5 僕が死のうと思ったのは
「出帆、どうしたの? なんだか今日はずいぶんぼんやりしてるわね」
「……んん、まぁね」
出帆は口の中に魚の切り身を突っ込んだまま、定まらない視線を虚空へ投げ出す。母の声は届くものの、その言葉を理解するほどの思考回路は残っていない。
結局、あれから出帆と深緒とで交代しながら灼の相手をし、彼女のぷよを見続けた。
その、異次元とも評すべき超不定形。
それは、出帆の中に、深い傷痕を残した。
家に帰り、風呂に入り、晩ごはんを食べている間も、灼のぷよが頭の中に降ってやまなかった。脳裏に焼き付けたぷよたちの躍動が、正体不明の連鎖たちが。出帆の思考を、感情を支配し続ける。
ぼんやりと、というより、半ば呆然としたまま、出帆は布団にくるまり、思った。
あの子の行く先を見たい。
あの子の塗り替える、ぷよ界を。
自分の才能ではかなわなかった、その遥か高みからの眺めを知りたい。
灼の隣で。
きっと、それは、世界中で何よりわくわくする場所であり、そこに立つ自分は世界中で最も幸せな人間だろう。
そんな、キラキラと輝く未来。
しかし。
出帆は、布団の中で土下座をして、静かに唸る。
自分には、その資格はない。
だって、もう引退したのだから。勝った負けたの世界から退くことを決めたのだから。
今更復帰するだなんて、ずうずうしいにもほどがある。
それに、現役に復帰するか否かは別として、単純に、凡人の自分に彼女の巨大すぎる才能を育てられるわけがない。
今の自分のレベルまで引き上げることはできるかもしれないが、それ以上のことはもうできっこない。自分の知らない事を教えてあげることなど、できるわけがないのだ。
ぷよ界の宝と呼んで差し支えない彼女を育てることに、責任など持てない。
育てるならば、深緒の方が適任だろう。彼女自身も彼女のぷよも大嫌いだが、勝つ術は彼女の方が持っている。才能の器も、彼女の方がはるかに大きい。
だから。
自分が灼の師匠になるなど、灼の傍で灼のぷよを見つめ続けるなど。
夢見ては、いけない。
その日、自分と灼が全国大会の決勝で戦う夢を見た。
死にたくなった。
サブタイトルは秋田ひろむ先生の『僕が死のうと思ったのは』から頂きました。僕にもあの人みたいなタイトルセンスが欲しいです。