クロ
「おかえりなさい、お兄さん。意外と来るの早かったのね」
扉を開けられたことに動じずに、以前に出会った謎の金髪の少女は僕の家でシャワーを浴び続けた。
僕は、もしかして部屋を間違えてしまった?いや、自宅の鍵を使って家に入ったからそれは違う。でも、現にここには一度話しかけたことがあるだけの女の子が裸体で存在している。
……あと、この状況は客観的に見たら僕は犯罪者に見えてしまうのではないか。
「君はいったい、誰なんだ!? あと、見てないから。見てないから!!」
僕は手で目を覆い隠し、無罪を主張した。この訳も分からないトラップで犯罪者にはなりたくない。一瞬、彼女の膨らみかけているモノが見えた気がしたが、それは僕の視覚の気のせいだ。
「見て減るものでもないですし、そんなに慌てなくても」
見た目不相応の落ち着いた声が聞こえてきた。
「いや、見てしまったら僕は豚箱に入って一般社会で暮らせる年月が減ってしまう」
「それは……、茜さんと過ごせる時間のことも含めて?」
今の言葉に引っかかり、はっと少女の方を向くとニヤリと終業式の日に見せた薄気味悪い笑顔をしていた。その表情に僕は不快感を露わにした。
「……何でそこで茜が出てくる」
「さぁて、何ででしょう?」
流れるシャワーの水を滴らせながら見せる少女の笑顔は写真越しで見ればいい一枚絵になるかもしれないが、その場にいる僕は彼女の内側の存在する何かが気がかりすぎて全く別の物に見てしまいそうだ。
「わたしが何者なのかは、茜さんがお答えしてくれると思いますよ」
そういうと、彼女はシャワーのノズルを閉めて、ひたひたと僕が居る風呂場の扉へ歩いてきた。彼女から距離を取ろうと離れようとするが、終業式の日に彼女に掴まれた時のように不思議な力で手足の自由が利かなくなっていた。
「だから、茜さんが帰ってくるまでこうして待っていましょう、ね」
少女は僕の正面から抱き着く形で身体を密着してきた。肌と肌が触れ合い、上半身と上半身が重なり合う。彼女の肌は人の肌だった。だが、その肌は先ほど冷水を浴びていたにしても温もりを感じられないほど冷たく、自分の皮膚が凍傷して肉が腐ってしまうのではと怯えてしまうほどに冷え切っていた。彼女から体温、呼吸の動き、鼓動や血の流れが全く伝わってこない。
「あぁ、人間の肌は暖かいと聞いていましたが、ここまでとは。なかなか落ち着きませんが、割と良いものでね」
「人型の保冷剤になったつもりなら申し訳ないが、生憎冷蔵庫の中の物で間に合っているんだが。……前にもあったこの金縛りのようなものは君が関係しているのか?」
「御名答。まだ使ったのは二回なのによく覚えていましたね」
少女の言葉と混じった凍えるような吐息が胸部に吹き付ける。
「この、喉元に包丁を向けられているような威圧感を忘れることが出来るような図太い人間じゃないからね」
口では軽口を叩いているが、全身の毛穴から汗が吹き出し、膝が笑っている自分に情けなさを覚えた。
「ふふふっ。わたし、威勢とか見栄を重んじるような方は結構好きよ」
彼女は僕の震える脚を嘗め回すかのような手つきで触れる。どうやらこちらの本心は分かり切っているようだ。
その後、彼女は視線を逸らし会話が途切れた。シャワーのノズルから垂れた水の音だけが密室で響き渡る。今も僕は彼女のせいで動けないため、彼女の出方を待つしかなかった。
「ところで、お兄さん」
少女は再び視線を僕に向ける。少女の表情は先ほどの遊び半分の表情から残念そうな表情を浮かべていた。
「わたし、伝えないといけないことがあるんです」
「……何?」
少女の唇が僕の耳元に近づけて彼女は言った。
「茜さん、お兄さんに嘘をついています」