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#閑話5 魔法院

 いつもよりも早い時刻、俺は図書館の奥の扉を叩いていた。大会本番と外交交渉、さらに例の買い物などがあったためここに来るのは数日振りだ。そして最後になるだろう。俺達は明日はラウリスを離れリューゼリオンにもどる。


 ドアが開くと室内の明かりにきらめく金糸の髪が迎えてくれた。


「帰国前の慌しい時間にも関わらず時間を取っていただいてありがとうございます。……確かこの時間、リーディア殿下はトラン王と会談でしたね」

「ええ。トランとの関係は今後重要ですから」


 帰国前に一度話をということになったのだ。シフィーとサリアもそちらに付いている。後夜祭でいろいろとあったらしい。あのサリアが疲れた顔をしていた。ちなみに時間や場所を調整してくれたのはクリスティーヌだ。


 すっかり東方外交の要である。


「そうだ、シフィーの服の件ではお世話になりました。代金まで出していただいて」

「シフィーさんは今回の功労者ですから。私個人としてもお礼をしなければ立つ瀬がありません」


 支払いの段になって文官姫のポケットマネーから支払われると聞いたのだ。こちらとしては受けていいものか少し迷うところだったが、確かに今回の件で彼女が得たものに比べれば誤差だろう。


 結局あの店で俺が使ったのは櫛とハンカチの代金だけだ。リューゼリオンなら服が一式揃う値段だったけど……。


「明日は魔導艇の引き渡しの後、そのまま帰都市(こく)ですね」

「ええ、ここに来るのも最後と考えるといささかならず名残惜しいですが」

「私もです。とはいえ、今後もリューゼリオンとの外交は私が担当しますし。そのために例の大型魔導艇を専用で使えることになりましたから。いずれまたお会いできるでしょう」

「それは心強いです! …………コホン。リューゼリオンでまたお会いできることを楽しみにしております」

「はい、私もです」


 思わず強く相槌を打ってしまった、返ってきたのはパンケーキのような柔らかい甘さを帯びたほほ笑みだった。


「とはいえ、リューゼリオンとの関係を確立するためにも、グンバルドへの対応を固めるためにも、しばらくは正念場になります。当面はラウリスを離れることは難しいですが」

「リューゼリオンとしても準備が整っているとはいいがたいです」


 俺達は一転して表情を引き締めた。同盟はまだ紙の上のものだ。クリスティーヌはラウリスで、俺たちはリューゼリオンでやるべきことは山ほどある。その間に同盟を知ったグンバルドがどう動くか予断を許さない。


「やはり、今回はパンの話というわけにはまいりませんね」

「はい。早急に考えをまとめなければならないことがありますから。グランドリドル関係です」

「父に言って王家に秘匿されていた記録についてもいくつか目を通しました。関係ありそうなものはここに写しが」


 パンケーキのようなやわらかで甘い空気が、パンのような歯ごたえのあるものに変わる。とはいえ、パンはかみしめれば甘みが出てうまいのだ。打てば響くやり取り。彼女と困難な調査に挑むことは正直楽しさすら感じる。不謹慎な話なのは分かっているが、これは仕方がない。


 クリスティーヌはいくつかの古い書物を取り出した。そこにはあの秘密の部屋で見た円形都市が描かれていた。大陸中央の少し北側、すべての地脈の中心と呼ばれる山々の中に存在する大都市、グランドギルドの在りし日の姿だ。


「この中心にある建物が魔法院でしょうか」

「おそらくそうです。グランドギルドの政治体制は魔術研究の中心である魔法院だったようです。そういう意味で我々の都市とはだいぶ違います」

「グランドギルドにとっては傘下の都市、この時代は狩猟拠点ですか、を支配するための知識と技術の中心ですからね」

「私の調査では魔法院も一枚岩ではなく、各派閥が争っていたようです。その対象となる魔術研究が……」

偉大なる課題(グランド・リドル)ですね」


 究極の魔導金属、究極の魔力触媒、そして究極の魔力結晶。結界や魔導艇のエンジンを生み出したグランドギルドですらあくまで目標だったものだ。


「現在の私たちにとってはおとぎ話のおとぎ話です。本来ならグランドリドルについて考えることはあまりに無謀です」

「ええ。そもそも本当に実現可能だったのかすら分からないものですからね」


 錬金術なら鉛を黄金に変える方法だ。


「ですが、アレを見てしまった以上、認識を改める必要がある」

「はい。透明な魔力結晶は究極の魔力結晶とつながっている可能性があります。それに黒い魔導金属は……」

「究極の魔導金属に絡むかもしれない、ですね」

「それに関して記録に残る出来事をまとめるとこうなります」


 ・黒の禁忌の乱

 ・魔導艇新型エンジンの配給

 ・グランドギルドの滅亡


「黒の禁忌の乱がグランドギルドにおける透明な魔力結晶の進歩にかかわったとしたら、黒い魔導金属が関係している可能性がある。となると旧ダルムオンが絡んでくる」

「グンバルドとつながっている可能性が高い、あの旧ダルムオンの集団ですね。魔導艇のエンジンを黒い魔導金属で止めた」


 俺たちのやり取りは続く。


 すべての謎はグランドギルドに繋がる。遺産のブラックボックス問題も深刻だ。そして、俺達が知っていることはあまりに少ない。とはいえ、こうやって整理できるだけの材料がそろったことが進展と考えよう。


 それに、クリスティーヌと力を合わせればきっと……。


「今後もレキウス殿とは長いお付き合いになりそうですね。末永くよろしくお願いいたします」

「ええっと、クリスティーヌ殿下。こちらこそ」

「はい。では、その殿下というのはいささか堅苦しいのではないかと思うのです。これからは二人だけの時はクリスティーヌと呼んでいただけませんか? そう、私たちは同好の士、いわば同志なのですから」

「そ、そうですね。確かにそうかもしれません。では、私のこともレキウスと」


 ◇  ◇


 数百年前。


 大陸の中央、山々に囲まれた円形の盆地がある。盆地周囲の山々には各種の竜が巣くう中にあっても、巨大な結界都市は大陸全てを睥睨していた。


 この偉大なる都市(グランドギルド)の中心は、中央に円形の穴の開いた六角錐の建物だ。魔術研究の頂点であり、集うのはエリート中のエリートだ。


 建物の最上階近い一室では教授が弟子たちに講義をしていた。


「魔術の三要素とは魔導金属、魔力触媒、魔力結晶である。我々の使命はこれら魔術の基盤自体の進歩を生み出すこと。森で魔獣相手に魔術を使うだけの狩人と一線を画している自覚を持たねばならぬ」


 口調は尊大であり、単に魔術を扱える者たち、グランドギルドの外で狩りをする騎士すら見下していることが分かる。それに疑問を唱えるものはこの場にはいない。魔術の根幹と、そして最高峰を扱う彼らにとっては当たり前の認識であり、そして彼らの視線はさらに上を向いているのだ。


「究極の目的はグランド・リドルである。長年停滞していたグランドリドルへの挑戦だが最近の発見により大きな進展が見られた。これに後れを取ることは、我が学派が他の二色に後れを取ることになり……」


 …………


 教授が去った後、残された研究者が会話を始める。話題は当然、魔術研究に大きなブレイクスルーをもたらした発見についてである。ダルムオンと呼ばれる拠点にあった最高等級の魔導金属鉱山で廃棄物として扱われていた“黒い魔導金属”である。


「狩人どもの反乱が契機になったとは皮肉なものだ」

「しかし、最高の白金魔導金属と黒の魔導金属の両方が一カ所にまとまっていることは危険ではないか。また反乱など起こされては研究が滞るぞ」

「だからこそ鉱山の管理は拠点と切り離したのだろう。そして、鉱山にはアレが配備されている。狩人どもがいかに森の中に慣れていようとアレの前には無力だ」

「確かにそうだが、問題は魔力効率だ。水上を走る魔導艇や滑空の補助機関と違ってやたらと魔力を食うからな」

「それに関しても、今の研究が完成すれば問題ない。グランドリドルの一番乗りは我々だ」


 彼らは六角錐の中心、空洞を見る。円筒の周囲に刻まれた模様に沿って地脈の魔力が渦を巻いて吹き上がっている。その中心には透明な結晶が光を放ちながら成長中だった。


「取るに足らぬ狩人どもより油断出来ないのは内側だ。他派閥はもちろんだが、異端どもがおかしな研究をしていたという話は聞いているだろ。ホムンクルス関係のだ……」


 一人が深刻な表情で口にした言葉に、研究者としての功名心にぎらついていた他の者たちの表情が初めて鈍った。


「……いかに研究の為とは言えおぞましい話だ。人間から……を抽出しようとは」

「逃げ出したサンプルは白い髪の……だというがまだ見つかっていないらしいぞ」

「そもそも、失敗作を外に捨てていたという話もある」

2020年8月30日:

六章の投稿開始は9月13(日)の予定です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 錬金術、政治などでも頭が回る主人公が、好意に関しては朴念仁過ぎるのが不自然で気持ち悪い。 ハーレムを描くためだからなのでしょうけども、廃嫡された後に好意を信じられなくなった過去がある。…
[気になる点] 同士だろうと普通名前呼びは断るでしょ ハーレム作るためにそっち方面だけ鈍くしてるのが凄く奇妙 恋愛に鈍いとかじゃなくて身分ある立場として考えられない人間じゃないだろうに そこだけ異様に…
[良い点] ホムンクルスの件は、伏線は 張って有ったけど、殆ど出て来なかったけど 次章からは、絡んで来るのかな? シフィーが、ホムンクルスの系譜だとは思う。 人工生命体の特徴、特定の人種に対する執着は…
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