#18話:後半 後夜祭
エンジン入場に合わせて、俺とシフィーは立ち上がった。場の全ての人間の視線が集まる中、両側に分かれて覆いをとる。
現れたのは六色で彩られたエンジンの表面である。
「なんだあのおかしな色は魔力触媒なのか?」「あそこまで表面を覆っては魔力が無駄になるはずだぞ」「見ろ、おかしな色の触媒は方向が違う」自分たちの常識とはかけ離れたエンジンの姿に、会場は騒然となった。
「ではこのエンジンについてリーディア殿下の騎士団のシフィー殿に説明していただきましょう」
クリスティーヌの言葉に、シフィーがぎこちない足取りでエンジンの前に出た。小柄な少女の姿に代表たちは戸惑いの顔を並べる。ただでさえ年齢よりも幼めに見えるのに、着ている制服が大きいので余計にそう見える。エンジンの整備の為、魔力触媒などで汚れてしまっていたのでリーディアの制服を借りているのだ。
シフィーは一度深呼吸をすると説明を開始した。
「まずこの魔力触媒の色について説明します。これらの橙、紫、黄の三色は我々が通常用いている赤、青、緑の三色と、それぞれ補完関係にあります。そして、その補完関係を……」
白髪の少女に会場から注がれるのは血走った目だ。大広間の方からも視線が集まっている。リーディアと違って大舞台に立つのは慣れていないシフィーだが、一つ一つゆっくりと説明していく。
説明そのものは基本的な内容のみだ。
彼らもそれぞれの都市の有力騎士である以上、結界器に対しての最低限の……本当に最低限だが、知識はある。もちろんエンジンについてもだ。それらを例えに出して補完関係にある六色で回転を強めてやるということだけが伝わればいい。
というより、この場でそれ以上の説明はできない。知識や技術レベル的にも政治的にもだ。このエンジンの知識にはリューゼリオンの優位性のほぼすべてが詰まっている。
「では実際に動かしてみます」
シフィーが台の上のエンジンを稼働する。俺は参加者に向けてエンジン台を回転させる。鋭くも小さい白い光が、圧倒的な力となって会場の“騎士”全員の感覚を薙ぐ。エンジンの放出が近づいてくるまでは、拍子抜けしたような顔をしていた彼らが、いざそれを正面から浴びると驚愕の表情になるのが面白い。
やっぱり実際に感じてもらうのが一番だ。説明が要らない。まあ、俺はエンジンから何も感じないんだけど。
「以上で我々リューゼリオンが昼間のレースで用いたエンジンの説明を終わります」
静まり返った会場。俺たちは説明の衝撃が伝わっていくのを待つ。やがて、レイアードが口を開いた。
「このエンジンと従来のエンジンではどれほどの出力の差があるのだ」
「実際に操縦した私が答えましょう。出力は最大で二倍、その状態でエンジンの容量が尽きるまでの時間は同じといったところね」
「……つまり、普通の二倍の速度で二倍の航続距離を持つエンジンということか」
レイアードは奥歯をかみしめるように言った。途端に黙っていた会場がざわめき始める。「そんなエンジンがあり得るのか」「こんなものに勝てるわけがないではないか」「そもそも、あのおかしな色の魔力触媒は何だ」「どこで手に入るのだ」。
「次の質問だ。エンジンに加えた改良は、今の説明がすべてか」
「は、はい。変えてあるのは表面だけです。エンジンの内部には一切手を入れておりません」
シフィーが俺をちらっと見て答えた。レイアードはその視線を追うように、こちらを向いた。
「この異質な魔力触媒はどうやって手に入る」
「皆様方がそうしたようにリューゼリオンから持ち込んだものを用いているとだけお答えいたします」
俺は答えた。権限がない文官らしい発言だが、もちろん「教えるわけないだろ」という回答だ。まあ、これをちゃんと作るにはラウリスのエンジン充填台がいるんだけどね。
「正確にはリューゼリオン王家直属の騎士団から持ち込んだ触媒ということになるわ」
「あくまで仮のこととして尋ねる。リューゼリオンとラウリス連盟の同盟が成れば、この技術を連盟艦隊が用いることができると考えていいのか」
レイアードが再び俺に問いかけた。その質問は本来ならリーディア向けだ。ああ、あの夜の大口のせいで完全にマークされているわけだ。おかげで会場の全員がかたずをのんで文官の発言を待っている。
「実は、旧ダルムオンの動向次第ということになります。詳しいことはお話しできませんが、旧ダルムオンで我らが騎士団の実戦部隊が採取した素材を用いておりますので」
「旧ダルムオンに特別な触媒を産する魔獣がいるということか」
「ご想像にお任せします」
文官如きが提督に対して無礼だ、云々が聞こえ始めた。俺たちとレイアードの問答の間に、他の参加者も少しずつ立ち直ってきたようだ。さて、どんな反論が出てくるか……。
「リューゼリオンの意図は明白だ。要は自分たちに代わってグンバルドにラウリスをぶつける算段だ。どれほどの技術であろうと、両連盟の大規模な戦争のリスクに釣り合うだろうか。……そもそも、その技術も知識も、いまわれわれの腕の中にあるともいえる」
発言者をリーディアがにらむ。俺はリーディアが口を開く前に言う。
「我々に何かあれば、本都市は今の説明とは比較にならない詳細な知識と実際の技術をもってグンバルドに挨拶することになります。先ほどリーディア殿下が言ったように、我々がもつ技術の本体はリューゼリオンの騎士団のものでありますので」
「聞いたか、やはり一都市が両連盟を天秤にかけるといっている」
「とんでもございません。確かにリューゼリオンは天秤の中央に位置していますが、このようにラウリスにまず優先的に挨拶に来たではありませんか」
俺は平静を装っていった。実際ははったりもいいところだ。リューゼリオンが抱える秘密のほとんどがここにある。いや、今説明した知識や技術の半分くらいは、こちらに来てから開発した。つまり、リューゼリオンすら知らないのだ。絶対に言わないけど。
彼らにとっては俺達の態度は傲慢に映るかもしれないが、俺たちは危険極まりない橋を渡っている。実際、そうしなければ絶対に間に合わない状況だった。
「最初に申し上げた議題の一方を思い出してください。太湖中央域、つまり連盟艦隊の警備の限界近くで、商船に対する魔獣の襲撃被害が増えているのは皆様も御存じのこと。小規模な業者はもちろん、大商人の中にも時間のかかる沿岸航路に切り替える動きがでております。連盟内の交易の規模と効率が下がるのみならず、商人達の連盟への不満と不信はいずれ無視できないものとなるでしょう」
クリスティーヌが言った。グンバルドと違って東岸も含め、太湖の交易網により利益を得ているすべての都市の問題だ。原因がエンジンの航続距離である以上、エンジンの魔力効率が上がることで一気に解決するのだ。
いや、むしろ今までよりも良くなる。少なくとも当面は……。
「リューゼリオンは連盟に対して同盟に足るだけの利益を提供できる、そう主張するわけだな」
レイアードが言った。二つ目の議題の責任者である彼の言葉に会場の反応は二つに分かれた。半分強が期待の目で、残り半分の大半が苦々しい表情のまま口をつぐんでいる。感情的にはともかく、利益の大きさを認めているということだ。対等な同盟という無茶を考えれば、形勢は逆転したといえる。
「お待ちあれ。私にはその技術に関して大きな懸念がある」
しゃがれた声が上がった。これまで取り巻きに発言させていたラオメドンが口を開いた。太湖東岸の有力都市、グンバルドなど太湖まで出てきたところを叩けばいいという意見の中心、反リューゼリオンの筆頭だ。
「エンジンはグランドギルドの遺産である。我々はエンジンについて、その中身の何も知らないのだ。その者たち自身、エンジンの中身には変更は加えていないといったであろう。つまり、そのような怪しげな触媒がエンジン本体にどれほどの悪影響を与えるかもわからないということだ。もしもその怪しげな仕組みが、我々には見えぬ形でエンジンの内部を損なっていたらどうする。失われては二度と戻らないエンジンに対しあまりに危険ではないか」
口角泡を飛ばしてまくしたてるその主張は、驚くほど真っ当だった。エンジンを下手にいじる。一時的に性能が上がったように見えても、それがエンジンの寿命を損なうのなら、確かにそれは用いてはならない技術だ。
遺産に頼っている現在のわれわれの社会の、もう一つの逃れられない事実だ。しかし、ほとんどの人間が遺産に対して思考停止しているなか、それにたどり着いたのがこの王子か……。
都市代表たちの多くがラオメドンの言葉に注目している。このままだと再び情勢がひっくり返る。
「今の懸念にどうこたえる」
「ご懸念はごもっともと考えます。確かにことは遺産にかかわること。現時点では我らにも完全な回答はございません」
遺産が遺産であることに対する問題だ、ずっとそれに取り組んできた俺には否定できない。
「ですが、二つほど言いたいことがございます。一つは、エンジンの魔力の流れを見る限り、我々の技術がその流れを乱していないこと。つまり、むしろ負担が減っている可能性があること。そしてもう一つは。我々はこのエンジンの内部には何の手も加えておりません。それは先ほどの説明の通りです」
そこまで言って言葉を切る。そして、最後の手札を見せる。
「ですが………………加えることができないとは言っておりません」
「それはどういうことか」
「残念ながら、この場においてはそれを告げることは遠慮させていただきます。我々はレースに用いたエンジンの情報を公にするという約束は守った、そうではございませんか」
俺は提督に対し正面から言った。これは最後の手札であるので、そう簡単には切れない。それに、あの夜の大口分の責任は取っただろう。
俺とラウリスの王子の視線が空中でぶつかった。視界の端でクリスティーヌが口を開こうとするのが見えた。
「リューゼリオンが連盟との対等な関係を求めるとあれば、相手は盟主である私ということになる。本来なら受けるいわれのない話ではあるが、遠方よりはるばる来られた客人への礼儀として、話だけは聞かねばなるまい」
向かいの中心から重々しい声が響いた。つまり、ラウリス王、連盟の盟主、提督と文官姫の父親の言葉である。
持って回った言い方だが、要するにリューゼリオンを対等な交渉相手と認めるということだ。俺達としては望む形だが、これまで一段上の立場で議論を見下ろしていた彼が、俺たちのところまでいきなり降りてきた理由は?