#19話:前半 エンジンの中身
俺とリーディア、そしてエンジンが通されたのは本宮の奥の奥だった。比較的小さな部屋で、左右に二つの椅子が置かれている。白く滑らかな椅子は巨大な魔獣の牙か何かだろうか。表面を覆う六角形の模様は、俺の知識にある魔獣には見られないものだ。
周囲に書かれた壁画は色が掠れており、かなり古いように見える。ラウリスのところどころにある色鮮やかな壁画とは趣が大分違う。描かれているのは山に囲まれた完全な円形の都市だ。ラウリスよりも大きな都市に見える。
「ラウリスの“ギルド代表”がグランドギルドからの使者と会談していた部屋と言われています。私も入るのは初めてですが……」
ラウリス側から唯一俺たちに付いて来ていたクリスティーヌが言った。
「何かあるわね」
「はい。父が理由なくこの場所を選ぶことはないでしょう」
ラウリス王との直接会談はこちら側には願ってもないが、それだけに不自然さが否めない。この巨大都市の王であり複数の都市を束ねる連盟の盟主と、一都市の王女で学生のリーディア。単純計算で格が三段は違う。つまり、あの王様にはそれでも俺達だけと話さなければならない理由があるということだ。
当然、単純に喜べる状況ではない。
「思い当たることはあるの?」
「そうですね。話の流れからエンジンの内部に関わることと考えられます。それもごく限られた、ことによれば一人しか知らないことかもしれません」
俺は運び込んだエンジンを見て言った。ここまで台を押してきたのは俺だ。そして、俺にそうするように指定したのはラウリス王と何か会話を交わした後のレイアードである。
ラウリス王とレイアードが入ってきた。ラウリス王が右に座り、リーディアに左の席を進めた。王の横にはレイアード、リーディアの横に俺とクリスティーヌが立った。
「エンジンの中身に手を出せる。そう口にしていたが」
レイアードと目配せを交わした後、口を開いた王は俺に聞いてきた。
「そのことに偽りはございません。ただ、その前にお尋ねいたします。それをお聞きになるということは、陛下はエンジンの中身について何らかの問題を認識しておられるということでしょうか」
「連盟との対等な席を望んだのはリューゼリオンであるな」
格の違う会談に応じてやったから先に手札を切れということらしい。向こうの情報がおいそれとは口に出せない深刻なものだということだ。
つまり、ここからの話の流れによっては誰一人リューゼリオンに帰れなくなる。俺はリーディアに視線で確認した。彼女は頷いた。
エーテルの瓶を取り出す。エンジンの模様を“半分”だけ洗い流した。残ったのは三色。橙、紫、黄だ。本来のエンジンとは異なる色と、方向の模様だけが残ったことになる。
リーディアがエンジンに魔力を通す。本来ならエンジンはただ逆に回転するだけなのだが……。
台の上でエンジンの後部、それもお尻の部分だけが後ろに動き始めた。ちなみに長めのエンジン台を用意してもらったのはこれに備えてだ。
ラウリス王家の三人が息をのんで見守る中、前後二つに分かれたエンジンの間からきらめく何かが表れた。天井の光を反射して輝くのは円筒形の透明な結晶だった。
レイアードは口をぽかんと開けている。ラウリス王すら驚愕の表情を隠せていない。クリスティーヌは手で口を覆った。
まああれだ、昨夜の俺達と変わらない反応だ。
実はこいつに関しては俺達もまだ分からないことだらけである。何しろちょっとした好奇心で試したことが、文字通りエンジンの秘密をむき出しにしてしまったのだ。ちなみにその場にいなかったクリスティーヌには「透明な魔力結晶を確認できた」とだけ伝えている。
「まず、先ほどランデムスのラオメドン殿下のご懸念ですが。遺産であるエンジンに不用意に手を加えることは確かに危険です。用いるのが得体のしれぬ色の魔力触媒ということならばなおさら慎重にあるべきでしょう。ですが、今見ていただいたようにエンジンには、橙、紫、黄の三色により稼働する仕組みが隠されておりました。つまり、この三色はグランドギルドの技術の範疇に入るのです」
無言の三人に主張する。そう、グランドギルドは黒側の三色の魔力触媒を用いていたのだ。拠点の狩猟者たちに教える気は全くなかったみたいだが……。
「これをもって安全と主張するつもりはございませんが、少なくとも得体のしれぬ魔力触媒ではないかと。それで、次が本題なのですが……」
少なくとも異論が出なかったので、次に中身である透明な魔力結晶を指さす。水晶の様に綺麗な結晶だが、その表面にはところどころ光の反射が鈍っている。こっちがまた大問題なんだ。
「もう一点ですが、この魔力結晶には先ほど問題にされた懸念どころではない――」
「まて、まずこれは何だ。魔力結晶? 色が着いていないぞ」
レイアードが俺の言葉を遮った。
「えっ、あ、はい。これは透明な魔力結晶です。地脈の魔力を蓄えるためのものですね。多分ですが」
「透明な魔力結晶……だと!?」
どうやら反論がないのではなく、反応できなかったようだ。そういえば、最初に会った時「エンジンとはそういうものだ」といってたな。彼にとっては見知らぬ黒の魔力触媒に続いて、透明な魔力結晶まで登場したわけだ。説明を急ぎすぎた。
「クリスティーヌは知っていたのか」
「……レキウス殿がエンジンの中に透明な魔力結晶の存在を仮定しておられましたので。レキウス殿のお考えではエンジンは結界器同様、地脈の魔力を用いますが、地脈に直結しておりません。したがって、それを蓄えておく仕組みが必要という仮定は納得できるものだと思っておりました。もちろん、それが見つかったということも教えていただいています」
クリスティーヌは兄に対してすました顔で答えた。ちょっと額が汗ばんでるけど。
「そういう問題では……。マキシムは何をしていたのだ」
レイアードは整った髪の毛をガシガシと掻きむしる。おかしなところにとばっちりが行っている。
「それで、エンジンの中身に問題があるといったな」
兄妹の間を縫うように、父が俺に聞いた。先ほどの驚きの表情は完全に消えているが、眼光はさっきより危険だ。