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第十八幕 おまえだけは違ったのだ

 しかし……知りようがなかったとはいえ、僕は女性に対して「光獣戦士・獅子王牙」なんてつけてしまっていたのか。


 またもや非常に申しわけなくなってしまう。ただ、お面自身はそれを気にしているようではなかったし、さっきの様子からするとむしろ感謝しているようだったので、僕は敢えてその話題には触れないことにした。いまは、せっかくまたお面が喋りはじめてくれたのだからこれに話を合わせていくべきだろう。


「そ、それにしても、納面祭でお面をつけていいのは女性だけだったんですね。知りませんでした」


 昔、夏祭りに遊びにいった時、神社の奥から伝統行事の参加者たちがぞろぞろと出てくるところを見掛けたことがある。その時、やけに女性が多いなと思ったような気もするけど、かなりあやふやな記憶だった。

 ただ少なくとも、昨日の図書館でそれを記した資料はなかったはずである。この町の歴史編纂は大丈夫なんだろうか、と余計な心配をしたところで僕の眉根が寄った。


「え、えーっと……女性だけってことは、男の僕がつけてしまっていたのはもしかしてマズかったのでは?」


 〝いや。──まあ確かにしきたりには反しているが、だからと言って罰せられるようなものでもないさ〟


「そうなんですか……。なら、よかったです」


 〝それに、おまえがしきたりを知らなかったのも仕方あるまい。ここ何代にもわたって桜小路家には女が生まれず、直接、納面祭に関わることはなくなっていたからな。何処かの時点でしきたりが伝えられなくなってしまっていたのだろうよ〟


 親戚たちが集まるような場で、我が桜小路家にしばらく女性が生まれていないという話は僕も聞いたことがあった。

 そしてお面は「桜小路家には女が生まれず」と言っているので、この場合、他家から嫁いできた女性──たとえば僕のお母さんとかは「桜小路家の女」に含まれないのだろう。


 僕が夏祭りだけでなく伝統行事のほうにも興味を持っていたなら、何かの拍子に知ることはあったかもしれないが……二日前まで「納面祭」という名前すら知らなかったくらいだからどうしようもない。


「でも、桜小路家に女性が生まれなくなってから納面祭に関わっていなかったというと……僕が見つけるまで、ずいぶん長いこと蔵の中にしまわれっぱなしになっていたんじゃありませんか?」


 〝ふむ。しかし、私はそれでも構わなかった。──曲がりなりにも「神」と呼ばれる存在となり、喋ることも飛ぶこともできるようになっていたので人の手を借りずとも勝手に外に出るくらいのことはいつでもできたのだが……まあ実際、私の同類には好き勝手にやるやつもいるらしい。ただの道具にすぎなかったものに霊魂が宿るのだ。中には浮かれて騒いだり、調子に乗って悪さをしたりするような奴も出てくるだろうよ。私はそういうことをしようとは思わなかったがな〟


「どうしてですか?」


 〝そうだな。蔵の中にいながらでも付近のことなら──山の中での出来事や桜小路家の生活などは感じ取ることができたからな。退屈というほどのものはなかったのだよ。──それに〟


 一瞬、間を取ったあと、お面は先をつづけた。その口調は何処か悲しげであった。


 〝これ以上、恐がられたくはなかったからな。──ここしばらくは絶えてしまっていたが、かつては年に数度、納面祭やその練習のため私は外に持ち出されて人と関わったりする機会があったわけだ。桜小路家の女たちはもちろん、納面祭の関係者たちは私のことをぞんざいに扱うことは決してなかったよ。しかし……もともと納面祭で扱われる面は奇妙奇天烈なものが多いが、その中でも私は目立つほうであったらしくてな、誰もがみな私のことを気味悪そうに見たものさ〟


 僕は再びボロボロになる前のお面の姿を思い出していた。確かにその風貌は、通りすがりに見ていた他の伝統行事の個性溢れるお面たちと比べても、かなり特殊だったように思う。

 僕にとってはそここそがどストライクだったわけだけど……一般受けするものであったのか、ましてや女性受けするようなものであったのかと言われれば、首を横に振らざるを得なかった。


 〝ただでさえそうであったのだから、これで何かを仕出かしてしまったらそれこそ目も当てられぬことになっていただろう。であれば、蔵の中にしまわれっぱなしであったほうが気が楽だったというわけだ。ゆえに、人と関わるようなことがあっても、できる限りおとなしくしていようと決めておったのよ〟


「……」

 そこまで恐がらせたくない恐がられたくないというお面の繊細さに、僕は何処か古風な女性らしさのようなものを感じた。



 〝しかし和雅、おまえだけは違ったのだ〟



 不意に、お面がしみじみとした声を響かせた。──その目の部分に開いた二つの孔に何かしらの変化があったわけではない。にもかかわらず、僕にはその二つの孔がやわらかく細められたような気がした。


 〝そう、おまえだけは違ったのだ。──おまえは私を見つけるなりキラキラと目を輝かせ、それはもう嬉しそうに大きな声を上げた。あの日のことはいまでもはっきりと憶えている〟


 僕も、あの日のことはいまでもはっきりと思い出せた。


 〝それからというもの、おまえは毎日のように私を山の中へと連れ出すようになったのだ。私をつけて木々の間を駆け巡ったり小川を飛び越えたり、あるいは外した私に向かって家や学校のことなどを話し掛けてみたり……というふうにな。最初、私は戸惑うばかりであったよ。警戒もした。私と一緒にいて、これほど楽しそうにしてくれる者も、これほど親しそうにしてくれる者もいままでにいなかったからな。二百年間、ただの一人もな。──しかし、毎日毎日そのように扱われていれば誰だって心動かされるものだろう? 私も例外ではなかったよ。それまで蔵の中でしまわれっぱなしでいいと思っていたことが嘘のように、いつしか私はおまえが連れ出してくれるのを心待ちにするようになった。おまえが『カッコいい』『カッコいい』と言ってつけてくれた名前は、私の誇りとなった。おまえと一緒にいると世界のすべてが輝いて見えるようになった〟


 思い出を語っているうちに懐かしさがこみ上げてきたのか、お面の口調は熱っぽいものに変わっていた。


 〝やがておまえは、私を蔵の中へとしまわずに部屋に置くようになった。それまでよりも長く一緒にいられるようになり、私の霊魂は弾んだものよ。年甲斐もなくな──〟


「……あなたは、もしかして」

 お面がひととおり語り終わったあと、坂ノ下さんが思わずといった感じで小声を洩らした。


 坂ノ下さんは何かに気づいたようであったが……僕がそれを知ることはなかった。彼女はそのあとの言葉を飲み込んでしまったからである。

 そして僕も尋ねようとはしなかった。そんな余裕はなかったのである。


 僕の手の中で、空になった缶ジュースがメコッと小さな音を立てた。

 山の中を一緒に遊び回っていたあの日々を、お面もまた特別に思ってくれていたというのは驚きであると同時に嬉しいことだった。しかしそれだけに、胸の中には後悔の渦が沸き起こってしまうのだ。あの日々を終わらせてしまったのは他でもなく、この僕なのだから──


「本当にすみません。そんなにも思い入れがあったというのに僕が見つけられなかったばっかりに……。いえ、そもそも落としていなければ……」


 〝それはもうよいと言ったであろう? 一年も探し回ってくれていたことで十分だとな。落としたことにしてもわざとではあるまい。失敗は誰にでもあるのものさ″

 お面が包み込むような優しい声を響かせた。


 僕は救われた気持ちになる。……ただその一方で、少し引っ掛かっていることがあった。これを口にすると責任逃れをしているようで嫌なのだが、気になるのだから仕方ないだろう。


「あの……、さっき『人の手を借りずとも勝手に外に出るくらいのことは』──って言ってましたよね……?」


 〝うむ〟


「でしたら、僕が見つけられなくても──ご自分で桜小路家に帰ってくることができたのでは……?」


 実際お面は坂ノ下さんを操って僕を殴らせている。だから、そういうことも難しくなかったはず、と考えられたのである。


 〝確かに。そうしようと思えばそうすることはできた〟


「でも……そうしなかったんですよね?」


 〝──当初私は、おまえがすぐに見つけてくれるものとばかり思っていたからな。それまではそうであったし。ゆえに、じっと待つことにしたのだよ。付近のことであれば動かずとも感じ取れることはできたしな。しかし……幾日経ってもおまえは来ないままだった。そこでようやく私は焦ったのさ〟


 溜息のようなものが僕の頭の中に響いた。


 〝無論、それから自力で帰ることも考えた。しかし、いくら何でも私を落としたことには気がついているだろうから、いまさら帰るわけにもいかなくなっていたのだよ。山の中に落としたはずものがいつの間にか勝手に帰ってきたとしたら、不自然すぎるだろう? ……おまえに恐がられてしまうかもしれない。つまり私は、帰る時機を逸したというわけさ〟」


 ……一年間、あれだけ探し回ったというのに、僕はお面に感じ取ってもらえる距離に近づいてさえいなかったということか。運が悪いにもほどがある。


〝そしてそのうちに、こんなにも見つけにきてくれないのは私のことなどどうでもよくなったからだ、と思い込むようになり……やがてそうであるならば、私はもはや桜小路家には帰るべきではなく、落とされたその場所に留まるしかないと思ったわけだな〟


「──それで帰るに帰れず、長い間、風雨に晒されてボロボロになって……」


 僕は思わず俯いてしまう。

「しまいには、実体さえも失われてしまった、ということですか……」


 すると、お面が少し慌てたような声を響かせる。


 〝いや、それは少し違うぞ。風雨に晒されてボロボロになったところまでは合っているが、だからといって朽ちたり腐ったりして実体まで失ってしまったわけでない。私が実体を失ったのは陽菜の〟


 唐突にお面の言葉が途切れた。それはどう見ても、「余計なことを言う寸前で慌てて止めた」という態度であった。


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