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#2話 裏と表の目標

「東西の連合を出し抜いて旧ダルムオンをリューゼリオンの支配下に置く……………………という野心がない以上、我々の目標は現状維持です。つまり、旧ダルムオンが特定の勢力に支配されない状況を保つことです」


 王の執務室で俺は『表の目的』について説明していた。文官長よりも王よりも、手元のメモを見ながら聞いているアメリアが怖い。


 …………


「わかりました。では、今聞いた予定通りに発言を進めること」


 三勢力の旧ダルムオン管理を巡る話し合い。その第一段階はリューゼリオン自身の方針を決めることだ。大事な御前会議の開始前、俺は廊下でアメリアに今から話す内容について事細かにチェックされていた。


「しかし、今のはあくまで私の考える方向でして。会議の参加者の中で一番立場の低い私の考え通りに会議が進むわけでは……」

「問題ありません。本来ならあなたが会議に参加していること自体がおかしいのですから」

「いや、だからそういう話なんですけど……」

「わかっています。私があなたのお目付け役になってしまった以上、これまでの様な奔放なやり方は認めません」


 何かが決定的にかみ合わない。実際の実務者協議開始前からこれで大丈夫だろうか。


 …………


「つまり、実務者協議で旧ダルムオン管理の協定を作る時には、リューゼリオンはラウリスとグンバルドが衝突しないように仲介者として振舞うことになります」


 言葉一つ見逃すまいというアメリアの視線を受けながら、俺はひとまずの説明を終えた。聞いているのは彼女に加え、王、文官長、そして旧ダルムオンから戻ったばかりの護民騎士団長カインだ。


「我々はラウリスと同盟関係にある。中立ではない仲介者をグンバルドが信用するとは思えないが」


 文官長が言った。王とカインも頷く。


「おっしゃる通りです。したがって、協議では同盟ではなくリューゼリオン単独としての立場を強く押し出します。旧ダルムオンには我々は手を出さないから、どちらの連盟も手だししてくれるな。という感じですね。もちろん、これは受け入れられません。最終的な目標である三勢力での旧ダルムオンの共同管理の為の前振りです」

「我らとラウリス両方から圧力をかけられることに比べればグンバルドにとってはよいかもしれん。だが、我々単独で立場を取れば、グンバルドは我々の意見を重んずるまい。それではやはり仲介者の役割を果たせないのではないか。ましてや協議は我が都市で行われるのだ」


 王が言った。先日のトラン王はリューゼリオンの小ささに驚いていたらしい。連盟の盟主都市はもちろん、中堅都市にすら規模では劣る。両国の使節はその光景を窓の外に話し合いをするのだ。


「協議外で我々とラウリスとの連携を示す手を打ちたいと考えています」


 俺は全員の前に用意された軽食、細長く焼いたパンに腸詰を挟んで酸味のある赤い果実ソースをかけたものを掌で示した。マリーの自信作で、王のお気に入りになった料理だ。俺も食べさせてもらったが、確かに油多めで塩味の濃い腸詰がパンとソースにぴったり合う。


「使節団に提供する会食という形でリューゼリオンとラウリスがしっかり結びついていることを、言葉ではなく舌で理解してもらうわけです。つまり、陛下がトラン王に行ったことをグンバルドに対して行うということですね」

「うむ。だが、グンバルドにとなるといかにこれが旨くともそのままではいくまい」


 王が面白そうに笑いながらも疑問を示す。


「実は、料理の内容に関しては思案中です。麦を使ったものになりますので、料理人とも相談して考えたいと思っております」


 料理人という言葉を聞いた時、カインが僅かに身じろぎをした。俺の言葉に頷いた王が少し考える。そしておもむろに口を開いた。


「ラウリスとの連携を示唆するというのならば、トランの特産を用いるのがよいのではないか。実はトラン王が置いて帰った土産がある。太湖から上がってくる魚獣の塩漬けだそうだ」

「魚獣ですか。な、なるほど、トランの特産となれば、目的にはピタリと合いますが……」


 俺は額に汗を流しながら降ってわいた注文に調子を合わせた。この前もちょっと思ったが、いつの間にこんなに料理に関心を……。いや、確かにもってこいの素材ではある。ただ、魚獣となるとこれまで資料保管庫で発掘した旧時代のレシピが通用しない。一から探し直しだ。


 恐る恐るアメリアの表情を確認する。すました顔で王の発言を聞いている。俺以外の人間が予定外を持ち出すのはありらしい。


 当たり前か、彼女たちはいわば王や騎士のわがままに対応する立場だ。それだけで精いっぱいなところに、時々地下から上がってくるだけの下僚にまで引っ掻き回されてはたまらないというだけで。


「魚獣となればラウリスの知識も借りることになりますね。クリスティーヌ殿下と連携して考えれば実現の可能性は上がると思います」


 そういうとアメリアが手元のメモを見て顔をしかめた。いや、確かに予定外の発言だけど、今のは王の方針に対する対応なんだけど。あとカインが何か言いたげに俺を見る。間違っても料理人いもうとさんに責任を被せるなんてことはしないから。


「では、実務者協議の段階ではリューゼリオンは一方として振舞い、旧ダルムオンにいかなる国の騎士も立ち入らないことを主張する。同時に、協議外を通じてラウリスとの連携を暗示して、間接的に圧力をかける。最終的には旧ダルムオンを三勢力で共同管理する案をまとめ、東西の衝突の原因を消すことを目標とする。そういう方針でよろしいでしょうか」


 文官長がここまでの話をまとめる。


「うむ。実務者協議自体の運営は文官長。リューゼリオン使節の長として実際の話し合いの表に立つのは騎士団長。その下で実際の折衝に動くのはアメリアとレキウス。また、レキウスは同時に料理の差配をすること。この担当でよいな」


 王が全員を見渡すように言った。俺達が頷いた時、手が上がった。


「実際にグンバルドの騎士と接した者として、一つよろしいでしょうか」


「旧ダルムオン進出に対するグンバルドの意思は強力です。協議における方針としては今のものに異議はありませんが、それだけでは押さえられない可能性が高いかと。交渉の背景に置く力という面で、より準備が必要だと考えます」

「それも道理だが、力というならば団長が護民騎士団の力を示したことが今の状況につながったのではないのか。協議を提案してきたこと自体がグンバルドの妥協であろう」


 狩猟大会で黒い魔獣に参加狩猟団パーティーが大きな被害を受ける中、中でも最大の魔獣、竜に匹敵するものと遭遇しながらそれを討ち取ったのがカインたちだ。


 正直どうしてそんな無茶をしたのかいまだに違和感がぬぐえないのだが、リューゼリオン王家の直属の騎士団の力がグンバルドに認められたのは間違いない。


 だが、カインは首を振る。


「黒い亜竜との戦いは薄氷の勝利。いえ、戦ったこと自体が失敗と考えております。つまり、私の失策であると考えております」


 カインは黒竜との戦いを説明する。ほとんどの魔力結晶マガジンを使用せずに温存していたこと。黒い魔獣についての実戦経験があったこと。白い魔力を発生させるエンジンを用いることができたこと。それらのどれか一つが欠けても勝利ではなく壊滅だったというのが当事者としての意見であるということだ。


 本来なら撤退を決定するべき初期段階で、自分が指揮能力を失ったことにより、撤退が全滅に近い被害をもたらす可能性が高い状況に至ってしまったことを強調する。


「団員の中で上位の者たちの多くが負傷している現状を鑑みても、一度の失敗で破綻する現状はグンバルドには見抜かれると考えておいた方がよいかと」

「そなたら騎士団の黒い竜の討伐は騎士団の最大の可能性を示しただけであり。地に足の付いたものではないということか。言いたいことは分かった。だが、ならばどうする。騎士団の拡充こそ時間がかかるのではないか」

「リューゼリオンの騎士の力という意味では、今後はグリュンダーグとの連携を排除するべきではないと考えます」


 カイン発言に俺を含めて全員が驚いた。彼の言葉は王家の方針の大転換だ。



「…………可能か」

「確実とは言えません。ですが、ダレイオス・グリュンダーグとの交渉に関して、私に権限をお与えいただきたいと思っております」

「…………許可しよう」


 王がカインによる方針の大転換を承認した。


 大胆な考えだが、言われてみれば正論だ。東西の両連合に一都市で対峙している状況で、中が割れているというのは最大の問題なのだ。


 しかし、これまで自分の権限外のことに関しては基本的に対処に徹する姿勢だったカインがこんな大胆な提案をするとは、正直言って意外だった。


「コホン。では、もう一つ目標があるのだったな」


 文官長が言った。隣でアメリアがメモらしきものを差し出している。俺は考えを切り替えた。


「はい。今までの方針はいわば表の目標です。ですが、この実務者協議ではもう一つ達成せねばならない目標があります。それは、ここ数年リューゼリオンを攻撃している敵の正体を突き止めることです」


 俺は裏の目標を告げた。


「敵。つまり、リューゼリオン結界の障害や騎士学院遠征実習に対する黒猿による襲撃。ラウリス王女の暗殺未遂。さらに言えば今回の狩猟大会で黒い魔獣を嗾けた。これらを実行した存在ということか」

「はい。我らに見えているのは、これらの行動は旧ダルムオンに潜む黒い騎士集団によって実行されたということです。ですが、当然彼らの背後にそれを命じた存在があるはずです。このいわば『黒幕』を突き止めなければ今後もリューゼリオンに対する陰からの攻撃は続くことになるでしょう」

「黒幕の当てはあるのか」

「これまではグンバルドが旧ダルムオンに自分の手足である騎士を進出させており。一連のリューゼリオンに対する敵対行為はグンバルドの指示である可能性が高いと考えていました」


 言わば『グンバルド黒幕説』だ。黒の一団がリューゼリオンもラウリスも攻撃していることから、必然的に残ったのはグンバルドだったわけだ。


「ただし、この説は今や疑問といわざるを得ません」

「今回の狩猟大会では。グンバルドの狩猟団も等しく黒い魔獣に襲われています。グンバルドの将軍の狩猟団まで被害を受けていることから、狂言とは思えませんね」


 俺の言葉をカインが補強した。


「グンバルド本体ではないなら連盟内の他の都市が黒幕であるということか? そうなると、動機は連盟に対する不満ということになるが……」

「そちらの可能性の方が高いと考えております。同様の理由でラウリス連盟内の有力都市という線も捨てられません。太湖の東岸と西岸で立場が異なることは分かっておりますから」


 念頭に置いているのはラウリスの東岸の大都市ランデムスだ。いわば連盟に不満を持つ有力都市が黒幕である可能性だ。


「連盟も一枚岩ではないのは確かでしょうが、これまでの数々の動き。一都市に成し得るものでしょうか?」

「今回の旧ダルムオンに現れた黒い魔獣は、前回の黒猿よりもはるかに強力でした。しかも、それを作り出したのは森の中を高速移動する何かです。ラウリスの魔導艇やグンバルドの飛行遺産に匹敵する何かを保持していると考えられます」


 次々と意見が出る。そう、グンバルドが黒幕というわかりやすい説が否定されれば、可能性は多岐にわたるのだ。


「現状ではリューゼリオンの真の敵がどこにあるかに関して全く不明です。分かっていることは『黒幕』もまた旧ダルムオンを目標としていること。そして、グランドギルドの遺産に関する深い知識を有していること。さらに言えば、今団長が言ったように独自の遺産すら使っていることです」


 表よりも厄介でしかも正体不明の敵だ。だからこそ今回のチャンスは逃せないのだ。


「黒幕の目的が旧ダルムオンに深くかかわる以上、今回の会議に対して何らかの行動に出る可能性は高いのです。つまり、黒幕のしっぽを掴むために最良の機会といえます」


 実は、今回の実務者協議の形式を騎士の常識から外した理由の一つは、それをもって敵のしっぽを目立ちやすくするということだ。


 しかし、これは本当に難事だ。ただでさえ複雑極まりない三勢力の折衝の中で、情報のパズルを組み合わせ未知のピースを見つけ出さなければならない。


「では先ほどに加え、騎士団長はグリュンダーグとの連携の模索に。レキウスは黒幕の調査に勤めるように」


 王がすべての方針を承認した。つまり、俺の役目は協議の達成の為の協議自体に加え、料理、そして黒幕を見つけ出すための情報収集か。


 やることが多すぎるぞ。これじゃ肝心の錬金術の研究はどうなるんだ。


 俺が顔を上げると、同じくメモから目を離したアメリアと目が合った。彼女は明らかに困惑の表情でこちらを見る。これは彼女にはお目付け役以上の役目をお願いするしかないな。

2021年1月31日:

次の投稿は来週日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アメリア様、次期リューゼリオンの文官長の秘書か 王妃の秘書の様な立ち位置で、君臨するかな? 婚期逃さないでね。 カインはダメよ、相手は決まってるから レキウスもダメ、解ってるね怖いお姫様達…
[良い点] 「彼女にはお目付け役以上の役目をお願いするしかないな」 これは大変なことになりますね(確信) [一言] 土竜君の割を食っていたカイン君もエンジンかかってきた感じが凄くいいです。いいぞもっと…
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 他の方が指摘してる部分に関しては「基本(的に何かあれば)対応(という受け身)の姿勢」という意味で捉えましたが、確かに分かりづらいと思います
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