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#8話:後半 平民の星

「アレは狩りの対象じゃないんじゃないか?」


 火竜は上級どころか超級グランドクラス魔獣だ。北方、かつてのグランドギルド跡といわれる台地の周囲は強大な魔力でおおわれている。当然の様に強力な魔獣が生息しているが、その中には周期的に外に向かって移動する危険なものがいる。


 その中の一種が火竜だ。飛行能力が高い上に群れを成す。その経路がリューゼリオン猟地の北をかすめるのだ。


「そうですね。普通ならこっちが獲物にされます」


 カインもうなずく。


 超級魔獣は騎士(ギルダー)が獲物にならないように避ける対象だ。それが群れとなると、都市が滅びる。実際に、リューゼリオンの北には、火竜の襲撃をきっかけに滅んだ都市がある。三十年前の話だ。


「ただ、昔何度か狩りがあったという話を聞きました」

「ああ、確か二十五年くらい前か? はぐれが出たって話だったはず」


 群れからはぐれた火竜だ。一匹でも大変だったという話だ。俺は隻腕のマスターの姿を思い出す。


「デュースターとグリュンダーグの行動に火竜の渡りが絡んでるってことか? 方向と時期は合うな。ただ、北区といっても広いぞ?」

「ボクの方も根拠がある話じゃないんですが……」


 俺たちはしばし考えこんだ。


「そこら辺の記録って文書保管庫にありますか?」

「ああ、確か火竜の経路の情報なら毎年あるな。狩るためじゃなくて遭遇しないように集められている……」

「その記録を調べてもらえませんか。特に最近の経路とはぐれが出た年のことです」

「俺も気になるからやろう。……でも、最近の経路とはぐれにこだわるのは何のためだ? いくらカインが優秀でも無茶はだめだぞ……」


 火竜狩りなんて成し遂げたら平民上りが最年少で騎士院入りだ。それどころか本当にリーディアの候補に挙がるだろう。もっとも、挙がった後が大変だが……。


「もちろん手を出す気なんてありませんよ。後学のためにです。北区に何かあるなら、将来のために情報を集めておきたいんですよ」

「そういうことか……」


 両手を振って否定するカインに、俺は頷いた。


 三年前とは違うよな。今の彼は無謀なことはしない。己の立場と環境において、目的のために必要な最大限を目指す。そういう戦略的な考え方をする。だからこそ、こうやって話していても心地いい。


 そして、そういう計画性がハンデある立場で学年副代表まで上がった理由だろう。


「わかった、最近の経路とか群れの規模とか、できるだけ詳しく調べて渡そう」

「よろしくお願いします。では、そちらのご用件を」

「ああ、といってもこっちも二大派閥の動向関係の話を聞きたかったんだ」


 カインから狩猟現場の情報を聞くという要件は済んだ。むしろ火竜という視点に気が付かせてくれたくらいだ。


「そうですか? じゃあ借り一つということにしておきます。もちろん今の件、ボクの方でも分かったことがあればお伝えします」

「無理しなくていいぞ。正式な叙任を控えて忙しい時期だろう」

「いえいえ。先輩の情報は精度高いですから」


 その評価はうれしい。それに、情報を軽視しない態度はいい。いくら形がないとはいえ対価無しで情報を求めるのは危険な行為だ。情報はそれ単独ではなく、その評価と一体だ。


 対価をけちることは、自分が得る情報の評価をゆがめることになる。当の本人が無意識にだ。


 俺は心の中で目の前の後輩の評価を上げる。それこそ、リーディアに見習わせたいくらいだ。……そうだ、本題を忘れるとは。


「そういえばリーディア……殿下も学年代表だよな。会議で一緒するんじゃないのか。彼女のことどう思う」


 なるべく世間話の様に聞いたつもりだったが、カインは困惑の表情になる。


「珍しく意図が解らない質問ですね。平民上がりを不敬罪で陥れるなんてこと先輩はしないと思いますが?」

「いや。ちょっと聞いただけだ。ほら、今の俺にとっては上司だからな。評判が気になってたんだ」


 まあ、カインにとってのリーディアの評判だが。


「殿下は後輩といっても平民出身者にとっては文字通り主君ですよ。騎士としても実力は卓越しておられるし、下々の者にもお優しい。実は、最近……」


 カインはリーディアの狩りに遭遇したことを教えてくれた。領民の保護という騎士、多分に建前のそれだが、リーディアなら己の誇りを掛けて貫くだろう。だが、だからといって……。


「中級魔獣を二人でか!?」


 それは無茶じゃないのかと思ったが、カインの話では危なげなかったらしい。


「むしろ余計な手出しをしたかもしれません。あのご様子なら上級を獲物にするのも近いかもしれませんね」

「…………なるほど。部下としてはうれしい評価だね」


 そう頷くしかない。右筆が心配することではないのだ。


「……ただ。難しいお立場ですね」

「……ああ」


 先ほどのデュースターとグリュンダーグの動き。彼女の配偶者が都市のバランスを変える。さすがカイン、こっちの目的の半分は察してるか。婚約者候補を探せなんて突拍子もない命令だとは気が付かないだろうけど。


「…………」

「どうした?」

「いえ、先輩は相変わらずだなと。何か悩んでるみたいだから、ぶっちゃけますけどね」


 カインは表情を崩した。それは、市場の平民のような言葉遣いだ。普段は彼が逆に絶対しないもの。


「普通先輩の立場なら、妬みとかそういう感情が先立ってもおかしくないんじゃないですか? 失礼ですけど、後輩だった僕に対してはなおさらです」

「本当にぶっちゃけやがったな。……まあ、俺の場合は条件に恵まれた挙句に落ちこぼれたんだ。言い訳なんて無価値なことをしないで済むんだよ。実際、これに関しては幸運だと思ってるんだぞ」


 俺は答えの半分を口にした。これは本音だ。


「なるほど。先輩らしい答えですね」


 あと一つは、文官落ちのおかげで次の道《錬金術》を見つけたことだけど。しかし、準騎士様が文官に気を使いやがって。こっちは先輩だぞ。


「まあとにかく、火竜のことは任せてくれ」


 せめて文官としてのプライドをかけて後輩のリクエストに応えよう。


 「では、失礼しますね。レキウス先輩」礼儀正しくそういうとカインが去っていく。俺は廊下を歩く確固とした足取りを見送る。


 堂々としたものだ。さっきは余計な心配をしたが、彼は焦る必要などない。正式な騎士に成れば狩猟実績がより重視される。先輩面出来るのもあとほんの少しだな。


 むしろ、彼こそがある意味全てを持つものなのかもしれないな。家門がないのも、逆に邪魔なしがらみがないといえる。


 …………俺がリーディアに推薦する第一候補は彼なのだろうか。


 問題は政治的基盤だが、仮にリーディアが彼を受け入れ上から引っ張り、微力ながら俺が後ろから情報という意味で後押しすれば……。


 一瞬、リーディアの横で玉座に座る深緑の髪の青年が見えそうになった。俺は反射的にかぶりを振っていた。


 …………俺の仕事はあくまでリーディアの為に“客観的”に候補者を見繕うことだ。この国の次期王云々は本題から外れる。大体、俺の後押しなんて政治的にマイナスそのものじゃないか。


 自分に解けない大きさの問題には手を付けない。これは俺がカインに教えたことだ。


 さて、平民出身者の星とは正反対の後輩を探すか。俺と違って環境に恵まれない彼女だ。元先生としてはできることはしてやりたい。


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