#3話 協議開始
これまでのあらすじ:
カインの活躍でグンバルド、ラウリス、リューゼリオンの三勢力が旧ダルムオンの管理を話し合うために、リューゼリオンに会すことになる。レキウスは会議を『実務者協議』と『トップ会談』の二段階とし、さらに東西の衝突を防ぐ表の目的と、リューゼリオンを狙う黒幕の正体を突き止めるという裏の目的を定めた。
実務者協議の会場は、騎士院の大会議室だ。窓の並ぶ奥を除いた三方の壁に三枚の旗が飾られた会場には三つの使節団が集まっていた。
右壁には角の付いた水棲魔獣の青旗。それを背にラウリスの五人。左の壁には大きく翼を広げた鷲の緑旗。その前に並んでいるのはグンバルドの五人。最後、ドアの横に張られた赤い竜の旗を負うのがリューゼリオンの五人だ。
部屋の奥の窓のある壁は空白、窓からはグランドギルド跡と伝わる遥か北の山脈が見える。つまり、この部屋の構図はそのまま大陸を現す。東のラウリス、西のグンバルド、南のリューゼリオンが、中央の空白地、つまり旧ダルムオンを囲んでいる配置になっている。
使節団はそれぞれ白い服装の騎士が二人、灰色の文官が三人だ。今日が協議の一回目、それぞれの紹介が済んだところである。
ちなみに各使節は騎士院内に専用の部屋を用意されている。そこからこの会議室に集まり協議をするという配置だ。
言うまでもなく二人の騎士だけが正副の使節であり、それぞれ王家と騎士院から選ばれている。三人の文官は文章作成など事務のためにいる。俺も含めて協議の場での発言権はない。
当たり前すぎて確認すらされていない。このことに疑問を持つ人間はいない。まあ、だからこそやりやすいのだが……。
ちなみにリューゼリオンは王家からカイン、騎士院からダレイオスだ。カインがどうやって一週間でダレイオスを”副使”として引き出したのか謎だ。
「では、各自のご紹介もすんだところで、それぞれの主張についてお示しください」
進行の文官長の言葉でいよいよ実務者協議が始まった。もちろん、進行についてはあらかじめ決めてある。今日は顔合わせと立場表明である。
最初に立ち上がったのは鷲旗の真ん前に座っているグンバルドの使節団長ヴォルディマールだ。
「旧ダルムオン猟地全域における狩猟権を要求する。むろん、これはラウリス、リューゼリオンの狩猟権を制限するものではない。つまり、旧ダルムオンをいずれの騎士も狩りができる猟地とするということだ」
「ラウリスは旧ダルムオン猟地全域における水路の自由航行権を要求する」
短く言ったのは一角獣の旗の前のラウリスの提督レイアードだ。ちなみに彼の妹クリスティーヌはこの場にはいない。ここら辺はあらかじめラウリス側と打ち合わせ済みである。
「では、リューゼリオンは」
「まて、リューゼリオンはラウリスと同様なのではないのか」
カインの発言をヴォルディマールが遮った。
「この協議はあくまでラウリス、グンバルド、リューゼリオン三者での旧ダルムオンの管理を話し合うための場。リューゼリオンにはリューゼリオンの立場があります。ただ誤解のないように付け加えれば」
カインはそこまで言ってレイアードを一度見てから続ける。
「それはあくまでこの協議が成立していることが前提です。もし、グンバルドが話し合いではなく力をもって旧ダルムオンの扱いを決める場合は、リューゼリオンとラウリスは共同で阻止する立場にあることは明言しておきます」
「ふん。なるほど、そういうことにしておこうか」
カインの言葉にレイアードが頷くのを確認して、ヴォルディマールが言った。要するにグンバルドが強引な東進政策にもどったら同盟として対処するということだ。
「では改めて。リューゼリオンの要求はラウリス、グンバルド両連盟の騎士が旧ダルムオンに入ることを禁ずることです。もちろん、我々も立ち入ることはしません。この三十年間の継続ですね」
「話にならん」
カインの言葉に、ヴォルディマールが吐き捨てた。レイアードも無言で首を振る。三者ともそれぞれに対して同じことを思っただろう。これが本日の一致点だ。
「では、今のそれぞれの立場をそれぞれの文章に起こし、交換することとします」
各勢力の文官が三枚ずつの文章を作成し、団長と副団長がサインをする。すべてを突き合せた後一枚ずつ交換。一度目の協議は問題なく終わり、三者とも顔も合わせずそれぞれの控室に引き上げる。
…………
「見事になんの共通点もありませんでしたね」
「その通りですが、もう少しとりつくろえないのですか」
アメリアが言った。錬金術士が本業なので勘弁してほしいところだ。実験は難しいことがあっても嘘はつかない。
「グンバルドもラウリスも過大な要求ですが、基本的にグンバルドは狩りの為の猟地拡大、ラウリスは交易の為の水路の活用を要求するという意味では住み分けができていると言えるかもしれませんね」
「それは表向きのことです。グンバルドが空中を自由に飛びまわり、ラウリスにはリューゼリオンとは比べ物にならない魔導艇があるのですよ。双方の主張を認めれば事実上旧ダルムオンを両勢力が好き勝手に動き回るということではないですか。必ず衝突します。第一、リューゼリオンの立場がどこにもありません」
「力がないので仕方ないですね。もともとこの両者と並んで座って居ることがおかしいので」
「だからもう少し言い方を…………」
「わかりました。協議本番における私たちの役割は裏方です。意見のぶつけ合いは騎士様に任せて、我々は観察に徹します。まず表の目標、旧ダルムオン領地を共同管理に置くことで東西衝突を防ぐ為に、この過大な要求の裏にある東西の本当のラインを見つけ出すことです」
表の目的のために必要なのはいわば騎士の本音を見極めることだ。三勢力二人ずつ、もしも意見の不一致や対立などがあればすぐに分かる。
「それは交渉の基本中の基本ですから言わずもがなですが……」
「では、裏の方です。両方の文官の態度についてはどう思いましたか?」
「おかしなことは何も。自分たちは騎士の決定を文章にするだけという態度ですね。先ほどの文章も発せられた言葉を忠実に書いているだけです」
「私もそう見えました。文官そのままの態度でしたね。いずれ、今回のように騎士の目がある状態ではなく、文官同士が調整として集まる機会を作ります。そこで本当の姿が見えるでしょう」
「文官が騎士の意に反して交渉に干渉すると?」
「騎士にはわからないように、細かい文章の調整などで自分たちの意見をそれとなく盛り込む、文官の得意技では?」
「…………」
アメリアは無言で俺をにらんだ。
「と、とにかくラウリスとグンバルドの文官も今のアメリアさんと同じ常識を前提にしているのです。逆に言えば、自分たちが多少おかしな動きをしても注目されないと思っているはずです」
「そこで尻尾を出すのを待つのが裏の目的に繋がると」
「リューゼリオンを狙う黒幕が動くなら、そういった絡め手からの可能性が高いでしょう。今のところの仮説、盟主に不満を持つ連盟内の有力都市が黒幕ならばなおさらです」
「…………あなたずっと下級文官の仕事ばかりしていましたよね。よくもまあ、会議の形式まで操作してこんなことを考えますね」
「それはまあ、大昔はそういうことを普通にやっていた時代があったんですよ。そこの記録を読んだだけですね」
「…………リューゼリオンの立場的にはやるしかないのでしょうね。理解はしました」
「それでは私は次の仕事に移動します」
「どこに行くのですか」
「厨房です。マリーと料理の打ち合わせがあります。ちなみにそれが終わったら、王宮地下の充填台での実験のチェックですね。ラウリスの“あの方”に共同研究の成果を見せるためには、もう少し詰めなければいけないことがあるのです」
俺が言うとアメリアはため息をついた。
「この一週間あなたを見ていて思いましたが、どう考えてもその三つをすべて一人で進めるのは無理です。怪しい動きをしている文官の観察だけなら私の方でできます。文官同士の会合に関しては基本私が引き受けます。その後まとめてあなたに報告するということでどうですか」
「本当ですか。それは助かります。でも、申し訳ないですね。私の方が下っ端なのに」
「あら、あなたの権限、功績を私が横取りしようとしているのかもしれませんよ」
「どうぞどうぞ。私はその分地下での実験がはかどりますので」
「…………気が付いていないかもしれないですけど、そういう態度は文官らしさの欠片もありません。報酬や評価を表立って気にする必要がない、いわば絶対者のものですよ」
アメリアは呆れるようなことを言うと、王宮二階に向かった。
…………
「レキウスさん。塩抜きは終わっています」
厨房に入るとそこで働く王宮の使用人の中でも一番小さい少女が元気な声で俺を迎えた。緑色のショートカットの少女はその髪の色からわかるようにカインの妹のマリーだ。
彼女の前のまな板の上には魚獣の切り身がある。トラン王の土産であるサーモヌスの塩漬けだ。鮮やかな赤い身に皮にしっかり脂がのっている。その横には壺に入れられた赤い真珠の様なものがある。卵の塩漬けらしい。色が赤い魚獣というのは珍しい。
「あと、少しずつ別々の調理法を試してみたんですけど」
マリーが差し出したのは小さな三つの器。中には身を焼いたもの、蒸したもの、煮たものがある。基本の調理法三種というところだ。
「新しい食材が楽しみで。あの、勝手なことしてよくなかったですか?」
「とんでもない。初めての食材だからね。ぴったりのレシピなんてそうそう見つからない。こうやって試していくしかない。マリーが正しいよ」
俺が褒めるとマリーは嬉しそうに笑った。マリーの料理の才能は本物だ。例えば、腸詰を挟んだパンの料理だが、あの上の赤いソースは俺が旧時代の記述から彼女に教えたものだ。だが、俺が掘り起こしたレシピにあるのは今では存在しないトマトという草の実が材料なのだ。酸味があるソースという記述から、森の産物から代用品を選び出したのは彼女だ。
俺達はそれぞれの小皿の味を確かめた。
「確かに特産というだけあって、独特の味だね。でも、パンに合うかといわれるとちょっと難しいかな」
「はい。私もそう思います。……でも、煮込んだり、濃いソースをかけたらこの味が飛んじゃうし…………」
サーモヌスは独特の味があり、魚獣にしてはコクがある。だが、魚獣特有の生臭さが、肉ほどではない味の薄さでよけいに目立つ。濃い味付けにしたら生臭さは消えるだろうが、味も飛ぶ。それこそパンをソースで食べるだけと同じになってしまう。
「香草で味付けするのがいいかもしれませんね…………」
マリーは一生懸命考えている。多分だけど三人の王に出す料理を作るってことは意識から消えてるんじゃないのかな。
料理人としての彼女を前に俺など出る幕はない。となれば、こちらは文官らしく資料調査に徹するか。
「じゃあ、こっちは色々な調理法の発掘をするから、マリーはピンと来たのを試してもらえるかな」
俺は文書保管庫から持ち出した古文書を広げた。
2021年2月7日:
次の投稿は来週日曜日です。