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茜色の夕方

 空が茜色に染め上がってる。


 雲が風に吹かれて、速くも遅くもない均一な速度で流れていく。耳には、夜がすぐそこまで迫っていることを告げるかのように、冷たい風がびゅうびゅうっと耳元を赤くなるまで吹き付ける。

 僕の眼前は赤かった。夕焼けが街並みを覆い隠し、商業ビルや住宅街、学校に病院に公園。この街にあるすべてのものを赤く塗り続けていた。

 意識が戻るにつれて現在、僕は地べたに横になっていることを理解した。そこは茶色の地面ではなく、灰色のアスファルト。絶対に僕を包み込まない硬い寝床だった。背中に突き刺さる小石がより一層、寝心地を悪くしていた。

 僕は、ゆっくりと節々に痛みを感じる右手をあげた。肩から指先にかけて、夕焼けの光で私の腕も赤く染め上げられていくようだった。そして、手のひらから何やらドロッとした見覚えがある液体が腕に沿って流れた。その液体を確認するため舌でぺろりと舐めた。思った通り、それは血だった。

 ゆっくりと自分の後頭部に触れると手のひら一面が一気に血で覆いつくされ、見たこともない量の血が出ていることに気づかされた。僕は驚くが、身体を動かそうとするがぴくりとも動かない。詳しく言うと主に左腕と左足が反応がしなかった。この感覚は数年前に腕を骨折した時のものに近かった。


 もしかして、折れてる?


 僕は、なぜ自分の左半身が動かないのか。こうして横たわる前後の記憶がこの時はまだ戻っていなかった。

 ”動かせない”という自覚を持つと、次第に呼吸が荒くなり始めた。片腕や片足ならまだしも身体の半身が動かないとなると、想像以上に危機感が沸き上がる。両腕があれば這いつくばって移動ができる。両足があれば立ち上がれることができる。しかし、僕は今、どちらもできない。更に僕は自身がいる場所や周囲の状況について一切何も分からない。

 この状況は不味い。動かすたびに全身から痛みを覚えながら、背中でこするような形で身体を左へ傾けた。僕のすぐ目の前に見えたものは、エンジンがかかったままで止まっているトラックと自分のひどく損傷している左腕と左足、そして、姉さんに買ってもらったサッカーボールは無残にも破裂していた。トラックの正面には血痕がこびりついていた。左腕は大きな衝撃で潰されており、傷口からは骨が突き抜け、左足は神経が切れたせいか痛みを感じられなかった。


 「おっ……、おえぇ」


 自分の腕の悲惨さから思わず吐き気を催し、血の気が冷めた。血の匂いと痛みと排気ガスで気分は最悪だった。


 そうか。僕は、交通事故にあったのか。


 先ほどまで気が付かなかったが、僕の周りには人だかりができていた。また、自分に起こったことについて少し理解すると周りの音が耳に入るようになってきた。

 けたたましい救急車のサイレンの音、乗用車のクラクションの音、周りの人たちの悲鳴、トラックの側で土下座しながら泣き叫ぶ男性、険しい表情で携帯電話で通話している人、驚いた表情で遠くから携帯のカメラで撮影をしている人。

 血の気が上がったり下がったりして、本当に身体がきつい。

 そして、僕とトラックから10mほど離れた先にも人だかりができていることに気が付いた。群がる群衆の足の隙間からあちらの様子を眺めるとそこには、


 僕の姉、葵が倒れていた。


 姉さんの周辺には血だまりができ、そのまだ生暖かい鮮血は溶岩のようにゆっくりと排水溝に流れていった。

 その光景を見て、思い出してしまった。僕が道路へ飛び出してしまい、姉さんが僕とトラックの間に割って入ってきた、あの瞬間のことを。


 「姉さんっ!!」


 僕は今振り絞られる全力の声を出して叫んだ。重い身体を引き釣りながら姉さんのもとへ這いつくばって進んだ。


 「駄目だ、君! 動いてはいけない!!」


 手と服を血で汚れている初老の男性が僕を静止させようとする。


 「でも、死んじゃうっ!! 姉さんがっ、姉さんが!!」


 「君のお姉さんは救急救命士の方が対応して下さっている。君だって、生きているだけでも奇跡的な状況なんだぞ」


 男性の言う通りだ。叫んだ後、先ほどとは比べ物にならないほどの痛みが全身に伝わってきた。右腕を動かすことさえままならない。

 僕が姉さんの方を祈るような気持ちで見ていると、意識が朦朧としている様子の姉さんがこちらに気づいたようだった。右目は流血していて開けられていなかったが、姉さんは僕の顔を見て安心したのか、全身の痛みに耐えながら少し強張った笑顔を浮かべた。その笑顔を見て、僕は安堵を漏らした。だが、


 「おい、救命士の兄ちゃん! 嬢ちゃんの息が止まったぞ!!」


 「!? 心臓マッサージをします。皆さん、離れて下さい!」


 事態が急変したことは理解できた。それもかなり悪い方向へ。だが、僕には動くことも叫ぶ力も残っていなかった。

 僕は、ただただ薄れゆく意識の中で姉さんの行く末を祈ることしかできなかった。破裂したサッカーボールのゴム片を握りながら。


 「僕が、僕が……姉さんを、傷つけてしまった……殺してしまった……」

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