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#20話 「兄対兄」

「あの時は文官の身でどこまで大口をたたくのかと思ったが。実際にはずいぶんと謙遜していたわけだな」


 ラウリス王との交渉が終わった後、俺は巨大な海図のある部屋に連れてこられていた。直立不動のマキシムが扉を守る二度目の提督室だ。俺は立派な机の前、ではなく会議用のテーブルでレイアードと向かい合わされている。


 待遇としては上昇かもしれないが、両手を合わせた上に顎を乗せた相手の顔からは状況の好転は感じ取れない。俺だけを呼び出した意図も不明だ。


「実はあの時点では半分くらい大口だったのですが」

「……改めてマキシムに確認したが、確かにクリスティーヌに貸した魔導艇を見るまでエンジンの存在についてすら知らなかったようだな。アレを見た後では本当に信じがたい話だが」


 扉の前に立つ騎士がびくっと震えた。彼は改良型エンジンの最初の試運転に付き合っている。大会数日前にリューゼリオンのエンジンが、母都市を圧倒することを知っていたことになってしまったのだ。


「エンジンの改良に関してはクリスティーヌ殿下にご協力いただいた結果でございます。試運転などもいろいろとご配慮いただきました」


 責任者はあなたの部下じゃなくて身内ですよと一応フォローしておく。


「毎晩のように密会していた成果が出たわけだな」

「我々が毎晩懸命に“仕事”をしていたことは結果で証明したつもりでございます」


 その毎晩の中にあの一夜も入っていると考えると怖いが、あくまで仕事で押す。


「……」


 相手は押し黙った。そちらだって大切な妹君が文官如きと酒盛りしてたなんて困るだろう。いや、あれも仕事だったのだ。実際にエンジンの改良に役に立ったのだし。


「気になっていたことを一つお聞きしてよろしいでしょうか」

「この上まだラウリスを揺るがす何かを知っているというのか」

「違います。クリスティーヌ殿下がどうやって存在すらろくに知られていないリューゼリオンを大会にねじ込んだのかです」


 そもそも魔導艇大会で連盟の度肝を抜いて同盟を成立させるという企みは、彼女の発想だ。


「お前が知らぬわけがあるまい」

「実は私はエンジン改良だけでいっぱいでございまして。政治関係はクリスティーヌ殿下にお任せしておりました。気が付いたら参加は決まっており……」


 こちらは魔導艇大会というものが存在すること自体、つい最近まで知らなかったのだ。


「交渉よりもエンジンいじりが得意な文官とは傑作だな……。ふむ。しかしそうするとお前は己が都市の運命をクリスティーヌに丸々委ねたことになるな。ほう、我が妹ながら信頼されたものだ」

「…………」


 痛いところを突かれた。リューゼリオンの文官失格の失態だな。結果的にはそう分担しないと絶対に間に合わなかったけど。


「まあいい。確かにその話を先にした方がいいかもしれんな」


 俺に文官失格の烙印を押して溜飲が下がったのか、レイアードは聞き分けがよくなった。


 …………


 とはいえ、聞かされた内容はなかなかに過激なものだった。


「つまりクリスティーヌ殿下はリューゼリオンの大会参加を、ラオメドン王子への嫁入りを承諾する代わりにねじ込んだと」

「ランデムス側からの以前からの要望でな。非協力的な態度が目立つようになっていたランデムスに対して穏便な形で協力を確保したいというラウリス側の事情もあった」


 考えてみれば、最初にレイアードと合った時も、二人はそんな感じの話をしていた。己の身をかけた政治的綱渡りだ。俺がエンジンの改良に失敗してたらどうするつもりだったんだ。


「私はこの話には絶対反対だったのだ。ランデムスの態度自体、ラオメドンが誘導していた節があったのだからな。副提督の立場にありながらそれを利用するなど許しがたいではないか。だが、西方から戻ってきたクリスティーヌは自ら……。しかも、リューゼリオンなどという聞いたこともない小さな都市の便宜の為に……コホン」


 レイアードは咳ばらいをした。どうやら聞いたこともない小さな都市の人間相手に話していることを思い出したらしい。


「私としてはだ、何とか完走さえしてくれればクリスティーヌの面目を保つことができるようにと考えていたのだ。……それが蓋を開けてみれば全てがひっくり返ったわけよ。もっとも、お前たちは最初からそのつもりだったのだろうがな」

「それに関しては……我々にとっても最良の形であったとしか言えません」

 そんな恨みがましい視線を向けられても、こっちも綱渡りだったのだ。

「……まあ、今回のことで話が白紙に戻ったのは良かったが。お前も当然そう思うだろうな」

「それは、無論そうでございます」


 意味深な視線を向けてきたレイアードに答える。親リューゼリオンのクリスティーヌが反対派のランデムスに押さえられてしまうというのは政治的に悪夢だ。もちろん、個人的にもよかったと思う。ただ、その無茶をこっちは全く聞かされていないわけで、もちろん聞かされていても何ができたかは疑問だが、いやでもだな……。


 それはともかく、彼は彼なりに妹のことを心配していたのだ。なるほど言いたいことの一つもあるだろう。


「レイアード殿下のご心労お察しいたします」

「お前に察せられてもあまり心が収まらぬ。で、あらためて聞こう、これからどうするのか」


 でもそれは妹君に直接言うべきではという疑問を飲み込んで慰めたのに、共犯扱いの俺の言葉は通じないようだ。


「リューゼリオンとしては先ほど申しました通り――」

「リューゼリオンではなくお前の意思を聞いている。クリスティーヌは正式にリューゼリオンとの窓口になる。場合によってはリューゼリオンに派遣することもあり得るだろう」

「……」


 それって俺が決められることじゃない。完全に過大評価されているが、本都市(ごく)における俺の立場は目の前の王子の想像の十分の一、いや百分の一だ。王家の下にある護民騎士団の、その事務官だからな。


 文官長じょうしが今のこの状況を見たら頭を抱えるぞ。騎士院の両家に至っては……。


「そういえば、リーディア殿下にもずいぶん信頼されているようだな」

「私はリーディア様の右筆でございますから」

「また謙遜か。私はエンジンに対するお前の言動から、先ほどの交渉まで見ているのだ。そもそも、今回の件はリューゼリオンにとって大事であったはず。事前準備に先発した一文官のようにふるまっていたが、実際には大会に至るまで全てを取り仕切っていた。リーディア殿下はお前が用意した航路を走っただけではないか」


 まあ、この前ここで連盟の将来まずくないですか、と分析を披露して、今回それを証明してしまったからな。とはいえ、それは過大評価なのだ。むしろリューゼリオンを離れていたからこそ勝手に出来たというのが正しい。


 とはいってもそんなことを言おうものなら、これまでの交渉結果まで棄損してしまう。この王子が俺に何を要求しているのか、それも把握できないのに優位を捨てることは出来ない。


「聞き方を変える。先ほどの話ではないが王家同士の婚姻は都市間の関係において重要だ。ラウリスとリューゼリオンの関係を深めるため、リーディア殿下と連盟のどこかの縁談などどうか?」

「リーディア様を政略の駒として扱うつもりならば、私にも覚悟があります。確か殿下はラウリス艦隊の責任者であったはずですね」


 俺は目の前の男をにらんだ。これに関しては遠慮しない。さっきまでの過大評価を訂正しなかったのも、こういう時の為だ。


「やはり親しいのではないか」

「あえて言いましょう。リーディア様は私にとっては妹も同然。妹の未来が少しでも本人の希望に沿うように助けるのが兄では? 妹が難しい立場にあればなおさらです」


 クリスティーヌは今回の事態をある意味利用して、己の立場を勝ち取った。おとなしく見えて自分の目的の為には手段を択ばない強さがある。そのしたたかさも聡明さも魅力だが……。

 だが、リーディアは一見わがままに見えても自分の義務を常に意識している。今回も予選本選、そして先ほどの交渉と堂々としたものだが、それは彼女の責任感に支えられた態度だ。俺はそれを理解していなければならない。


「殿下も妹君が意に沿わぬ縁談を心配しておられたではないですか」

「なるほど。もっとも、そう思ってわがままを聞いたらこんなことになった」

「妹というのは多少わがままなくらいが可愛いものです」

「多少、ならばそうだな」

「……」

「ふむ。やっと多少読める顔になった」


 レイアードは両手から顎を離した。


「……で、私の妹をどうするつもりだ。そのわがままのおかげでクリスティーヌの立場は強化されたのかもしれぬ。だが、それはいわば東西の連盟の対立の前線に立つことでもある。兄ならば当然心配するのではないか?」


 さっきまでよりは多少柔らかくなった表情で再度問われた。そういわれればこちらも弱い。


「殿下が兄としてクリスティーヌ殿下の将来への希望を尊重され、そのために努力なさる限り、私も殿下の大切な妹をお預かりする覚悟をいたしましょう。私がこの場で殿下にお約束できることはそこまでです」


 一文官の立場で、ラウリスの王女の保証をするのは極めて困難だが、兄同士の義理ということならば仕方ない。俺自身が彼女に対して少なからず好意を抱いているというのもあるが。


「なるほど、そこら辺が落としどころというわけか。今のところはその答えで良しとしよう。何しろエンジンの性能を二倍に引き上げて見せた男の言葉だからな」


 レイアードは言った。そして無言で立ち上がった。過大評価が肩に重い気分だが、やっと解放される。俺は一礼して出口に向かう。


「クリスティーヌの選択を尊重か……。ちなみにここに来る前にクリスティーヌに聞いたのだがな。ランデムスではなければどこに嫁ぐかと。何と答えたと思う?」


 マキシムが開けたドアを通り過ぎたところで、そんな言葉が背中に届いた。


第五章『レース』完結です。ここまで読んでいただきありがとうございます。


ブックマークや評価、多くの感想や誤字脱字の報告など感謝です。

おかげさまで第五章も最後まで書き上げることができました。


今後の予定ですが、六章開始まで閑話的な話をいくつか挟みたいと思います。

毎週日曜日に投稿していく予定です。次の投稿は日曜日になります。


第六章は『狩猟大会』というタイトルを予定しています。六章の投稿日などについては閑話が終わった後に改めてお知らせしたいと思います。


それでは狩猟騎士の右筆を今後ともよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば、2位以降の人たちの面子は守られたのだろうか [一言] リーディアは他の人たちにリードされてる感じですね レースより恋のドタバタ劇にワクワクしてました。 エンジンは、不可侵…
[一言] 身内以外との会話の中で妹扱いされた話をリーディア様が耳にしたら一体…
[良い点] 本章も楽しませていただきました。 [一言] 同盟の締結やエンジンの解析等確実に良い方向には進んでいる感じですが、リューゼリオンが内憂外患な状況は変わらず。 とりあえず外の脅威に対しては多…
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