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#閑話3 大国の宴

 リューゼリオンの城が丸々入りそうな巨大な広間と、そこに集まる呆れるほどの数の人間。首飾りの間というのだったか。太湖を囲む多くの都市を象徴した名前なのだろう。彼らが纏う色鮮やかな衣服、皿にあふれる様々な料理、そして並ぶ酒の瓶。


 二十の都市を束ねる荘厳な宴に、私は感心よりも圧迫を感じる。目の前にあるのはリューゼリオンなら一生見ることがなかっただろう、けた違いの富と力の誇示だからだ。


 つまるところ、本来なら私の席など決してない場所だ。


 だが、私は今その首飾りの間のさらに奥の院に座っている。私の目の前にいるのはすべて各都市の代表だ。


 それだけではない。リューゼリオンは昼間の大会で、目の前のこれらすべての都市を下して優勝している。そして今、その成果をひっさげてラウリス連盟盟主と同盟について交渉中だ。


 つまり、私が今この場で代表しているのはラウリス連盟という、巨大な富と力の集合体と向かい合う立場ということになる。


 さらに言えば、ラウリス王との直接会談は予定外だ。あの男、レキウスが「エンジンの中身についても知っている」と言い放ったことが事態をそう動かしたとしか考えられない。レキウスの発言が引き起こした以上、おおよそ容易ならぬ状況のはずだ。


 つまり、ただでさえ難しい私の立場は、その挙動一つとっても極めて慎重でなければならないということになる。いまだ学生の身で、この状況は率直に言ってなかなか厳しいと言わざるを得ない。


 これまでの私にとって二大勢力の対立というのは、一つの都市の騎士院でのデュースターとグリュンダーグという二つの“家”の対立のことだったのだ。


 もちろん、リーディア様はもっと厳しい状況なので、私が逃げることもできない。それに、この場で私は一人ではない。


 横で心細げな眼を私に向けてくる少女を見た。先ほど騎士見習いの身でエンジンの解説をさせられたのだ。私よりもさらにこういうことに不慣れな身で。やはり、私がしっかりしなければなるまい。


「先生、大丈夫でしょうか」

「……」


 前言撤回だ。この娘の頭の中に今の状況はない。先生レキウスよりも先に自分の身の安全を考えるべきなのだ。いや、ある意味これもあの男のせいだな。悪いのはすべてレキウスだ。


 私がこの状況を作り出した元凶を呪っていると、シフィーの方に一人の学生らしき少女が近づいてきた。私は彼女をかばう準備をする。だが、シフィーは少女に対して小さくぺこりと頭を下げた。


 よく見ると予選で見たトランの選手だ。確か魔導艇のことで世話になったのだったか。なるほどその時の交流を温めなおすというわけだ。それぞれ自分の都市を離れた同士の交流というわけだ。


 彼女の後ろに禿頭の男がいなければだが……。先ほどの会議でトランの代表として発言した男だ。


 …………


「ふむふむ。サリア殿はリーディア殿下のパーティーメンバーということだ。つまり、リューゼリオンの将来の柱石というわけだ」

「過分なお言葉です陛下。ですが、私はまだ学生に過ぎません」


 私の目の前にいるのはトランの王だ。ラウリスに留学中のトラン代表エベリナがシフィー相手に作った伝をもって、リューゼリオンと接触を図ってきたわけだ。リューゼリオンの将来の柱石とは言ってくれる。そんな立場じゃないから苦労している。


「こちらこそエベリナ殿には大会の準備においてずいぶんとお世話になったと聞いております」


 出来る限り丁寧にかつ慎重に応じる。トランは旧ダルムオンを挟んでリューゼリオンに最も近いラウリス連盟の都市だ。グンバルドが東進してきたときには、リューゼリオンと並んで前面に立つことになる。しかも、今回ラウリスに来る途中で通過したが、明らかにリューゼリオンよりも規模が大きな都市だった。


「初参加ですべての都市を下して見せたリューゼリオンを手助けしたなどといってもらえれば面目もたつもの。この縁は大切にしたいところだ」


 そういってエベリナとシフィーを見る。トランとの交流を深めることは基本的にはもちろん賛成だ。いや、今後のことを考えれば必須とすら言える。ただ……。


「それにしてもリューゼリオンには魔導艇は存在していないと聞いたが、いかにしてあのような技術を……」


 その言葉に背筋にぞわっという感覚を覚えた。付かず離れずこちらをうかがっていた周囲の耳目が一斉に集中するのを感じる。当然だろう。彼らにとって一番の関心事だ。


 「私が聞きたい」という言葉を押し殺す。私が知っていることなど些細だが、その些細な情報すら極めてデリケートな扱いを要する。その一つ一つが、連盟を揺るがす可能性すらあるのだ。


 ちなみに私よりもずっとよく知ってるであろう隣の少女を表に出すわけにはいかない。いろいろな意味でだ。間違って「先生」の自慢でも始められたら……。


「リューゼリオンは結界の維持の為苦労してきた経緯がありますので。おのずと遺産には関心を持っておりました。その経験がたまたま生きた形でしょうか」

「なるほど」


 間違いなく望みの答えではなかろう。向こうも当然私がしゃべるなどと思ってはいない。というか、私の感覚では先ほどまでのレキウスの情報開示すらやりすぎだと思っていたのだ。


「クリスティーヌ殿下とも実に深い関係を築かれているようですな。殿下は東西交易に関心が深く、トランも連絡を密にしていたつもりだったのだが、いつの間にリューゼリオンと、いやはや今回のことを考えればさすがの手腕というしかないのだが……」


 王の口からこの状況を作り出したもう一人の元凶の名前が出る。こちらもまた頭が痛い相手だ。


 私はここにきた当初、クリスティーヌ王女のことを調べた。リューゼリオンにとってはラウリスにおけるただ一本の頼り綱なのだから当然だ。その結果は彼女の公的な影響力は極めて限定的というものだった。正直リューゼリオンにとっては頼りないと言わざるを得なかった。


 だがそれも過去のことだ。先ほどの話し合いでの堂々たる仕切り、今のトラン王の言葉を考えても、かの王女の政治的影響力は極めて大きくなっている。そのこと自体はリューゼリオンにとっては幸いかもしれない。


 それに、デュースター本家にとってみれば、ラウリスとの関係を王家に奪われた形になる。グリュンダーグというよりも王家に属する私にとっても悪くない話だ。


 だが、彼女とリューゼリオンをつないでいるのは、目の前の男には想像もできない形なのだ。


 かの王女のレキウスを見る目。さらに、リーディア様との軋轢。彼女の存在が大きくなればなるほどこの問題は拡大する。考えたくないが、あの二人がレキウスを巡って争うことが連盟とリューゼリオンの関係に対して最大の不確定要素ということもあり得る。


 リーディア様はリューゼリオンに引き上げてしまえばなどと甘いことを考えているようだが、とてもそんなことでは収まるまい。


 今回のことでラウリスにとってもかの王女にとっても、あの男は決して手放せない存在になったはずだ。いや、今もさらにその重要性が上がっている可能性が高い。


 というかレキウス自身どうするつもりなのだ。文官の身で二人の王女を両脇に置くなど、一国の王でもやらないぞ。


「何にせよ、今後リューゼリオンとの関係は長く重要なものになりそうだ。どうだろうか、私が一度リューゼリオンを訪問するというのは」

「なるほど。確かに未来を見据えた交流は大事です。陛下のご希望は必ず我が王に伝えます」


 そんなことを決められる立場じゃないんだ。私は引きつりそうになる頬を何とかなだめながら言った。視界の横ではシフィーがエベリナに話しかけられている。リューゼリオンの力を知る前に、シフィーに助言したところを見ると性質のよい娘なのだろうが、それが今の状況で意味を持つかは極めて疑問だ。


「トラン王陛下。私にもリューゼリオンを紹介していただけませんか」

「おお。パルモン殿。ああ、もちろんだとも。サリア殿こちらはカルディアの代表で……」


 私たちの会話が途切れるのを待ち構えていたように、別の男が近づいていた。カルディア、確か西岸の有力都市だったな。リューゼリオンに敵対的なランデムスとは対照的な位置にある。これまた今後を考えればおおよそおろそかにできない相手だ。その男の周囲には何人もが順番を待っている。おそらく西岸の都市の代表だろう。


 一歩たりとも間違うことができない綱渡りがどれだけ続くのか、気が遠くなる。


 なるほど、確かに連盟にリューゼリオンの価値を証明することは必要なことだったのだろう。だが、もう少しだけでも加減は出来なかったのか。

2020年8月16日:

次の投稿は日曜日です。

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― 新着の感想 ―
[一言] サリア様、良い仕事をなさっていますね。 さて、レキウスのことが気になって気になって仕方ないようですが、そういうのを何と言いましたでしょうか。
[良い点] サリア様 レキウスの代わりに、家に継ぐ為に養子になったのに なんでこうなった。との思い良くわかります。 レキウス被害者の会が、間もなく結成されるだろうな。
[一言] 加減できる状況ではないから仕方ないです。 クリスティーヌのハートを射止めたのは、(リーディアには)余計でしたけど。 デュースター家が行動に出る前に、外交成果を彼らに対抗できる力に変えなくては…
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