#1話 会議の為の会議
#1話 会議の為の会議
「………………お待たせしました」
俺が文官長室の扉を開ける。既に待っていた文官長とアメリア、所属する組織のトップとその秘書を務めるエリート、は無言でテーブルを指した。
配置は正面に文官長その横にアメリア。俺が二人に向かい合う形だ。隣が開いているので持ってきた資料をそこに置いてから座る。
しかし、雰囲気がどうにも厳しいな。事前に伝えられている内容からこれから始まる話し合いの議題が極めて大きく、困難なことは分かっている。ただ、上位者二人と向かいあっていると、なんだか査問会でも始まりそうな雰囲気だ。誰の?
「遅れた理由は?」
「そもそも私は護民騎士団に出向中の身でして……。あいにく森に出ておりました為です」
アメリアの質問に嘘偽りなく答える。
魔力結晶合成の為の材料、魔晶塩が切れそうだったのでリーディアと一緒に採取にいったのだ。俺が付いていったのは資源の状況を把握するためと、魔晶塩にも種類があるのではないかという期待からだ。まあ、そっちの成果はなかったのだけど。透明な魔力結晶、どうすればできるんだ。
なにより、これが俺にとっても今一番の問題であり、担当の仕事のはずだ。
ちなみに王宮では突然訪問してきたトラン王への対応で大変だったらしいということは聞いている。でも、それって俺の仕事じゃないと思うのだ。
「文官が王宮からの招集に応じられなかった理由として森に出ていたというのは斬新ですね」
「時間がない。早急に本題に入る。グンバルドとの狩猟大会に出場した“護民騎士団”の活躍により起こった事態への対処だ。もちろん、話は聞いているな」
何か言いたげなアメリアを制し、文官長が咳払いをして本題を始めた。
確かにそう言われれば今回の件は護民騎士団絡みだ。とはいえ、俺だって留守組だし。報告には十分に戸惑っている。何しろ、旧ダルムオンで複数の強力な黒い魔獣の出現。そして、その中でも特に強力なドラゴンクラスの魔獣の討伐に成功という物だ。
グンバルドとグリュンダーグという内外の対立勢力にリューゼリオン王家の力を見せるという目的としてはベストに近い形だ。
ただ、いくら予想外の事態とは言え、いや予想外の事態だからこそ、あの優秀で冷静な後輩がなんでそんな無茶なことをやったのかという疑問はある。まあ、そこら辺の事情は彼が戻ってきてから聞くしかないのだが。
「三勢力の中で最も旧ダルムオンに近く、そして位置的にもラウリスとグンバルドの中間にあるのがリューゼリオンだ。会議は我らの都市で行うことになる」
「対立する東西の都市連合を迎えての会議の運営などそもそも何をどうしていいのかすら不明ですが」
「ことは猟地丸々一つの扱いである。当然、それぞれのトップかそれに準じる人間が集まって決めることになるだろう」
「議題が議題ですから、会議がどれだけ長引くかもわかりません。それらのことすべてが開催地であるリューゼリオンにのしかかりますね」
「え、ええ、そうですね。本当に大変そうですね……」
文官長とアメリアが交互に畳みかけるように俺に向かって話す。二人に気圧されるように答えた。本当に大変だとは思う。二人には同情する。
「何を他人事のようなことを。この事態を引き起こしたあなたにはちゃんと考えがあるのでしょうね」
「え、いや、別に私が引き起こしたわけじゃないんですけど……」
これに関してはカインに言ってくれないと……。というか、こちらに報告が来た時にはなんか会議の開催自体がもう約束化されたみたいになってたんだけど、あっちで一体どんなやり取りがあったんだ?
「では、ラウリスとの同盟を成立させたのは?」
「…………」
「狩猟大会で護民騎士団が黒き竜を討ったことは、お前の作り出した魔力結晶が成したのだろう」
「いや、アレは超級魔獣との戦いを想定したものじゃ…………」
俺はそう言いかけてやめた。いつも冷静なこの二人が本当に追い詰められているのが、その目の据わり方でわかるのだ。
「確認なのですが。その重大事にここに我々文官だけということは、まずは会議の中身というよりも運営の形式を決めてしまいたいということでよろしいでしょうか」
とりあえず理不尽を受け止めた俺は質問した。二人は無言で頷いた。
案はある。ただこの案は現在の文官にとってはなじみがないものなので、まずは真っ当な文官である二人の考えを聞いてから提案するつもりだったのだ。
「ちなみに今から言うことは、少々馴染みのない形式かもしれませんが、いいでしょうか」
「「……………………」」
二人の言葉が止まった。老人と若い女性は目配せをした。そして、文官長が口を開いた。
「それが我々にとって実現可能なことならば、いいだろう」
「ああ、それに関しては問題ありません。むしろ、その為といっていい形式ですから。ええと……」
文書保管庫地下から持ち出した旧時代の資料を広げた。それは国家同士が文字通り明確な国境を接していた時代の国際会議の記録だ。
「まずやるべきことは、交渉期間の中央からトップを排除することですね」
俺の言葉に二人がぎょっとした顔になった。おっと、さっきまで読んでた資料にこもった旧時代の文官の武官に対する怨念が移っていたな。
「ちゃんと説明します。この交渉は大きく三段階に分かれます。一段階目は各勢力がそれぞれ自分たちの方針を決める段階。次に、互いの利害や立場をぶつけ合って議論する段階。最後に、議論の結果をまとめて互いに承認する段階です」
俺は二人の表情を見ながら説明する。二人とも何を当たり前のことをという顔だ。
「この中の一番時間がかかるのが真ん中、議論の段階です。仮にラウリスとグンバルドから決定権者、つまりトップかそれに準ずる人間がやってきて、議論を始められてはたまらないわけです。どれだけ長引くかわかりませんし。話し合いが決裂した時のダメージは極めて大きなものになります。ですからこの中間の段階をなるべく身の軽いもの、要するに我々の様な文官が主導することが重要なのです。それが終わったあと、最後に各トップがあつまり、まるで自分たちが今決めたようなパフォーマンスと共にサインしてめでたしめでたし、という形です」
旧時代の資料には実務者協議と、首脳会談という名前になっているやり方だ。
「この形式をとることによる運営上の利点はそれぞれの勢力のトップがリューゼリオンに集まるのは最終局面だけなので、日程その他の調整も、宿泊や歓待などの負担も最低限になります。協議段階では多少長引いても問題ありません」
俺は説明した。二人は何とも言えない顔をしている。
「もちろん、三勢力のトップが妥協できるような案を作り上げなければなりませんし、最後の最後でトップが承認を拒んだり、議論を蒸し返す危険はあります。あくまで最終決定権はトップにありますから。ただ、さっき言った通りリスクを最小限にするにはこれしかないと思います」
「言いたいことは分かる。だが、そのような形式が可能であろうか」
「実務者協議の各使節団でも責任者は騎士が務めるでしょう。ただ、両連盟には議論を円滑に進めるため、可能な限りその過程を文章化すると主張します。で、実際の交渉では我々文官がその行き来する文章を“適切”に作成してやり取りする。そんな感じで進めるしかないかと」
方針はあくまで騎士が決める。文官はあくまでそれを文章に書く。騎士がサインして初めて意味を持つ。現在だって都市管理では行われていることだ。大体、三勢力のトップが顔を突き合わせて最初から最後まで議論するなんて、そんなことに付き合わされてはたまらないのは二人が一番わかっているはずだ。
「まあ、これによってトップのメンツとか騎士の誇りとか、そういう交渉過程での邪魔ものをなるべく――「我々に運用可能な形ではあるな」「です」
俺の言葉を最後まで二人は言わせなかった。理解してくれているようで何より。
「大枠としてはこれで陛下にご報告する。会議の細部や運用に関してお前は煩わされずともよい。こちらで整える。ただし、実際の実務者協議の期間中はなるべくお前にアメリアを付けることにする。この形式でお前を野放しにしたら大変なことになりそうだ」
「「えっ?」」
文官長室に二人の声が重なった。だが、文官長は隣の部下の驚きを無視して話を進める。
「肝心のこの会議におけるリューゼリオンの目標設定だが。これに関しては護民騎士団長の帰還を待って陛下の元で改めて話し合うことになる。お前も当然参加することになるので考えをまとめておくように。では今日の話はこれで終わりだ」
文官長に何か抗議らしきことを言っているアメリアを残し、俺は部屋を出た。
この難しい会議におけるリューゼリオンの目標か。文官長の言う通り、あちらの情報が圧倒的に足りていない状態で考えられることには限界がある。
現時点でわかることは一つだけ。この会議には二つの目標を持って臨まなければならないだろうということだ。
きわめて大きな『表の目標』と、そして死活的に重要な『裏の目標』だ。
2021年1月24日:
次の投稿は来週日曜日です。