#4話 疑心暗鬼
「…………以上が二回目、三回目の協議と協議後の“調整”の結果です」
詳細な議事録を前にアメリアが言った。俺は無言でそれを見る。協議開始から3日目、ラウリスとグンバルドの主張断絶が、まったく埋まっていない。しいて言えば、リューゼリオンだけが譲歩している状態だ。
難しい協議だということは最初から分かっていたが、ここまで全く進行しないというのは予想外の展開なのだ。
「やはり強硬なのはグンバルドです。東進を止めているだけで譲歩であるという態度をいまだ崩しません」
狩猟を重視し、力で解決することを好むグンバルドらしい。だが問題は、この主張で彼らの目的が果たして達成できるかだ。
現在の統治システムは基本的に都市単独を前提としてる。都市は王家、猟地は騎士院が管理する。両者の分担と相互監視で共同体として運営が成り立つ。
この仕組みの原型がグランドギルドが絶対者として君臨していた時代にあるからだ。
グランドギルド滅亡後に生まれた連盟は都市同士の関係だが、魔導艇など遺産がネットワークの求心力となることで維持されている。
つまり、現在の旧ダルムオンを管理する仕組みとしては機能しない。グンバルドは自由に狩りをさせろと言っている。そんな状態は維持できない。それは管理でもなんでもないのだ。
まともに考えるのなら、グンバルドはいまだ東進を狙っていることになる。だが、それならなぜこの協議を提案してきたのか。
「文章の調整を口実に文官だけを小会議室に集めて、こちらの提案を投げてみました。領域を東西に分割、管理権の季節ごとの持ち回りなどですね。その結果返ってきたのは……」
「狩りの量数制限ですか」
「はい。グンバルドの優秀な騎士が旧ダルムオンの獲物を狩りつくすのが心配なら、量は手加減しようと」
「返答になっていないですね。旧ダルムオンの管理問題は領域の管理です。ちなみにカイン団長の考えは?」
「グンバルドは元々力で旧ダルムオンを手に入れるつもりだった。狩猟大会は旧ダルムオンでグンバルドが自由に狩りをするという意思表示だったのだから、そういう意味では立場は一貫している、と。ただし、
今回のような協議に参加しているのは、狩猟大会の最後に起こった黒い魔獣の襲撃が影響しているはずだということです。つまり、リューゼリオンとラウリスの力や連携を単に恐れたものではない、そういうご意見のようです」
「なるほど。やはり黒い魔獣の襲撃はグンバルド本体にとっては予想外だった。つまり、グンバルドも旧ダルムオンについて完全な情報を持っていないということですね」
やはり、グンバルド本体が黒幕という線から外れるな。しかし、ならばなぜ猟地全体の獲得にこだわる?
「グンバルドの要求には明らかに不自然さがありますね。それ自体は貴重な情報である可能性があります。ですが、協議としては原因が見えないと対処できない」
グンバルドに対する不完全な結論を口にした。アメリアは無言で頷き、次の議事録を開く。
「我々の立場は仲介者です。主張を下げることで東西の妥協を引き出し、合意可能な管理体制を作ること。つまり、リューゼリオンの立場の反映が難しいのは想定内です。ただし……」
「潜在的に利害が一致しているはずのラウリスの動きがおかしいですね」
「はい。グンバルドはラウリスの水路の航行権には干渉していません。それをいいことにこちらも全く主張を後退させない。つまり、グンバルドとリューゼリオンの対立を高みの見物という態度です」
陸がグンバルド、水路がラウリス。リューゼリオンを除いた東西両連盟による旧ダルムオンの地形別の管理だ。つまり、リューゼリオンがのけ者になっている。
「ラウリスの目指す東西交易の活発化、最低でも安定化の為には勢力の均衡は必須です。つまり、ラウリスはリューゼリオンと共にグンバルドを抑えるはずですが、現状そうなっていないということですね」
「その通りです。それに関連して看過しえない噂が流れています……」
アメリアは議事録ではないメモを取り出した。そこに書かれた内容に、俺は思わず唇をかんだ。
「リューゼリオンが旧ダルムオン猟地を独占しようとしている、ですか。…………普通に考えたらグンバルドが流していることになりますよね」
グンバルドがラウリスとリューゼリオンの間を割こうとすることは当然といえば当然だ。
「はい。ですが、グンバルド自身がそれを信じている節があります。ラウリスも我々を疑っている。これは私だけでなく文官長やカイン団長も同じ意見です」
この三人の観察が外れるとは思えない。
「ちなみにうわさの広がった方向は?」
「文官同士の調整の際に最初の兆候が現れました。もちろん、文章には残りませんから確実ではありませんが、文官から騎士に伝わる方向ですね」
「三勢力の表側、つまり騎士同士の疑心暗鬼をあおっている文官がいる」
これは重要な情報だ。両連合の本体ではなく、リューゼリオンをターゲットにしている。しかも、それは表の交渉を有利に運ぶためではない可能性がある。
「リューゼリオンを狙う黒幕の正体を見抜く。つまり、裏の目的という意味では尻尾を出したということですね。この尻尾、どこに繋がっているかたどることができれば……」
「黒幕、つまりリューゼリオンの真の敵の正体がわかる、そういうことですね。やってみましょう」
アメリアは頷いた。
◇ ◇
二日たった。表の交渉は依然停滞中。そして……。
「例の噂の出どころですが、まったくわかりません。どうも、両連合の文官から同時に出ています。もう一つ、ラウリス側の態度がさらに悪化しています」
「つまり、よほどの説得力がある発信源が使節団以外にある?」
俺は考える。考えられることは……。
「ちなみにデュースターは今どうしています」
噂の出本がリューゼリオン自身の名家となれば説得力は抜群だ。
「それが当主、跡継ぎ共に屋敷に閉じこもっています。動きが全くありません」
「そうですか……。分かりました。まずは、これまで解ったことを整理しましょう」
俺の計画通り黒幕は尻尾を出した。にもかかわらずたどれない。基本から考え直そう。現時点での黒幕の候補はグンバルド、あるいはラウリスの有力都市だ。
〇グンバルドは猟地の拡大のために旧ダルムオンに進出を目指した。
〇ラウリスはグンバルドとの衝突を防ぎ、東西の交易を止めないために中間の旧ダルムオンを管理したい。
これが両者の基本的な立場のはずだ。そして、グンバルドはともかくラウリスはこの目的のためにリューゼリオンと協力する動機がある。
次に、やり取りされた文章の流れを見る。この基本路線に対して齟齬はどこか……。
「両者とも全域にこだわり、リューゼリオンを旧ダルムオンから排除したい、少なくとも制限したいように見えますね」
アメリアが困惑の表情でつぶやいた言葉に、俺ははっとした。
「もしかして、両者ともに旧ダルムオンの猟地自体が目的じゃなくなっている? 狩りでも交易でもないなら……」
「どういうことですか。私は両者とも全域にこだわっていると……」
「ええ。ですが、それが猟地を支配する目的じゃないとしたらです。つまり、両者とも“何か”を探している。本当に欲しいのはその何かだけど、その何かがどこにあるのか分からない。だから調査するために全域での行動の自由を求めている。そう仮定するのです」
「東西の連合が欲しがる何かですか?」
「ええ、そんなものがあるとしたら、それはグランドギルドの『遺産』以外にあり得ません」
盲点だったのは遺産が裏に属していると思い込んでいたからだ。もしも表と裏をこの問題が繋げていたら、俺達が感じている違和感を説明できる。
実際に、ラウリスは魔導艇の透明な魔力結晶の劣化という連盟を崩壊させかねない遺産問題を抱えていた。同じようにグランドギルドから伝わる飛行遺産を持つグンバルドだって同じである可能性はある。
両者がリューゼリオンを疑っているのは、リューゼリオンは遺産の問題を抱えておらず、両者の持っていない遺産関係の知識を持っていると思われているからだ。
まあ、実際に持っているが……。
「表、つまりラウリスとグンバルドの騎士達は実際にはリューゼリオンがその遺産を独占しようとしていると疑っている。それが協議の停滞の正体かもしれません」
「な、なるほど。リューゼリオンが旧ダルムオン領地を独占など無理な話です。ですが、遺産という限られたものなら可能であると」
アメリアがはっとしたように言った。
「確かめましょう。次の協議ではこう提案してみるようにカイン団長につたえてください」
俺は文章を書いた。
『リューゼリオンは旧ダルムオン内に占有権をもつ一拠点を獲得することで満足する。残りの猟地に関しては陸はグンバルドが、水路はラウリスが管理することを認める』
俺の描いた紙を見たアメリアは少し考えてこちらを見る。
「ちなみに、その拠点の場所は?」
「さあ、私が知りたいくらいです」
リューゼリオンが遺産の独占を計っているという疑いで、両連盟が動いているなら、これで本音を引き出せるはずだ、少なくとも表に関しては。
「やはりあなたは悪党ですね」
アメリアは呆れたような顔になった。俺の中ではこれ、結構文官らしいやり方なんだけどね。さてと、一度垣間見えた尻尾もこれで後を追えるといいのだけど。
2021年2月14日:
次の投稿は来週日曜日です。