#19話:後半 エンジンの中身
「それで、エンジンの中身に問題があるといったな」
兄妹の間を縫うように、父が俺に聞いた。先ほどの驚きの表情は完全に消えているが、眼下の光はさっきより危険だ。
「この透明な魔力結晶、表面のあちこちに細かいヒビが入っております。詳細な魔力の流れの分析から、このヒビの目立つ位置と、エンジンの魔力にわずかな乱れが感知される場所が一致しております」
昨夜このヒビを発見した時、驚きが収まった後で襲ってきたのは実は恐怖だった。もし六色の魔力触媒で無理をさせたことでこのヒビが生じたのなら大問題だ。それこそランデムスの王子の言葉の証明になってしまう。
だが、それまでの観察記録と突き合わせた結果、ヒビは黒側の三色を使う前からあったと判断できた。つまり、俺たちの責任ではない。これは良かった。
ただ、それでも俺はこれから口にすることに緊張せざるを得ない。ヒビが俺たちの責任ではなかったのを幸いというには、このわずかな結晶の曇りは深刻すぎるのだ。
「待て。我々は日々エンジンを用いているが魔力の乱れなど感じていないぞ」
「我がリューゼリオンには魔力を騎士よりも詳細に検出する手段がございます」
「クリスティーヌ」
「レキウス殿が実際にそれを用いるのを見たことがあります。それをもって私の魔導艇を救ってくれたのですから」
「む、むう」
「レキウス殿は騎士ではないにもかかわらずエンジンについてこれだけの理解があるのです。そういった手段なしには考えられないではないですか。むろん、兄上の驚きは分かります。私も最初見た時はとても信じられなかったですから」
「その程度の問題ではないだろう」
「では兄上。兄上はもし私がレキウス殿にはエンジンの性能を二倍にする力があると言ったら、信じていただけましたか?」
クリスティーヌは平然を装って言う。……ラウリスに来る前の俺に、ここまでの成果が出ると言ったら、俺自身が信じなかったけどな。
「………………続きを聞こう」
どう見てもこれ以上聞きたくないという顔でレイアードは言った。
俺だって言いたくないけど、言わないわけにはいかないことだ。
「私共の考えではこのヒビの意味するところは、エンジンは遠からず寿命を迎える可能性があることです」
エンジンには透明な魔力を蓄える透明な魔力結晶が必須だ。問題は、その追加部品の寿命が本体よりも短そうだという点なのだ。いや、その寿命が迫っていることというべきか。
「あくまで予測ですが、透明な魔力結晶の劣化による魔力の乱れはエンジンの効率を下げるのみならず、それ自体がさらなる劣化を生む要因になる可能性がございます。つまり、今後劣化はどんどんその進行を早める危険性を考えねばなりません」
「…………父上はどこまでご存じだったのですか?」
レイアードが表情を消していた父親に聞いた。まるで一人だけ取り残されたような、その表情は少し切ない。
「エンジンの内部に存在する特別な魔力結晶がいずれ劣化する可能性がある。劣化の兆候は魔力の乱れとして現れる。そのものの申した通りのことが代々の王に伝えられている」
「大問題ではないですか」
「わかっておる。だが、ラウリスが都市として成立してから百年、二百年とエンジンは全く変わらず動いてきた。その間にラウリスはどんどん大きくなり、歴代の王はこの問題を忘れた。残ったのは代々引き継がれる伝承としてだけだ。それに、対処しようにもその特別な魔力結晶は今となっては」
エンジンが順調に稼働している間に、ラウリスはそれをもって都市連盟としての拡大を果たした。そして、今になってエンジンが寿命を迎えた。グランドギルドがあれば劣化した魔力結晶を新しいものに取り換えてくれたのかもしれない。だが、今や不可能なのだ。
そりゃ俺達を連盟のお歴々から隔離する。もしあの場でエンジンはその内使えなくなるなんてぶちまけられたら、連盟の序列どころかそのものが崩壊する。収拾が付かない混乱のはじまりだ。
「それでエンジンは…………後どれほど持つのだ」
「わかりません。想定よりも早めに問題が感知できたという意味で、もう少しは余裕があるのかもしれません。一方、ここ二十年の大会記録を見る限り、楽観はできないと思います」
「…………透明な魔力結晶を新しく得る方法は?」
「現時点では何も。ただ、エンジンの劣化が魔力の乱れによって促進されるのなら、六色の魔力触媒によるエンジンの効率化により寿命が延びる可能性はあります」
王は腕組みをすると、娘を見た。
「今の発言についてクリスティーヌの意見は」
「はい。基本的に同意いたします。ただ、私自身はもう少し楽観的です。その理由ですが、レキウス殿がエンジンのことをお知りになってから、ここまでの成果を上げるまで、一月の時間しかかかっておりません。つまり、リューゼリオンとの関係において最大の利益は、今回のエンジンの改良ではなく、今後得られるかもしれないあまたの知識と考えています。透明な魔力結晶に対しても、それは期待できるかと」
クリスティーヌは俺に向かって柔らかく微笑んだ。いや、確かに透明な魔力結晶の研究には取り組むつもりだけど、今のところ見通しは全くないのだけど。
「ええ、我々としてはそちらの面でも協力する用意があるわ」
リーディアも当たり前のように続いた。まあ、交渉としてはこれで正しいんだけど。
二人の王女の言葉を聞いていたラウリス王は、何も答えることなくそのまま沈黙した。やがて、俺達を見る。
「リューゼリオンとの同盟関係を締結したい。そちらの条件は?」
王はリーディアに聞いた。同盟を結んでやる側から、結んでもらう側になってるな。
「グンバルドの東進に対して共同で対抗するための対等な同盟をリューゼリオンと締結すること。それに付随してラウリスとの迅速な連絡の為の魔導艇の提供、その運営の為の充填台の提供というのがこちらの条件。これが表に出る部分ね。次に、透明な魔力結晶について今後の知識の共有。これについてはリューゼリオンとではなく、リューゼリオン王家とラウリス王家という形にしてもらいたいわ。そちら側としてもおいそれと表に出せることではないはずでしょうし」
「受け入れよう」
ラウリス王はそういうと息子と娘を見る。
「情報を守り迅速に事を進めるため、ここにいるものが中心になって動く。私は盟主として連盟各都市の説得にかかる。レイアードは魔導艇の総点検と今後の運用について早急に体制を整えよ。……クリスティーヌは締結する同盟に関して早急に文章をまとめよ。今後のリューゼリオンとの折衝に関してもお前を担当にする」
「しかし父上、私は……」
「わかっている。今後のリューゼリオンとの関係を考えても、お前を外すわけにはいかん。あの話は白紙に戻す。……ことと次第によっては東岸に対して強権を用いざるを得ぬしな」
厳しい顔でそういうと、改めて娘を見た。
「嫁ぐ前の最後のわがままなどと言いながら……」
父親の呆れたような声に、娘は優雅にほほ笑んだ。
どうやらラウリス連盟との対等な同盟は達成できそうだ。王の決断を聞いている限り、可能な限り早く話は進むだろう。それでも、動き出すまではある程度時間は必要だろう。
となると、後はこの同盟にグンバルドがどう反応するかだな。