7 才能
全くの予想外……というほどではなかった。
自分にあこがれて定型を組む人は、結構いる。伊達に『定型の最果て』とは呼ばれていない。
というかそもそも、昨日不定形を勧めたときの『えー、でもお師匠さんは組まないじゃないですか』というセリフの時点で、わりと予想がついていた。
「あきの家は厳しくて、あまり遊ばせてもらえないので、たまにこっそり、塾の前にゲームセンターへ遊びに行ったりするんです。お金がないのでゲームはほとんどできないんですけど。ふいんきを味わうだけでも楽しいので、たまにお父さんとお母さんに隠れて行っていました」
「小学五年生でそれって、ずいぶんな英才教育ね」
「高校一年生ですから」
そういえばそうだった。
「あきがお師匠さんのぷよを見たのは10日前……いえ11日前です。塾の前に寄った、あるゲームセンターでした」
「……」
ん? と、ここで、今まで見落としていた可能性に気付いた。
まさか。
「多分、栄高校の制服だったと思います。お師匠さんも、相手の方も、周囲で見ていらっしゃった方々も」
背中に、嫌な汗がにじむ。
そんな出帆の感情の変化に気付いた様子もなく、灼は言葉を続ける。
「その時のあきは、ぷよぷよはルールくらいしか知らなくて、どんな駆け引きが行われているのかとかはさっぱり分かりませんでした。ただ、いっぱい連鎖撃ってすごいなーっていうくらいで」
灼は、恥ずかしそうにしながらも、少しずつ言葉を紡ぐ。
「途中、お手洗いに行ったんですけど、個室に入っている間に、誰かの吐きそうな声を聞きました。おええ、げええ、と、何も吐くものもないのに、吐いていました」
その言葉には少しずつ力がこもり、表情にはだんだんと興奮の色が宿りだす。
「こっそり扉を開けて覗いたら、お師匠さんでした。顏は真っ青で、今にも死んでしまいそうで――でも、身体中から力がみなぎっていました」
両手を握り、出帆に向き直り、語る。
「戻って、対戦を再開してからは、ずっとお師匠さんを見ていました。その、筐体を揺らしそうなくらい強烈な操作と、相手を射殺しそうなほど鋭い目と、そして――」
灼は楽しげに、目を輝かせて、
「そして――敗けたときの、この世の終わりのような絶望」
純粋な憧れのまなざしを出帆に向けて、
「あきはそれを見て、お師匠さんに、一目ぼれしました」
力強く言った。
――全く、意外だった。
出帆のぷよを好きだという人は結構多い。出帆以外に、定型のみで全国大会に出場した人がいないからだ。
しかし、それらの『好き』は、出帆のぷよスタイルを好きである、という意味だ。定型のみで戦うこだわり、その姿勢。それらを評価しての出帆への好意だ。
灼のそれは、違った。
極端な話、灼にとって、出帆がどんな積み方をしていようと関係なかったのだろう。彼女がこだわったのは、出帆の戦う姿、小休憩時の姿、そして、負けたときの姿。
「だから、あきは、お師匠さんみたいになりたくて、お師匠さんと同じ形を組んでいます」
灼のソレは、出帆という一人の人間に対する好意だ。
……なるほど。口の中で呟く。
これは、たまったものではない。
こんなに。こんなに嬉しい話があるか。
自分のぷよぷよに対する姿勢が、生きざまが。全くぷよぷよに触れてこなかった少女の人生に変化をもたらした。
そして、その少女が今、自分みたいになりたいと、才能に蓋をして戦っている。
苦難に満ち、バッドエンドを迎えた自分のぷよ人生。
それが全て、報われた気がした。
出帆は頬を両手ではさみ、悩ましげなふりをする。
そうでもしなければ、にやけてしまいそうだったから。
「あきは、お師匠さんと一緒にぷよりたいです。大会で、仲間として戦いたいです」
私も。あなたと。戦いたい。仲間として。師匠として。ライバルとして。
そう言おうとした。
しかし。
言葉が、出ない。
願望を口にしようとする自分を、止める自分がいた。
願いのままに行動して、幸せになれるわけがない。そんな当たり前のことを、思いださせられる。
自分にはぷよぷよの才能がない。決定的にない。
努力はした。あらゆる努力をした。形も手順も操作も凝視も、努力でなんとかなる範囲の技能は全て手に入れた。10年かけて、丁寧に丹念に積み上げてきた。
それでも。
灼の10日に勝てなかった。
絶望的に、才能が足りなかった。
「ごめんね。私は、引退したから」
灼の表情を見たくなくて、背を向けた。