#2話 魔力結晶
赤、青、緑。三色の結晶がランプの光にきらめく。
久しぶりの騎士団地下の実験室で、俺は一人これからの研究方針について考えていた。
今回の実験対象は魔力結晶だ。魔力結晶は文字通り魔力の結晶だ。魔獣一匹に一つだけ存在し、魔獣のランクが高いほど大量で強い魔力を溜めている。
騎士にとっては魔力触媒の素となる心血と並び大事な魔力素材だ。魔力結晶にはすでに色づいた魔力が大量に蓄えられているため、大量の魔力を高速で狩猟器や狩猟衣に流すことができる。つまり、強力で高速な魔術が可能になる。
グンバルドの狩猟大会で自前の魔力が低い護民騎士団の団員が成果を上げるためには、魔獣との戦いにおいての切り札と言える魔力結晶の活用が唯一に近い方法だ。だが、いくつか問題がある。
使用済みの魔力結晶を未使用の隣に並べる。未使用の透明感ある結晶と違い、まるで曇ったガラスの様に鈍い光を反射する。
魔力結晶は魔力を使うと細かいヒビが入りどんどん出力が落ちる。魔獣一匹につき一つだけしか取れないから、おいそれとは数がそろわない。
ちなみにこれらの魔力結晶は彼から提供されたものだが、すべて下級魔獣の物だ。
実際の狩猟では万が一の時のお守り代わりに使うことの方が多い。魔力を使い切ったタイミングで魔獣の攻撃にさらされたときに、魔力を狩猟衣に流し身を守るためにだ。だが、狩りの成果を競うならそれでは駄目だろう。
つまり、本来とは違う運用が求められる。そして、それを実現するためには必然的に高等級の魔力結晶を多くそろえなければならない。
狩りの場での運用に関してはカインが考えるだろう。魔術が使えない俺よりもずっといいアイデアを出すに違いない。俺はいつも通り錬金術で魔力結晶を分析するしかない。
忘れてはいけないのは魔力結晶に関して研究課題はもう一つあることだ。
レイアード王子が持たせてくれた土産を開く。鍵のかかった小箱には、透明な魔力結晶の細かい欠片が入っている。出力が落ちたエンジンから取り出したもので、透明な魔力結晶の技術協力の一環として提供された。普通の結晶よりも更に貴重なサンプルだ。
透明な魔力結晶は特殊だ。遺産を駆動するための透明な魔力を蓄える点はもちろんだが、もう一つの違いは充填という手段で何度も使えることだ。
そもそも、この二つを魔力結晶という同じカテゴリーにしていいのかという疑問すらあるな。
結晶の巨大さ、また透明な魔力結晶が取れる魔獣などいないことから、グランドギルドで作られた可能性がある。つまり、合成された魔力結晶である可能性があるのだ。
今わかっている情報を整理しただけで、分からないことばかり出てくる。頭が痛くなりそうだ。
ただし、同時に方針らしきものも見えてくる。実現性を度外視して考えれば、有色の魔力結晶に魔力を再充填する方法、あるいは魔力結晶を合成する方法、このどちらかを実現することだ。これができれば魔力結晶を大量に用意できることになる。
もちろん実現の方法なんてさっぱり浮かばないけど。まあ、これまでの経験を生かして一歩一歩進めていくしかないな。まずはいつものあれを始めよう。
立ち上がって透明な液体の入った瓶を棚から持ち出す。言わずと知れたエーテルだ。
試験管を六本用意して、それぞれに三色の魔力結晶の使用前と使用後を一粒づつ入れる。試験管にエーテルを注ぎ、振る。硝子の管の中で結晶が溶けていき、僅かに色づいた液体になる。ちなみに、魔力結晶がエーテルに溶けることは既知の知識だ。大事な魔力結晶にエーテルが触れないように騎士は注意する。
錬金術にとってはエーテルのこの性質がありがたい。錬金術の基本は物質を構成素子に分離して、特定の素子だけを精製することだ。そのためには対象である物質を溶かすことは必須だ。
エーテルの中で構成要素がバラバラになるからこそ、分離も精製もできる。魔力結晶の溶解液の色を比較する。薄く色づいた六本の試験管はまるで同じものが二本ずつあるようだ。
つまり、溶かしてしまえば未使用の魔力結晶と曇った魔力結晶は同じ色に見えるということだ。しかもこの色はあれに似ていることが分かる。
というわけで、これから行うのはいつものクロマトグラフィーだ。実験を始めると、すぐにおなじみの三色のバンドが表れた。
「ふむ。ある意味予想どおりかな」
色が曇った魔力触媒の色素部分のバンドだ。魔力結晶の中にはそれぞれの色の魔力触媒の色素が存在することが分かったわけだ。
魔力触媒も魔力結晶も魔獣の体内で作られるのだから、同じ材料でできているというのは分かりやすい。少し意外だったのは、使用前の魔力結晶も、曇った結晶も、バンドは色素部分の一種類だけということだ。
つまり、魔力結晶には色素は含まれるが魔導金属は含まれないということ。魔力結晶の曇は、魔力が使われたことで生じる現象だが、魔力触媒の曇の様に魔導金属が関わっていないということだ。
クロマトグラフィーが通用することが分かったので、貴重な透明な魔力結晶に同じことをする。何のバンドも現れなかった。つまり、透明な魔力結晶には魔力触媒の色素成分は含まれない。
これで魔力結晶の色については分かった。次はそれ以外の成分だ。
新しい試験管に、クロマトグラフィー用の紙を重ね、その上に有色の魔力結晶と透明な魔力結晶の溶解液を通す。試験管に透明な液体が少しだけ溜まったところで、それを皿に空けて乾燥させる。つまり、色素を含まない状態で、成分を比較する。
エーテルが飛ぶと、皿の上に白い粉末が生じた。見た目はすべて同じものに見える。有色の魔力結晶はもちろん、透明な魔力結晶も同じだ。
つまり、この白い粉末が魔力結晶の共通の主成分ということか。とりあえずそう考えよう。明らかに色素よりも量が多いしな。
よし、なかなか順調だぞ。ここまでの結果をまとめよう。魔力結晶は白い結晶の主成分と魔力触媒の色素部からできる。三色の魔力結晶はそれぞれの魔力触媒色素、透明な魔力結晶は色素成分無しだ。
さて、いよいよ本番だ。次は魔力結晶の再結晶化を試みる。これは錬金術の文献で塩を使ってする実験として記述されていたものだ。限界まで濃い塩水を作り、少しずつ水を蒸発させることで大きな塩の結晶を育てるという実験だ。
大きな結晶を得るポイントは、少しずつ水を飛ばしていく事だ。エーテルは水よりもずっと乾燥しやすいので、半分蓋をした状態で少しずつエーテルを飛ばしていこう。
……
一晩たった。数分の一に減った試験管の中に、白い濁りが生じている。開けて乾燥させて虫眼鏡で観察するが、結晶は見えない。少なくとも目に見えるような大きさのものはない。再結晶の実験は失敗だ。
考えてみれば当たり前だ。これが簡単にできるのであれば究極的には曇った魔力結晶の再生も、透明な魔力結晶の合成も出来ることになる。
逆に言えば今回失敗した再結晶実験に足りない要素は魔力だ。少なくとも有色の魔力結晶は魔獣の体内で作られる。魔力触媒の色素部分と、魔力が存在する環境下だ。再合成を魔力の存在下で行ったらどうなるかだ。
あと一応魔力結晶の溶解液から取れた色素を魔導金属と混ぜて魔力触媒になるか、つまり本当に両者が同じものかの確認も必要だな。
魔力を使った実験は俺にはできないから。助手の到着を待とう。
2020年10月4日:
次の投稿は来週日曜日です。