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#8話 三王会談

 夜のリューゼリオン王宮のその奥。三人の男が一室に集っていた。


 王座を簡略化した白い椅子に座るリューゼリオン王。護民騎士団章を背負うカイン、一人灰色の実用的な椅子に座す文官長。都市の長とその文武の幹部だ。


 明日から始まる都市の命運を決めるイベントの為の謀議だ。


「本日までの協議で我がリューゼリオン、ラウリス連盟、グンバルド連盟の三者間にはいかなる合意も成り立っておりません」

「グンバルドに至っては、明日の首脳会議を拒否して離脱しようとしました。あの様子では宣戦布告の場として考えていてもおかしくありません」


 文官長とカインによる現状報告が終わると、王が口を開く。


「何の展望も開けぬまま三勢力の責任者が顔を合わせる。以前に想定した中で最悪の状況に陥っていると言うわけだな」


 王の言葉に二人は神妙な顔で頷いた。だが、それを受けた二人の主は厳しい顔を僅かに緩めた。


「つまり、我々はぎりぎりまで時間を稼ぐことに成功したわけだ。だが、それも肝心な策が間に合っての話であるな」


 全員の視線が同時に空席に向いた。この場にいるべき最後の一人、もっとも下位でありながら事態のカギを握る男が遅参している。


 控えめなノックの音がした。


 上位者たちをじらすようにゆっくりとドアが開き、下級文官服を着た男が小さな少女を伴って入ってきた。男の両手には二つのビンが、少女が胸の前で曲げた腕には三枚の皿が乗っていた。


「お待たせいたしました」


 男は殊勝な顔で頭を下げた。ちなみに彼の立場でこの三人を待たせることは、いかなる意味でも許されるようなことではないが、それは誰も気にしていない。


 ◇  ◇


「まずは明日から始まる会談の秘密兵器を紹介いたします。マリーが復活させた旧時代の麦の料理です」


 俺の合図でマリーが皿を運ぶ。カインが何か言いたげに俺を見るがこれは譲れない順番だ。出来立てを食べてもらわなければならない。マリーの力作は時間がたつと味がガクッと落ちてしまう。


「これは、なかなか見たことがない姿ですな」


 文官長の言う通り、異様な料理だった。言葉を選ばなければ枯れ草をまとった魔獣の糞のような色と形状だ。それが皿の中央に二つ置かれ、その周囲を赤いソースが丸く囲んでいる。


「レキウスが手に持つものも気になるが、まずはこれを試そうではないか」


 面白がる雰囲気の王。よく見るとすでに手がフォークを持っていた。反対にカインは心配そうな顔で妹を見るだけで、その手は空だ。


 王がフォークを横にして、円筒形のそれを二つに割った。サクッという軽い音、茶色い楕円の衣の中からとろりとした白い中身があふれた。立ち上がる湯気の中に、特徴的な魚獣の風味が漂った。


 ◇  ◇


 三方に三色の旗が掲揚された王宮の会議室に九人の人間が座る。人数は減ってもその重みは比べ物にならない。全員が白い装いをまとう騎士であり、三組中央にはこれまでの協議には参加していなかった三人の王がいるのだ。


 右のラウリス連盟は、盟主都市ラウリスの王と提督レイアードとクリスティーヌ。左のグンバルドは同じく盟主都市グンバルド王とその王子である将軍。そして、有力都市ドルトンの王弟だ。


 その両者に挟まれる部屋の入り口前に座るのはホストであるリューゼリオン王とカイン、そして騎士院の代表ともいえるダレイオスだ。


 ちなみにグンバルド王は大髭を生やした五十代の大男。細身で洗練されたラウリス王。中肉中背のリューゼリオン王。全く雰囲気は違うが、三人とも場を圧する威厳を持っているのは共通だ。これだけで今行われている会談が、どれほどの物かわかるというもの。


 俺は壁際、リューゼリオンの旗の横に立っている。この会談に役割はないが、会談後ほんばんを始めるためにタイミングを計るのだけが役目だ。


 ちなみに、会談が始って二時間以上たっている。だが、これまでの長い協議で何も決まっていないのだから、トップが集まったから劇的に何かが進むはずがない。むしろ各勢力を背負うがゆえに譲ることができない状況になっている。


 大陸を二分する都市連合の両王は厳しい表情で向かい合い。それぞれの王子が互いの立場を主張し合うだけ。そして、両者に挟まれるリューゼリオン王は己の無力を悟っているように一言もしゃべらない。これがここまでの展開である。


 さて、そろそろグンバルドあたりが業を煮やすはずだ。


「これ以上は無駄だな。そもそも、お前たちの思惑は分かっているのだ」

「思惑? ラウリスが望むのは安定した東西関係である。ゆえに対立の元となりうる旧ダルムオン猟地の管理を話し合いをもって決めていくこと。これを思惑などといわれても困りますな」


 グンバルド王がその大髭の下から向かいの王に言い放った。ラウリス王は眉間にしわを寄せ辛うじて冷静に応じた。


「しらじらしいことを言うではないか。きれいごとの裏で刃を研いでいることは承知だ」

「何を言っているのか理解できない。どういうことかはっきり言われよ」


 互いに我慢の限界なのは予想通りだが、グンバルドは一体何を言うつもりだ?


「そうさせてもらおう。ラウリスとリューゼリオンは小型ながら魔力結晶を作る技術を有しているそうだな。そして、今もこの地下でそれを生産中だとか」


 ヴォルデマールが言った。ラウリスとリューゼリオンの両王が一瞬だけ視線を合わせ、すぐに何食わぬ顔にもどる。俺も思わず視線をさまよわせてしまった。


 この情報はどこから出た? グンバルドにはカインが魔力結晶マガジンを見せたが、当然詳細は明かしていない。結晶の形状から人工と予測した? いや「この地下で」という指摘は具体的だ。今この瞬間は充填台は別のことに使っていることを除けば正確な情報といっていい。


「話し合いと称したこの茶番は時間稼ぎというわけだ。これが思惑でなくて何か」

「いったいどこからそのような根拠なき話がでたのか、理解に苦しむ」

「さて根拠か、これを知らせたのは誰であろうな」


 息子の発言を受けたグンバルド王が沈黙するリューゼリオン王を見た。


「ラウリスに操られる自都市の不甲斐なさに義憤に駆られた騎士でもいるのではないかな。まあ、騎士としての力量ではお前たちが手を組んでなお、我らには届かぬと解っているのだろう」

「ラウリスの騎士はグンバルドに劣るものではない。もしグンバルドが強硬な手段に出るのならば、こちらも当然それを抑えなければならない」


 ついにラウリス王も穏やかな口調を捨てた。同時に、レイアードがどういうことだと俺に向ける視線が厳しい。


 中央の空白を挟み、東西の両連盟の指導者がにらみ合う。文字通り最悪の状況だ。いや、先ほどのリークがリューゼリオン内部からという話が本当なら、ラウリスとの間にもひびが入りかねない。


「ほれ見たことか。この会談はもはや無意味。我らは引き上げさせてもらおう」


 グンバルドの三人が一斉に席を立った。いま右の一人が薄く笑ったか? ドルトンは旧ダルムオンに隣接するグンバルドの都市だ。下手したら自都市が戦場になるが……。


 って今はそんなことを考えている場合じゃないな。俺とリューゼリオン王の目が合う。


「お待ちあれ。開催者として一つ提案がある」


 リューゼリオン王がグンバルドを止めた。これまで会談の付録のようにふるまっていた主催者の言葉に、立ち上がった三人は足を止めた。


「なんだ、ラウリスを捨ててグンバルドに加盟するか?」

「いや。このように遠路はるばる両陛下にお越しいただき、そのまま帰らせたとあればリューゼリオンの名折れ。せめて晩餐の一つも催させていただきたいと思ったのだ」

「はっ? 何を言っている」


 あまりに状況とは乖離した提案に、グンバルドだけでなくラウリスの三人もあっけに取られた。その間に発言者は懐から灰色の小石を取り出した。


「リューゼリオンの面子を立てていただけるなら、宴の余興としてこれについて我らが知ることをお教えしよう」


 大股で入り口に向かおうとしていたグンバルド王の足が止まった。


 よし、何とか本番の舞台に持ち込むことができた。俺はドアを開けると、宴席の場である大広間に向かう騎士達を見送り、そして反対に走った。まずは一階の調理場、次が地下の充填台だ。

2021年3月21日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひょっとして蟹ならぬ鮭クリームコロッケ? てっきり鮭フライから鮭のムニエルにでも変化するかと思っていたら、一気にとんでも料理が出てきた。仮にソレなら確かに衣だけではなくソースも小麦粉でとろみ…
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