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お姉ちゃん

 「とりあえず、逃げ出した茜を探すぞ。有栖は市街地を頼む。僕は住宅街の辺りを探してみる」


 「わ、分かりました。行ってきますっ!」


 有栖は元気いっぱいに茜のことを呼びながら市街地の方へ走っていく姿を見ながら、僕はノートを握りながら逆方向の住宅地へ走り出した。

 太陽は傾き始め、夕焼け色から暗闇になりつつあった。街路灯が一斉に点灯し始め、そこに向かって虫たちが突撃し始め、亡骸が周囲に落ちる。


 「陽も暮れてきた。街灯がない場所に居られたら見つからないぞ」


 そう、僕はぼやきつつ再び脚を動かした。闇雲に走り回り、勘と直感だけを頼りに進み続けた。あの”神様”に祈りながら走り続けている僕は本当、はたから見たら間抜けな奴に見えるだろうな。

 数十分走り、息を切らし、肩を落とし、動きが止まる。周囲を見渡すと僕は自分が通う高校まで来ていることにこの時点で気付いた。


 「ここまで来ていたのか。普段、授業がある日にしか来ないからな」


 自分で自分のことを苦笑しながら、息を整えながら学校の周囲を見ていくことにした。もしかしたら、茜がここに来ているかもしれない。

 そのような淡い期待を抱きつつ、汗で身体にへばりついたシャツがどんどん冷えていくことを感じながら、誰もいない学校を見て回った。

 そう、誰もいないはずの学校だ。僕は学校の裏手にある人が通れる小さな出入口の扉が風でゆらゆらと動き、半開きであることに気付いた。


 「おかしい。駐車場には教師の車は一台もなかったし、誰かがいるはずがない」


 まさかと思い、僕は夜の学校へ侵入をした。建物周辺を見て回ると、昇降口の扉のガラスが割られて鍵が開けられている状況を見つけ、そこから校舎内へ侵入した。


 「お――いっ! 茜っ! ここに来ているのか!?」


 僕はスマホのライトを頼りに静かな学校の廊下を走りながら茜のことを叫び続けた。一階、二階と走り回るが、依然として反応はなかった。


 「もう、別の場所へ移動したとか……?」


 学校中の校舎のフロアを走り回って収穫がないことに焦っていると、上から何かモノが倒れる音が聞こえてきた。


 「屋上?」


 音が響いてきた方へ走り、屋上へ続く階段を駆け上がった。昇り終えると、普段閉鎖されている屋上の扉も破壊されていた。僕は、扉を荒々しく開けた。


 「茜っ――――――!!」


 そこには屋上のフェンスにもたれ掛かりながら、夜空を眺めて座っている茜の姿があった。僕の声に気付いてハッと首を向ける茜。


 「はぁはぁ……。何、学校のガラス割って不法侵入してるんだよ。大人に見つからないうちに帰るぞ」


 僕は歩み寄りながら茜に語った。僕が側まで来ると茜は俯きながら話し始めた。


 「総一郎……。私、自分から死ねなかった。ここから飛び降りれなかった」


 「そりゃ死ぬのって、怖いからな」


 「違うっ!! そうじゃないの!!!」


 大声で茜は僕の言葉を否定した。


 「もう、私のノートの中身、分かったよね?」


 「うん……。悪いけど、読んでしまった」


 「はははっ、おかしいよね。精神異常者だよね。弟に殺してもらうことが人生の幸福なんて、家族として姉として人として最低の極みだよ。どうかしてるよ……」


 自分のことをかなり蔑んだ自尊心で扱う茜の側に、僕は寄り添う形で隣に座り込んだ。


 「最初におかしいなと思ったのは総一郎が一人で歩くことができるようになった時期だっけな。産まれた時から総一郎は愛おしいかったし、尊かった。でも、その頃から見方が変わっていた。ただ二人で幸せに成長していくのではなく、もっと別の欲望が湧いてきた」


 「…………」


 僕は茜の言葉を受け入れ続けた。


 「そんな自分の異常な価値観がはっきりしないまま成長して訪れたのが、あの交通事故で死んだ日だった」


 「総一郎がトラックに轢かれそうになった時に自分の気付かなかった欲望に気付いてしまった。私はあの事故の場面に遭遇してどう思ったと思う? 可愛い弟を助けたい? いや、違う。そんな綺麗な感情じゃないわ!!」


 そして、静かな落ち着いた口調で茜は続きを述べた。



 「”私を気持ちよく殺してくれる弟が死んでしまうのは困る”と真っ先に思ったの」



 茜の声色は懺悔と申し訳なさでいっぱいな気持ちが込められているように感じた。


 「貴方は自分の身を呈して助けてくれた姉に見えるかもしれないけど、違うの。純粋に死んでほしくないから貴方を助けたかったんじゃないの。”貴方に殺されたかったから”助けただけなのっ!!」


 「そして、トラックに殺された私は死んでも死にきれなくて、こうして悪あがきをして醜くも総一郎の妹として転生してきた頭のネジが数十本ぶっ飛んだ人間が、本当の私」


 隣からごめんなさいごめんなさいとすすり泣く茜の声が聴こえてくる。僕は茜が思っていたことを確認することにした。そして、僕は口を開けた。


 「姉さん、いくつか確認していいかな?」


 「……なに?」


 「事故で二人とも道路で投げ出された時、僕に笑顔を見せてくれたのはどうして?」


 「それは、総一郎が生きていたことが分かってほっとしたからだけど。でも、私の助けた動機はっ!」


 「動機なんて今は関係ないよ。結果として僕の命は救われて今まで生きて来られて、こうして不思議な形であろうとまた姉さんと再会して話が出来ている」


 「あと、あの他にあった茜ちゃんやりたいことノートの内容は嘘なの?」


 「嘘じゃないわっ! 総一郎と二人っきりで海に行きたかったし、キャンプしたり、温泉に行ったり、駄菓子を食べ歩いたりしたかった。あれは昔から本当に私がしたかったことよっ!!」


 「なら、良かった。僕も姉さんとこの夏を過ごせて楽しかったし、また同じ時間を過ごせてよかったと思っている」


 「総一郎……」


 僕は姉さんを抱き寄せて、自分の思いを伝えた。


 「歪な形で姉弟が再会したけど、僕にとってはこの数年の空白が全て満たされたような日々だったよ。そして、僕もあの日からずっと思い続けていたんだ。姉さんのために自分が何ができるのかって。姉さんのためなら何でもすると考える時点で僕も相当狂ってるから、姉さんだけが異常者じゃないよ」


 「でも、まさかその姉さんの願いが僕に殺されたいという内容だとは思わなかったけどね」


 僕は思わず苦笑いをした。


 「ゴメンね。変態なお姉ちゃんでゴメンね」


 「うんうん、大丈夫。それが姉さんの幸せなら。姉さんの幸せならどんなことをするってあの日に誓ったんだから」






 茜は学校の屋上で仰向けになり、胸の部分にノートを載せた。


 「このノートがお姉ちゃんの心臓みたいなものみたいだから、これを破壊すれば私は満足して天界に戻れるはず」


 「でも、破壊するにしたって何で壊せば」


 すると、茜は自分の鞄からあるものを取り出した。


 「このアイスピックなら、この心臓のまがい物ぐらい一刺しできるんじゃないかな?」


 「姉さん……。そのアイスピックは?」


 「いや、私も良く分からなくって気付いた頃には鞄の中に紛れていたんだが。総一郎、何かこれに気になることがあるのか?」


 「……いや、ないよ」


 どうやら、あの時の姉さんは本当の姉さんではなかったようだ。

 僕は姉さんからアイスピックを受け取り、先端を胸に向けた。


 「……総一郎、最後に聞いていい?」


 「なに?」


 気恥ずかしさと不安が入り混じった表情で姉さんは僕に聞いてきた。


 「また、生まれ変わったら総一郎のお姉ちゃんしてもいいかな?」


 その声は、弱弱しかった。その弱弱しい質問に対し僕ははっきりとした返答をした。


 「うん、勿論いいよ。先に行っててね、お姉ちゃん」


 僕はそう答えると、姉さんはあの交通事故現場で最後に見せた同じ安堵の表情を浮かべながら目を閉じた。




 そして、姉さんの願いを叶えるため、僕は最愛の姉の心臓に凶器を突き刺した。

 

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