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第十一幕 残りの二時間はすべてエンドロール

「納面祭……」


 机に広げていた郷土資料から目を離すと、僕は思わず呟いてしまう。

「ひねりのないネーミングだね」


 すると、その資料を横から覗き込んでいた坂ノ下さんがクスッと笑った。


「それにしても……昔のこととはいえ、うちの山が信仰の対象になっていたなんてまったく知らなかったよ。しかも、近所の神社や伝統行事──納面祭までもが関係していただなんて。舞手たちがつけているお面の意味もはじめて知った。木の実や山菜や動物たちをいろいろと混ぜているから、あんな異形なつくりになっていたんだね」


 いや……もしかしたら幼い頃、両親や町のお年寄りたちなどから聞かされていたかもしれない。しかしあまりにも興味がなかったものだから、すっかり忘れ去ってしまったような気もする。昨日、家に帰ってからうちの山についてあらためて訊くことができていれば違ったのかもしれなかったが、ちょっとわけがあってそんな時間はなかったのである。


「でも、これで一気に繋がりましたね。桜小路さんちの山と神社と納面祭とが」


「うん、そうなるね」


「ということはやっぱり、桜小路さんちの山であたしの顔にくっついたこのお面も納面祭のもの──と考えていいんでしょうか?」


「うちの山と神社と納面祭とに繋がりがあった以上、その可能性は高まったと言えるだろうね。古い上に、異形を象っているという共通点もあるわけだし。ただ……」

僕は資料に掲載されている数点の写真を指差す。


「……聞いてはいましたが、確かにこんなにボロボロのものは一つもないですね」


「そうなんだよね。もちろん、ここに載っているのは掲載用に特に見栄えのいいやつなんだろうけど、僕がこれまで見てきた中にも納面祭用のお面でそこまでボロボロのやつはなかったんだよね」


「……」


「でもまあ何にせよ、最初の一歩を踏み出せたのは確かだよ。この調子でいきたいね」


「はい!」

 難航の予想に反して、幸先のよいスタートを切った僕たちは今後の展開に大きな期待を抱いた。


 これなら、こういう概要的な情報だけではなく、もっと直接的な情報──たとえば「山神に呪われて、お面をつけられてしまった人間の話」とか「人間の感謝や鎮魂の念が足りないと言ってお面が祟る話」なんていうのも見つかるかもしれない、と。


 そして、もしもそのようなものが見つかれば、そこから何らかの手掛かりを得て、坂ノ下さんの顔にくっついてしまっているお面の正体やそれを外す方法だって解るかもしれないのだ。


 ──だが、しかし。


 二時間半後、目ぼしい本を読み尽くしてしまった僕たちは閲覧席でガックリとうなだれることになった。

 最初の二十分足らずで辿り着いた情報以上のものは、結局何も出てこなかったのである。


「山神に呪われて、お面をつけられてしまった人間の話」というものがなかっただけでなく、そもそもお面が怪奇現象として登場する民話も伝承も見つからなかった。うちの山についても神社についても納面祭についても、その成立やら歴史やらは載っていたものの、そこに怪しげなものを匂わせるようなエピソードはまったく記述されていなかったのである。


「どの本も、災害や飢饉、この土地の有力者がどうのこうのしたって話ばかりだったね……。いまはともかく、昔は山神信仰があったんだから不思議な話の一つや二つ残っていてもよさそうなものだけど」


「ものの見事に、現実的な、堅い話ばかりでしたね……」


 僕の声にも坂ノ下さんの声にも疲れが滲んでいた。出だしの二十分がクライマックスで、残りの二時間はすべてエンドロールという映画でも見せられたような気分だった。


「でも……あれですよ」

 ややあってから、坂ノ下さんが自らを励ますかのように言った。


「あたしのこの状況を一気に解決するような情報を得られなかったのは確かに残念ですけど、だからといって何も収穫がなかったわけではないですし」


「それはまあ……そうだよね」


「はい。桜小路さんちの山、神社、納面祭って繋がりが見えたのはやはり大きいと思います。──なので、その辺りのことがもう少し詳しく解ればあたしのこのお面にも繋がってくるかもしれないんですが……」


 坂ノ下さんは名残惜しそうに、机の上に置いたままとなっている本の一冊を撫でた。その細くて白い指先を見ながら僕は応える。


「──こうなっては仕方がないね。やっぱり、うちの山や神社や納面祭の関係者たちに直接話を聞いてみるしかないのかも」


「それは……そうかもしれませんが、そういうところにいきなり子供がいっても、まともに相手をしてくれるでしょうか?」


 坂ノ下さんが心細げに言ったのに対し、僕はわざとおどけたふうに返す。


「その辺は大丈夫だと思うよ。まあ確かに聞きにいきづらいっていうのはあるんだけど、相手にされないってことはないんじゃないかな。なんせ、ここにおわしまするは桜小路家のおぼっちゃんですので。夏休みの自由研究っていえば一応の恰好はつくと思うし」


 この田舎町の何処にいっても「おぼっちゃん、おぼっちゃん」と呼ばれることに嫌気が差していた僕ではあったが、たまにはそれを利用してみるのもいいだろう。


「ああ……それは心強いですね」

 坂ノ下さんがホッとしたような声を出した。


「じゃあまずは……一番話を聞きやすいと思うから、僕の両親に当たってみようか。ほかでもない、うちの山の所有者だし」


 僕は昨日、坂ノ下さんと出会ったことや、彼女がうちの山でホラーっぽいお面に遭遇し、そしてくっつかれてしまったということなどを両親に話してはいなかった。うちの山について両親から聞いておくこともしなかった。


 すでに述べたが、そんな時間はなかったのである。迎えにきてくれた母親の車に乗って四ヶ月ぶりの我が家に帰ってみると、そこでは「桜小路和雅・凱旋記念パーティー」なるものが準備されていた。四ヶ月ぶりとなる一人息子の帰省に、僕の母親がたいそうはしゃいで企画したものらしい。

 親戚や近所の人たち、それに何処の誰かも解らない人々の拍手喝采の中、僕は敷地の門をくぐったのである。


 あとはもう僕を肴に、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎであった。親戚たちに囲まれてせがまれて僕は東京での話をいっぱいさせられた。その合間を縫って、坂ノ下さんと連絡を取ったりネットで調べものをしたりしていたわけだけど、それ以上の余裕はなかったのである。


「ただ……」


 蘇る疲労感を振り払いつつ、僕は話をつづける。

「喫茶店でも言ったと思うけど、いままで両親からうちの山で怪奇現象が起こるなんて話を聞いたことがないんだよね。だから、ここの情報以上のものを得られるかどうかはちょっと怪しい気がする」


「昨日、そう言ってましたね。でも、あの……」


 坂ノ下さんが何かを言い掛けて、遠慮するように口ごもった。彼女の意を察し、僕は頷く。

 どうやら坂ノ下さんも忘れていたわけではなかったらしい。僕も別に忘れていたわけではなかった。ただ、なるべくなら面倒を掛けたくなかったのでちょっとうやむやにしてしまっていたのである。しかしもう、そういうわけにもいかないだろう。


「そうだね……たとえたいした話は聞けなかったとしても、坂ノ下さんは一度、僕の両親に会ってみたほうがいいよね。うちの山に入ったってことが、そのお面が見える条件なりそのお面が反応する条件なりであるのかを確かめるためにも」


「はい。できれば、そうお願いしたいです。桜小路さんのご両親の都合に合わせますので」


 うちの山には僕と両親、そして坂ノ下さんだけしか入っていない。他の人たちは入っていないのだ。

 その線引きが、ホラーっぽいお面が見える条件なり反応する条件なりであったとしたら、僕と坂ノ下さんと同様に僕の両親にも適用されるはずであった。


 もしもそれが当たっていた場合、やはりうちの山に入るということは避けられなくなるだろう。いま僕たちは逃げ腰になって身近なところから調べているけど、いずれ手掛かりを求めて、坂ノ下さんがお面に出会ったという場所を探しにいくことになるかもしれない。


「それじゃあ、いまから母に電話をして都合のいい日を聞いてみるよ」

 そう言って僕が母親に連絡を取ってみると、明日ならいつでも空いているということだった。


 こうして、僕たちの明日の予定は決まったのである。


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