#7話 マガジン
いつも通り地下にいた俺は出来上がったばかりの試作品をポケットに入れた。そして既に完成している試供品の入った袋と、用紙を手に部屋を出る。
ガチャガチャと音を立てて階段を二つ上がり、本部二階の会議室に入った。
会議室には団長カインと副官のマリウス、そして団員が八人座って居た。いつもの柔和な表情のカイン以外は、どこか険のある視線を俺に向けている。席についた俺は隣の椅子に袋を置くと、まず挨拶する。
「お待たせしたようで申し訳ございません」
文官が騎士を待たせて最後に登場はあれだったな。どうも俺は地下で何かよく分からないことをしている人間、という認識をされているようだし。
「それで、我々は何のために集められたんでしょうか」
「それは今から先輩が説明してくれます」
副官であるマリウスの質問に、カインが当たり前のように答えた。
説明は俺がした方がいいと言ったのはカインだ。根回しに抜かりのないはずの彼が事前に何も伝えていないのか? 俺には今日集まる団員の魔力の色や強さの目安も教えているのに。ちなみにここにいる団員は二十人の中で上位の半分だ。
まあ、周到なカインのことだ、何か考えがあるのだろう。
「今回は団員の皆さんに、見ていただきたいものがあります」
そういって懐から取り出したのは、魔導金属の板で樹脂を挟んだものだ。ちなみに、一つの大きさは親指程度で数は十個。色の分配は参加者に合わせてある。
「これは今度の狩猟大会のために用意した騎士団の装備です。皆さんご存知の魔力結晶ですね」
カインに説明した時には「見たことが無い」と言われてしまったので、最初に使用目的と物が何かを告げた。だが、返ってきたのは沈黙と、文官は魔力結晶が何かも知らないのかという顔だ。
古の錬金術士が鉛を取り出して、これは金ですと言ったらこんな感じの反応になるかもしれないな。だが、金と違って実用的なので試してもらうことができる。
「実際に使っていただきましょう。表面にある魔力触媒の色が結晶の色ですから、自分の色を取ってください」
魔力結晶? をカインが受け取ると、他の団員も自分の色を手に取る。
「使い方ですが、こんな風に魔導金属を押すようにしながら魔力を引き出してください」
俺は親指と人差し指で金属板を押しつぶすようにした。もちろん、魔力は出ない。
団員は半信半疑のままだ。カインは黙って自分の手にあるそれを指の間で押す。綺麗な緑の光が発生した。驚いた顔でそれを見た団員たちは、次々に“団長”をまねる。三色の光が混ざり、部屋が明るくなった。
「本当に魔力結晶だ」
「魔力量は下級魔獣のよりましぐらいだが、妙に質がいい」
「でもなんでわざわざこんな形にしてるんだ?」
ざわつく団員の目が俺に集まる。
「実は中身はこうなっています」
魔導金属をはがすと、中には縦横五つ、計二十五の穴の中に一粒づつの“合成”魔力結晶が入っている。
結晶はあらかじめ大きさをふるい分け、方向をそろえ、ゴムの厚さを段階的に調整している。発想のもとになった腸詰に例えると、ゴムが繋ぎで魔導金属が皮と言ったところか。
力を籠めるとゴムが収縮し、中の魔力結晶が魔導金属に接する仕組みだ。小さな魔力結晶は、ただ使おうと思うと魔力発生のタイミングや方向がバラバラになってしまう。方向をそろえ、魔導金属をバッファーとしても用いることでそれを解決した。
だが、このせっかくの工夫に団員たちは拍子抜けしたような顔になっている。
「何かと思ったら、せっかくの魔力結晶を砕いてまでこんなものを作って何の意味があるんだ。今の茶番で十個の魔力結晶がなくなったことになるぞ。小さいものとはいえ貴重だとわかっているのか」
マリウスが怒気を含んだ声で言った。騎士団は魔力結晶を共同管理している。彼らにとっては貴重な命綱だ。
早く試してもらうことに意識が行って、肝心なことを説明していなかったな。俺はゴムから正八面体の一粒を取り出した。そして、シャーレに入ったままの結晶を横に並べる。
「今のは魔力結晶を砕いたものではありません。最初からこのサイズの結晶なのです。では、次の疑問はこんな小さな魔力結晶をどんな魔獣からとったのかとなると思うのであらかじめ説明しますが、これは魔獣からとられた魔力結晶ではありません。王宮地下の地脈の魔力を用いて合成したものです」
俺の説明に、場は騒然となった。
「魔力結晶を作った?」
「そんなことができるわけがないだろう。団長、さっきからこの男は何を……」
混乱する団員たちは得体のしれない文官ではなく、信頼するリーダーを見る。
「この魔力結晶のそろった形。それに結晶内に通常見える層状の模様がないのが分かるでしょう。容量は小さいのに魔力の引き出しがスムーズなのはそのためですね。つまり、これは森ではなく人の手によって作られたものなのです」
カインが言った。団員は顔を見合わせた後、俺が回したシャーレを確認していく。この団長への信頼と錬金術士のそれの差よ。最初からカインが説明してくれた方がよかったんじゃないか。
「……それで、狩猟大会の為と言ったが、これはどれくらい揃うんだ」
何かを押し殺すような声で副官が聞いてきた。重要なポイントだ。俺は隣の椅子に置いた袋を持ち上げ、机の上に空けた。ガラガラという音と共に、五十個の合成魔力結晶が積み上がった。
「大体ここにある分が一晩で作れる量です。狩猟大会への出発までにここにいる一人当たり五十個くらいはそろうでしょうか。確か大会は五日間でしたよね。一日一人十個くらいは使える数をそろえたいと思っています」
原料である色素は魔獣の血から大量にとれるし、主材料の魔力塩はあれからリーディア達が何カ所も場所を見つけている。そして魔力は地脈から、事実上無尽蔵だ。
「数が多いのでこういう風に紐でまとめようと思っています。実際に使う時はこれを首から掛けて一本ずつ引き抜いていくのはどうでしょう。冊子と名付けました」
俺は魔力結晶の両端を紐で縛った物を首から掛けた。本の冊子の構造を応用した。これに関してはレイラの発想だ。本来、魔力結晶はバンバン使うものではないので、この手の工夫があった方がいい。
「皆さんにお尋ねしたいのは実際に使う場合の容量ですね。今試していただいた量はどうでしょう?」
実際に使う彼らに聞くしかない。何しろ俺の周りにいるのは騎士としては優秀すぎる人間ばかりだ。
「…………そ、そうだ。肝心なのは使えるかだ。数があるのは分かった。だが、守りに使うのならともかく、この出力じゃあ足りない術式が多い。強力な魔獣の守りを突破するには、そういった術式が必要だ」
机の上に積み上がった魔力結晶を恐ろしいものを見るような目で見ていた、マリウスが言った。さすがカインから副官に選ばれただけのことはある。さっきから指摘が的確だ。
騎士が狩りで纏う狩猟用のコートは裏に魔導金属でラインが裏打ちされていて、魔獣の攻撃がかわせない場合はここに魔力を通す。この場合、持続力が必要だ。一方、狩猟器を使った攻撃をブーストするときは最大出力が物を言う。
「確かに今お渡ししたものは決定力としては弱いでしょう。だから、もう一種類用意しました」
さっき作り上げたばかりの試作品を机の上に置いた。魔導金属でゴムを挟んでいる構造は変わらないが、これは縦に長い。中には魔力結晶がまっすぐ並んでいる。さっきのが並列なら、こっちは直列だ。
「これに関しては出来上がったばかりで数が少ないので、お一人だけ試してください」
「……」
カインに促されてマリウスが代表して手に取る。さっきの数倍の光が、閃光のように一瞬だけ煌めく。ちなみにマリウスは青色だ。
「どうですか。一瞬ですが先ほどの横型に比べて最大瞬間で三倍くらいの魔力量になります」
「…………あ、ああ。そ、そうだな。こ、これならなんとかなる、だろう…………」
「なるほど。基本同じ容量なのに、最初の横型が持続的な魔力供給、この縦型は瞬間的な大魔力という使い分けですね。横型が防御的、縦型が攻撃的でしょうが、用い方によっていろいろ活用できそうです」
唖然としているマリウスに代わってカインが言った。さっき出来たばかりで中身を見せていないのに、入っている合成魔力結晶の数が同じであることも把握したようだ。
いつも通りの的確な理解なので俺の説明はいらない。
「では、これが魔力結晶であることはご理解いただけましたか? では、次に皆さんに協力していただきたいことなのですが……」
俺はあらかじめ作っておいた枠を書いた用紙を団員の前に広げて見せた。三列の表で、名前、持続型、瞬発型だ。持続時間、最大出力、魔力容量の三つの欄がある。
「実はこの二種類の魔力結晶ですが。元の結晶の単位が細かいので、ある程度容量の調整が出来ます。今皆さんに試してもらったサンプル魔力結晶は一つ当たり結晶を二十五個使ってます。これで多いか少ないか。お好みの出力をこの紙に書いてください。また、持続型と瞬発型の割合の希望もお願いします」
まるで肉屋が客の注文を取るように俺は言った。精肉と違って腸詰はここら辺の調整ができることも利点だからな。あとは……。
「ああそうだ、魔力結晶の方はいくらでも作れるからいいんですけど、魔導金属の板は貴重なんで捨てないでくださいね」
俺は大事な注意点を告げた。中身よりも側の方が貴重だというのはちょっと腸詰とは違う。団員たちはコクコクと頷くだけになっていた。
「今の説明の通りです。次の任務からはこれを使った訓練を兼ねることにします。まずは――」
「ま、待ってください団長。こんなものがあるなんて聞いたことがない」
「どうやらまだ説明が理解できていないようですね。マリウスの言う通り、こんなものは存在しませんでした。つい先日、先輩により作り出されたのですから」
「い、いや、でも文官…………」
「ちょうどいいので説明しておきましょう。普通の騎士が見たこともない我々の装備はこれだけですか? 我々が使っている魔力測定器、得られる獲物と比べて明らかに良質になって戻ってくる魔力触媒。こういったものはどうして存在するのでしょう」
そういってカインは俺を掌で指す。
「実はこれらはすべて先輩が開発した技術です。以前に言いましたが、ラウリスがリューゼリオンとの同盟に応じたことも、こういった技術の力を元になされた交渉です」
そういってカインは団員を見回した。そして、少しおどけた顔を作った。
「これが我々騎士団のもう一つの姿です。そうですね、いわば我々は先輩の魔術技術を実用化するために存在しているともいえるかもしれませんね」
カインにしては皮肉の利いた言い方で説明会は閉じた。
◇ ◇
「おかげさまで団員達も色々納得したと思います。ただ、あの縦型については聞いてませんでしたが」
「今朝思いついたんだ。カインも容量的にギリギリで融通が利きにくいって言ってただろ」
団員たちが魔力結晶の腸詰を手に騒いでいる間に、俺とカインは今後のことを話し合うため、団長室に入った。
「後はもう少し一粒が大きくなるともっとやりやすいんだけどな。瞬発型でも上級魔獣にはきついだろう」
「……二種類あること、個人に合わせて微調整できること、そして何より数を考えればあれでも十分ですよ」
カインは肩をすくめて言った。
「むしろ問題になるのは、あれを前提とした団としての戦術です。一番の悩みどころは狩猟団人数ですね。一から考え直しです」
この前同様、ちらかった机の上にはいくつもの丸を書きこんだ紙が並んでいる。丸の一つ一つが団員で、狩猟団の陣形といったところだろう。カインはそれらをまとめると、ゴミ箱に放り込んでしまった。
護民騎士団は通常は十人のチームで活動する。これは採取する平民たちを守る為の体制だ。現状、団員はこの運用に慣れている。また、一人一人の魔力が小さい状況では魔獣に対するには人数が多い方が有利ではある。特に安全面で。
一方、一般的な“狩猟”団の人数は五人だ。これは森の中で効率的に狩りをするためのベストの数だ。そして、今度の狩猟大会は文字通り狩猟だ。しかも、あの点数のルールがある。
「人数で成果を割るというのは我々にとって最悪に近い。しかも、公平なので文句はつけられません。しかも、問題はそれだけではありません。……狩猟大会といっても相手が魔獣だけとは限りませんから」
「グンバルドはもちろん、グリュンダーグ、デュースター、それに……」
「ええ、場所が旧ダルムオン猟地です。例の黒い集団は無視できません」
四方八方敵だらけだ。極端なことを言えば、無事に帰ってくるだけでも大変かもしれない。
「さらに、こちらの力をどこまで示すか、情報をどうやって守るかも関わってきます。グンバルドはもちろんグリュンダーグに侮られてはいけない。にもかかわらずこちらの手の内をすべて晒すこともできない。あまりに複雑なパズルです」
「それを考えると、少数精鋭がやりやすいかもな」
俺はそう水を向けた。魔力の問題が魔力結晶で解決するなら、セオリー通り五人がいい気がする。二十人の団員からカインを除き、比較的優れた資質の持ち主を選別もできる。指揮するカインにとってもやりやすいはずだ。状況が複雑なら自身は単純にする。管理の原則だ。
「そうですね。いえ、もう少し考えてみます。私が団長ですから。結局のところ、何をもって勝利とするのかですしね」
何をもって勝利とするかが最大の問題というのは、まったくその通りだと思う。だが、逆に言えばいまだに戦略目標すら定まっていないということだよな。
後輩の逡巡に違和感を覚える。残り時間を考えれば方針を早急に決めて、運用を磨くという判断をするという割り切りがカインの持ち味じゃなかったか。点数ルールは確かに不利だが、明確化された条件で決まる勝負なのだから、それをもとに最良の答えをだすはずだ。
カインとのこの手の会話は打てば響くようにかみ合うのだが、どうもしっくりこないと思ったが、カイン自身が目的を絞り切れていないのなら理解できるか……。
まあ、間違いなく難題なのは確かだ。森の中での騎士の指揮となると俺の口出しできることじゃないな。
というか、カインにできなければ誰にもできないだろう。俺は悩んでいる後輩を前に席を立った。
俺の方も魔力結晶の研究は全くの道半ばだ。透明な魔力結晶の方は全く進んでいない。透明な魔力結晶が遺産全般に関わりがあることを考えれば、ラウリスは元より今後のグンバルドとの関係にも影響する可能性がある。
「じゃあ、俺は地下にもどる」
そういって入り口に向かった。その時、呟くような声が背後で聞こえた。
「……後は誰にとっての、何のための勝利か……」
2020年11月29日:
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