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#10話『亜竜』

 巨大なシダの葉が影を落とす広い湖。昼の太陽の下で二隻の船が湖面をかき乱していた。綱で縛った魔獣を引く二隻の魔導艇が、らせん状に湖を走っているのだ。航跡に沿って魔獣の赤い血が水面に尾を引いて沈んでいく。


 魔導艇に載っているのはカインとマリウス。二人は魔力測定器の青いリングを見ながら進路を調節していく。


 湖岸で待機する残りの八人の団員が見守るなか、やがて湖面に大きな半円形の何かが浮かび上がった。骨の間に皮膜を張った輸送船の帆のように見える。水面に現れている部分だけで魔導艇をはるかに超える大きさである。真下の水中を揺らぐ影に至っては彼らが見てきた魔獣のどれと比べてもけた違いに大きい。


「このまま地上へと誘導します」


 盛り上がりながら迫り来る水面に対してUターンしながらカインがマリウスに指示を出す。水面下の巨大な影は鼻先をかすめた獲物にひかれるように湖岸へと近づいていく。ワニのようなその形が岸からも見えるようになる。


 砂の岸辺に二台の魔導艇が乗り上げたのと、巨大な顎が水面に現れたのは同時だった。水中にいた時から見えた背中の帆は背骨から伸びた突起によって出来ていたようだ。巨大な体が滝のような水の滴りと共に持ち上げられる。


 ワニのような長い顔の口にはノコギリの様な歯が並び、目の後ろから喉元に懸けて血のように赤い模様が見える。水棲魔獣とは思えないほど太くたくましい後肢。足に比べてアンバランスに見えるほど小さな前肢には三本の鋭い鉤爪が付いている。


 岸に掛かったシダの巨木よりも高いところにある目がエサの群れを見下ろした。魔獣は彼らをものともせず魔導艇から岸に放り出された大猪を口にくわえると、そのまま丸のみにした。


 湖の王(デウルス・スピノラス)。亜竜の呼称を持つ上級魔獣であり、強力な魔獣が数多く生息している旧ダルムオンでも最強と言われた魔獣である。いや、その巨大な姿は魔獣というよりももはや怪物と呼ぶにふさわしい。


 二本の後肢で持ち上がった巨体から覆いかぶさるような魔力圧を受けた団員たちは思わず後退さった。


「三分隊に分かれてください。第一、第二、第三の順番で波状攻撃をかけます。狙いは右後ろ脚。相手が巨大だからこそセオリー通りに行きます」


 リーダーの冷静な指示に、団員たちはすぐに三人一組を作り、団長の周りに三角形状に隊列を組む。三つの分隊の中央に立ったカインがハルバードを魔獣に向けると共に狩りが始まった。


(予定通りの“最大”の獲物の発見。計画の第一段階は達成ですね。ですが、これだけの魔力が地上に現れた以上、他の狩猟団も感知したはず)


 魔獣を発見しただけでは獲物としての優先権を得ることは出来ない。一番槍のルールは魔獣に有効な一撃を与えることによってはじめて成立するのだ。


 カインは先日見たヴォルデマールの狩りの様子を思い出す。グライダーを使い空から落下するようにして加えられた一撃はそれだけで中級魔獣を沈めたのだ。


 ◇  ◇


 獲物の反応を探して空を舞っていたグンバルドの将軍王子ヴォルデマールが、巨大な魔力を感じたのはちょうど昼食のために己が狩猟団と合流しようとした時だった。山地に多い赤の魔獣や密林に多い緑の魔獣と違う、珍しい青の魔力だ。それも、グンバルド連盟の全猟地を知る彼にとっても数回しか経験のない強さ。


「これほどの獲物が隠れていたとはさすが手つかずの猟地だ。まてよ、この方向……」


 魔力の発生源は集合宿泊地の北側、今朝あの十人組がそろって向かった方向ではないか。いつもと違い、全員まとまって進む護民騎士団に違和感を感じたものの、これまでのあまりの不甲斐なさに関心をなくしていたのだ。


「もしや最初からこれを目当てにしていた? だが、あの雑魚の群れがこの魔獣相手に何ができるというのか……。まあいい、リューゼリオン王家直属の手並みを拝見できるのだからな」


 ヴォルデマールはグライダーを制御、一人湖に向かった。


 同時刻、森の中でもカインたちと同じ白いマントの集団が前方に突如盛り上がるようにして現れた青い魔力を感知していた。


「ダレイオス様。前方に強大な魔力が出現しました。どうやら巨大な水棲魔獣が上陸したようです」

「これほどの魔獣ならば、我らが単独で二位に上がることができます」

「あの方向には平民上がりどもが向かっていたはずです」


 先行していたパーティーメンバーの慌しい報告。ダレイオスはいつもの通り巌のように両腕を組んで沈黙した。メンバーもわかったもので、報告を終えた後はただリーダーの言葉を待つ。


「あの男、今日から狩りが始まるといっていたな。最初からこれが標的だったということか」


 昨夜の会話。そして、リューゼリオンにおける護民騎士団の狩猟が水辺に偏っていたことを総合してダレイオスはそう結論した。


「しかし、これほどの魔獣をあの平民上がりたちが相手にできるはずが」

「そうです。今頃は慌てて逃げだしているのでは?」

「いずれにせよ行けばわかる。仮にあ奴らが逃げるなら我らが獲物とすればよし」


 ダレイオスは湖の方向に向かうように指示をした。


 ◇  ◇


「全員散開」


 砂浜に複数の水柱が立ち、大量の泥が周囲全てに飛び散った。


 巨大な水球が次々と打ち出され、楕円形の回転する水圧が砂浜を抉る。湖のデウルス・スピノラスが上級魔獣の特徴である魔力を使った攻撃を行ったのだ。


 降り注ぐ泥の中でいくつもの光が発生した。攻撃を受けた団員が並列型の魔力結晶マガジンの力で身を守ったのだ。カインの指示が早かったため巻き込まれたのは三人。砂地に転がった団員はすぐに三人一組の分隊を形成する。


 分隊は赤、青、緑の三色を扱う騎士を組にしているため、攻撃、牽制、防御のバランスが取れている。そして、分隊同士が目まぐるしくその位置と役割を変える。


 いわば、狩猟団で作られた狩猟団、これが出発のぎりぎりまで訓練した騎士団の戦法だ。そして現在の所、団員たちはその訓練に忠実に集団行動を維持している。巨大で強大な魔獣相手に健闘といっていい。


 だが、善戦する部下たちの中心にあって、カインの内心には焦りが溜まってきていた。


(このままではじり貧ですね)


 いまだ有効打は与えていないのだ。というよりも近づくことができない。水による攻撃だけではない、巨大な魔獣の体で辛うじて届くのが後ろ足だ。基本己よりも大きな相手と戦う魔獣狩猟のセオリーである。だが、二本足で陸鳥の様な前傾姿勢を取るこの魔獣の場合、内側に入り込むためには巨大な顎と、前足の鋭い爪を掻い潜る必要がある。


 おかげで団の中央で決定力としての役割を果たすカインがいまだ動けていない。


 このまま魔力結晶マガジンを失い続ければ遠からず撤退するしかない。この四日間の全ての時間と、大量の魔力結晶が失われ、最終日でも何もできなくなるだろう。つまり、リューゼリオン王家が国内外において醜態をさらすという結果が確定する。


 しかも、空中と地上から自分たちよりもはるかに強い魔力をもった騎士が近づいてくる。空中の反応は間違いなくヴォルデマールだ。カインは湖の際をちらっと見てから、指示を下す。


「直列隊形で行きます。全員が防御を固めつつ前進。私が魔獣の後ろに回るまで何とか引き付けてください」


 カインの前に三つの分隊がまっすぐ並ぶ。“獲物”が固まったのを見て、魔獣は大きく口を開き、前足の鉤爪を振りかざした。団員たちの攻撃を薙ぎ払う。第一分隊でカバー役の緑が吹き飛ばされる。辛うじてそれを突破した第二分隊が、魔獣の背後から飛んできた長い尾によって弾き飛ばされた。


 部下たちの奮闘の側面をカインは一人全力で湖に向かって走る。魔導艇を蹴り出すようにして乗り込み、湖面を急旋回して泥が舞い散る狩り場の後方に回り込む。


 そして、魔導艇のエンジンを高速回転させ、まっすぐに水上を走った。


 彼がハルバードを振り上げたのと、第三分隊の攻撃が当たったのは同時だった。


 次の瞬間、カインのハルバードが亜竜の後ろ脚を深くえぐった。訓練でも一度もなかった完璧な連携だった。


 グオォオォォォォォーーーーーーん


 魔獣の叫び声と共に、大量の血が彼の半身を濡らした。


「残りのマガジンを使って集中攻撃。標的は右後肢に集中。魔獣の体を倒すことに専念してください」


 右後ろ脚に魔力結晶で強化された団員の攻撃が集中する。一つ一つの攻撃は直列型の魔力結晶を用いてなお心もとない。だが、それが繰り返されるにつれ衝撃で出血が増え、鱗の破片が飛び散り始めた。たたらを踏んだ魔獣が湖に向かって方向を変える。


 だが、その時にはカインが再度魔導艇に乗り込み、背後に回り込んでいた。


 足を引きずって己がテリトリーに逃げ込もうとする魔獣の左足が、カインの前に無防備な姿をさらした。カインが左足に向かってハルバードを構え、とっておきの魔力結晶を握り込んだ。


 その時、彼は魔導艇に備え付けていた魔力測定器の異常な反応に気が付いた。


 湖の正反対、北側にある森に白い魔力の反応が現れたのだ。森の中をあり得ないスピードで駆けている。しかも、白だけでなくそれに上乗せされるように、青と緑の魔力が入れ替わるように増減している。そして、突然赤い魔力が弾けたと思った次の瞬間、深い森から細長い物体が射出された。


 森の中から飛び出した黒い飛翔体、それは投槍のように見えた。先端に黒い穂先の付いたその槍は、青い魔力に導かれるように魔獣の背中に進路を取り、赤い魔力をはじけさせ直進し、湖の王の背中に突き刺さった。


(複合魔術の狩猟器!?)


 オォォォォォン、オオォォォォン!!


 湖に響き渡る鳴き声と共に、亜竜の体が黒くなっていく。まるで地面の魔力を吸い上げるように先ほどまでとは比較にならない巨大な魔力が魔獣に集まっていく。


 そのまがまがしい黒い魔力は、彼が卒業する前の悲劇を思い出させた。


 下級魔獣にすぎない魔猿の群れに、他の学生たちは元より彼も苦戦したあの合同演習だ。


 あの時の黒い魔猿は中級魔獣に迫る力を発揮した。ならば元々上級魔獣の中でも強力な種であったこの怪物デウルス・スピノラスに同じことが起きたとしたら…………。


 黒い炎のように全身に魔力をまとった巨体がゆっくりと上体を起こした。さっきまで庇っていた足で地面を踏みしめ、狂ったような眼光がカインを見下ろした。


「つまり、超級魔獣ドラゴンクラスということですか」


 すべての計画が一瞬でついえ、同時に出現したあまりに巨大で危険な予想外。カインは愕然とそうつぶやいた。

2020年12月27日:

第六章最終話は年明け1月3日の予定です。

それでは皆さん良いお年を。

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― 新着の感想 ―
[一言] ええー、ここで「良いお年を」 しかも前話のあとがきによれば、次の一話でこの章完結。 公開が待ち遠しいです。
[一言] ここで年内終了となw 来年早々カイン大勝利!があるといいですね ちょっと難しそうだけど
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