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第八幕 暗中模索

「条件みたいなもの……?」

 坂ノ下さんが小首を傾げる。


「うん。そのお面が見えるようになる条件、そのお面に反応されるようになる条件、みたいなものが。そして僕は気づかないうちに、たまたまそれらの条件を満たしてしまったのかもしれない。──逆に、他の人たちはいままでそれらの条件を満たすことがなかったから、そのお面が見えなかったし、そのお面に反応されもしなかった、というふうには考えられないかな」


「なるほど……」


 坂ノ下さんはポンと両手を叩き合せたあと、勢い込んで訊いてくる。

「そ、それで、その条件っていうのは具体的には──?」


「いや、さすがにそこまでは解らないよ。だって僕は、商店街を歩いていただけだからね。それなのに、そのお面が見えたわけだし、そのお面に殴られたわけだし……」


「場所が条件なんでしょうか……それとも行動?」

 そう呟いた坂ノ下さんは喫茶店の窓から外の通りを覗き込んだ。


 僕も同じようにする。しばらく二人してジロジロと眺め回していたが、夏の陽射しにぐったりしてしまったような古めかしい商店が連なっているだけで、ホラーっぽいお面に繋がりそうなものは何一つ見当たらなかった。


 諦めて、僕は坂ノ下さんに向き直る。

「僕がそこの通りを歩いていた時、何か変わったところとかあったかな?」


「いえ……ただ普通に歩いているようにしか見えませんでした」


「だよね……」  

 実際僕は、何かに触ったり蹴ったりしてはいなかった。


「──というか、話の流れで何となく僕のことばかりなっちゃったけど、坂ノ下さんのほうはどうだったの?」


「どうだったというのは?」


「急斜面を転げ落ちたあと、そのお面に出会って、言葉を掛けられたんだよね。──僕とはいろいろと違うところはあるけれど、それって坂ノ下さんもそのお面が見えるようになる条件を、そのお面に反応されるような条件を満たしてしまったってことなるんじゃないのかな。だから、その時の状況で何か思い当たるようなことがあれば……」


 僕の眼差しに、坂ノ下さんが肩を落として応える。


「──すみません。このお面に出会った前後のことはよく憶えていないんですよ。恐怖のせいか、気を失ってしまったので。〝ここから帰りたいか? 帰りたくば、私を受け入れよ〟という言葉を憶えているだけなんです。だから、どうしてこのお面に出会ってしまったのか、どうしてそんなことを言われたのかはさっぱりで……」


「そうだったね」

 つまり、坂ノ下さんのケースからも手掛かりは得られないということだ。


 僕はあらためて商店街の通りに目を向ける。やはり、ホラーっぽいお面に繋がりそうなものは何一つ見当たらなかった。……条件みたいなものがあるという考え方が間違っていなかったとしても、それが場所に起因するものなのか、それとも別の何かに起因するものなのかも現時点では解らないんだけど。


 ただ、ホラーっぽいお面が見えているのは、僕と坂ノ下さんの二人だけである。


 そして、ホラーっぽいお面が反応──いろいろと違うところはあるけれど──したのも、僕と坂ノ下さんの二人だけである。これはいったいどういうことなんだろうか。僕と坂ノ下さんだけに共通するものがあったということだろうか。


 しかし僕たちは、つい数十分前に偶然出会ったばかりだった。お互いについて詳しいことはほとんど知らない状態である。共通するものなんてそうそう思いつくはずもなかった。


 例外が、一つだけあった。


 その例外について、実はさっきから気にはなっていたのだが、タイミングを摑めずに言いそびれていたのである。


「山、かな……」


「ヤマ……?」


 僕の突然の呟きに、坂ノ下さんが怪訝な声を出した。


「坂ノ下さんがそのお面に出会った山っていうのは、この商店街から北のほうに見える山のことだよね?」


「はい、そうですが」


 坂ノ下さんから予想どおりの答えが返ってくる。まあ、この辺で山といったらそこしかないので、当然といえば当然だった。

「その山って、実はうちの山なんだよね」


「うちの山……? 桜小路さんちの山ってことですか?」


「うん」


「あー……そういえば、いいところの息子さんでしたっけ」


 坂ノ下さんは羨望とも僻みとも取れる張りのない声を出した。彼女の表情はまったく見えないので、正確なところは読み取りようもなかったが。


「ん? ということはあたし、勝手に私有地に入っちゃってたってことですか?」


「いや、それは別に構わないよ。坂ノ下さんは引っ越して間もないから知らなかったんだろうし。そもそも関係者以外立ち入り禁止ってわけでもなくて、むしろ自由に入っていいって言ってある場所なんだ。──ただそれでも、この町の人たちがうちの山に入るってことはまずないんだけどね」


 うちの山はタケノコとか山菜とかキノコとかが結構たくさん採れる。それらは桜小路家だけでは持て余すほどの量なので、この町の人たちにも普通に開放しているのだけど、誰もがみんな「桜小路家の所有する山だから」と遠慮してしまって入ってこないのだ。

 それではあまりにもったいないので、僕の母親が定期的に山へと入り、そこでの収穫物をご近所や公共施設に配って回るということをやっていた。その話が巡り巡って坂ノ下さんの耳に届いたのだろう──そういう事情をごく簡単に説明したあと、僕はつづける。


「まあそんなわけで、もうずっとうちの山には限られた人間しか入っていないはずなんだ。桜小路家の人間である僕や両親、そして坂ノ下さんくらいしか」


 ハッとしたように坂ノ下さんがお面を上げた。

「桜小路さんちの山には、桜小路さんのご家族とあたししか入っていない、他の人は入っていない……ということはもしかして、桜小路さんちの山に入ったってことが、このお面が見える条件なり、このお面が反応する条件なりであったかもしれないってことですか?」


「そういうふうに考えると、他の人には見えず、僕たちにしかそのお面が見えないっていうこととかに一応の説明がつけられるよね。──仮にそうだったとしたら、僕の両親にもそのお面が見えるってことになるわけだけど」


 僕はそう言ったあと、しかし、首を傾げる。


「ただ、さっきも言ったけど、僕はそのお面について何も知らないんだよね。──つまり、僕は小さい頃からうちの山に入って遊び回っていたけど、そのお面に出会ったこともなければ、見たこともないっていうことなんだ。それは僕の両親も同じだと思う。そんな話を聞かされたことは一度もないからね。そもそも、いままでにうちの山で怪奇現象が起こるっていうのも耳にしたことがないんだ」


「……」


「でもまあ、大きな山ではないとはいえ、やっぱりそれなりの広さはあるから……僕たち桜小路家の人間が知らない場所や知らないことがあっても、そんなに不思議ではないのかもしれない。実際、坂ノ下さんはうちの山でそのお面に出会ったわけだし」


「はい」


「──そういえば坂ノ下さんは、そのお面がくっついてしまったという日から、うちの山には入ったのかな?」


 僕の質問に、坂ノ下さんは弱々しく首を振った。


「いえ……。どうしていいか解らず途方に暮れているだけならいっそそこにいって手懸かりでも探そうか、とは何度か思ったんですけど……恐くて、結局は一度も」


「それは……そうか」

 誰だって恐い思いや嫌な思いをした場所にはそうそう近づけるものではないだろう。たとえそこに手懸かりがあるかもしれないとしても。──子供の頃、さんざん遊び回った山ではあるけれど、坂ノ下さんの話を聞いたあとでは僕もちょっと……いや、かなり入りたくなかった。


「それに、お面と出会った場所もよく憶えていないんですよね……。そこから山の外へ出るのはそんなに難しくなかったはずなんですが、でも具体的に山のどの辺りから出てきて家まで帰ったかっていうと、はっきりとは思い出せないんです。いろいろあって、当時、冷静じゃなかったせいだと思います。……だから逆に辿っていくこともできなくて」


「そっか……。となると、うちの山に入って坂ノ下さんがそのお面に出会った場所を調べてみようっていうのは、あまり現実的じゃないんだね」


 そこは急斜面の下、ということになるんだろうけど、そんな場所は山の中にはいくらでもある。当然、僕にも見当がつかなかった。


「まあ仮に、その場所に辿り着けたとしても、また何かあったら嫌だしね。──それでも、本当に手詰まりになったらいってみるしかないんだろうけど」


「そう……ですね」


 頷く坂ノ下さんを見ながら、僕は考えを巡らせる。


 うちの山に直接いくのはひとまず措くとしたら、次はどうすればいいのだろうか。うちの山そのものについて調べてみるべきだろうか。僕が知らないだけで、もしかしたらうちの山にはホラーっぽいお面に関する民話やら伝承やらが残っているのかもしれない。あるいは、そこの商店街の通りをもっと本格的に調べてみたほうがいいのだろうか。


「──あ」

 その時ふと、僕の脳裡に閃くものがあった。


 そうだ。

 この商店街の通りではじめてホラーっぽいお面を見た時、僕はまず何を思いついたのか。


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