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#9話 『赤と青の地図』

 狩猟大会の集合宿泊地の西側には小さな湖に流れ込む河がある。そこには河原を進む三人の騎士がいた。左右を警戒する二人と魔力測定器を持つ中央の一人。護民騎士団の第二分隊だ。


 三人は湖の周囲を回ると、中央の一人が懐の革袋から小さな結晶を取り出す。それを指で押しつぶすようにすると、手の魔力測定器が一瞬だけ回転した。小さくて鋭い魔力が発生したのだ。


 やがて、波音と共に高速移動する小舟が彼らの元にやってきた。魔導艇に乘った副官マリウスが彼らの前に到着する。団員がマリウスに測定結果を渡し、次のポイントがマリウスにより伝達された。やり取りが終わると第二分隊の三人は河を離れ山の方に向かった。一方、マリウスの魔導艇は丘の正反対を進む第三分隊に向かい、同じように情報を交換する。


 東西の分隊をつなぐ線の真ん中から北に線を伸ばした場所、大きな湖の近くに、残りの三人が魔導艇と共に待機していた。団長であるカインを中心とした第一分隊だ。湖に注ぎ込む河の横に船を止め、カインは大地図を両手に広げ情報の集積をしていた。ちょうどその時、もう一艘の魔導艇が止まり、飛び降りるようにして団長の前にマリウスが来た。


「なるほど。地脈はあちらにそれていましたか。となると、どうやらこの先の湖は外れですね。では、次の調査ポイントですが魔力の流れを考えると……」


 副官の報告を聞いたカインは、地図に記した線を修正する。次のポイントを指示する。だが、副官は動かない。


「どうしました」

「…………あの、実は団員の間に不安が出ていて。さっきも第三分隊がクジラの反応を見逃すことになりましたから。また今晩もああいう形の夕食になるのかと……」

「なるほど。確かにこれがある今なら手頃な獲物かもしれませんね」


 恐る恐る進言する部下に、カインは自分の首元を指さして言った。宿泊地では他都市の精鋭騎士の力に圧倒されているが、森の中で自分たちだけになるとそういう“不満”が出てくるのはおかしくない。大量の魔力結晶を手にしているのだからなおさらだ。


「ですが最初の計画通りに進めてください。現段階では少しでもマガジンを温存せねばなりません」

「わかりました。ですが、そろそろこの調査の目的を説明した方が……」

「ええ解っています。これが完成したらちゃんと説明しますよ」


 安心させるように言う団長の言葉に副官は頷き、駆け足で魔導艇にもどった。マリウスが河の向こうに消えた後、カインは地図を広げる。彼が団員に指示しているのは、地面の魔力の濃さの分布。つまり、地下を流れる地脈経路の探索だ。


 地脈自体は透明な魔力であり、遺産により螺旋回転を与えられていない状態では魔力測定器でも観測できない。だが、それが地上に上がるに従い、魔力を吸収する植物などの影響で地面自身からの魔力の濃淡として検出することは可能なのだ。


 いや、正確に言えば、その程度の間接的で微小な魔力の差を客観的数字として検出できるのが魔力測定器だ。これまでの調査で、集合宿泊地の近くの地脈の流れの大まかな地図が完成していた。


 強力な魔獣は地脈の強さに影響を受けている。つまり、地脈の位置が分かれば強力な魔獣の出現場所を予測できることになる。もちろん通常ならば魔獣そのものの魔力を探った方が早くて確実だ。魔獣は移動するのだし、ましてやグンバルドのグライダーの探索力に勝てるはずがない。


 だからこそカインがターゲットにしているのはそれら地脈と地形の関係だ。


 感知しにくい水中の魔獣を検出可能な測定器に、風や水の流れに頼らず水上を高速で移動できる魔導艇、さらにパーティーの十人という数。そして、旧ダルムオンの隣国として、僅かに存在する昔の魔獣素材の取引の記録。


 これらすべての優位性をかき集めることで自分たちが有利を得られるターゲットの絞り込みの為、一日目や二日目は最初から捨てているのだ。


 ただし、彼自身に万全の自信があるわけではない。こういった緻密な計画自体は彼の流儀ではあるが、狙う獲物の希少性を考えると危険な賭けでもあるのだ。それは、彼が本来好まないやり方だ。


「では、我々は次の湖に向かいます。ちなみに、これまでで周囲に変ったことはありませんか?」

「あ、はい。気のせいかもしれませんけど。グンバルドのべラスって都市の代表ですか、そいつらを近くで見ることが多くて……」

「四位の都市ですか……。大会という形をとっているとはいえグンバルドは何をしてくるのかわかりません。特に、魔導艇はターゲットになりえます。近づかないように警戒しましょう」


 魔導艇はラウリスから条件付きで提供されたものだ。これを失うことはラウリスとの信用問題になりうる。うがった見方をすれば両者の同盟が邪魔なグンバルドにとっては狙い目になる。


 …………


 三日目の夜になっていた。狩猟大会の集合地中央には一枚のボードが設置されていた。ボードの前にはこれまで狩りで取られた魔力結晶がチームごとに並べられていた。


 第一位はグンバルドの狩猟団だ。ヴォルデマールのグライダーにより強力な魔獣を毎日のように発見、上級魔獣を容易に狩り取るその実力も相まって、得点箱には緑や赤の大きな魔力結晶が並ぶ。さながら宝石箱だ。


 第二位に並ぶのがグンバルド連盟の第二都市バレイドとグリュンダーグだ。そして第三位、第四位と連盟の都市が続き、そして……。


「出発前の大口はどうした。十人もの人数で、しかもこれほど豊かな猟場で成果なし。魔獣から逃げていると思われても文句は言えんぞ」


 リューゼリオンの代表のリーダー同士が対峙していた。健闘しているダレイオスに対し、三日目も護民騎士団の点数は0のままだ。最下位ではなく、一匹の獲物も狩れていないのだ。


 三十年間まともに狩りが行われていなかったダルムオンには大物がひしめいているにも関わらずである。潜在的な敵といえるダレイオスが苛立つほどの体たらくである。


「我々の本番は明日からです」

「この三日でめぼしい獲物が狩られたこの状態でやっと本番だと」

「はい。私の考えるとっておきの獲物がまだ残っていますから」

「…………その獲物とやらぜひ見たいものだな」


 ダレイオスが去ると、カインは団員の元に向かった。


 団員の表情を確認する。今日もパンだけを食べる団員たちの表情は一様に暗い。そんな部下たちの前に、彼は自分の作った地図を全員の前に広げた。地図には青と赤の線が複数書き込まれている。


「では、明日の“狩り”について方針を説明します」

「い、いよいよですか」

「まず最初に言わなければならないのですが、この大会我々に勝利はありません」


 狩りという言葉に希望を見出そうとした団員たちは、膝から崩れそうになる。騎士としては下の下の彼らにとって今回の大会はまごうことなき晴れ舞台だ。だが、この三日間というものリューゼリオンにいた時と同じような、いやそれ以上の軽蔑の目にさらされ、己が力のなさを思い知らされていたのだ。


 それでも彼らが耐え続けたのは、ひとえに自分たちのリーダーに対する信頼である。それが今まさに当人の口から否定されたのだ。


「すいません。少し先走りすぎましたね。私の言いたかったことは、我われはあくまで“騎士団”であり狩猟団パーティーではないということです。狩猟団の仕組みに合わせたこの大会のルールに合わせても力は発揮できません」

「確かにそうですが、でも、じゃあ何をするんですか?」


 大会に参加しておきながら、大会そのものを否定するような言葉に戸惑う団員。それを代表してマリウスが質問した。


「まずは、この三日間皆に調査に徹してもらった結果をまとめましょう。この地図を見てください。注目すべきはこの二つの地脈です」


 カインが指さしたのは団員総出で作り上げた地脈の経路だ。青が水系、つまり河と湖を示し、赤が地脈の流れだ。そして、カインの指先には二本の赤い線が、青い湖の中心で交差していた。


「この湖には二つの地脈が地下で交わっている。極めて豊富な魔力が存在するのです。そして、このような濃い魔力の存在する場所には、それに相応する強力な魔獣が巣くう可能性が高い」


 カインは地図の上に一枚の古いスケッチを出した。そこには湖から上がってくる帆のような背びれを持つ魔獣が描かれていた。その巨大さは、魔獣が口にくわえた水棲魔獣との比較でわかる。


「これが我々のターゲットです。この魔獣はダルムオンでもめったに見られない種、亜竜と呼ばれていたという強大な種です。そしてこれが本日、この湖の岸辺で見つけたこの魔獣の痕跡です」


 カインが魔獣の横に並べたのは湖の岸辺についた足跡と尾を引きずった痕跡だった。


「この大会で狩られた魔獣の中で最大の獲物を我々騎士団の十人という組織力を使って狩り取る。これが我々の方針です。言い換えれば得点の多さではなく大きさということですね」

「つまり、こいつ一匹にすべてをぶつけるためにマガジンを温存していたということですね」

「その通りです。もちろん、それでも強力な相手です。我々がこれまで戦った魔獣とは桁が違うでしょう。ですが、水辺での戦いは我々のもっとも得意とするところでもあります」


 カインの言葉を聞く団員の間に理解が広がっていく。この大会のルールに縛られず、護民騎士団の組織力を示すためには絶好の獲物だ。


 つまり、これは彼らにしかできない狩りだ。団員たちの目に光が戻った。


「いよいよ明日、我々の狩りが始まります。あのボードの下に一番大きな魔力結晶を一つ置く。それが我々にとっての勝利の形です」


 顔を上げた部下たちにカインは力強く言い切った。


 …………


 深夜、夜番の二人が魔力測定器を手にテントの周囲を回っていた。彼らの話題はもちろん明日の狩りについてだ。


「あの考え抜かれた計画みたかよ。やっぱりあの人についていけば間違いないぜ」

「ああ、だけどこんなスゲー考えがあるなら最初から言ってくれてもよかったのにな」

「まあ確かにずいぶんと気をもまされたけど…………。ちょっとまて、今おかしな反応がなかったか?」


 魔力測定器の三つのリングが同時に振動したのを見て、団員の一人が言った。


「異なる色の魔獣がたまたま近づいたんじゃないか? ほら、青が、それに緑もだ」

「なんだ、たまたま重なっただけか。驚かせやがって。それよりも明日だ。これまで俺たちを馬鹿にしていた奴らに目にもの見せてやらないとな」


 団員たちは深夜の暗い森に向かって気勢を上げた。

2020年12月20日:

次の投稿は来週日曜日です。

六章はあと二話くらいで完了です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最悪の魔獣が、いま出現するのか? レキウスは、間に合うか? 今夕、今年最後の更新だよな 連投して終わらせるかな? と言うか、終われるか?
[良い点] レキウスの登場シーンは 有るのだろうか?
[一言] 更新ありがとうございます。 カインはうまい落としどころ見つけましたね。護民騎士団の得手を生かしつつ大物を狩り、それでいて大物は人数を掛けた、組織力で力押ししたので狩れた、といったカバーストー…
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