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#8話:前半 平民の星

 学院の最上級生、四年生の階。廊下に白い制服は多くない。最終学年最後の四半期ともなると多くが卒業後の狩猟(じっせん)に備えて狩猟器の調整に余念がない。外での演習も盛んにおこなわれる。準騎士(ギルダー)として実際に狩りに出る学生も三割くらいに達する。


 灰色としては人通りが少ない落ち着く廊下だが、俺はつい左右に視線を配ってしまう。胸にしまった細い紙のせいだ。まあ、仮にこれが学生たちの目に触れても、関心を持つ人間はいないだろうが……。


 まずは正式な仕事が優先だ。俺は約束の相手を探す。


 今日ここに来たのは後輩と会うのが目的だ。落第の前にわずかに重なった男子生徒だ。先輩の俺と違って極めて優秀だった。そして、今や……。


 上の階へ向かう階段から、深い緑の髪を短髪に整えた青年が下りてくる。胸元のメダルには縁がある。すでに準騎士(ギルダー)となっている学生。ただ、刻まれた家紋は都市の紋章を極度に単純化したもの。


 つまり、彼は平民出身者だ。同時に、平民出身者としては異例に優秀だということでもある。学年代表の会議室がある上から降りてきたのがその証だ。最終学年の学年副代表にまでなっているのだ。


 スタートが遅い平民出身者で、実家からの有形無形の援助がないにもかかわらず、準騎士の中でもさらに優れた実力を持つということだ。


 さて、俺の真逆の存在に声を掛けますか……。


「カイン先輩。今回の演習ではお世話になりました。初めてで解らないことばかりでしたので、先輩のアドバイスはとても助かりました」


 口を開いたところで、先を越されてしまった。カインを追って階段を降りてきたのは小柄な女生徒だ。ふわっと広がる肩までの明るい金髪を揺らす綺麗な子だ。一年生だな。少女は熱のある赤い瞳を上級生に向けている。


「いや、ヴェルヴェット君こそ本当に優秀だと思う。さすが一年生の学年代表だ」


 学年代表で、一年生のこの時期に演習に参加している、それは優秀だ。なるほど、彼女が噂のマーキス家の才女か。


 二人は狩りにおける魔力の運用や戦術など、文官の身には全く分からない話をしている。


 エリート男女を見ていると、カインが俺に気が付いた。


「ごめん。今日はここまでで。ボクは少し文官殿と話があるので」


 金髪少女は初めて廊下に立つ文官はいいろを認識したらしい。勝気そうな表情がすっと温度を下げた。


「……わかりました。進級試験までにもっと経験を積みたいと思っています。次の機会にもアドバイスお願いします」


 カインに挨拶して、金髪の女生徒は俺の方に歩いてきた。道を譲った俺の側をまっすぐ通り過ぎる。


「文官があまり学生に干渉しないほうがいいですよ」


 すれ違いざまに抑えた声音が耳に刺さった。さっきまでの礼儀正しく快活な印象の欠片もない。俺は慌てて振り返るが、彼女はこちらを見もせずに去っていく。


 えっと、マーキス家は確か中級の家門だよな。どちらかといえばデュースター派に近いから、ちゃんとした面識はないはずだが……。


「レキウス先輩。城からわざわざ来てもらって申し訳ない」


 一瞬固まった俺に、カインが声をかけてきた。


「ちなみに、ヴェルヴェット君と何か?」

「いや、記憶にないんだ」


 昔ならともかく、デュースター派にしてみればグリュンダーグの血統を貶める材料だ。敵意じゃなくて軽蔑を向けるのが標準的な反応だ。


「まあ、人の恨みなんてどこで買うか解らないですからね」


 カインは肩をすくめる。確かに彼は苦労しているだろう。俺と真逆ということは、同じようにギャップのある環境に身をさらしているということだ。


 平民出身者が学年副代表だ。純粋な実力だけなら代表だろう。昔、その辺の苦労をちょっとだけ手助けしたことがある。おかげで今でも先輩といってもらえる。


 ただ、今回に関しては原因は君だと思うけど。


 憧れの先輩との時間を邪魔された苛立ちかな。一年生で優秀なのに平民出身者に偏見がないなんて珍しい。

 もっとも、カインまで行くといろんなところからアプローチが掛かってもいい。名門の分家の娘あたりとの縁談とか……。


 さすがに王女とはあり得ないが、リーディアの要望が実力と人格重視である以上、俺の調査にとっては対象だ。


 待てよ、ことによるとさっきの一年生からさらに恨まれるとか……。いやいや、俺がやってるのはあくまで候補の調査。それだけだ。


「まず、そちらの欲しい情報は?」


 アポイントを求めたのは俺だが、まず彼の希望を聞く。彼がこちらに求めるのは通常、文官としての情報だ。平民出身者には一族からこぼれた代々の文官の伝手などないからだ。


「……実は最近の上の方々の狩猟状況について聞きたいのです。特に……デュースターとグリュンダーグの御両家。さらに恐れ多いながらも王家に近い方々。最近緊張が高まっているように感じられます。でも、残念ながらボクの立場じゃ情報が限られていまして……」


 カインは声を落として聞いてきた。平民出身者は騎士院の有力者の動向に敏感にならざるを得ない。将来にかかわるし、何かあったときにどうしても割を食う立場だからだ。


「目ざといな」


 俺も声を落として答える。ちょうど市場でグリュンダーグとデュースターの不自然な動向を知ったところだ。その元となった、リーディアの命令自体も動きといえばそうなのだ。


 これは、カインが候補云々の前に情報の交換をする必要があるな。


「まだ、狩猟記録は提出されてないけど。最近、デュースターとグリュンダーグが同じ区域で大物を狩ってるんだ。それも立て続けに」

「そろって、ですか?」


 カインは息をのんだ。彼ならこれが異常だということは分かる。


「御両家に対立が……ですか」

「潜在的な対立はいつものことだけどな。だからこそ、それが顕在化するリスクは双方とも気を付けてるはずなんだよ。それが、崩れているということは可能性は二つだ」

「一つ目は、単純に対立の激化。もう一つは、何らかの根回しが存在する」

「そういうことだ。学院の学生たちで何か雰囲気が変わったとか、気が付くことはあるか?」

「緊張が高まっているのは確かですが。協力して何かという感じはないですね。だからといって、対立を煽ろうという感じでもない」


 カインは顎に手を当てて慎重に考える。現状維持のまま、緊張だけ高まっている、そういう感じか。それじゃ読めないな。今から何かあるってことだけど。それこそ、リーディアをめぐって争いとか……。


「ちなみに同じ区域というと」

「北だ」

「北区、ですか」


 カインはもう一度考え込む。彼とのやり取りはこういう風に論理的で、無駄がなく心地いい。こういう人物が国のトップに立ってくれると文官もやりやすいんだろうな……。


「互いの縄張りに踏み込むんじゃないって意味ではましだが、北である意味が分からなくてな。カインの方で気が付くことはないか?」


 水を向ける。実際の狩猟を知らない俺に対して、すでに準騎士(ギルダー)の彼は現場を知っている。


「……特に。ただ、そろそろ火竜の渡りの時期ですね」


 カインは思い出したように言った。俺は首を傾げた。


「アレは狩りの対象じゃないんじゃないか?」

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