#5話 充填台の活用方法
首尾よく魔力結晶の原料候補を獲得した翌日、俺はサリアに連れられて城の地下を歩いていた。
位置的には地下の結界器からエーテル泉を超えて、王宮の外に向かう方向だ。やがて前方に明かりと水面が見えてきた。
「ああ、なるほどここに出るのか」
元は水が抜かれて空堀になっていた場所だ。外からは魔導艇で、内からは王宮の地下を通らないとアクセスできない。こちらにとっては守りやすい場所と言えるだろう。
「充填台はここに設置した」
出口に近い場所にある扉をサリアが開く。中には白銀の円盤を台形の上に乗せた装置があった。
「よくこんな都合のいい場所がありましたね。なんだか、もともとあった王宮の秘密路的なのを流用したみたいな。……ええ、今のは言葉のアヤですので」
サリアの視線が厳しくなったので、慌てて口を閉じた。
「充填のテストはどうなっていますか」
「私が預かっている魔導艇のエンジンで問題なく使えることは確認済みだ。今後はトランの使者を迎えることでラウリス方面と魔導艇航路をつなぐという話が進んでいる」
「そんなところまで」
「ラウリス連盟との接点であるトランとの関係は重要だからな。せめて不確定要素がない形でつないでおかなければならない」
サリアは俺を見て言った。確かにラウリスは遠く、トランは実質お隣さんになるのだから重要だ。俺が魔力結晶の研究をしてる間に王宮の方もしっかり動いている。
「順調ですね」
「……その分、これの管理責任を負ってしまった身として気が抜けないがな。というわけで、これを使って何をするつもりか聞いておかなければならない。リーディア様の話ではお前は今護民騎士団がグンバルドの狩猟大会に臨むため、魔力結晶の研究に掛かりきりだったはずだが……」
せっかく設置した充填台におかしなことをしないか警戒しているらしい。ここはちゃんと説明しておかなければならないだろう。本来の用途とは多少違う使い方だしな。
「簡単に言えば地脈の魔力を使って魔力結晶を合成する実験です」
騎士団本部地下から持ってきた実験道具を一式取り出していった。三色の魔力触媒、魔力結晶の原液、それに調整用のエーテル。後は平たいガラス皿が多数だ。
「そんなことを簡単に言われては困る……。いや今更ではあるが」
「魔力結晶に魔力を充填するという意味では同じ使い方です。もちろん簡単に行くとは思っていませんが」
「ほう、だがこれを提供したラウリスはそれを想定していないだろう」
サリアの目は「だまし取ったのか」あるいは「騙されないぞ」と言っているようだ。
「……魔力結晶の研究が実質始まったのはリューゼリオンにもどってからですから。正直まだ思い付きの域を出てないというのはあります。それに透明な魔力結晶ともかかわりますから……」
「リューゼリオンとラウリスの両王家の関係がその思い付きに掛かっているわけだな」
「まあ、ある意味そういうことです」
「さらに首尾よく行ったら、魔力結晶を無尽蔵に得ることができる方法が生まれるわけだ。大陸の騎士の勢力関係を容易に左右する力がお前の手に入るな」
サリアはますます難しい顔になる。まず出来るかどうかを心配して欲しいところだ。
「語弊があります。そこはリューゼリオン王家にといってください。あと……」
「まだあるのか」
「いえ、サリア殿も視点がだいぶ変わったなと感心していました。やはりラウリスでの経験でしょうか」
俺はともかく、大陸規模の勢力情勢という言葉がサリアの口から出るのは新鮮だ。長らく孤立していたリューゼリオンではこの手の見方ができる人間は貴重だ。
だが、俺に褒められたサリアは、なぜか遠い目をした。
「ラウリスの後夜祭では連盟各都市の思惑にさらされたからな。お前がリーディア様と奥に消えた後にな」
サリアは「少なくとも突然あの状況に放り込まれるような経験はもう御免だ」と付け加えた。確かにトップ会談は予定にはなかった。後に残ったサリアたちは加盟全都市に囲まれて大変だったのかもしれない。
考えてみればこの子もリーディアと同じまだ十七歳だ。
「…………そのリーディア様の将来にもかかわることです。そもそもこの実験はリーディア様にも協力いただいています」
俺は冷や汗をかきながらサリアとの共通の利害の方向に話を修正する。サリアは小さくため息をつき、首を振った後、何かを思い出したような顔になった。
「…………そういえばリーディア様の料理は美味かったか」
「ええ、正直びっくりしました。昔との違いに……」
「この三年間、誰の犠牲あってのことだと思う?」
「……ご愁傷さまです」
二人はパーティーメンバーだ。準騎士の資格を持っていたから一緒に狩りに出ることも多かったはずだ。つまり、そういうことなのだろう。
サリアから目を逸らし、実験の用意を急いだ。
実験の手順は簡単だ。魔力結晶の材料である魔力触媒色素と魔晶塩をエーテルに溶かした溶液を、充填台の魔力を当てながらエーテルを飛ばしていくことで、結晶化をするというもの。
ちなみに『魔晶塩』というのはリーディアと一緒に採取したあの洞窟の壁に張り付いていたものに勝手に名前を付けた。魔力結晶の原料であってほしいという願いもこもっている。
結晶化の効率に影響すると思われるのが『魔晶塩と魔力触媒色素の割合』と『エーテルの蒸発速度』だ。充填台の面積を活かし、両方を五段階でテストする。
方法はそれぞれの濃度の溶液を平たいガラス皿に入れ、蓋をどれだけ開けるかで蒸発速度を調整するという物だ。最初だからアタリが取れればいい。
溶液に当てる魔力の色に関しては、充填台の表面に魔力触媒を塗ることで赤、青、緑に染める。これは結界器の表面に魔力触媒で三色の回路を描いてるのと同じだ。術式ではなく三色に必要な面積を塗るだけ。もちろん、触媒は最高の物を使う。
あとは地脈からの魔力任せというわけだ。騎士の魔力に頼っていたのでは絶対に出来ない実験だな。ほんと、これが手に入ってよかった。
「と、まあこうやって結晶化の条件を一気にテストしていくわけです」
俺は三色に塗り分けた充填台の上に並べたシャーレを並べながら言った。
「めったに人は入れぬようにしているが、警備は万全を期さねばならないな」
◇ ◇
翌日、俺は乾燥したシャーレを一つ一つチェックしていく。ざらざらの塩のような成果物を白い紙に開け、虫眼鏡で観察していく。肉眼では厳しいくらい小さいが確かに結晶だ。どうやら魔晶塩は当たりらしい。充填台で大量の魔力を長時間安定して供給したのも功を奏したのだろう。
計十個のシャーレを観察した結果、最適な混合比と、蒸発の速度が分かってきた。色素と魔晶塩の混合比は重量で1:20くらいだ。乾燥速度はあまりに早すぎてもダメだが、遅すぎても結晶が小さくなる。
面白いのは、混合比が高くても低くても結晶の色合いに差が見られないことだ。これは魔晶塩と色素がくっ付いた状態でしか結晶の構成要素にならないと解釈すべきだろう。素子論から言えば納得できる。
後の問題は性能だ。
「どうでしょうか」
俺は今日も同行したサリアに最良の青い結晶を渡した。サリアは一粒を指先で魔力結晶を転がすようにして。驚いたようにぱっと指を離した。
「魔力結晶であることは間違いないだろう。ただ、この大きさでは一瞬で終わってしまうな」
「大きさに関しては今後に期待ということで。他には何か」
「通常の物とは少し感覚が違う。指先で魔力がはじける感じだ。仮に大きくとも制御は簡単ではないかもしれん。もちろん、この大きさでは何とも言えないがな」
「なるほど。魔力の容量として小さすぎて、感触も違うと……」
大きさの不足に関しては一目瞭然だ。最良の条件でも通常の下級魔獣の魔力結晶に比べても数十分の一しかない。
「仮にですけど、いくつもまとめて使ったらどうですか?」
「魔力結晶を塩を振るように言うな。……そうだな、やはり制御が難しいだろう。魔力結晶という物は既に染まった魔力を一度に引き出せることが力だが、その分放出の制御は重要なのだ」
「なるほど。さっき言ったことともかかわるわけですね。そうなると……うーん、やはり最初に手を付けるべきは大きさですね。結晶が大きくなればそれだけ安定性も出る可能性がある」
俺はメモを取る。最適の濃度は分かったし、これを種結晶にして合成を進めてみるかな。後考えられることは結晶化の進行に伴って原料を追加したりだ。これもおいおい試していこう。
ああそうだ、あと一つ問題があったんだ。
「それで、そちらはなんなのだ?」
サリアは色の付いていないシャーレに目をやった。俺は「ええ」と言いながら蓋を開いた。まさにこれが問題である。
このシャーレはエーテルに溶かした魔晶塩だけを魔力触媒を塗っていない充填台に置いた。つまり、透明な魔力結晶の合成実験だ。魔力を色に染める必要もなく、材料も色素なし。普通の魔力結晶よりも実験としては単純なのだが、全く予想外の結果になった。
「なんだこれは?」
「わかりません。結晶化実験としては完全に失敗ですね」
シャーレの中には泡立ったような白い物体があるだけだ。まったくもって結晶には見えない。
もしかして材料が足りないのだろうか。まさか“透明な色素”なんて矛盾したものが存在するとか? 目に見えない色素なんて探しようがないのだが……。
「透明な魔力結晶に関しては現時点では展望が見えません。狩猟大会のこともあるので、まずは有色の結晶に集中するしかないと思います」
俺は現時点での方針を言った。透明な魔力結晶はやはり一筋縄ではいかない。そもそもあの大きさ、グランドギルドはやはり偉大だということだな。
◇ ◇
「レキウス様」
種結晶を用いた実験を仕掛けた後、本部にもどるため城の一階を歩いていた俺は、幼さの残る声に呼び止められた。振り向くとエプロン姿の小さな女の子がこちらに頭を下げている。
「ああ、マリーか。ちなみに俺のことはレキウスでいいよ」
「と、とんでもないです。兄からもレキウス様に対しては態度をくれぐれも気を付けるようにって……。そうだ、カップケーキのレシピありがとうございました」
そういってもう一度頭を下げる。態度を気を付けるってなんだ?
「こちらこそ。あんな断片的なのでちゃんとものになるなんてすごいと思うよ。もしかして、次のレシピかな?」
彼女が俺に用件があるとしたらそこら辺だと思って聞いたのだが、マリーは首を振った。彼女の目は俺の進行方向、王宮の外に向いている。
「じゃあ、お兄さんに伝言かな」
「その、兄じゃなくて、レイラさんに食材のことでお願いしたいことがあって」
マリーは手に持ったメモを俺に見せた。俺は首を傾げた。
「ソーセージ?」
「それが、陛下にもたまに小麦粉のお料理をお出ししているのですが……。甘くない物はないかというご要望で。それでパンに合うものを探してるんです」
「まあ、確かに男には甘すぎるからね。あんまり連続して食べられない」
「お肉そのものだと歯ごたえが合わなかったり。あとパンに合わせるので、味の濃いものが望ましいかなと」
料理に関して凝り性なマリーらしい妥協のない姿勢。同じく技術を扱うものとして共感する。
「わかった、レイラなら本部に来ると思うから、渡しておくよ」
「ありがとうございます。陛下からご要望をいただいた以上少しでもいいものをお出ししないと」
マリーは俺にもう一度頭を下げながら言った。
厨房にもどるマリーと分かれ、俺は王宮の外に向かう。そして、振り返って宮殿の二階を見て首を傾げた。あの陛下がマリーを捕まえてわざわざ食事の注文を付けるシーンが思い浮かばなかったのだ。
昔の記憶だが、リーディアの父親が食事にこだわるなんてものは皆無だ。
俺は厨房に消えた小さな少女の背中を思い返した。
……もしかしてあの子、王宮の主の胃を掴み始めていないか?
2020年11月8日:
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