第一幕 邂逅
「そういえば、あの喫茶店ってどの辺りだったかな」と僕が商店街の中央通りに目を向けると──その目に、意外なものが飛び込んできた。
お面である。
正確には、お面をつけた少女である。
近所の公立中学校の制服だと思われる白いブラウスと紺色のスカート、それにお面をつけた少女が向こうからやって来たのである。
どうして、お面……?
祭りの出店で売っているアニメや特撮のキャラクターなどではなく、古めかしい木製のお面だった。一目では何を象っているのかよく解らない、異形の……。
僕は呆気に取られ、つい見つめてしまう。
すると──
お面の少女と目が合った。
目の部分に開いた二つの孔がこちらに向けられたのである。この距離からだと、そこは暗い影となっていて少女自身の双眸は窺えない。しかし、僕の姿を捉えているのは間違いないだろう。
慌てて視線をそらす。つい見つめてしまっていたものの、別に関わりたいわけではなかったからだ。
次の瞬間、タッと地を蹴るような音が聞こえた。
何だろうと思って少しだけ視線を戻してみると、そこには全力ダッシュするお面の少女がいた。しかも、僕のほうに向かって。
え、何……!? と僕が混乱している間にもお面の少女はものすごい勢いで迫ってきて──
グーパンチが炸裂した。
□ □ □
東京から約三時間、電車とバスを乗り継いで、僕はようやく地元へと帰ってきた。
ちっぽけな、屋根もないバス停に降りた瞬間、むあっという熱気に襲われる。
車内の冷房によって僕の皮膚にはある程度の耐熱処理が施されていたはずだったんだけど、それはわずか数秒で消滅させられていた。
夏。まだお昼前だというのに気温はぐんぐんと上がっている。
道路を挟んだ向こう側には、「ザ・田舎」と言わんばかりに広がる畑と田んぼ。こちら側には、古ぼけた看板ばかりが並んだ商店街があった。
このまま太陽にローストされているとうっかり美味しくなってしまいそうだったので、僕はバス停から商店街の物陰へと向かうことにした。
予定通りならすでに母親が車で迎えにきてくれているはずだったんだけど、「急用のために少し遅れる」と先ほど携帯電子端末に連絡が入っていたのだ。
商店街の中央通りにほとんど人影は見当たらなかった。これが暑さのせいというのならばまだいいのだが、そうではないことを僕は知っていた。季節・時間帯に関係なく、ここは年がら年中こういう状態なのである。
シャッター通りにこそなっていないが、建物の古さも相まって放置された骨董品のようだった。
人によっては「懐かしい雰囲気」「趣がある」と感じるかもしれない。しかし正直僕は、あまり好きではなかった。夢や希望といった瑞々しいものを乾いた砂のように吸い取ってしまう気がして。
……いや何よりも、田舎特有の因習めいたものを象徴しているような気がして。
その光景は、僕がここを旅立った四ヶ月前と──つまり今年の三月の時と何ら変わってはいなかった。
この辺ぴな田舎町を好きになれなかった僕は、地元の高校を選ばずに東京の高校へと進学していた。現在は東京で独り、マンション暮らしをしている。
もちろん普通であれば、まだまだ未熟な中学生が「地元を好きになれない」という程度の理由でよその土地にいきたい──しかも独り暮らしをしたいだなんて言い出したら、反対されるものだろう。
しかしうちの両親は、僕に対して非常に甘い人たちであった。僕が一人息子であるだけでなく、年を取ってからようやく授かった子供でもあったためだ。なので、結構無理なわがままでも聞き入れてくれたのである。
また、我が桜小路家はこの辺りでは名家と呼ばれる家柄であり、経済的にかなり豊かであったことも僕の独り暮らしを比較的通りやすくした一因だったと思う。
「……にしても、暑いなあ」
商店街の一番端にあるスポーツ用品店の軒下に避難してみたものの、やはりここも暑かった。
直射日光に晒されるバス停よりはマシとはいえ、長居したらほどよく蒸されて美味しくなってしまいそうだった。
歩いて帰ろうか、と僕は額に手をかざしてバス停のほうを見やった。
道路を挟んだ向こう側は、夏の澄んだ青空とまだ収穫前の農作物を抱えた田畑が遠くまで広がっている。
その光景の端に、桜小路家が所有する山が見えた。幼い頃、蔵の中から何かの祭祀に使っていたという古い衣装やら刀やらを引っ張り出して、「参上! 光獣戦士・獅子王牙!!」などとのたまい、一人で遊んでいた場所である。うん、恥ずかしい。
それはさておき、桜小路家の屋敷はその山裾に建っている。この商店街からだと歩いて三十分くらいだろうか。母親の迎えを断って、四ヶ月ぶりの山やら畑やら田んぼやらを眺めながらのんびり帰るのもいいかもしれない。
僕は商店街の喫茶店に入って、母親を待つことにした。
いやだって、日陰にいても暑いのに、日向を歩こうだなんて狂気の沙汰である。危うくノスタルジアに殺されるところだった。
「そういえば、あの喫茶店ってどの辺りだったかな」と僕が商店街の中央通りに目を向けると──その目に、意外なものが飛び込んできた。
お面である。
正確には、お面をつけた少女である。
近所の公立中学校の制服だと思われる白いブラウスと紺色のスカート、それにお面をつけた少女が向こうからやって来たのである。