表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狩猟騎士の右筆 ~魔術を使えない文官は世界で唯一の錬金術士?~  作者: のらふくろう
第六章『狩猟大会』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

132/184

#8話 大会開始

 暗い森に囲まれた小さな丘は、その上にある多くの炎で夜空を焦がしていた。焚火の数は六つ。それぞれの焚火の周囲は白い服を着た集団が囲んでいる。


 ここはかつてダルムオンと呼ばれた都市の猟地。その中央から少し南にずれた場所だ。平らにならされた形状からわかるように三十年前までは狩猟の拠点だった。崩れた石の壁や獲物の集積庫の跡らしき朽ちた木の柱が往時をしのばせる。


 だが現在そこを使っているのは別の都市の騎士(よそもの)達である。


 焚火の数と同じ六つの狩猟団パーティーが狩猟の力を競うために陣取っているのだ。彼らは白い狩猟衣の上に纏ったマントによって多数派と少数派に分けられる。多数派は全部で四パーティー。そのマントは襟が高く、魔獣の毛皮や羽により色鮮やかに飾られている。


 己が狩った最大の獲物の毛皮をマントに誇示する流儀は西方の都市連盟グンバルドのものである。


 少数派の組は白いマントに己が色で家紋を描いただけのシンプルなもの。ここから南の都市、リューゼリオンの騎士たちだ。騎士院を代表するグリュンダーグ家のパーティーと、王家直属の護民騎士団のパーティーという構図である。ちなみにグリュンダーグは両手を広げた熊の意匠、護民騎士団はリューゼリオン王家の竜の紋を簡略化したものだ。


 よく見ると、前者のマントがおろしたてのように真っ白なのに対し、後者のそれはほころびが目立つという差がある。


 衣装の流儀は違う狩猟者たちだが、焚火で焼かれた今日の獲物を堪能しているという意味では共通だ。


 人間の背丈を超える湾曲した牙を持つマンモス。大木ほどもある石皮山椒魚バジリスクなどの巨大な魔獣が解体され、最も味の良い部分だけが騎士たちの腹に次々と飲み込まれる。


 ひときわ目を引くのは反り返った襟のようなものがある頭部と、耳の位置から生えた犀の如き太い二本の角が特徴的な、鳥の嘴のような口を持つ魔獣だ。鳥角竜《トリケラ―ドロス》という魔獣で、グンバルドの森の中にしか見られない。強力な上級魔獣に分類される。今日の一番の獲物だろう。


 要するに、彼らは狩猟大会の一日目を終え、その成果で晩餐中というわけだ。獲物にかぶりつくその姿は狩猟者としての騎士のあり様に都市の違いなどないと言わんばかりだ。


 ただし例外がある。


 鳥角竜を囲む一団から一人の一際立派な騎士が立ち上がり、その例外“集団”の元に向かった。狩猟団の中で最大人数でありながら、もっとも寂しい晩餐をしている一団だ。


 グンバルドの将軍ヴォルデマールは目の前の光景に顔をしかめた。十人近い騎士が得体のしれない茶色い物体を食べている。もそもそと口を動かすその様はまるで騎士の食事には見えない。


 無論狩りは水ものであるからして、彼とて時に保存食で腹を満たすことはある。


 だが、目の前の集団の構成員の魔力は本当に騎士かと疑うほどだ。これでは十人いても二十人いてもまともな魔獣には歯が立たないはずなのだ。最初にこの集団を見た時はリューゼリオンのもう一つの参加パーティーであるグリュンダーグの従者集団かと思ったほどだ。


 ところが、この人数だけの集団こそがリューゼリオン王家の派遣したチームなのだ。つまり、彼がわざわざこの大会を開いて知ろうとした情報収集対象である。


 実際、ヴォルデマールは今日のこの集団の動きを空から観察している。自分がリーダーを務める狩猟団に発見した大物の位置を伝えた後、自身は狩りに参加せずに上空から動向を探ったのだ。だが彼らは三人ごとに組を作り、広い範囲に散らばっているだけ。


 広範囲に散らばっているにもかかわらず、何らかの統制は取れているように見えたが、肝心の狩りをしていないのではどうしようもない。実際、上から見ても魔力をほとんど用いていない。


 あとは、全員が首からじゃらじゃらと何か架けているのは何だろうか。


 ヴォルデマールは少し離れたところで紙束を手にした男の所へ行った。一人だけ何とか見るべき力の持ち主で、この狩猟団とはいいがたい集団のリーダーだ。


「そんなものでは力が出るまい。こちらの肉を分けてもいいぞ。どうせグンバルドまでは持ち帰れぬからな」


 彼の接近に気が付き、柔和な笑みを浮かべた緑髪の優男にヴォルデマールは言った。持った串でこれ見よがしに自陣の焚火を指す。ちなみに、狩りの場で騎士が騎士に一方的に肉を施すというのは侮辱である。


「それはありがたい、といいたいところですが、我々にはこの通り持ち込んだ食料がありますので」


 カインは団員と同じ茶色い食べ物を掌に載せた。どうやら中に乳椰子の果汁を固めたもの(チーズ)が入っているようだ。採取産物だけの粗末な食事には変わりない。


「まさか五日間、そのような食い物だけ食べて過ごすつもりではないだろうな」

「とんでもない。せっかく招待いただいたのですから。我々としても“普段はあまりできない”狩りに励むつもりです」

「ほう。狩りをする気はあるというわけか。主催者として安心したぞ。あるいは点数さえなければ割っても変わらぬという手かと思った」


 わざわざ聞こえるように言ってみる。


「いえいえ、我々にとってはこの十人が最高の形なのですよ。流儀の違いですね」


 どれだけ挑発しても全く手ごたえがない。グンバルドの騎士にこのようなことを言えば、狩猟大会と同じルールでの『決闘』となるだろう。相手が将軍であっても関係なくだ。


 リューゼリオン王家が戦力を隠すためのおとりを送り出した。情報収集という意味では面白くないが、目の前の男一人がいわばお目付け役で、本当の戦力だというのが最も納得がいく解釈だ。仮にこの男が五人いれば、それなりの力だろう。


 何の成果もなかったとはいえ慣れぬ猟地で十人という大集団を統率するという仕事ぶりから考えるに、リーダーとしての資質も低いとは思えない。


 だが一方、この集団はラウリスの魔導艇、遺産を二隻も擁してこの場に現れている。


 今日の狩り? でもその二隻は縦横に河を走行していた。


「これがリューゼリオン王家の最高か。もしそれが真なら、ここではなくもっと南で狩りをするのもそう遠くないな」


 かなり危険な冗談にも相手の表情が崩れない。ヴォルデマールは踵を返した。狩りはあと四日ある。いずれ尻尾を掴めるだろう。それが存在するのならばではあるが。


 ◇  ◇


 黄金獅子のたてがみに縁どられたマントを翻してグンバルドの将軍が去るや、護民騎士団員は全員がカインの周りに集まった。九人は不安げな目で周囲の焚火を見る。あまりに力の違う相手に囲まれることで委縮しているのだ。


「ここは私たちにとっては未知の猟地なのですから、まずは前準備が大事です。そういう意味では今日は順調です。心配いりませんよ」


 カインは手に持った紙の束をパンと叩いて、部下たちにヴォルデマールに見せたのと同じような笑みを示す。信頼するリーダーの自信ありげな態度に団員たちは落ち着きを取り戻し始める。


「そうだ、我々は団長の方針に従って動くのみだ。これまでもそうだったじゃないか」


 副官のマリウスが一同を代表するように言った。団員の表情に落ち着きが戻ってくる。


「明日に備えてそろそろ休みましょう。夜の警戒は出発前に定めたシフトに従ってください。騎士がこれだけ集まる場所にめったなことはないでしょうが、この通り見渡しの良い場所です。例の反応が出た時は最優先で知らせてください」


 カインはそういうと自分のテントに向かった。その揺るがぬ背中を見て、頷き合った団員たちは指示通りに自分たちのテントにもどり始める。


 …………


 団長用のテントの中に入ったカインは天井から釣り下がったランタンに光をともした。光の角度のせいか落ちくぼんで見える瞳にテント内側にびっしりと張り付けられた紙が映った。彼は手に持った今日の成果を順番に布に貼り付けると資料を捲り始める。資料は今回選抜した護民騎士団員の特徴、そしてダルムオンが滅びる前にリューゼリオンにもたらされていた交易産物から推測される魔獣などだ。


 視界を覆う大量の紙にせわし気に目を走らせながら、膨大で複雑な情報を黙々と整理していく。


「計画に現状齟齬はなし。順調です。初日の得点がゼロであることは想定内」


 まるで自分に言い聞かせるように、先ほど団員に告げた言葉をつぶやく。誰も見ていないこのテントの中で、表情はかたくなに隠されたままだが。


 地図に点を打ち続けるその動作をリューゼリオンにいる錬金術士が見たら、まるで水車の歯車に繋がっているようだというかもしれない。


 一方、その錬金術士の意見に反する形で己が作り上げた十人というチームを率いることを選んだ後輩は、ただ黙々と作業を進める。事前に考え抜いた彼の計画書に従って。


 まるでそれだけが彼の依るすべのように。


「北西、北東はクリア。明日は南西と南東を押さえる。計画通りに一つ一つすすめるだけだ」


 カインは情報を集約した地図を見て呟いた。そこにはダルムオンの水路系と、それを横切る幾筋かの線が描かれていた。

2020年12月13日:

来週の投稿は日曜日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] んん? 魔導艇2隻は護民騎士団で運用した。グリュンダーグには貸していない。 レキウスやリーディア、シフィも来てるのかな?どうなんだろう? [一言] レキウスにおんぶに抱っこの現状は嫌だ…
[良い点] 二隻の魔道艇は、 護民兵団で、運用してたのか? レキウスとその仲間は、どうした。
[一言] 功績上げる事に焦っている気がする。 先輩に頼らない自分だけの功績を求めるのは良いんだけど、それを自覚していないのはまずい気がする。 カイン君、悪いループに入らないといいけど。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ