギルドに知識を独占されていた先祖にとって、白金級魔導金属の存在がまったくの謎だったことは想像に難くない。


 俺とシフィーがこの方法にたどり着けたのはこれまでの積み重ねあってのことだ。


 魔力触媒内の魔導金属の性質、魔力の回転、そして魔力昇華による魔導金属の取り出し。一つ一つは別の目的で進めてきた錬金術の成果が組み合わさった結果、たどり着くことが出来たのだ。


 だから、目の前ですべてを見せたにもかかわらず、彼らには何が出来たのかはわかっても、どうしてそうなったのかが全く分からない。


「これは完全に予測ですが、旧ダルムオンに眠る白金鉱山には今のような仕組みで魔導金属を精錬する施設があるのではないでしょうか。さて、現在の我らの知識で果たして扱えるか、心もとない話でございます」

「……要するに我らが単独で鉱山を手にしても、我らだけでは白金を作り出すことは出来ぬ。そういいたいわけか」


 グンバルド王の押し殺したような声が広間に響いた。


 理解してくれて何よりである。正直言えば俺だって実際に鉱山を見た時に再稼働できる自信はないけどね。


「さて、余興はいかがだっただろうか。もしお楽しみいただけたなら、主催者として明日も会談を継続することを提案したいのだが」


 リューゼリオン王が言った。俺は額の汗を隠せないグンバルド王を見た。これは流石に決まっただろう、そう確信した。だが、


「それは拒否する!!」


 グンバルド王は机をたたいて立ち上がった。そして、唖然とする俺たちをにらみつけて言う。


「明日からではない。今から続きだ」


 びっくりさせてくれる。まあ、こちらとしてもその方が都合がいい。何しろ、苦労して正体不明の黒幕を出し抜いたのだ。向こうが状況の変化を知る前に事態を動かしてしまわなければならない。


 そしてもう一つ……。


 ◇  ◇


「こんな夜中にどこに行くのかしら。夜の森は危険なのよ」


 私は魔導艇を操り、夜の闇に紛れるように河を進む船の前に立ちはだかった。同時に河の左右に松明を持った護民騎士団の団員が並ぶ。船の中にいた茶色い服の男が青い顔で私を見た。


「い、いえ、これは……実は急ぎの商売がありまして。ラウリスとリューゼリオンは同盟関係のはず。なにとぞお目こぼしいただきたく」

「あら、大事な同盟都市だからこそ放ってはおけないわ。リューゼリオンはホストとしてあなた達の安全に責任があるのだもの」


 私の言葉に商人はガクッとひざを折った。


 …………


「さっきはグンバルドの文官で、今度はラウリスの商人。これで全員かしら」


 護民騎士団員に連行される密使を見送り、私はヴェルヴェットに聞いた。


「私が監視していた屋敷から出た人間は二人でした。どうやら川ではなく森の方に向かったようです」

「まるでこの二人をおとりにしたみたいな手際ね。なるほど、リューゼリオンの人間が付いているのだから逃げ道にも詳しいでしょう」

「追いますか」

「やめておきましょう。河よりも危険な森の中を選んだということは、それなりの準備があったということでしょう」


 私は暗い森をにらむ。リューゼリオンにも獅子身中の虫がいる。ラウリスとグンバルドを笑えないわね。

2021年4月4日:

エピローグは来週日曜日に投稿の予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 此処までは、予定通り カインも、妹さんに被害が出てないので 良かったね、後々どう転ぶかは不明だけど この精錬過程で、素材の粗方は再構築出来るの? 黒系の触媒が難しいか? 最後の捕物の指…
[一言] 溶融塩電気分解! いや、蒸着、か? グランギルド時代でさえ秘匿されていたマル秘技術を、見事に再現! イノベーションやっ!! ですね。 黒幕を、引きずり出せるか!?
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