#6話 くずの活用法
騎士団地下室で、俺は虫眼鏡に目を凝らしていた。硝子の向こう側には王宮の地下で作られた三種類の青い結晶が並んでいる。最近は、地下から地下に移動しているモグラの気分だ。
結晶はそれぞれ、ただ魔力を当てただけのもの、種結晶を加えたもの、定期的に魔力触媒の原料溶液を追加したもの、の三種類だ。形状はすべて綺麗な正八面体。魔獣の魔力結晶を厚くした感じだ。
そして、肝心の大きさは、後になるにつれて大きくなっていく。条件ごとに多少のブレはあるが基本的にそろっている。
最大のものは最初に比べて数倍の大きさ、魔力測定器で測定できる魔力の内容量は十倍を超える。最初は塩粉に見えたことを考えれば成長は明白だし、形や透明度を見ても質も悪くない。実験としては成功といっていいだろう。
だが、錬金術的には成果を前に俺は焦っていた。
実用として考えた場合、この小さな結晶は下級魔獣の魔力結晶の十分の一もない。魔獣にはカウントされない森の鼠のよりも小さい。
繊細な魔力制御を得意とするシフィーすら扱いに苦労していた。小さすぎて制御しようとする前に魔力が無くなるということだ。リーディアの場合下手したら触れただけで砕ける。
つまり、狩りには使えないのだ。
ちなみに透明な魔力結晶は何をやっても泡のままだ。全く何の進歩もない。
グランドギルドは透明な魔力結晶を、しかもエンジンの中にあるような大きさに作り上げたのだ。その差にくじけそうになる。
もしかして、グランドギルドには透明な魔力結晶の鉱山があったんじゃないかとか、巨大な地脈の中心の高濃度の透明な魔力が必要なのではとか、言い訳をしたくなる状況だ。
どっちもありそうでむしろ怖いな……。
グンバルドの狩猟大会にカインたちが出発するまで十日を切っている。詰所の団員達もどこかピリピリしている。おかげで、上に上がったときに団員の視線が早くしろと非難しているように見えるくらいだ。
そして、今日はカインがダレイオスの所に届いた大会のルールを聞いてくる予定だ。ルールに合わせて魔力結晶の運用を考えないといけないのだから、その時間も考えたら本当に余裕がない。
「あの、レキウス様およびだそうですけど……」
ドアが開き、顔を出したのはレイラだった。彼女は開けたドアの向こうで、部屋の中を確認している。中には頭を抱える錬金術士が一人いるだけだけど。
「呼んだ? えっと、何だったかな……」
彼女と会うのはハンカチを渡した時以来だ。最初の一枚には感動してくれたんだが、自分の商売との関係で容易ならぬ品だと気が付いたのか、二枚目、三枚目と顔がこわばっていったんだよな。
「何だったかなって、こっちはまた無理難題を頼まれる覚悟で来たのに。あと、ここで……様とかに鉢合わせになったら、とか……」
そういいながらレイラはハンカチを出して前髪の先を拭く。よく見ると髪の毛に僅かに水滴が付いている。さっきは曇りだったが。外は雨になっているらしい。
「思い出した。王宮でマリーちゃんに言付けをたのまれたんだ」
「ああ、マリーちゃんでしたか」
レイラはほっとしたような顔でメモを受け取った。だが、それを読むうちに顔が段々こわばっていく。
「腸詰ですか? でもあれはこっちの食べ物ですよ。王様にくず肉を出すってまずいんじゃ。…………レキウス様。マリーちゃんにまでおかしな影響を与えてないですか?」
心配そうに「あの子はまだ小さいのに」とか言っている。そういえば、レイラに頼んでリーディアに麦粥と腸詰を出してもらったことがあったな。だが、誤解だ。今回俺は関係ない。
「無理難題を言ってるのは当の王様の方だぞ。大体、それを受けた本人はかなりやる気だったし」
「いや、その言い方がすでに……。まあいいです。マリーちゃんに罪はないし、引き受けました」
「なんか引っかかる言い方だな。それはともかく、確かに普通に売ってるものじゃだめだろうな。普通に食べるいい肉を挽いてもらうしかないんじゃないか」
「なんという無駄を……。でも、そっちの方が硬さの調整とかできそうですね……」
レイラは注文先を考え始めた。騎士団を通じて王宮と市場が順調に繋がっているのはいいことだ。ただ、考えてみれば彼女の本業は食料関係じゃないよな。
「そういえば麦の扱いの方はどうなってる。だいぶ溜まってきてるはずだけど」
「……今のところ私がやってます。もともと緊急時の非常食か労役者の中でも家族が多かったりで貧しい人に分け与えられるものですから。ちゃんと扱う業者がいないんですよ」
それを王様が食べている。旧時代の食文化おそるべし。さすが毎日草の実を食べてた時代だけのことはある。
「騎士団のおかげで“ちゃんとした”食材を扱う商人も潤ってますから。私はその結果余った麦の始末をしてるって感じですね。なんで麦なんかを丁寧に扱うのかって言われてると思いますけど」
麦は保存がきくのが利点だがこのままじゃまずいな。ここの女性陣や王様が食べてもたかが知れている。
「新しい倉庫が要りそうだな。そこら辺は文官長とかと調整かな」
「もうやってます。アメリア様は“普通”のお仕事ならレキウス様よりもずっと早くて正確ですし。仕事を片付けたら逆に増えたりしませんから」
俺が地下にいる間に動いていたらしい。王宮との連携は順調で結構なことだ。
「そういえばレイラは陛下とは一度もあったことなかったよな。一度顔を通した方がいいかもな」
「職人工房の娘が王様に会ったことがないのは普通です。意外なことみたいに言わないでください」
「いやでも、今後ラウリスとの交易とかを考え――」
「それで、レキウス様の方は今度は何ですか。机の上のその赤い砂は?」
レイラが早口でまくし立てた。そうだった、今は麦のことを考えている場合じゃなかった。
「こっちは実用に程遠くてな……」
俺はレイラに今やってることを説明した。
「魔力結晶……ご禁制品ですね」
「レイラが作って騎士団に収めてる『染料』もな。あっ、いや大丈夫だ。これは王宮の魔力充填台でつくってるから、レイラに苦労は掛けない」
「本当に?」
まあ、彼女が納めている魔力触媒色素が材料の一つだけど、それはこれまでの苦労に入るのだ。
「それに言った通りまだ使い物にならないんだ。ここまで大きくしたけど、使うには小さすぎる」
「なるほど、そういわれてみれば腸詰に使うくず肉くらいはありますかね」
「ああ、ちょっと前までは塩粒くらいで…………。いやまて、今なんて言った。くず?」
レイラの言葉に頭の中に何かが光った。
「えっ、いえ、言い方はあれだったかもしれないですけど。腸詰の注文のことを考えてたから連想したんですから、そんなに怒らなくても」
「いや、怒ってない。そうだ、くず肉なら腸詰だよ」
俺は浮かび上がったイメージを固定すべく、紙にペンを走らせる。
「小さくてそのまま使えないなら詰めてしまえばいいんだ。粉と違って、大きさや形はそろっているんだからな。よし、これはいけるかもしれないぞ」
「あ、あのレキウス様?」
「レイラ。服なんかの裏に通す樹脂があっただろ。木の樹液から取れる奴で……」
「ええっと、樹脂……もしかしてゴムですか」
「そうゴムだ。あれの固まる前のが手に入らないか」
「ええ、そこら辺の工房とは付き合いがありますから大丈夫ですけど」
「悪いけどなるべく早く頼む。あとは魔導金属の板もいるな。こっちはサリアに……。ええっと、どうした?」
視線を感じて顔を上げると非難の目で俺を見るレイラがいた。
「……大丈夫だ、レイラに苦労は掛けない?」
「悪かった」
◇ ◇
「…………さて、この見たことのないモノは何でしょうか?」
二日後、団長室に上がった俺は出来たばかりの試作品を団長の机の上に置いた。
カインは机の上に散らばった紙をどけると、怪訝な表情で俺が置いたものを見る。多忙なのはいつもだが、それでも彼の周りが片付いていないのは珍しい。考えてみれば通常の任務に加えて大会への準備だ、いくらカインでも厳しいだろう。
「狩猟大会用に作った魔力結晶だ。何とか間に合ったよ」
俺は後輩を安心させるように言った。
「…………まずどうやって使う物か教えてください。ちょっと想像していたのと違うので」
だが、カインはまるで新たに仕事が発生したような顔で、俺に椅子をすすめた。
2020年11月21日:
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