#一話 帰還
城壁にある水門が開く。唖然とした顔の門番に見送られながら、俺たちは約一月振りのリューゼリオンに入った。市場までの運河には獲物を乗せた狩猟帰りの船がゆっくり進んでいる。デュースターやグリュンダーグゆかりの家々の紋を付けた船もある。
リーディア、サリア、シフィーが操縦する三艘の魔導艇は、それらの間を高速で抜ける。
後ろから聞こえてくる混乱の声を背に進む。目の前に市場が見えてきた。荷下ろしをしていた作業者、競りの為に獲物をチェックしていた商人、それらを監督している文官、全員の視線を集める。スピードを落とした魔導艇の横腹を指さすものもいる。目ざとく自都市の紋があることに気が付いたらしい。
魔導艇は護民騎士団本部の裏に泊まった。
岸に上がった俺たちは表に回る。この建物も久しぶり……なんか大きくなっていないか? 俺が出発した時にはなかった建物が本部横にくっついている。新しい建物からは揃いの服を着た騎士が飛び出てくる。ああなるほど、団員の詰め所的な場所なのか。
「名誉団長殿下に礼」
混乱する団員の頭上から、聞きなれた後輩の声がした。本部二階から降りてきたカインだ。団長の号令一下、団員はリーディアに向かってひざを折った。
「お帰りをお待ちしておりました殿下。この様子ではラウリスでは首尾よくいかれたようですね」
「ええ、大会では問題なく勝ったわ。この船はいわば賞品かしら」
カインはちらっと魔導艇を見てから、リーディアに挨拶した。魔導艇にも予定より二三日早い到着にも動揺の様子はない。ちなみに、事前に連絡しようにも魔導艇が一番早いから出来なかった。
「では、私とサリアはお父様に報告するため城にもどるわ。魔導艇の内一隻はここに残す。リューゼリオン王家の所有物ということになっているから団で使うようにお父様に進言するつもりよ」
そういうとリーディアとサリアの魔導艇は城への水路に向かった。水路のリーディア達を見送ったカインが俺に振り向いた。
「さて、先輩にはこの派手な凱旋について説明していただけますよね?」
そうして有無を言わせぬ口調で二階の団長室を指さした。
……
「あなたはドアの前で控えていてください。中には誰も入れないように」
カインがついてきた団員にいった。どうやら副官格らしい。団長と肩を並べて階段を上る文官に後ろから視線を突き刺していたが、カインの命令に素直に従った。ちなみにシフィーは団員たちに囲まれ、質問攻めにあっている。
会議用のテーブルで俺たちは向かい合った。
「なんというか、たった一ヶ月でずいぶんと充実したみたいだな。新しい建物まであるじゃないか。びっくりしたよ」
「確かにこの一月、比較的順調に騎士団編成は進んだと自負しています。ところで、たった一ヶ月で魔導艇を三艘分捕ってきたことに対して、僕はどう驚くべきでしょうか?」
「いや、まあ、いろいろと予定外のことがあってな」
「先輩のやることですから、予定外のことがあるのは予定通りです。今重要なのはその中身です」
カインはこちらに身を乗り出さんばかりに問うてくる。さっきまでの冷静さはどこへ?
…………
「と、まあ大会とその後の外交はこんな感じだ」
俺は大まかにこの一月のことを説明した。黙って聞いていたカインは二度首を振った。
「つまりラウリス連盟のトップを脅したわけですね。非常に先輩らしいやり方です」
「そういう言い方をされると身もふたもないが、成り行きでそうなった。まあ、悪い方向には転がっていないはずだ」
「確かに、都市同士とは別に、両王家間に直接の関係があるのは良いでしょうね。リューゼリオン単独で連盟各都市に対応することなど不可能ですし、なによりリューゼリオン内の調整を経ずしてラウリスと協力し合えることが大きいでしょう」
相変わらず理解が早い。説明する方としては楽で助かる。デュースターやグリュンダーグ、つまり騎士院の意向に左右されない直通ラインの価値は現状を考えると重要だ。
「なるほど、グンバルドが慌てて方針転換したわけです」
「もう動いたのか!?」
「ええ、昨日招待状が届きました」
…………
「というのが昨日の陛下との話し合いです」
「……グンバルドが同盟に対応して速度調整したというわけか。それ自体はいいとして、さすがに情報が早いな」
あの飛行遺産を考えても早すぎるくらいだ。レース自体は白日の下に行われたが、その後の交渉の後半は王宮の奥の奥だった。潜在的に対立関係にあるラウリスの情報をこんなに早く得たのか……。
「むしろ先輩がそうした……まあいいでしょう。陛下は参加せざるを得ないとお考えです。ボクも同意見ですね」
「…………確かにそうだな。ラウリス連盟は大所帯で連盟内にも意見の対立はある。いかにラウリス王家が号令をかけても時間がかかる。その時間を稼ぐ必要がある」
「となると、やはり問題は参加する以上は実力を示さなければならないことです。それも騎士院の有力騎士の力を借りずに、狩猟においてです。これは正直言って難題です」
カインはそこまで言って言葉を止めると少し考える。
「そうですね、魔導艇を使えるなら二つ解決することがあります。一つはラウリスとの同盟関係が強固であることを明確にグンバルドに見せることができること。もう一つはグンバルドに対して決定的に劣る機動力をある程度補えること。それでも……」
カインはそこでちらっとドアの方を見てから、声を潜めた。
「団員の基本的な魔力の低さはどうしようもありません。上級魔獣はおろか、中級魔獣に対抗するのも難しいというのが現状です」
「護民騎士団の任務は狩りじゃないからな」
確かに人数は集まっていたが、そもそも狩りに向かない人材を魔獣からの警戒という役割に特化して組織化しているはずだ。それによって都市の生産に貢献するのがこの騎士団設立の狙いなのだから。
「ずいぶんと規律ある組織に見えたけど」
「ええ。通常五人程度で動く狩猟団ですが、我々は十人で連携を取れるように訓練しています。通常時は広い範囲をカバーしつつ、魔獣の出現時には中級魔獣にも対応できると考えてのことです。ですが、深い森の中に入って魔獣を追う単位としては大人数過ぎて効率が悪いでしょう。ちなみに、上級魔獣には攻撃が通りませんから人数では解決できません。これは魔力測定器と上質の魔力触媒を使う前提での自己評価です」
「なるほど……」
カインらしい目的に忠実で無駄のない考え。その利点や欠点も明確に認識している。つまり、彼の認識は正しいだろう。となると、この問題を解決するためには……。
「手段があるとしたら一つだけだな。魔力結晶だ」
「魔力結晶の使用による魔力の一時的な強化ですね。ああなるほど、魔力触媒に続いて魔力結晶を改良するというわけですね」
「出来る見込みがあるわけじゃないけどな。ただ、ラウリス王家との約束もあるから、どうせ手を付けないといけなかった」
「確かにほかに手段はないでしょう。分かりました。先輩はその方向でお願いします。ボクの方としてはそれを前提に作戦を考えてみます…………。いや、でも」
「どうした?」
「いえ、今の先輩の話を聞いていて一つ思い至ったことがあります。グンバルドが今回の動きを選んだのはラウリスとの同盟に対してだけでしょうか」
「どういう意味だ? 向こうにとっては政治的状況が激変したんだ、それもかなり急にだ」
「それはそうです。ですが、同盟という結果、ではなく同盟に至った過程に注目した可能性があります。つまり、リューゼリオンがラウリスの後ろ盾を得たから対応を改めたのではなく、リューゼリオン自身の力に対して考えを改めたという可能性です」
カインは俺をじっと見てきた。
「なるほど、確かにラウリスの遺産である魔導艇で、ラウリスを超えて見せたからな。それも白日の下で衆人環視下だ」
「そういうことです。仮にグンバルドの目的がリューゼリオンの力を知るための情報収集も目的としているなら、この狩猟大会でどれだけの力を見せるかを考えなければいけないのではないでしょうか」
「……盲点だったな」
「そうでしょうとも」
カインは大きく頷いた。
「とはいえ、出し惜しみする余裕は今回もなさそうだぞ」
「そうですね。分かりました、当面は先輩の方針通り魔力結晶の研究をするしかないと思います。運用については情報の秘匿も前提に考えます」
「わかった。まあ現状では狩らぬ魔獣の皮算用だしな」
俺は頷いた。
「狩ってみれば隠しきれないほどの大物という可能性がありますが……。とりあえず、方針についてはここまででしょうか。今の話は私の方から陛下に報告します」
カインはそういうと引き出しから紙を取り出した。頭の中ではすでに文章がまとまっているのか、紙に下すペンの動きはスムーズだ。だが、俺が下に戻ろうと立ち上がったところで、手が止まった。
「……そういえば一つ聞き忘れていました。両王家の間に直接の関係が発生するのはいいことです。ですが、その秘密協定を管理するのは向こうでは誰でしょう?」
「もちろんクリスティーヌ……殿下だが」
「こちらはリーディア様と先輩ですよね。なるほど。人選としては最適で、最悪ですね」
カインは王宮の方を見て言った。最適なのはわかるが、最悪はどういうことだ?
2020年9月20日:
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