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#5話 『妥協不可能』

「この協議は破綻します」


 全く進行しないまま、いや前回より対立が深まった五日目の協議の後、王の執務室に集まった面々を前に俺はそういった。文官の連絡会でアメリアに投げ込んでもらった『リューゼリオンの譲歩という名の火種』の結果が出たのだ。



「今のレキウスの誤解を招く発言について説明いたします」

 俺の発言から数瞬の後、王、文官長、カインの三人の視線が隣に立つアメリアに集中した。アメリアは報告書を手に説明を始める。


「二日前の文官連絡会で『リューゼリオンは旧ダルムオン猟地のごく一部を占有すれば満足する』という提案を示した結果が先ほど行われた五回目の協議における両連合の態度の変化です」

「両連盟ともどこか分からない限り受け入れられない。その一部の位置について早急に開示せよという反応でしたね」

「カイン様にはこの占有はあくまで旧ダルムオン管理にリューゼリオンが関わるための拠点であり、東西による管理体制が定まらない状況では決められないとお答えいただきましたが、両連合がリューゼリオンが狙っている特定の場所に極めて高い関心を示したのは間違いありません」


 カインの質問に答えたアメリアは俺をちらっと見て一歩下がった。俺は続きを話す。


「つまり、両連盟とも旧ダルムオン猟地そのものではなく、そのごく限られた一カ所、正確にはそこにある存在を目的としている可能性が高いことが分かったのです」

「その場所、あるいは存在とはなにか?」

「現時点で確たることは言えませんが、おそらく旧ダルムオンに眠るグランドギルド時代の遺産、あるいはそれが眠る遺跡であると考えられます。最も可能性が高いのは白金鉱山と呼ばれるものです」


 グランドギルド時代にそれを巡って反乱がおこったほどの代物だ。グランドギルドの外に存在する、最大級の遺跡だろう。クリスティーヌ王女も関心を持っていた。


「今回の反応を見る限り、両連盟はその鉱山の位置や内容について完全に把握していないのではないですか? にもかかわらずそこにこだわる理由は何でしょう」

「おそらくですが、両連盟が抱える遺産問題に直接関係しているのではないかと考えられます」


 カインの質問に答えた。


「ラウリスの抱える遺産問題は魔導艇のエンジンの劣化問題だったな。グンバルドにも同様の問題があるということか。ラウリス同様に連盟維持に関わるとなると、飛行遺産グライダーである可能性が高いか」「おそらくは。そして、両連合がそういう目的を持っている以上、協議の行方は厳しいと言わざるを得ないということになります」


 俺は最初の結論にもどった。


「なるほど。一つしかない物は分けることはできぬな」


 王の言葉が部屋を重くした。領域と違って一つしかない遺跡は分割できない。ましてや両者がそれを逃せば連合の破綻に繋がると思っているのならなおさらだ。


「さらに、両連合ともリューゼリオンが白金鉱山に関して自分たち以上の情報を独占していると疑っています。これが本日までの協議がかみ合わず、そして本日さらに対立の度合いが高まった理由です」

「つまり、我らの区分から言えば『表』の目的そのものがいつの間にか変わっていたことになるな」

「はい。おそらくそれが裏、黒幕の策謀です」


 俺はアメリアに場所を譲る。これに関してはアメリアの手柄だ。


「今回の情報、私が提案を示したのは文官の連絡会です。つまり、この情報を最初に知ったのは両連合の文官です。そして、情報は両使節団の中で上だけではなく、下にも伝わったようです。おそらくほとんど時間差なしに。実は、両使節について来ていた商人の動きが変わりました。市場に通じた護民騎士団出入りの商人レイラと協力して得られた情報です」


 そこまで言ってアメリアはコホンと小さく咳払いをする。


「我々文官は情報を伝えることを大きな役割とします。得た情報をどれだけ早くしかるべき方に伝えるかで同僚同士の競争にすらなりうるほどです。例外はありますが」


 アメリアは意味ありげに俺を見てから続ける。


「文官が使節代表である騎士に情報を上げるのは当然の流れです。ですがそれと同時に他の誰かにも情報を伝えようとしたことになります」

「なるほど、彼らの背後に本来と違う『あるじ』がいるということですな」


 文官長が渋い顔で部下の言葉の意味をかみ砕いた。文官にとって情報を真っ先に伝えようとする相手こそがもっとも重視している相手、常識といえば常識だが俺の認識が届かなかった。


「つまり、黒幕とつながるわけですか。なるほど、そうなると情報が出ていった先というだけでなく……」

「陛下が言われた表の目的が変わっていた理由ですが。黒幕から同じ経路を逆に伝って、東西両連合に遺跡、あるいは遺産に関わる情報が伝わった。おそらく、リューゼリオンがその遺跡について決定的な秘密を抱えているという情報もでしょう」

「なるほど、協議が混乱するわけだ」

「このままでは遺産を巡ってラウリスとグンバルドの直接の激突にまで発展しかねません。現段階で東西両連合が激突を始めれば事態は我々のコントロール範囲を超えます。一方、両連合内に自在に手を伸ばせる黒幕にとってはこの状況は有利になるでしょう」

「なるほど、黒幕の力は我らの想像以上に大きく広いということだな。一体何者だ」

「それが、いまだ本体が特定できません。分かることは、予想したような一都市の規模ではないということです」


 東西の対立をあおると同時にリューゼリオンへの不信も植え付ける。旧ダルムオンで遺産とみられるものを使い、黒い魔獣を操る。しかも、ここまでやってまるで暗闇から手を伸ばしてきたように確たる正体を現さない。


 これに関しては完全に予想を外された。本当に一つの集団か疑わしいほどだ。


「いずれにせよリューゼリオンにとって最大の脅威である。思惑通りに進めさせるわけにはいかん。我々も大幅に方針を変更する必要があるだろう。案はあるのか」

「はい。『表』つまり協議の目的を旧ダルムオン猟地の共同管理から、グランドギルドの遺産の共同管理に変更する必要があります。先ほどのお言葉通り、一つしかない物は分けられないことから、より目標達成が困難になりました。これを成すためには三つの条件が必要です」


 俺は用意していた修正案を説明する。


「一つ目は、ラウリスとの関係の正常化です。これに関しては予定通り合成魔力結晶について、今まで得られた成果を開示することしかないと考えます。クリスティーヌ王女が到着したので早急に進めたいと思っています。よろしいでしょうか」

「もともと同盟の主軸である以上、問題あるまい」

「ありがとうございます。二つ目はグンバルドが直面している遺産問題についての詳細な情報を知ることです」

「それに関しては一つ」


 カインが手を上げた。


「狩猟大会でのグライダーの最も大事な部分、翼は薄い魔導金属であるようです。黒い魔獣の襲撃の後、戻ってきたグンバルドの将軍のグライダーのその部分が覆われており、明らかに何かを隠そうとしていました。ラウリスのエンジン内部と同じく、劣化がある可能性があります」

「特別な魔導金属か。白金鉱山という話と合致するな。ならばカイン団長はグンバルドの遺産問題について協議を通じて探るのだ」

「畏まりました」

「だが、弱みを握っただけでグンバルドを抑えられまい。連合の瓦解に関わるならなおさらだ」

「はい。グンバルドの抱える問題がはっきりしたら、私も錬金術の面でその問題にアプローチする必要があると考えています」


 俺は答えた。


「ラウリスにそうしたように、グンバルドもリューゼリオンの協力なしに遺産問題を解決できぬという形にするということか」

「はい。少なくともグンバルドにそう思わせるだけの何かは必要だと思います」


 俺が答えると、全員が微妙な表情になった。いや、一都市であるリューゼリオンが東西両連合にはったりを噛ますのは危険だということは分かっている。ただ、他に手は思いつかないんだ。


「三つめはなにか?」

「これら二つが満たされたのち、ラウリスとリューゼリオンの協力によりグンバルドに共同管理案を飲ませることです。これに関しては予定通り、会食をもって間接的に圧力とすることを目指します。ただ、料理を出すのは最後の最後、協議後の首脳会談の席まで伸ばした方がよいと考えます」

「なるほど、こうなれば協議はぎりぎりまで引き延ばした方がいいでしょうな。こちらの準備の為の時間を稼ぐ必要があるでしょう」


 文官長が頷いた。これまでは進まない協議に気をもんでいたが、今度はこちらが引き延ばす番だ。


「新しい方針については分かった。では今の方針で体制を立て直せ」


 王の言葉で会議が終わった。俺は足早に執務室を離れる。錬金術、ラウリスとの外交、そして料理、まるで問題のジャグリングだ。とてもこの両手に収まらないぞ。



 …………



「それでは私は厨房に」と今からが本業と言わんばかりの言葉を残し、私の下僚は最高意思決定の場から使用人の仕事場に去っていった。残ったお歴々を見る。


「要するに両連合がリューゼリオンに対し疑心暗鬼になった原因の一つは、レキウスがあまりにやりすぎたということではないか」

「魔導艇のエンジンや、私の用いた魔力結晶による黒い魔獣狩りがリューゼリオンは何をするか分からないという認識になっているのは間違いないでしょう」

「その恐ろしいリューゼリオンが、自分たちの死命を制する遺産の目と鼻の先に存在する。確かに不安でございましょうな」

「であろうな。我らとて十分……。いや、いまさら言うまい」


 御三方がそろって苦笑した。不謹慎にも私も同じ顔になっていた。


 ここ数日側についていて思い知った。情報を探索し、判断し、操作する能力にあまりに長けている。純粋に能力だけ見れば文官としても十分すぎるほどの怪物だ。能力だけなら。


 実際、今回の協議において最初に設定した目的が破綻したにもかかわらず、方針の再構築を完全に済ませたのが先ほどまでの話し合いだ。


 いえ、本当に破綻したと言えるのかしら。最初の最初から、あの下僚は表と裏から今回の協議を挟み込む構造を構築した。問題が予想以上に大きかったにもかかわらず、掌の内に捉えて対応して見せたというべきなのかもしれない。


 もともとの問題すら大陸規模だったのだけど……。

2021年2月21日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] グンバルド側からもキーマン(女性)が登場するか?
[一言] > 情報を真っ先に伝えようとする相手こそがもっとも重視している相手 わかってました、レキウス兄さまにはそんなのわかるわけないって
[一言] アメリアさんはレキウスの能力を認めていますがレキウス本人にとっては錬金術の実験の余禄なんですよね。いや余力というべきか?
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