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#0話 招待状

「採取労役者の森よりの引き上げを確認しました。全員そろってます」

「了解しました。我々は荷車後方を守りつつ帰還します。城門に入るまで決して気を抜かぬようにお願いします」


 腕章を付けた中年男性の報告を受けた青年は、穏やかな表情で言った。隊長の指示に、同じ腕章を付けた軽装騎士十人が一斉に動く。すぐに半円形の隊形が整った。


 …………


「本格的に任務が始まってまだ十日と少しですが、順調に増えていますね」


 護民騎士団長カインは傍らの部下に言った。彼らの前を進む採取産物を満載した荷車。その周りを歩く採取労役者の背負う籠からもこぼれんばかりの果物が見える。


「労役者が安心して採取に励める状態ですからね。団長の考え通り、労役者同士の協力も出来てきているようです」

「魔獣におびえていては自分のことだけになってしまいますからね」


 協力して荷台を押す労役者を見てカインは表情を緩めた。だが、すぐにその表情を引き締める。そして、団員全員に聞こえるように言う。


「ただし、本当の信頼になるまでは時間がかかります。犠牲者が出れば元の木阿弥になるでしょう。我々が最初どう見られていたのか忘れないようにしなければなりません」


 ◇  ◇


 リューゼリオン市内に入った護民騎士団は本部のある市場に向かう。平民の街である都市外円を進む彼らに多くの視線が注がれる。それは尊敬と感謝のこもったものだ。彼らの活躍は直接採取に関与する者のみならず、採取産物を必要とする職人や商人達からも評価され始めている。当初、労役者をより過酷に働かせると誤解されていたとは思えない。


 特に先頭を行く若い団長の人気は凄い。女性はそろって熱い視線を向け、若い男たちも憧れの目で仰ぎ見る。外円の住人にとってまさに守護者だ。


 市場に採取産物が届いた瞬間、周囲から歓声が上がる。カインは王家の紋を簡略化した団旗を上げて応える。ある商会に特注してことさら鮮やかな染料で太く染めた旗だ。だが、平民たちの目は旗よりもそれを掲げる人間に集中している。


 任務を終えた一団が本部へ戻る。団長室にもどった後で考えるべき課題を検討しながら歩くカイン。これ以上採取産物を増やすためにはより大きな機動力が必要だ。そのためには……。


 だが、彼の思考は入り口前に灰色の文官服の女性を認識した瞬間に途切れた。女性は文官長秘書であるアメリアだ。


 護民騎士団は王家直属であり、仕事上市場との関係も深い。アメリアが連絡役として本部に来ることはある。ただ、今回の様に守護任務で外に出ているのを待っているのは珍しい。文官長秘書というのはそんなに暇ではないのだ。つまり……。


「それだけ急ぐ案件が発生、ということでしょうね」


 カインは小さくつぶやくと、表情を部下に見せぬように城からの使者の前に向かった。


 ◇  ◇


「護民騎士団長カイン。まいりました」


 そう告げて王の執務室に入る。ドアの向こうには王と文官長の二人だけだ。両人の表情からはこれから始まる案件の吉凶は読めない。ただ、カインは王の机に見慣れない様式の手紙があることに気が付いた。


「本日グリュンダーグ経由でグンバルドより届いたものです。いわば招待状ですな」

「招待状、ですか」


 文官長から受け取った書状を開く。用件だけの簡潔な文章を読み終わり、彼の顔が二人と同じ何とも言えないものになる。確かに判断が難しい案件だ。


「旧ダルムオン猟地で狩猟大会を催すから参加しろ、ですか」


 先日城に乗り付けたグンバルドの将軍王子の言動。あの勢いなら強引に進出してもおかしくなかった。それがこのように招待という形をとった。仕切り直しといえなくもない。


 グンバルドよりもはるかに小さなリューゼリオンにそれをする要因について、カインには一つしか心当たりがない。


東方ラウリスで情勢が変わったということでしょうか」


 彼の“先輩”が東の大勢力ラウリスに向かって一月だ。予定なら魔導艇大会が昨日終わったはずだ。もちろん彼らはその結果をまだ知らない。大会が終わってすぐに出発しても少なくとも三日、あちらの状況や風向きなどを考えるともっとかかると考えるのが妥当だ。


 そもそもがラウリスと対等の、つまりリューゼリオンの国内が反対できないほどの好条件で、同盟を結ぶという無謀な試みだ。カインの常識で言えばそれは交渉という行為で扱える範囲を超えている。


 だが、そこはかの“錬金術師”のやることだ。カインは自分の常識をねじ伏せ、成功を想定していた。


「おそらくそうであろう」


 王の言葉、そしてその表情から同じことを考えていることが分かった。


「仮に同盟成立を受けてのこととすればグンバルドの情報はやはり早いですね」


 距離的に考えてリューゼリオンに結果が届くにはあと数日はかかるだろう。あの空を飛ぶ遺産のことを考えればさもありなんだ。やはり遺産を用いるグンバルドの力は脅威だ。


「この招待への対応だが、団長としてはどう考える」


 王の問いにカインは素早く頭を働かす。招待といっても突然かつ一方的なものだ。リューゼリオンに応じるいわれはない。だが、この招待を断ったり無視した場合に相手はどう動くか……。


 リューゼリオンの対応に関わらず、グンバルドは自分たちだけで狩猟大会とやらを行うだろう。つまり、グンバルドが旧ダルムオン猟地で好きにふるまったという前例を作られる。


 一方、この狩猟大会に参加すれば少なくともその間はグンバルドの大規模な動きを止めることができる。仮にラウリスとの対グンバルド同盟が最良に近い形だったとしても、機能し始めるまでには時間がかかる。


「受ける方向で対応せざるを得ないと愚考いたします」


 その答えに王は頷いた。


「ですが参加する以上は力を示さねば逆効果となりまする。それも王家としてでございます。グリュンダーグはおそらく勝手に動くでしょう。それにデュースターが対抗する可能性も……」


 対立関係にある騎士院の二大名門がリューゼリオン代表の顔で振舞う。親グンバルドのグリュンダーグに反グンバルドのデュースター、どちらにも主導権を渡すわけにはいかない。


「採取守護の任が動き始めたばかりと報告は受けている。敢て聞くが、加えてこの事態に対応するために騎士団を動かすことは可能か?」

「団員も二十を超え、交代の体制も整ってきました。狩猟団一つ、つまり五人程度を出すことは不可能ではございません」


 カインはまずは出来ることを上げる。上位者に対する彼の対応の基本だ。そして次に事実を告げる。


「一方、狩猟大会、つまり騎士同士が狩りの獲物を競うということとなると、率直に言って団の現状では厳しいかと」


 護民騎士団は狩りの為の組織ではない。団員一人一人の力は小さい。魔力の資質が物を言う狩りでグンバルドやあの両家と競うことは無理だ。彼らの秘密兵器である魔力測定器を用いても対抗できるのは彼一人といったところだろう。


「なるほど、現時点では難しいであろうな」

「はい。ある要素を加味しない限りは」


 カインは一度言葉を切る。そのある要素とは王はもちろん、ここに寄る三人すべてにとって部下の立場でありながら、その枠で捉えることが極めて難しい人物だ。


 無理難題を与えれば解決してしまうのだが、その解決の方向が読めない上に、それが与える副次的影響が別の大問題を生む。そういう不確定要素の塊だ。


「ラウリスのエンジンを攻略した力を狩猟大会でも活用できるのであれば、現在想定されている前提がひっくり返るかもしれません」


 カインの言葉が終わると、場に沈黙が広がった。


「まずはあの者が何をしたのか、それを確かめねば始まらぬか」


 王の言葉に全員が頷いた。船の速度を考えれば錬金術師が帰ってくるまで早くても三日だ、その報告への対応にどれだけ苦労するかが恐ろしくあっても、彼らとしてはそれを待つしかない。


 そして、翌日。彼らの前提が覆ることになる。錬金術師は彼らの想定よりもずっと早く戻ってきたのだ。

2020年9月13日:

第六章開始です、よろしくお願いします。


次の投稿は9月20(日)です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 13日中に、更新されたんですね。 (21時頃、見たときは無かった) ありがとうございます。 護民兵団が稼働して、短期間で 市場と市民の支持を得てるのが出来過ぎの様な気もするが、収穫が安定的…
[一言] 主人公はひっぱりだこですね 研究する時間はあるのかな
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